第二百八話 十層へ3
7446年10月28日
ふむ、【血塗れの手斧】か。
大した魔法の武器だ。ラルファに丁度良いかも知れない。戦闘が続く限り高性能になっていくなんて、アホなあいつにぴったりだ。この分だと二十代三十代、事によったら四十代になっても最前線に出続ける可能性があるのはラルファくらいだろうからな。
取り敢えず手斧をこねくり回してしげしげと観察し、柄を持って振り回してみたりした。
「うん、まぁ平気だな。ラルファも問題無いみたいだし、物騒な名前だけど呪いだの祟りだのがあるって訳じゃないだろ」
そう言って俺もさっさと柄を掴むことでミヅチを安心させてやった。「大丈夫?」とラルファに尋ねていたミヅチも俺が柄を持ったことでそれ以上追究はしなかった。
「うーん。やっぱ俺には合わないな。おいラルファ、こいつはお前に預ける。魔法が掛かってるみたいだし、手斧だし、丁度いいだろ」
「え? でも、この斧……」
ラルファは喜ぶかと思っていたが、どうも違うようだ。
なんで? と思ったが思い当たるフシがある。今彼女が使っている手斧はゼノムが長年に亘って使い続けていたものだ。元々そこそこ良い品物なので長持ちしている。
何年か前、当時ラルファの使っていた手斧ごとヴァンパイアを塵に変えて倒した。その時、武器を失った彼女にゼノムの手斧を使わせ、ゼノムは拾い物の剣を装備させた。戻ってから結構良い斧を買ってお詫びしたんだ。それから新品の斧をゼノムが使い、ラルファはそれまでゼノムが使っていた斧を使っていた。その後、魔法の斧をゼノムに渡してからもラルファは武器を変えずに同じ斧を使い続けていた。
そう言えばいつだったかラルファが酔って話していた事がある。
――私ね、この斧欲しかったんだ。私が小さい頃からゼノムはずっとこの斧で私を守ってくれてたから、見慣れてるのもあるんだけど、私にとって一番頼りになる物なの。
単なる感傷以外の何物でも無いが、それで気が済むなら俺が何か言う筋合いじゃないと思って放っておいた。長年傍で見ていたなら何度も使ったこともあるだろうし、使い慣れてしっくり来ていると思ったからだ。武器のバランスや重量に慣れているのといないのとでは戦闘力にも響いて来る可能性を慮ったからだが、俺の考えの根底として「同じ種類の武器なら何を使っても大差ない」と思っていたに過ぎない。
勿論、上物や業物なんかもあんまり変わらないと思う。極論を言えば魔法が掛かっているかの有無についてもあんまり拘りはない。上等な武器の方が良いに決まってはいるが、どんな鈍らだろうが殴られれば痛いし、突き込まれたら致命傷を負うのに違いはない。【鑑定】で見ることの出来る性能の数値の多少の違いなんか俺に言わせればお守りか気休め程度のものだ。
個人的に俺が思う重要な部分は耐久の値と、その武器の形状が扱うのに丁度良いかどうかだけだと思っている。こう言うとミヅチには笑われたけど。冗談だと思っていたんだろうな。でも、その時に教えて貰った「魔法の掛かった武器でないと傷つけられない奴が居る可能性」については忘れてはいない。世の中は広いからきっとそういうモンスターだって居るんだろう。ドラゴンとか。
とにかく、装備者個人にしか効果を及ぼさない物なんか大したことはない。冒険者や下っ端の兵隊が重宝するだけの贅沢な個人用装備の一つにしか過ぎない。勿論、そういった高性能で高級な装備に身を固めることの意味まで否定はしない。少しでも高性能な武具を求めるのは当たり前のことで、俺だって欲しい。でも、皆が言う程の拘りは無いってだけのことだ。
さっきの「魔法の掛かった武器でないと傷つけられない奴が居る可能性」が否定出来ないから売らないで取って置いてるだけのことで、今のところそれ以上の意味は全く無くはないけど、実はあんまりない。
「そうか。なら誰か別の「いらないとは言ってないでしょ! 私が使う!」
あ、そ。
なら最初から言えよ。
「ほれ、大事にしろよ」
「うん!」
ラルファは早速斧のバランスを確かめるかのように振り回したりしている。
「他には無いか?」
九匹のミノそれぞれが魔法の品を持ってるなんてこと、あるかな?
