第二百十話 終わりのない開発
7446年12月26日
パーン!
八層の中央の広間に火薬の炸裂音が響き渡る。
「流石に『不発』はもうなくなったと考えてもいいか……」
銃の試射を行いながら、つい独り言が漏れた。
因みに、なぜ最前線である九層の中央の広間で行っていないかというと、あそこ、魔法使えないんだよね。あれから何回か行ってその度に復活しているミノタウロスをぶっ殺しているが、最初に俺とエンゲラたちが相手取った凄腕の二匹は未だに復活せず、その他の七匹だけを殺している。
魔法が使えないままだと不便なのでストック(?)が尽きるまでミノを殺しまくるつもりだ。因みに、八層のミノは先月の半ばで打ち止めになったのか、復活はしなくなっていた。まぁ、そのお陰で網撃ちだけじゃなくてちゃんとした弾頭を発射出来る弾丸まで作ろうとしている。いつかはやるつもりだったし、ついでだからいいんだけど。
「今ので丁度千二百発目です」
ベルが言った。耳栓を通してくぐもって聞こえる。
因みに試験射撃の最中は銃から五十m以内にいる全員は耳栓を着けさせている。
当初は着けなかったのだが、発射音は俺たちの予想をも超えて余りにも大きく迷宮内に響いた。直径が一㎞もある大きな部屋とは言え、天井の高さは三十mしかないことも関係しているのだろう。俺達から発射音についての話を聞いてはいたものの、その音量の正確なところを予想すら出来なかったゼノムやズールー、エンゲラなどは大きな発射音に少し怯えた顔つきをしていたため耳栓を作ったのだ。
ベルの頭部の兎耳の穴は普人族や精人族、山人族と異なる形なのでズールーやエンゲラ、バストラルのものと併せて少々歪な形の特別製の耳栓を用意している。
ちゃんとした耳栓が出来るまで生粋のオース人である彼らは遠くで警戒に立たせているか、虐殺者か根絶者へと出向させるようにしていた。
この射撃試験は銃身や尾筒の耐用限界の調査も兼ねているが、ライフリングも刻んでいない滑腔砲のようなものだし、回転弾倉を備えていると言っても、自動回転もしない事実上の単発銃だから尾筒も複雑な構造をした機関部を持っている訳でもない。非常に単純な構造だけに実用上の耐用限度はかなり高い筈だ。
まずは網撃ち銃の元を作ろうとしているのだし、ライフリングは必要無いと思って刻んでいないだけの話で、実はライフリングを刻んだ銃身も用意して一緒にテストは行っている。こちらの方は内部のライフリングについて、クロムメッキならぬクロムを使って作っている。贅沢だね。
あれから迷宮に潜る度にテストを重ねているが、かなり完成度は高まっていると言えるだろう。と、言っても百点満点で五十点くらいだろうけれど。元々百点なんか作れっこないし、俺の目指すところは九十点だ。本当はそれも無理臭い程高い目標なんだけどさ。
ゴムにしろ、剣にしろ、そして銃にしろ、俺は現代地球のものを再現したい訳じゃない。このオースに於いて俺の役に立てる品質であれば充分だと考えている。完璧なものなんかいずれちゃんとした職人が現れればきちんと作り上げてくれるだろうし、それは俺の役目じゃないだろう。だが勿論、高品質であるのに越したことは無いし、品質も一定であれば尚更言うことは無いから少しでもそれに近づけるべく行うべき事は行っているつもりだ。
どうせ真似をされる。
ならば少しでも真似をされ難い工夫をするだけだ。
俺の場合、それが魔法絡みと言うだけの話で、もし魔法の才能が無いのであればもっとずっと手間暇は掛かったろうがそれなりの工夫はしただろう。銃についても二種類の火薬は今のところ最低でもミヅチくらいの魔力総量がなければ作ること自体が無理だし、この状況なら極端な話、試作品の銃を弾丸もろとも丸々一丁盗まれても盗んだ弾丸の数以上の発射は無理だと断言できる。
そして、オースの工作精度では俺の試作銃のコピーを作ることすら至難の業だろう。全く出来ないとは思わないけど。よしんばかなりの無理を押してコピーを作ったとしても、細かな精度で、耐久性で劣り、どうあがいても純正の足元にも及ばない、数段劣る劣化版と呼ぶのもおこがましい物しか作れないと思う。
五十点の段階でそれなら俺としては大満足だ。
このところ、一回のテストで百~二百発くらい試射を行っているが、五百発を超えたあたりで弾丸も火薬もかなり安定してきた。滑腔砲の銃も今の、この弾丸であればベルが慎重に位置調整を行えば二十m以内なら集弾率は二㎝の円内に収まる。同時に不発も三%未満に抑えられている。
ここに至るまではかなり苦労もあった。大きな収穫もあったが。
まず苦労から述べようか。
ガキの頃試作した無煙火薬を作る段階では殆ど事故らしい事故は起こさなかった。
しかし、無煙火薬を利用した発射薬の薬莢詰めの段階で暴発を起こし、俺の右手の指が全て千切れないまでもぼろぼろになったことが二回もあった。用心してごく僅かづつ、小分けに作っていたのが奏功した形だ。楽をしようと一気に作っていたら即死していてもおかしくない。
一応、作業用の盾も作っていたし。溶接工が使うような盾のもっと大型の奴で、小さな覗き窓はダイヤモンド(オースでは比較的安価である。それでも水晶よりは少し高価だが)を利用している。どちらの時も周りに人のいない八層中央の広間の隅で行っていたので二次被害も避けられた。
