第二百十八話 経験値
7447年4月1日
朝食を摂ったあと、ミヅチと二人で王都の商会本拠へと赴いた。事務処理や必要な指示などを行った後、ソーセージ工場へも顔を出す。昨晩バストラルが来ているので当然今日は操業していない。その時既に時刻は昼近くになっていたが、宿直のジョンかテリーのどちらかは居るはずだ。
「「あ、ご主人様、奥様。いらっしゃいませ」」
工場に着くとジョンが挽き肉機を分解掃除しており、テリーは工場内の拭き掃除をしていた。
うむ。
食品を扱うからには清潔「感」は大切だ。
現代日本の基準での清潔なんて無理も無理、とても手の届かない高みにあるが、他所が不潔だからと言ってそれに流されてはいけない。
厳しく言い付けておいた甲斐があると言うものだ。
折角なのでお茶を淹れて貰って少し休憩させた。
「皆、喧嘩せずに仲良くやってる?」
ミヅチが途中で買って来た飴玉の袋を二人に渡して尋ねた。キャシーから報告は受けているが、彼女が気付かない所で何か有るかも知れない。喧嘩や虐めと言うのは子供社会ならどこでも発生する可能性はある。大人の間だって起こるときは起こるのだ。
「喧嘩は今年に入ってから二回ありました。ミュッシとバーグ、マールとリンビーです。でも、両方共大した内容じゃありませんでした」
テリーが飴玉を口に入れ、にっこりと微笑みながら答えた。
自分たちで解決出来るなら喧嘩くらい好きにやれ。
ところで、ミュッシとバーグは両方共ジョンたちと同年代の男の子。これはいい。
しかし、マールとリンビーは今年成人する、最年長の男女だ。
仲良くしてくれよぉ……。
「あと、誰かを虐めたりというのはありません。あれからキャシーさんがいつも厳しく言っていますし……その、皆ご主人様の大目玉が怖いんです」
ジョンも飴玉をしゃぶりながら言う。
そう言えば去年の暮れくらいだっけかな。こんな事があった。
ビョーグという一番小さな子の動きが悪いという理由で疎外されそうになっているとキャシーから聞いた。それを聞くなり怒った俺は夕暮れ間近だというのに迷宮から着ていた鎧も脱がずに馬に飛び乗って工場に駆け込んだのだ。バルドゥックのボイル亭から工場まで、軍馬を飛ばして三十分で到着した。
工場に到着し、挨拶に出てきたジョンとテリーに奴隷を全員集めさせた。この日はもう全員が午前中で宿に帰った後だったが、一時間とかからずに全員集めさせた。
そして、ジョンとテリーをぶん殴ったんだ。小さな子の動きが鈍いのは当たり前だ。根気よく丁寧に教えてやれ。まして、それを理由に疎外するなんて以ての外だ。大体解決しないなら何故俺に言って来ない? ああ、お前らは疎外してないとか関わってないとかどっちでもいいんだよ。何しろ今の所将来の管理職候補だし。
そういう理由を皆の前で怒鳴って一発づつ殴った。勿論、ちゃんとメリケンサックを仕込んだ籠手は外したさ。それに、かなり手加減はしたので治癒魔術なんか必要なかった。当然だが、ジョンとテリーが不満を感じたところで気にしない。多分感じてねぇと思うけど。
工場で働かせている奴隷の中にはジョンやテリーより年上の子も何人か居て、時間の経過とともに年齢によるヒエラルキーが形成されつつあるとキャシーから聞いていた。まぁ自然なことだし、それについて俺は何とも思わない。年齢が高い奴がその年齢の通りにこの集団の中で優秀であれば良いだけの話だからだ。日本ならそれで済んだかも知れないとも思う。
だが、古株のジョンやテリーはバストラル夫妻によって読み書きや算数を習い、それに伴って多少頭も回るようになっている。彼ら二人は今年十三歳になる。学習の度合いや知識レベルは小学生の中学年から高学年くらいというところだ。何しろ分数の足し算と引き算が出来るようになっているらしいからな。対して他の奴隷の子たちは今年成人の十五歳になる子も居るが、どうにか小学生低学年から中学年という辺りらしい。
バストラルが直接教える時間がなかなか取りづらくなっていることと、バストラルからの又聞きであるキャシーによる不完全な教育のためだ。キャシーにしても計算能力を始めとする各種知識は中学一年生程度だ。実際はこの程度でも充分に上等な部類である。特に奴隷階級やそこの出身であることを考えると一般的には驚異的ですらある。
ほんの数十年前までは地球でも文字の読み書きや計算が出来ない人の方が多かった。そういう人たちは論理的な思考や抽象的な思考を行うための教育を受ける下地も育たない。そのために、自分の生活圏以外に対する想像力も豊かではなかったと言われていた。俺の個人的な意見だが、身分制度の維持には低い識字率は必要不可欠なのかも知れないとすら思っている。これも昔の日本が異常なだけで世界的な流れではそうじゃないかと思うんだ。