無いよね。
やっぱり。
そんな甘くないか。
【幅広刃の斧槍】
【両刃の戦斧】
【片刃の戦斧】
【逆刺の三叉槍】
【十文字槍】
【長柄の戦斧】
【鉤爪付き薙刀】
【リボン付き三角槍】
今回得られた極上の業物の数々だ。どれもこれもそれぞれ非常に価値が高い。全部売れば四千万Zは下らないのではないだろうか。なお、【両刃の戦斧】は見た感じ八層の守護者であったミノタウロスから入手したものと全く同一のように見えた(持ち帰って確認したら、戦闘で付いたと思われる傷跡以外は生成日を除いて全く同一であった)。
なお、斧槍を使っていた一番のデカブツは【牛人族】であり、その他のは【小牛人族】とか【劣牛人族】だった。因みにレベルは殆どが一桁だが、俺とエンゲラたちが手こずっていた【劣牛人族】だけ三十レベルを超えていた。道理で……ふざけんな、くそ。まぁ経験値はその分高かったみたいだけどよ。
ステータスを見ていたミヅチは「この大きいのが本来の九層の守護者なのかな? でも、魔法の武器を持っていたのは違うし……」とかぶつぶつ呟いていたが、どうでもいい。問題はこいつらもいずれ復活する可能性が高いことだ。次からは必ず後ろから先手は打てるだろうけど、九匹は辛いだろ。あ、いや、そうでもないかな? わかんねぇけど、ここでも何度か試してみなきゃな。
「ミヅチ、考え事は後にしろ。まだ他に敵が居ないとも限ら……ライトニングボルトの檻は消えたし、居ないのかな?」
ミノタウロスに気付かれた辺りまで戻り、石を幾つか積んでだいたいの目印にしておいた。
やはり柱から五十m程度かね?
八層と同様に岩場ではなくなった辺りか。
暗い時の視界はいいとこ五十m。
それも丁寧に観察した場合だ。
普通は四十mくらいが見通せる程度である。
・・・・・・・・・
八層同様に九層の転移水晶の間も中央に聳える柱の中にあった。
戦利品を運び込んで一休みだ。その間にラルファはズールーとエンゲラにミノたちの死体を一箇所に集めさせると魔法の腕輪を使って死体を一気に水に変えていたようだ。ああ、八層のミノの死体も水に変えとけば良かったよね。でも、使いたくなかったんだ。
「アル、九匹もミノタウロスが復活するのは厄介だぞ」
「アルさん、どうします?」
「この通路の広さだと、ぎりぎり詰めても四~五人が並ぶのが精一杯ですよ?」
ゼノム、トリス、ベルが言う。うん、解ってる。ミノがどういうふうに現れるかも解ってないし。現れ方は八層と一緒だろうけど、横一列に並んで現れるのか、固まって現れるのか、隊列を組んで現れるのかは全く不明だ。
「ちょっと待ってくれ」
手を立てて話を遮り、少し考えを整理してみる。
ミノ共が復活したら魔法も固有技能も使えないから強そうな奴を選んで不意打ちでぶっ殺す事も難しい。運を天に任せて不意打ちで四~五匹仕留められるくらいが関の山だろう。必ず背後からの不意打ちを狙えるというのが唯一のアドバンテージになる。それだって無茶苦茶有利なんだけどね。
多分、この転移水晶の間の中から襲いかかる分には例えレベルの高いやつを撃ち漏らした所でさっきのような苦戦はしないとは思う。だが、外部からまたここへ来る場合は異なる。さっきみたいな危険な戦いになる可能性が高い。救いはミノの持っている武器のランクが落ちるだろう、という程度で、前述した通り俺にしてみればそんなの大して慰めにはならん。大体、盲目の矢はあと二十本しか残ってない。
どうする?
ミノの復活までまだ余裕はあるだろう。
十層を少し覗いてここで迷宮の探索を止めるか?
