第二百六話 十層へ1
7446年10月21日
ドルレオンで飲み食いしながら当面の話をした。
「今回、カームとキムは残念だった。だけど、本当にギリギリまで頑張ったと思うよ。バストラル、エンゲラ。次は危ないかも知れないぞ」
少し酒が入ってはいるが、まだ酔っ払う時間じゃない。
「まだまだ大丈夫。そう簡単に明け渡すつもりはありませんよ」
バストラルは今日、少しばかり自信を付けたようだ。
「私もです。誰が相手でもオーガを倒すのであれば負ける気はしません」
エンゲラも景気良く気炎を上げている。
「そこで話しておかなければいけない事がある。剣や槍などの魔法の品だ。次から魔法の品は全面的に禁止な。放っておけば定番化しそうだからな」
これを聞いた皆は頷いてくれた。うん。ミヅチの曲刀やグィネの槍は今回の実績もあるからまず最初に狙われるだろう。トリスの炎の剣や場合によってはゼノムの 手返りの投げ斧なんかも、少なくとも殺戮者内部では知られているので狙われやすいと思う。
試験を突破するだけじゃなくて、その後はそういった魔法の武器無しでオーガだけでなく、トロールなんかにも挑まねばならないのだ。
「禁止なのは薬品類と魔法の品な。あとは何をしてもいい」
それを聞いて、残念そうな顔をする奴、ホッとしたような顔の奴、色々な反応があった。しょうがないよね。表現は少しおかしいが、一夜漬けの受験勉強のようなもので、身に付いた物とは言い難い。単純に持ち主(預け主)への交渉の順番を争うだけになりそうだし。マンネリは良くないよ、うん。
納得してくれたところで次の話題だ。
「明日の午前中は全体訓練。明後日と明々後日は休みだけど、明後日の午後はそれぞれのチームで訓練な」
皆は話を止め、俺の言葉に耳を傾けてくれた。
「その次の日。前も話したが、二十五日からの迷宮行において殺戮者は十層を目指す。今回も八層突破の時のように殺戮者から人は出さない。皆にはまた一週間迷惑を掛けるけど、無理のないようにして欲しい。虐殺者はカームが、根絶者はジンジャーが仕切ってくれ」
念の為に再確認だ。俺がリーダーを指名した形になるが、放っておいてもこうなるし、いいだろ。
「八層の転移水晶に到達するのは二十七日だ。翌日の二十八日、九層に転移する時はある程度転移先を選ぶ。昼過ぎまでに例の中央の広場みたいなところに行ける場所に転移したらそのまま突破を図る」
ふむ。予想はしていたけど不安そうな顔の奴は一人もいない。
「首尾よく突破出来たらその後は様子を見る。特に問題がなければ八層の転移水晶の間に戻ってギベルティを連れてまた九層の転移水晶に行く。十層を覗くのはその後だな」
特に質問も無かったようなのでまた酒と食事を楽しみ始めた。
・・・・・・・・・
7446年10月28日
九層へは二十回程転移を繰り返した。九層の地図はまだ五割程度の完成度だしね。二十回でそこそこの場所に転移出来た事の方が幸運だろう。転移水晶は使用後に数十秒くらい使えない時間があるし、転移先で場所を確認する手間もある(グィネを擁する俺たちは、この手間についてのみはかなり軽減される)。二十回とは言え一時間以上時間を食われるのは痛いといえば痛い。
その後は五時間程掛けて例の階層中央だろうと目される大広間に到着した。ここに到着するまでに通ったモン部屋は五つ。そのうち一つは祭壇付きの部屋だったが、スカだった。
今の時刻は丁度十二時くらい。
「時間もいいし、昼食にしようか」
どうせここを突破した後は八層に戻るのだからギベルティの作る昼食が良いという意見もあった。しかし、転移や移動、魔石の採取に時間が食われたらお昼を回ることも考えられるので結局弁当を持って来ることにしたのだ。
大広間に入る手前の適当な場所で手早く蕎麦がきの弁当で食事を兼ねて休憩を取った。蕎麦がきは色々な食べ方がある。オリーブオイルを垂らして食べるのが代表的だ。それに、すり鉢であたって塩と胡椒で味付けされた鶏そぼろを加えると一層美味しく頂ける。俵状に整形して薄切りの豚肉を巻いて焼いても美味しい。
