第二百七話 十層へ2
7446年10月28日
眼前のミノタウロスが手斧を振り上げ、振り下ろしたと思うと左腕に装備されている小楯に隠し、途中で軌道を変えて薙いで来る。
俺は今までの戦闘で学んでいたために辛うじて斧を躱すことに成功する。
だが、そのおかげで俺の体勢は崩れ、ミノタウロスの蹴りを脇腹に貰う。
腰の入った蹴りではなかったのでなんとか耐えられた。
武器による攻撃こそ未だ貰ってはいないが、小楯に殴られたのが二回、蹴りもこれで二回目だ。
体が軋みを上げて危険を訴えてくる。
しかし、蹴りを食らうと同時にミノタウロスの太腿に千本を突き刺すことには成功している。
俺がミノに突き刺した千本は今ので三本目。
勿論、千本には痺れ薬を塗ってある。
オーガ用の安物とは違ってバルドゥックの冒険者御用達の薬品商、ミッシーズで買える最高級品だ。
俺が食らったら三十秒もかからずに体全体が麻痺する非常に強力な薬品である。
だが、それでもミノの動きは一向に鈍らない。
この時までに俺がミノに入れていた攻撃は四発。
銃剣による右脇腹への突きが一発に、同じく銃剣での斬撃による右前腕への斬り付けが一発。
そして千本を投げ付けての突き刺しが二発。
今回の突き刺しで三発目。
これで都合五発目だ。
それ以外の攻撃は悉く小楯によって弾かれ、いなされ、または躱されてしまっていた。
しっかし、合計五回もの攻撃を食らっても全く平然としている奴なんか初めてだ。
八層の守護者であったミノタウロスは勿論、オーガにせよ、トロールにせよ、そしてホーンドベアーだって一発入れたら少しは鈍っていたんだ。
綺麗に二発も入れれば痛みからその動きは目に見えて鈍るのが普通だろ。
全く驚異的な奴だ。
一体どれだけのHPを持っているのか空恐ろしく思う。
今回、殺戮者のメンバーは自らの得物に最高級品の痺れ薬を塗って戦闘に突入した。
糞忙しい中で観察出来ただけでも、俺の目の前のミノタウロスのほか、エンゲラとグィネが相手取った三叉槍を使っていた奴には痺れ薬は効果を及ぼしていない。
最初に盲目にしたでかいの三匹はともかく、他の奴らにはそれなりに効果はあるようだった。
またミノが斧を振り下ろす。
今度は下手な小細工をされる前に、数十㎝ではあるが距離を取ることに成功し、完全に斧を空振らせた。
その隙を突いて、銃剣による刺突を狙うが小楯に阻まれる。
それは読んでいた。
小楯に阻まれることは予想していたんだ。
今回、左手は木銃の弾倉の手前、機関部のあたりに添えていた(本来の型に従えば、左手は銃のハンドガードの下部、または上部に添える)が、突きと同時に弾倉の下部に移動させる。
ハンドガードから手を引き戻すより機関部から前に出す方が速いし、力を込め易いからだ。
小楯に阻まれた瞬間、弾倉部を下から押し上げる形で木銃を縦に回転させると同時に小楯に左肩から体当りした。
更に左手を逆手にして木銃のハンドガード左側のフォアグリップを握る。
右手は銃把を離し、機関部から飛び出ている剣の鍔をこれも逆手で握る。
俺の体当たりを受けたミノは小楯を固定している左腕が拘束されたも同然だ。
そして、一気に体ごと縮める勢いで銃剣を天に向けた木銃の銃床をミノの左膝頭に叩き込む。
膝頭の皿を割ってやる!
だが、ミノは俺の予測を上回る俊敏な動作でそれを躱しやがった。
無理に俺の攻撃を躱したせいでミノの動作には無駄が出来る。
その一瞬で俺も何とか距離を取って体勢を立て直し、また仕切りなおしだ。
凄いな、こいつ。
「ヴモッフ、ボォゲェッ!」
うるせーよ、牛頭。
今度はこっちからだ。
銃剣格闘ではなく、銃剣道の動きで二回直突きを放ち、距離を詰める。
二回とも小楯でいなされた。
そして三回目。
また直突きだと思ったろ?