何にしても、今このソーセージ工場で働いている奴隷たちは全員ではないにしろ将来的に俺の国でそれなりの仕事をして貰う可能性が高い。だからある程度の教育は不可欠だろ。支配階級的に。
そういう訳で、素直で良く学ぶジョンとテリーは最初から一段上の存在としてわざわざ皆に言い含めていたんだ。宿直として工場に個室まで与えている事や、先輩として彼らの言うことを聞け、と言う事で他との違いを見せつけもしていた。そして、キャシーからの報告でもジョンとテリーを上回るような子は未だ出て来ていない事も聞いていた。だから全員の前で叱るのは彼ら二人だけ。まぁ、叱ったのはあの時一回だけだけど。
そのせいもあってジョンやテリーは俺から直接叱られると言う不名誉を被った訳だが、同時にバルドゥック一の冒険者である俺に「お前たちに任せているのに」と言われて殴られたことで全員が彼らに対して更に一目を置く結果になった。まさに狙い通り。
それはそうと、夕方近いがまだ充分に日の高い街中を軍馬で駆け抜けたことで王都警備の第三騎士団の人に苦情を言われ、銀貨三十枚に及ぶ罰金を支払わされたのは間抜けだったけど。
・・・・・・・・・
二人といろいろ話をしているうちに昼になった。今日の昼はテリーが留守番だそうだ。遊びにも行かずにしっかりと掃除をしていたのでジョンに飯でも食わせてやろう。テリーにはその分少し小遣いでもと思ってまずはジョンを昼食に誘ったが、「すみません、約束がありまして……」とジョンがおどおどして言う。
まぁこいつらも飯の約束くらいするだろう。
「なんだ、そうか。じゃあ仕方ないな。遠慮しないで行って来い」
そう言うとジョンは礼を言って部屋に戻った。
心なしか嬉しそうな顔をしていた。
「ジョンは今日、おっとさんとおっかさんにお昼をご馳走するって言ってたんですよ」
テリーが言った。ああ、それであの顔か。確かジョンの両親は潰れそうな商家の奴隷だったな。なんとか続いてんのかね? 一瞬だけジョンに少し金をやろうかとも思ったが、止めておいた。両親には自分で稼ぎ、貯めた金でご馳走した方がいいだろう。
部屋から戻ったジョンはぴょこんと頭を下げると財布を握って駈け出していった。
「そういうお前は?」
「あ、その……僕も今晩……」
「それは楽しみね」
ミヅチがテリーに言う。
「えへへ」
テリーははにかんで笑った。
ミヅチと二人、昼食を摂った後でトゥケリンの治療院に顔を出し、それから幾つか挨拶回りをしてバルドゥックへと戻った。
・・・・・・・・
7447年4月6日
一昨日迷宮に入ってから一日で四階層づつ突破するという、かなり無理をした早さで昨晩遅くに八層の転移水晶の間に到着した。そして、いよいよ今日から九層のモン部屋の主にライフル銃を使う。いい感じであればそのままミノにも使う。ミノに使う時だけはライフル銃での射撃はエンゲラに行わせる。ベルは一番重要な網撃ち銃だ。
「準備はいいな? 今回も大荷物だけど皆、頑張ってくれ」
九層に足を踏み入れた。網撃ち銃とライフル銃はギベルティに背負わせている。モン部屋手前で装備を変更するのだ。
「ん……今ここです。あっちですね」
グィネの誘導に従って通路を進む。途中で出てきた斑点便所コオロギなんかをさくっと倒し、どんどん進んでいった。
そして、おあつらえ向きのモン部屋の傍に到着した。
何が居るのか偵察したいところだが、今回ミヅチは虐殺者へ行っている。先頭をゼノムとラルファに任せ、俺たち本隊は少し遅れて少しづつ摺り足で進んでいった。勿論、ベルには弾丸を装填済み、撃鉄を起こしたライフル銃を持たせている。
そっとモン部屋を窺ったゼノムが左手で合図を送ってくる。
トロールかケイブトロール、又はトロール・キンが四匹か。
予め取り決めてあったサインを出して陣形を決める。
今回はベルの銃がキモなのでいきなり部屋の中に雪崩れ込んだりはしない。最初はベルを中心にその周囲を全員で固めるのだ。ギベルティは少し離れた所で待機させている。
銃口を上に向けて銃を持ったベルがそっと前進し、ゼノムとラルファの間を抜け、モン部屋の入り口中央辺りに進む。その両脇にゼノムとラルファが待機する。勿論耳栓は着けさせている。
俺もゼノムの隣で木銃を構えた。ふん、ケイブトロールか。
全員が位置に着いたことを確認してベルに合図を送る。
ベルは銃床を右肩に当て、ライフル銃に頬付けして構えた。
数秒後。
ダーン!!
