幕間 第二十九話 目良隆(事故当時26)の場合(後編)
十三歳になったある日、既にヨーライズ子爵騎士団で騎士の叙任を受けていた姉から手紙が来た。手紙は行商人に託されて、書かれてから三週間(十八日)近くも掛かって配達されてきた。
手紙を読んだ親父は少し嬉しそうな顔をした。しかし、すぐに少々考え込むとお袋と何やら話を始めたが、翌日には従士数人に俺を伴って子爵領の首都であるザーラックスへ向かうと言う。目的は正騎士の叙任を受けた姉ちゃんを迎えに行くのだそうだ。俺は村から出るのは初めてなので少しワクワクしてしまった。まだまだガキだねぇ。
ザーラックスはこのマスモッチ村よりもかなり北の方にあり、道も碌に整備されていないので馬車を排してかなり急いでも片道で丸四日近くも掛かるような遠い場所にあるらしい。今回は急ぐ訳でもないので、一週間以上を掛けてゆっくりと行くという。
馬車に揺られ、時折馬に跨った親父の後ろに乗せて貰ったりしながら丘を越え、谷を越えて大自然の中を進んでいく。この辺りは高さ四~五m程の木が深く生い茂り、道幅も狭く、前世のど田舎の山道よりも酷い有様だ。
道中、道沿いでの昼食時など、この近辺や首都ザーラックスまでの簡単な地図を地面に描いて貰ったりしながら道を進む。
左下のピンクの印がマスモッチ村で、右上の赤い印が目的地であるザーラックスだ。途中に散らばる青いのは別の街である(勿論全部じゃない。マスモッチ村の北西にある中規模の村、ウィンロー村なんかは記載されていない。マスモッチ村以外はそこそこ人口が多い街だけ記載されている)。
マスモッチ村の下の黒い線は海岸線で、茶色い山形の印はボード山から連なる山地である。何もない無地の所でも平地は殆ど無く、高さ数十mクラスのお椀を伏せたような小さな丘陵がぽこぽことしている場所が多い。丁度前世のテレビで見たフィリピンかどこかのチョコレートヒルズのような感じだ。
この地図のすぐ西はジンダル半島という大きな半島で、ウェブドス侯爵が治める領地があり、地図にある山地の向こう、西から北西、北にはペンライド子爵領が広がっているそうだ。東は天領であり、南東は親父も名前を知らない何とかという伯爵が代官として治めている西ダート地方。その北、この地図の北東はこれも代官が治めている西カンデイル地方だそうだ。
そう言えば地図なんか描いて貰ったのは初めてだな。今までは村の外について気にするより、今季の作物の収穫量の記録や親父に命じられた農家への税の取り立て、奴隷の漁師たちの水揚げの手伝いや漁具がちゃんと修繕されているかのチェック、燻製や干物の製造やその監督、そして領主である貴族の義務の剣や槍の稽古に追われていたりしたから、毎日毎日ヘトヘトでそんな気力なんか無かったんだ。
もうね、これらの仕事が次から次へと押し寄せてくる感じで村の外の事なんかどうだっていい、というのが本音だったんだよ。俺としては早く姉ちゃんが旦那を見つけて帰って来ないかと思っているくらいだ。その姉ちゃんも二年前、十五才になった時にヨーライズ子爵騎士団へと入団している。そろそろ正騎士の叙任を受けてもいい頃合いだったし、今回は本当に嬉しい事だ。
そうして一週間以上も掛けてのんびりと移動を続けたある日の夕方、ザーラックスのすぐ南、ケルサミッシュという村に到着した。予め先触れを出して宿泊をお願いしていたために大きな問題も無く領主である准男爵の館に泊まれることになった。
・・・・・・・・・
時刻は真夜中。カルタリとネイタリの二つの月が夜空に浮かび、少し明るい月夜だった。
俺は准男爵家の娘、マーガレットに指定された領主の館から少し離れた空き地へと向かった。
どこかで彼女を見掛けたような気もしていたので、心に引っかかる部分もあった。
空き地の端ではマーガレットが隠れるようにして俺のことを待っていてくれた。
すぐに小声で『こっちに来て』と村外れまで引っ張って行かれる。
ケルサミッシュは大きな村(最早、街と言った方が適切かも知れない)であるので、人気のない人家からある程度の距離をおいた草叢や空き地を経由しての移動だ。
『ここなら落ち着いて話せるわ。あなたも日本人ね』
『ああ、君もそうなんだろう?』
俺達は改めて自己紹介をする。
『改めて言うわ。私はマーガレット・ジーベックス。皆はペギーと呼んでいるわ』
『俺はウォルター・ヘイムダル。俺のことはウォーリーと呼んでくれ』
その後お互いにステータスを見る。
『あら? 日本人同士でも固有技能は見えないのね』
『そうみたいだな。ペギー、君の固有技能は?』