九層までで出てくるお宝だってかなりのものだ。
今迄やってきたように何度も潜ればまだまだ見つかる可能性も十二分にある。
……だが、ミヅチ理論によると迷宮深部ではもっとすごいお宝が出る可能性は否定出来ない。
と、言うか、俺も含めて今では皆ミヅチ理論を信じ始めている。
正直な話、ミスリルだのアダマンタイトだの、未だ入手出来ていない貴重な鉱石が手に入る可能性も否めない。
存在するよな、きっと……。
【精人族の鎖帷子】などの強力な装備もある。
誰でもファイアーボールが使える様になるワンドに代表されるような、戦争の局面を左右しかねないものだって……。
ふぅむ……。
ま、俺一人悩んでも仕方ない。
そもそもミノを何とか出来ればいいんだし。
「ここに居て外にミノタウロスが復活した場合はあんまり問題ないだろう。不意打ちで半分には出来るだろうし、そうなれば魔法が使えなくたって今回程の苦戦はしないと思う」
「そうね……」
ミヅチが心配そうな表情で相槌を打った。こいつはまた九層外部からここに来た時のことを心配している顔だな。
「だけど、問題はそっちじゃない。次にここに来た時だ。不意打ちは出来ないんだぜ」
「確かに……アルさんとマルソーたちが相手をしていたミノタウロスはものすごく強かったですね。私が見てもはっきりと解りました」
ベルは俺の言いたいことを理解してくれていたようだ。
「ああ、そうだ。あれはまずい。外見ではっきりと判るなら別だが、見た感じは他のミノタウロスと一緒だった。今回、エンゲラが怪我をしたくらいで何とかなったのは奇跡だ。はっきり言って俺が死んでいてもおかしくない」
「「……」」
ゼノムとトリスが絶句していた。彼らは直接鉾を交えていないから解らないんだろう。
「安全・確実に突破するには二つの方法しかない」
俺がそう言うと、ゼノム、ミヅチ、トリス、ベルの四人だけでなく、残りの五人も側に寄って来てじっと俺の言葉を聞いているのに気がついた。
「一つは言わずと知れた事、あのミノタウロスなんか手玉に取れるくらいもっと強くなる事だ。何度か言ってるが、肉体レベルを上げるように今まで以上にモンスターを殺しまくるとかな」
当たり前のことだよね。
そして、俺は表情を改め、皆を見回す。
ゼノム、ラルファ、トリス、ベル、グィネ、バストラルの顔を順に見た。ミヅチと戦闘奴隷二人は全く疑っていない。多分だが、トリスとベル、それにバストラルあたりは信用しても良いかも知れない。あと、考え方によってはゼノムもか。ん~、グィネもまぁ大丈夫だろう。ラルファ……も流石に言って良い事と良くないことの判別は付いているはずだ。
なんだ、大丈夫か。
言葉を続ける。
「もう一つ、あるにはあるが……こいつは簡単じゃない。いや、簡単と言えば簡単だが、用意がいるし、材料からある程度の量を集めにゃならん。それに……訓練……いや、方法については絶対の秘密にして貰う。それを誓ってもらう必要がある」
改めてそう言うが、皆、何を今更、というような顔だった。
「あのさ、たまに思うんだけどさ、アル、あんた、もう少し私達を信用してくれてもいいんじゃない? 今更あんたを裏切ってどっか行ったりしないわよ」
ラルファが口を尖らせて言う。言いたいことは理解る。理解るが、こればっかりはそうも行かん。ついでに言うと俺も今更どっか行かれることなんか心配してねぇ。興奮して喋られると面倒なだけだ。
「『銃』、ですか?」
トリスが判ってる、とでも言うようにしたり顔で言う。どうもトリスはベルと話をしていたようだ。ベルも頷いている。でも、いいところを突いているが、惜しい。銃という言葉を聞いてラルファとグィネ、バストラルは驚いた顔をして捲し立てた。
「「ええっ!? 作れるの(んですか)!?」」