ライフル銃が轟音と共に必殺の弾丸を放つ。
一番手前に居て、横を向いていたトロールはそのまま横倒しに倒れた。
弾丸はジャケットを被せてもいない、言わば硬い鉄ムク弾芯のみの為、命中後の体内で碌に変形せず頭部を貫通したと思われる。
すぐに轟音を立てたこちらに他の三匹が振り向く。
ダーン!!
左端の奴の左目の少し下に小さな穴が空いたと思ったら、その場に崩れるようにして仰向けに倒れ込む。
それに気がついているのかいないのか、残りの二匹は棍棒を振り上げてこちらに向かってくる。
幾らベルでもそろそろ限界だろう。
「右をやる!」
叫びながらフレイムカタパルトミサイルを右側の奴にぶち込んで即死させた。
左側の奴にはラルファとグィネ、バストラルがフレイムボルトを撃ち放っている。
そいつにズールーとエンゲラが得物を携えて襲い掛かる。
ダメ押しでゼノムが斧を投げ付けると、魔法の斧は狙い違わずトロールの額に正面から突き立った。
それからベルの銃に倒れ、ビクビクと痙攣を続ける二匹のケイブトロールを全員でタコ殴りにして、再生能力が追いつかない程のダメージを与えて完全に殺す。あ、【鑑定】すんの忘れてた。
殺した後で頭部を調べてみるとベルの放った弾丸は完全に貫通しており、銃弾の出口側は少し大きな穴が空いて灰色の脳みそがはみ出していた。
うーむ。
頭部に当たったから脳へ大きなダメージを与えられたので昏倒したのか、それとも脳が破壊された時点で即死していたのか……。
鉛程ではないがそこそこ重量があり、硬度の高い鉄のみで作られている弾頭だから命中時にそう大きくひしゃげなかったのだろう。恐らくフルメタルジャケットより変形していない筈だ。やはりソフト・ポイントかソフトホローにした方がいいかも知れん。
口径は正確にどの程度かは判らないが、俺は自衛隊で採用され、64式小銃やM1小銃で使われていた7.62×51mm NATO弾のコピーであるM80普通弾をイメージしているので見た感じはそっくりだ。発射薬の量が減装弾相当になってるかまでは知らん。
貫通力から判断して口径や発射薬の量についてはこれでいいだろう。
弾頭も貫通力を考慮すれば今のままでもいいと思う。だが、それはレッサーヨーウィーなんかみたいになかなか貫通し難い相手の場合だ。トロールやオーガ、ミノタウロスなんかは基本的には人馬と同じ軟目標だから一工夫した方がいいかもな……。
となるとフレーム固定式の回転弾倉のリボルバータイプだと弾薬の交換が手間だな。
しかし、ボルトアクションでもオートでもいいけど、部品形状の複雑さが段違いだからいきなり回転弾倉以外の弾倉を機能させるのは難度が高いよなぁ。
それに、薬室に入っている実包の交換まで考慮すると回転弾倉ごと交換可能にさえ出来れば、回転弾倉に軍配があがる。なにしろ、薬室ごと交換可能なんだしな。
まぁ、そっちは追々でいいか。貫通力の高い弾丸でも殺傷出来ない訳じゃない。
表皮を貫通出来ない可能性を孕んだままの方が余程怖い。
とは言え、貫通出来なくても弾頭の運動エネルギーは受けるから全くノーダメージって事はないだろう。
どっちもどっちだね。
しかし、とにもかくにも、ライフル銃の有用性は証明された。
トロールの頭蓋を貫通出来るならミノだって大丈夫だろ。
よしんば頭蓋を貫通出来なくても目標が大きい胸など胴体部なら硬い骨で覆われている訳じゃないから問題あるまい。
さくっと貫通しても肺を傷付けられればどうせすぐに呼吸困難だ。