また、弾頭や薬莢、雷管の部品の製造で俺もトランスミュート・ロックトゥ・マッドの魔術の技倆が更に上がるかと思ったが、やはりと言うか、四十分を僅かに切れる程度にしかなっていないことがこの魔術の難しさを改めて感じさせた。
なお、それなりの量の黄銅(真鍮)鉱石で薬莢はいっぺんに数百発も作れる。小さな銅鉱石から雷管はン千個も作れる。泥にするのに時間は掛かっても整形や成形には殆ど時間は掛からない。見た目も完璧にサイズ調整が施された均一な大きさでの成形が可能な点も特筆すべき素晴らしい点だ。
因みに、雷管の起爆薬は無事にDDNPを作れたのであまり問題はなかった。しかし、元来のセコさがそうさせたのか、それとも自衛隊での習慣を常識だと思い込んで染み付いていたのか、薬莢をセンターファイアのボクサー型に作ってしまった。このボクサー型の雷管の薬莢は使用後に回収して掃除すれば相当回数使いまわせる。いや、尤もらしく理由を述べているが、本当のところはそれしか覚えてないだけの話なんだけどさ。
雷管にごく少量のDDNPを、中央に僅かな窪みを作って押し込み、その後更に少量の固まりかけた蝋で簡単に蓋をする。これで雷管の出来上がりだ。その雷管を薬莢の底部に嵌め込む時、何度となく暴発させた。最初は火薬を詰めずに部品だけで組み立てて手順や部品の嵌合を確認したのは勿論だが、本番の時に結構失敗したのだ。
予め失敗を想定して専用の治具を作っていなかったらここでもまた相当に痛い思いをするところだった。治具と言ってもそう難しい物じゃない。肉厚の鉄の筒ってだけのシロモノだ。治具の底部は単なる木の板であり、ここに雷管を上向きに置いて治具である鉄の筒を置く。真上からそうっと薬莢を置き、少しだけ手の力で雷管を薬莢に食い込ませる。その後は薬莢の上に板を置いて金槌で垂直にコンコンと叩き込んで嵌めるのだ。
叩く力の加減が難しい。弱すぎると時間が掛かるし、強すぎると暴発だ。たとえ暴発しても治具のお陰で被害は無いが、作業時間に加えて材料も無駄になる。しかし、薬莢に発射薬を詰め、弾頭を嵌める時はもっともっと慎重さを要求される。
ここでの暴発は弾丸の発射を意味するからだ。
当然治具も専用のものを用意した。分厚い鉄板の中央に弾頭より少し大きめの窪みのような穴を開け、内部は薄く生ゴムを張っておく。そこに弾頭を押し込むようにする。弾頭の刺さったような形の鉄板をひっくり返し、雷管の嵌った底部を底にして立てた薬莢に対して慎重に位置合わせを行ってゆっくりと叩き込むのだ。
そして、ここからが収穫だ。
それらの失敗の度に見かねたトリスが調合や作業は任せろと言ってきた。
最初は幾ら【秤】を持っていようが、まだきちんと手順などが確立された作業では無いし、慣れていないのだから危ないと断ったが、すぐに思い直した。そういやぁ、彼と出会った当初、元々は確かに将来的に火薬の製造で役に立つのかも知れないと予想をしていた事でもあった。少量なら失敗しても即死はしないだろう。即死じゃなけりゃ治癒はしてやれる。
「【秤】か……。そうだな、頼む。安全には気を付けてな……」
と、トリスに配合法や作業手順、治具の使い方などを教える。トリスはふむふむと頷きながら聞いて、聞く度に一度で成功させてしまった。胡座をかいて座り、俺が作った材料を目分量で適当に手でちぎっているだけにしか見えない。たまに「発射薬の量はこれと同じでいいんですよね?」とか幾つか確認する程度である。しかし、作業後に出来栄えを確認すると俺より余程正確に作業を行っているらしい。
雷管を嵌め込む時も微妙に板の位置をずらし「……ここか」とか言ってスコンと金槌で叩いていた。確認するとしっかりと嵌り込んでおり、俺の苦労が馬鹿みたいに思えるくらいだった。鉄(銅は安いが鉄よりは高いし、鉛はかなり安いがバルドゥックでは取り寄せなくてはならない)で作った弾頭を嵌め込む時も然り、だ。当然トリスが作った弾丸は不発なんか一発もなかった。
そればかりか、弾頭を嵌める治具の穴の数を増やし、六発も同時に弾頭を嵌め込むという離れ業まで平気な顔で行っていた。今では俺が材料を作り出し、トリスが量を測り、組み立てまで行う状況だ。俺は弾頭の代わりにゴム栓を詰めた網撃ち用の空砲を作るだけだ。危険物を取り扱っていることを度外視すれば幼児でも出来る作業だ。
このように弾丸の製造に優秀なトリスが居たために製造時間は大幅に短くはなったが、それでもそれなりの時間は食われる。百発試射するのに合計二時間も掛からないのに、それ以外の時間は殆ど弾丸作りに費やされる始末だった。
だが、とにかく弾丸やそれを発射する銃は一応の完成を見たと言っても良いかも知れない。
あとは銃本体を携行可能なように銃床などを再設計し、中折れ式二連散弾銃の様な形(同時発射だけど)に作りなおすことだ。また、可能であれば(そして、余裕があれば)同様に実弾を発射可能な本物の銃を設計する事だろう。出来ればリボルバーでもボルトアクションでもなんでも良いが、弾倉を備えて連続して装弾から射撃、必要なら排莢までを行えるものにする。こちらは目指せ、自動小銃である。
どんなに短くても何年も掛かるんじゃないかな?