作れねぇよ、まだ。火縄銃程度ならいつでもOKだけどな。でも、火縄銃は火種の携帯の他、火薬や弾丸を発射直前に用意したり、扱いが難しい。火薬の量だって学ぶ必要があるだろう。それに、発射時に火の点いた火薬が火皿から飛び散る。発射の度に綺麗なベルの顔に小さな火傷を数多く作ったら治癒に魔力食われるじゃんか。一発発射して十箇所に火傷を負ってみろ。ベルの魔力はそれで半減だ。
それはそうと、金属薬莢を利用した鎖閂式、又は半自動小銃なら部品は鉱石と魔術で作れる。全自動の小銃は64式しか触ったことはないが、部品点数が多くて構造が複雑過ぎる。その点、半自動のM1ガーランドは防大でも使ってたが、機構は64式に比べてかなり単純であり、分解整備も儀仗隊で64式よりも数多くこなしていたからよーく覚えてる。問題ない。射撃回数は64式よりも何倍も多いだろう。空砲だったけど。
発射薬も大丈夫。起爆薬であるDDNPも作れるだろ。最悪雷酸銀でも雷汞でもいい。どれも前世、実習である程度の自然物から作ったことがあるしな。研究室の中で、ちゃんとした道具使ってだけど。発射薬と違い、こっちはまだ何のテストもしてないから調整にそれなりの時間が掛かる。銃本体もいきなり使えるものは作れないだろう。
それに、もっと大きな問題もある。個人用の鉄砲なんざ持たせたら、誰とは言わないが必ず調子に乗る奴がいる。いずれ迷宮内できちんと訓練をする時も来るだろうし、銃はそれまでお預けだ。
「残念ながら弾丸を発射して殺傷する『銃』とは違う。殺戮者の他の奴にもまだ内緒だ。当分はな」
あの大きく丈夫そうな体躯(一番小さい奴でも二m近い長身を誇っていたし、何発か攻撃を当てても殆ど怯まない奴がいたんだ)で、あのオーガよりも優れた体力もあるなら小さな銃弾なんか当てても急所にでも当たらない限りあんまり意味ないだろう。そもそも動いている相手にそんなこと出来るのなんか訓練を積んだベルくらいだろ。
「『銃』じゃないとしたら、何です?」
少し意外そうにトリスが聞いてきた。
「『火薬』は使うよ。でも銃でもないし、爆弾用の火薬はまだ何のテストもしてないうえ、作ったことすら無い。だが、銃弾を発射出来るような火薬は問題ない。ああ、『銃』と言えば『銃』かもな……でも、一般に言われる『銃』とは違うんじゃないかな。君たちに解りやすく言うなら『火縄のバズーカ砲』みたいなもんだ。あ、いや、『擲弾銃』かね? 似て非なるものだけど」
言っているうちに何を言ってるんだかよく解らなくなってきた。ま、それほど大したもんじゃない。
火縄式の網撃ち銃だ。
丈夫な(俺が金属ワイヤーを作るのが手っ取り早い)ロープで縦一m、幅四十~五十m程の目の粗い(粗さは二十五㎝くらいかね)網を作り、小さな返し付きの釣り針みたいなものを各所に仕込んでおく。針の大きさは二十五号、いや三十号くらいでいいだろ。それを適当な幅で波型に畳んでおく。両端には銃、と言うか、砲と言うかの弾頭になるような矢みたいなものをくっつけておく。
大口径の銃みたいなある程度発射薬の量が多い銃のようなものを、少し先の広がった水平二連ライフル銃のように作り、そこに前装式でさっきの矢を突っ込んでおいて同時に発射する。上手く行けば網が広がってミノタウロスたちを絡めとることが可能だろう。後は動きが鈍ったところに槍でも突き込んでやればいい。
いきなり上手くは行かないだろうが、一~二ヶ月も製造と修正、練習をすれば大丈夫だろ。何しろ狙いなんか適当でいいんだし。それこそ九匹のミノを全部絡め取れなくたって構わない。どちらかと言うと発射機の火薬量の調整と銃口の角度なんかの調整の方が圧倒的に大変だろうよ。
問題は発射機と網の携帯だ。それなりの重さにはなるだろう。が、守護者は何度も撃破すればそのうち復活しなくなるらしいから本気でここに籠もって撃破し続けるのもありかもしれない。
そう考えると数丁くらいは本格的な銃を作るというのもいいかもな。入り口の中から数m離れた相手の急所を狙うなら誰だって出来るだろうし。ゆっくり落ち着いて狙えるから外しっこない。
どうすっかね?