そう尋ねると少し考えるような表情を浮かべた彼女は一度溜息を吐くと『【聖なる手】。魔法みたいに怪我を治せるわ』と言って俺の目を見た。怪我を治せるって、結構凄いが、この人、技能のレベルについては言わないのか。ならば既にMaxになってはいるが俺も……。
『俺のは【上書き】だ。命名みたいに物に名前を付けられる。生き物を始めとしてダメなものはあるし、時間制限もあるけどな。と、言っても、今なら年単位で名前は消えないと思う』
それを聞いた彼女は『ふぅん』と少し感心したような顔をしたのも束の間、『地味な上、あんまり使えないわね』と早速馬鹿にしてきた。地味なのは確かなので腹も立たない。しかし、初対面なのに嫌な感じだな。全部話さなくて良かった気もする。まぁ、隠している部分なんてたかが知れてるけど。
それから後はお互いの身の上話に始まり、今後の件に話は推移していった。
ペギーは自分の固有技能を上手く使えば食べるのに困らない程度には生活出来るという自信を持っているようで、将来的にはザーラックスのような大きな街で暮らしたいのだそうだ。俺は“地味であんまり使えない”固有技能のせいで深くは考えていなかった。せいぜい、銀地金を買って適当な形に加工して“銀貨”と【上書き】すれば困らないだろうなと思っていたくらいだ。
そう、あれは何年も前。固有技能のレベルもMaxになって、【上書き】にも飽きた頃、親父が普請の給金に使うための銀朱にステータスオープンを掛けているのを偶然に見たんだ。興味を覚えて親父に頼んで俺にも銀朱のステータスを見せて貰ったところ、
【銀朱】
と出た。その後、恐る恐る適当な木の切れ端に“銀貨”と【上書き】したら問題なく出来た。その時は狂喜乱舞したもんだ。それから暫くはあの痛みが襲ってくることまで覚悟して、再び色々なものに【上書き】を使ってみたりしたんだ。
結果として何に対しても銀貨とか銀朱とか【上書き】出来ることが判った。こればっかりは口が裂けても誰にも言えないだろう。銀地金を購入したり、加工のための機材を開発したりするのにそれなりの元手は必要になるだろうが、俺はいずれ億万長者にもなれるのだ。
その前に小金は貯めないといけないけどさ。あと、将来作るであろう工作室は家族にすら秘密にして絶対に隠し通さなければいけないだろうからそこは大変だろうけどね。
俺の固有技能を小馬鹿にしたペギーに生暖かい視線を送りながらも、どっかで見た顔なんだよなぁ、と記憶を掘り返すが思い出せない。向こうも生暖かそうな目つきで俺を注視している。まぁ、日本人の特徴も残っているからどっかで見たことがあるような気持ちになっているんだろう。
『ねぇ、どっかで会ってないかな? 私、前の名前は……』
・・・・・・・・・
元々将来的に俺はマスモッチ村を出るつもりだった。
静香、じゃない、ペギーも将来的にケルサミッシュ村を出るつもりだった。
お互い日本の大都市近郊で生まれ育っていた経験もあるから、農業や漁業になんか関わりたくなかった。上の兄姉を廃嫡してまでこんな未開の地に等しい領地に固執するつもりもない。
二人で色々なアイデアを出しあった。
幾つかは却下となり、幾つかは採用に値すると判断された。
『それじゃあ、俺がお前の従者みたいになるじゃんか』
『そこは仕方ないでしょ? でも、私達は一蓮托生ね』
『一連託生ねぇ……ま、仕方ないのは解るけどな』
『でも、上手く行けば美味しい思いが出来る様になると思うな』
『確かにそうだ。って偉そうに言うなよ。俺のアイデアじゃないか』
『まぁまぁ。そこはそれ、よ』
『解ってんのか? 最初は苦労するぞ?』
『ん~、そうでもないと思うけどね』
『そうかな?』
『そうよ』
『ちっ、変わってねぇな……おい、静香、じゃない、ペギー』
『何よ?』
『……まぁいい。二年くらい待て。成人したら迎えに来てやる』
『……うん。待ってるわ。今度は……』
『あ?』
『ふふ、秘密』
時刻はそろそろ明け方に近い。
戻らないと。
寝てないから今日は辛いだろうな。
月の光以外まだ真っ暗な中、ペギーと一緒に館に戻る。
いつの間にかペギーは俺の手を掴んでいた。
マスモッチ村はヨーライズ子爵領の南の海岸沿いのギリギリ西、ケルサミッシュ村は三角形に近い子爵領の北の頂点より僅かに南にあり、直線距離で丁度100km程度の距離があります。今回の作中の汚い地図にはケルサミッシュ村は書いていません。なお、この地図は不正確です。
首都であるザーラックスは紛争が頻発するダート平原から出来るだけ遠い場所に起こされた結構新興(歴史は200年くらい)の街です。