残念、下段回し蹴りでした!
ミノの右膝に俺の回し蹴りがクリーンヒット。
体勢が崩れたところに銃剣での刺突。
だが、これはミノの手斧で逸らされた。
直後、ミノの小楯による殴打。
腰を落として頭上を空振らせる。
同時に左手は右手の篭手に仕込まれた千本を引き抜き、横投げ(命名:ミュン)による至近距離での投擲。
「ゴオッ!?」
牛頭の腰蓑を突き破り、見事股間に命中。
仮にその腰蓑がズールーの持っている魔法の品と同等だとしてもちみっとダメージを減少させるだけだろ。
腰蓑の奥から血が垂れた。
ミノは初めて激痛に耐え兼ねて顔を歪ませた。
多分あの表情はそうだろ。
と、殆ど同時に二方向から矢が飛来し、うち一本は小楯に阻まれたものの、一本はミノの右肩に突き立った。
有り難い!
ミヅチとベルの援護が開始されたようだ。
ふはははは、これで百人力だ。
一対三。
しかもポイントブランク距離でのベルの弓だ。
これで負ける要素はねぇ。
二人の援護が開始されたことで俺の心に余裕が生まれる。
改めて戦況も確認できた。
三叉槍を使っているミノは相変わらずエンゲラとグィネが相手を続けており、健在だ。
尤も、そこにバストラルとズールーが駆けつけ、眼前に立って牽制をする奴が二人、槍でも牽制(とても攻撃どころではないようで、牽制が精一杯のようだ)を行えるのが二人になったことで流石に楽になっているようだ。
因みに、エンゲラはかなりの手傷を負っており、俺の援護を続けるミヅチから下がれと言われている。
でかいの三匹については俺の援護の前に弓使いの二人が予め数射していたようで、両刃の戦斧を使っている奴と片刃の戦斧を使っている奴については目が見えない事もあってかそれぞれラルファとトリスが倒していた。
一番大きな体躯を誇り、リーチのある斧槍を使っている奴はゼノムが相手にしているが、驚いたことに既に盲目状態から脱しているようだ。
彼の援護を行うべくトリスとラルファが別方向から雄叫びを上げて突撃を行い始めたところだった。
これで全部一対複数になった(エンゲラとグィネだけは最初からだけど)。
もう安心だろう。
あとは丁寧に料理してやるだけだ。
そう思ってしっかりと銃剣を握り直し、ミノを睨みつける。
ミヅチとベルの二人は、続けて弓を放った。
その攻撃に合わせて俺も攻撃を仕掛ける。
俺の突きはまた小楯に阻まれてしまったが、二人の矢は命中した。
それで少し怯んだ隙に、左手で奴の右手を内側から掴んで動きを阻害し、同時に渾身の蹴りを放つ。
右足の甲から何かを潰したような手応え(足応え)が伝わってくる。
「ゴオッ! オ……」
ミノが固まった。
ふん、腰を引いただけじゃなく、思わず左手を股間に持っていったようだな。
丁度小楯で隠すような形になってやがる。
卑猥な奴め。
その姿勢は肉体的に若い女二人の目に悪い。
右手に握った銃剣で奴の胸に突きを一発。
綺麗に入った。
ミノの両手が下がる。
もう一発。
今度はしっかりと両手で握り、腹の中央に突き入れ、それから斬り下げた。
どぼどぼと音を立ててミノの内臓が腹から零れ落ちる。
ミノと目が合った。
苦痛に顔を歪ませ、牛のように涎を垂らしている。
少し情けない目つきだった。
その両目にそれぞれ矢が突き立った。
横に回りトドメとばかりに首に突きを入れ、蹴り倒した。
すぐに右手に走りズールー達の援護だ。
「ミヅチとベルはでかいのを!」
そう叫んで駆け出そうとした時にはバストラルの槍が胸に、グィネの槍が腹に深々と突き刺さったところだった。
二本の槍が別方向から突き刺さったらもう大丈夫。
ああなったらオーガだろうともうその場に固定されて動けない。
ズールーが始末をつけてくれる。
「エンゲラ、無事かっ!?」
どうやら致命傷では無いらしい。
膝を突いた姿勢で兜の下に勝利の笑顔が見えた。
もうちょっと待ってろ。
あのデカブツをやっつけたらすぐに治癒してやる。
「ヴモオォォォッ! ギザバダァァッ!!」
デカブツは斧槍を振り回して大暴れだった。
その顔は周囲の状況を見て怒りに歪んでいるように見える。
今はラルファとトリスがその暴風のような斧槍の矢面に立ち、ゼノムが少し離れた所で斧を振り被り、隙を窺っているところだった。
そして、丁度ラルファが斧槍の先端部に自分の手斧を絡ませて動きを阻害した。
ナイス!