ま、ボルトアクションの単発銃だって第二次世界大戦は疎か、その後も使い続けられ、俺が事故死した時でも軍用銃で採用されている手堅い作動形式だ。フィンランドの有名な狙撃手はこの安全装置も無いボルトアクションライフルで一分間に十六発も射撃が出来たらしいからね。
地上に戻り、冬休みに入った。
明日か明後日くらいには実家から隊商も到着するはずだし、こちらも可能であればミラ師匠のところに顔を出しておきたい。
・・・・・・・・・
7446年12月27日
隊商を率いてきた兄貴たちに同行する形で王都に来た。
同行者はミヅチのほか、十人以上もいる。
二台の馬車に対して元々多目の兄貴と御者を除いて六人もの護衛の他にだ。
相変わらず買い物に目の色を変えているラルファとグィネ。燻製目当てのゼノムはいつもの事として、根絶者での稼ぎによって生活に余裕ができ、奴隷たちに王都見物をさせてやりたいというロリックたち三人組。一丁遊びまくってやろうと息巻いているロッコとケビン。カームとキムもなにやら買いたいものがあるようだし、ビンスとヒスは武器の新調らしい。その他のメンバーはバルドゥックで休みを満喫するようだ。
従士長のショーンは「これだけ多くの一流冒険者に護衛されて、まるで戦地の重要物資の運搬部隊のようですな」と上機嫌だった。実は俺に「アル様、アル様は五年も経たずして多くの素晴らしい配下を手に入れられて、本当に大したものです」と耳打ちしてくれた。褒めてくれるのはこそばゆいが、これでもまだ足りねぇと思ってるんだよ。
また、兄貴を始め、従士たちは俺の偉業達成を耳にして驚いていた。
「本当にお前は大した奴だ! 俺も鼻が高い。今日は俺の奢りだ! いい店に行こう!」
と兄貴は頭を撫でてくれた。もう十八なんだからさ。そういうのはそろそろ遠慮したいな。
「それは何と! いい土産話が出来ましたよ!」
「凄いな!」
「流石ですなぁ!」
「本当にご立派になられて……!」
従士たちも心から祝ってくれた。照れ臭いが、素直に嬉しい。
いつものように王城に登城して納品を行い、残金を受け取って次回の注文を取る。同時に半金も受け取る。これだけ多くの現金を運ぶのだし、多目の護衛は仕方ない。今までが少な過ぎたのだ。兄貴によるとかなり金に余裕が出来たので従士たちの見聞を広めるために多くの人数を割いているとのことである。
牛馬を農業に使うことでかなり省力化が図れたために人数にも多少余裕が出来ていることが最大の要因でもあるとも言っていた。今では実家で使っている軍馬三頭、荷馬車用の駄馬四頭のほか、合計十六頭もの牛馬が農業に使役されている。
従士たちが直接農作業に関わる機会も減り、剣の稽古に取れる時間も増えたそうだ。そして、開墾も順調であり、ゴム園を中心に俺が村を出た当時より合計で二十ha近くも農地が拡がったそうだ。今年の頭に帰った時は隅々まで見て回った訳じゃないからなぁ。
また、ミュンは現在二人目の子供を身籠っているらしい。
……幸せそうで良かったな、ミュン。
少しは俺も恩返しが出来たと思いたい。
なお、兄夫婦の方はおめでたはないようだ。これでシャーニ義姉さんも妊娠していればまた同い年の友達が出来たのにな。そう言うと兄貴は少しぶすっとした顔で「ゼットもベッキーも本当に手が焼けるんだ……イタズラばかりしやがる。いつもアル(アイラード)が苦労をする役回りをさせられているよ」とぼやいていた。