今回は少々お高いが、温かい蕎麦がきに直接胡椒とウィールなんかの柑橘を絞った汁を掛けた奴にした。これもさっぱりして旨い。
一休みで一服し、それぞれ用も済ませた。
「よし。行こうか」
全員が立ち上がり装備の点検と忘れ物がないか確認した。
・・・・・・・・・
八層の中央に広がっている空間のようにごつごつした岩があちこちに転がっている殺風景な場所だ。【部隊編成】を使うミヅチを先頭に傘型弐番でそろそろと前進する。
今回は前回の轍を踏むようなことはしない。
門番のようなミノを全員でぶっ殺すのだ。一対十。弓を使うベルもミヅチも居る。俺の他、盾を使うトリスとズールーも居る。頼りになるゼノムも居る。ラルファやエンゲラも充分な働きを見せてくれるはずだ。そして、大きなダメージを叩き出すグィネとバストラル。
いかな巨大な武器を振り回すミノタウロスとは言え、この布陣に勝てる訳ねぇだろう。
む。
ミヅチの【部隊編成】の感覚が消失した。
ここで一度、再確認の為にミーティングだ。
やっぱ【鑑定】は疎か魔法もダメだな。
「想定通りだな。前にも言ったけど、この迷宮の階層はミノタウロスによって守護されている。ここもミノタウロスなのは間違いないと思う。国王から聞いた情報と八層も何一つ変わらなかったしな」
「でも、最初の守護者はすごい装備なんでしょう?」
少し不安そうにグィネが言う。
「ああ、そうらしいな。でもミノタウロス一匹ならなんとでもなるだろ」
一匹とは限らないが、ここは皆の士気を下げたくない。わざと軽く言う。
「いいか。多分だけど相手の視界に入ったら一気に明るくなる。可能なら片目は閉じておけ。ここからは傘型壱番。三m間隔で行く」
そう言ってミヅチの脇を通り先頭位置に就いた。
「ゆっくり進むが、明るくなったら戦闘開始だと思ってくれ。その時点で発見されたと思っていいから、武器使用自由だ。但し、相手の人数が複数である可能性を忘れるな。多分一人だろうけど」
士気を下げたくはないとはいえ、一応警告だけはしておかなきゃ。万が一の時に慌てるようなことが無いようにね。
「複数の場合は「新たな敵を発見し次第、大声で全員に位置を警告ね」
ラルファが俺の言葉を先取りした。
黙ってらんねぇのか、こいつは。
これで何回目だ? と言うように耳にタコが出来るくらい同じ事を何度も何度も話しているから仕方ないのかも知れないけどさ。
昔の演習でもこういう奴から先に戦死判定を食らってた。
ま、今更か。
「解ってるならいい。各自、自分の担当方向の警戒を怠るなよ」
それからもう一つ。
必ず確認しておかねばならないことだ。
予想は付いているけど念のため、ね。
「トリス」
「はい」
トリスは少し離れた多少大きな岩陰に向かった。
全員が彼に注目する。
「ステータスオープン……よし。エメロン」
おおっ。
炎の剣はその名の通り刀身に炎を纏わせた。
皆の顔が綻ぶ。
トリスはすぐに剣を鞘に収めた。
ま、これで気が付かれたとしても構わない。
どっちみち明かりが点く。
……。
…………。
明かりは点かない。
ふーむ。
「ミヅチ、ベル。当初の予定通り使用の可否は俺が判断するが……ミノタウロス一匹の場合、あまりにも強ければ即座に使ってくれ。相手が複数だったり、ミノタウロスじゃない場合、目標の選定はしっかりとな。今回は三本なんだろ? 一本はミヅチに、残り二本はベルが使ってくれ」
「ええ」
「解りました」
よし、行くぞ。
・・・・・・・・・
九層の転移水晶の間を目指し、そろそろと進む。
中央の柱の輪郭がぼんやりと見えてきた時、三十mもの高みにある天井が急に光を発し、例のバーンという空気を引き裂くような音が大広間に鳴り響いた。
天井からの陽光のような光に照らされた先には、これも想定通りミノタウロスが居た。