その隙を見逃すゼノムではない。
「っせいっ!」
気合一発、ゼノムが斧を投げた。
ゼノムの手を離れた魔法の斧はくるくると回転しながら飛翔し、どっと音を立ててデカブツの右肩口に深々と突き立った。
斧槍から左手を離し、斧を引き抜こうとするところにぞぶぞぶと音を立てて矢が連続して二本突き刺さる。
更なる隙がデカブツに生じる。
「エメロン!」
そこに炎を纏わせた一撃をトリスが決める。
炎の剣はデカブツの脇腹を切り裂くが、同時にじゅわっと音と立てて傷口を焼く。
あれ、止血にもなってんじゃね?
それでも結構な量の血液は出てるみたいだけどね。
デカブツの動きは多少鈍ったが、それでもまだまだ元気はあるようだ。
だが、俺ももう戦場に到着するし、時間の問題だろ。
・・・・・・・・・
「これでどうだ? まだ痛みはあるか?」
完全治癒の魔術を何回もエンゲラにかけて尋ねた。
「すみません、まだ少し痺れる感じが……」
「ん、そうか」
更に追加で治癒魔術を掛け、完全に痛みが無くなったことを確認する。
皆には少しでも痛みが残っているなら必ず言えときつく念を押している。
万が一の時、それが生死を分けるかも知れないからだ。
最近は俺の戦闘奴隷も全く遠慮はせずに少しでも痛みが残るようであれば必ず言ってくる。
「これ、すごい業物だな。【幅広刃の斧槍】か」
「確かにそうですね、ゼノムさん。でも斧槍は使ってない……ルビーが使ってたか」
「あいつに使わせるのか? 勿体無い代物だぞ」
「そうは言っても、折角ですし」
「ねえ、魔法の品見つかった?」
「まだ見付からないわね。ベル、そっちはどう?」
「こっちはひと通り見たわ。武器はそれなりのようだけど全滅よ。グィネの方は?」
「ちょっと待って下さい……あ!」
「「ん?」」
「これそうだと思います。ミヅチさん、ちょっと見て下さい。どうです?」
「……確かに。でもどうも反応薄いわね」
「ですよね」
「ちょっと見せてよ。ステータスオープン……【血塗れの手斧】? なにこれ?」
「ラル! 手を離してっ!」
「うひゃっ! 大声出さないでよ、ミヅチ」
なんだなんだ?
「名前が尋常じゃないわ! 呪いの品かも」
「ええっ!?」
呪いの品ぁ?
そりゃねぇだろ。
ミノが使ってたんだし。
確かに尋常じゃない強さだったけど、特に変わったところは無かったぞ。
どら。
【血塗れの手斧】
【ミスリル鋼・檜】
【状態:良好】
【生成日:28/10/7446】
【価値:1】
【耐久値:19998】
【性能:30-100※】
【効果:手斧としての性能は極普通。※但し、攻撃を与え、対象の血を浴びる度に攻撃の貫通を含む命中性やダメージなどの性能が上昇する。上昇時間は血を浴びた相手のレベル×六十秒。性能の向上は効果時間中でも累積する。なお、性能向上のための攻撃は殺意、またはそれに準ずるような感情を持って行わねばならない】
呪いの品に匹敵するような凶悪なシロモノだった。