心臓なら一発だろうし。
・・・・・・・・・
ミノタウロス七匹もベルの網撃ちで四匹を絡め取り、エンゲラがライフル銃で一匹を即死させ、一匹に重傷を負わせた。即死させた方は運が良かったのだろう。吶喊の叫びを上げる口蓋から弾丸は侵入し、そのまま後頭部へと抜けたようだ。
一・五匹相当であれば残り全員でなんとでもなる。
うん。大成功と言って良いだろう。
これがあればもう九層までに敵はない。十層でだって問題なかろう。
大満足だ。
ミノから魔石を採っているエンゲラの横顔を【鑑定】しようとした。
当然出来なかった。
未だに渦巻き続けている二つの霧を忌々しく思って睨みつける。
よく考えたらミノを完全に単独で殺し切ったのって俺を除けばエンゲラが初じゃないかね?
いっつもタコ殴りだったしな。
タコ殴り出来ない時だって、一人で完全に殺し切るなんてまずなかったし。
エンゲラは確かあとちょっとでレベルアップしてレベル二十二になる筈だった。
きっと今のミノでレベルアップしたと思う。
一休みしたら九層の別の部屋に行ってみるつもりだから【鑑定】はそん時でもいいか。
……。
…………。
………………あれ?
【経験:1429651(1430000)】
増えて……ない……?
いや、大して増えてない?
他の奴は? バストラルでいいか。
【経験:844678(950000)】
ミノと戦う前より二千くらい増えてる、と思う。あんま自信ないけど。だが、この程度は期待出来る。
なんで?
あのミノは確かに即死だったと思う。
うーん、即死は言い過ぎかもしれないけど、限りなくそれに近かった筈だ。
撃ってすぐはトロールみたいにピクピクしてたが、網に絡んでる奴を全員ぶっ殺して魔石を採る段になった時はどう見ても死んでいた。
確かに千を超える大量の経験は得られているようだが、それは網に絡まってる奴を俺たちと一緒に殴っていたからだろうし……俺の勘違いかな?
もう一回小銃手の経験値に注目してみよう。
今のベルの経験値は【経験:1133265(1260000)】か。
・・・・・・・・・
トロール・キン二匹のうち一匹をベルが仕留めた。こんな奴だ。
【 】
【男性/28/10/7447・大妖精族眷属】
【状態:良好】
【年齢:0歳】
【レベル:5】
【HP:292(292) MP:1(1)】
【筋力:37】
【俊敏:16】
【器用:10】
【耐久:28】
【特殊技能:暗視】
【特殊技能:超再生タイプⅢ】
残りの一匹はベルが何もしないうちに全員でタコ殴りで殺した。
皆の経験値は戦闘に参加しなかった俺を除いて百~五百くらい増えている。
思い切り槍を突き込んでいたバストラルが多目だが、それは理解ってる。
前衛に立ってトロール・キンの攻撃をいなし、躱し続けていたラルファとズールーも心持ち多目だ。それもいい。既に理解ってる。予想を大きく外れることなく経験値が入手出来ていることが大切なのだ。
ベルは一人で倒し切っているから、この相手なら二千くらいは期待していい。
【経験:1133265(1260000)】
……ふざけんな。
ベルに撃ち抜かれたトロール・キンの頭部を観察しながら考える。
剣や弓ならOKで銃ならダメ?
一体何が違う?
……。
弓は引くのに物理的な自分の力を必要とするからか?
弩だって引くのは結局人力だ。
戦争の時、投石機なんかで敵兵を倒しても経験値は入らない?
畜生。