その数は、俺の想定を大幅に上回る九。
せいぜい三~四匹かと思っていた。
いや、根拠は無いんだけどさ。
その九匹のミノタウロスたちが揃って「ヴモオォォォッ!!」と、俺たち侵入者に対する怒りだか憎しみだかの声を上げて駆け出してきた。
一際体のでかい、身長二m半近くもある斧槍を得物にしている奴が一匹。
しょっちゅう八層で後ろから不意を突いてぶっ殺してる、二mを大きく超え、両刃の戦斧が得物の奴が一匹。
二mちょいくらいの片刃の戦斧を振り回しているのが一匹。
他の六匹は二mを切るくらいの奴らだが、全員揃って筋骨隆々とした素晴らしい体格を誇っている。
それぞれ三叉槍、十文字槍、戦斧、薙刀、三角槍、手斧を得物にしている。
「うげっ! 沢山居る!」
「ラルファ、陣形を崩すな! 横列壱番で迎え撃つ! 各自武器使用自由っ! ミヅチ、ベル、でかいのからやれっ!」
俺がそう命じた瞬間、こちらに向かって突撃をしてくるミノタウロスたちに向かってまず二本の矢が飛び、すぐにもう一本が飛んだ。
矢は見事にでかいの三匹を無力化した。
弓矢での攻撃が奏功し、大きいの三匹が「ベガッ!!」「グダイッ!」「ゴドヤドォッ!!」とか言ってその場で武器を振り回すだけの木偶人形と化したために、ミノタウロスたちに動揺が走る。
「来るぞっ!」
相手が怯み、振り返ったりして陣形が崩れたまま突っ込んで来てくれる今がチャンスだ。
俺を中心に左にゼノム、その左にトリス、更に左にエンゲラ、右にラルファ、その右にズールーを前衛として配置し、俺達のすぐ後ろにグィネとバストラルが槍を構えている。
ミヅチとベルは更にもう少し後ろ、ポイントブランク距離で弓矢を放つ。
リーチのある武器を使うミノタウロスを相手取らねばならないため、先方に合わせて俺たちの間隔も五m近くも開いている。
上手いことに手斧を振り翳しながら駆け寄って来る、相手取るには一番楽そうなミノタウロスが真ん中辺りに居て突っ込んで来てくれる。
しめしめ。
この弱そうなのをさっさと片付けて頭数を減らそう。
「グィネはエンゲラの援護、バストラルはズールーの援護だっ! 外側から始末していけ!」
全員に防御を固めさせ、両端に位置して比較的脆いズールーとエンゲラの援護をさせた。
盲目となり、単なる扇風機と化した三匹を横目に俺たち前衛とぶつかった数は六対六。
俺がさっさと目の前の奴を始末してフリーになればすぐに優勢になると踏んだ。
だが、手斧使いのミノタウロスは思いの外実力が高く、始末するどころか奴の攻撃を躱し、跳ね除け、いなし続けるのに全神経を注がなくてはならなかった。
俺以外が相手をしていたらかなり危険な相手だと思う。
こいつの実力が意外な程高いことは大いに問題だが、それでも俺が対応したことは運が良かったと思う。
多分、実力は俺より上だ。
こんな奴、初めてだ。
得意の銃剣を使っていることでまだ何とかなっているが、白兵戦の技倆は俺どころか、あの第一騎士団のローガン男爵をすら軽く上回るだろう。
夢中で戦っているため、時間の感覚は既に無い。
が、それでも既に五分以上もの間全力で戦い続けている。
俊敏に動きまわって攻撃を躱してはいるが、持ってあと数分だろう。
体力には自信があるが、俺の息はいつか必ず上がる。
対してミノタウロスは全く疲れを見せていない。
むしろ斧を振るう速度や威力は少しづつ上がっているのではないかとさえ思えた。
そして、気が付くといつの間にかミノタウロスの数は四匹も減っていた。
って、回りを気にしてる余裕なんか無かったんだけどさ。
「ゼノムさん、ラル、トリスは奥のでかいのから始末してっ! ズールーとサージはマルソーの援護、残りはアルの援護っ!」
ミヅチが口早に指示を下していた。
くそみっともないが、これが俺の実力だし、どうしようもない。
早く助けて!
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