第二百五話 挑戦権4
7446年10月21日
丁度良いオーガを発見した。
高さ五十cm程の草原の中でお互いにふざけ合っているオーガが二匹。
俺たちが隠れている森の中からの距離は百m強というところだろう。
「バストラル、エンゲラ。相談は終わったか?」
二人はもう五分近くなにやらごそごそやっている。
返事くらいしたらどうなのよ。
ほれ、今、絶好のタイミングたったのに……。
っておい!
なにやってんの!?
二人はバストラルの槍の石突の方に何か細長いものを括りつけている。
あ……あぁ……あれは……。
【盲目の矢】
【櫟・鉄】
【状態:良好】
【生成日:24/8/7446】
【価値:20000】
【耐久:40】
【性能:射器の性能に加え15-65】
【効果:この矢が突き刺さった生物はその傷の大きさや当たった場所の如何に関わらず、鏃が完全に体内に隠れるまで突き刺さりさえすれば完全な盲目状態に陥る。効果が発揮された場合、効果時間は最低五分間は持続する。但し一度盲目の効果を発揮した後は回収して再使用したとしても、盲目の効果は失われている。その際には性能の良い魔法の矢となる】
まじかよ……。
今更ダメだとは言えねぇ……。
だけど。
「なるほど……」
「そう来たか」
ゼノムとトリスは少し感心したように作業を見ている。
「なにやってんの?」
「矢?」
カームとキムは傍にいたグィネに尋ねており、グィネは「矢のようですね……あ。……んふふ。見てのお楽しみですよ」とニヤついていた。
「……意外そうね? 私は聞いてたわ。ベルに相談されてベルの好きにしたらいいと言ったのは私だし。いつ使うのかと待ち侘びてたわ。ひょっとしてベルが渡さなかったのかと心配になっていたくらいよ」
……ふふ。
自然と笑みが溢れる。
バストラルもエンゲラも必死だったんだろう。
あの矢が一回しか使えない事はミヅチも知っている。
ミヅチによると「大抵の魔法の矢は一度使うと効力が失われることが多い」とはベルに言っているそうだ。
それでもベルは渡した。
一本だけなのかもっと沢山かは知らないけど、とにかく渡した。
ひょっとしたらギリギリのところまでは我慢しろ、くらいは言っていたかも知れない。
まぁそれはどうでもいい。
いいんじゃないかな、ここで使っても。
俺は使いどころについても含めて、矢についての全てをベルに預けた。
そして彼女は使うべきだと判断した。
それなら俺の出る幕じゃない。
危機的な状況をひっくり返す起死回生の一矢として欲しかったのもあるが、それは単なる俺の願望に過ぎない。
今がパーティー全体にとって危機的状況かと問われたら頭を捻るまでもなく否定出来るが、考え方によってはバストラルとエンゲラの二人にとっては危機的な状況であるとも言える。
ベルが何をどう判断して彼らに矢を渡したのかは些細なことだ。
彼女の心の中は俺が窺い知ることなんか出来るはずもないのだし。
まぁいいさ。
矢の効果の程を知るにもいい機会だろう。
そろそろいいみたいだな。
鏃は槍の石突から十㎝程飛び出してしっかりと縛られて固定されている。
「準備完了です」
「ご主人様、お待たせしました」
「ああ、ちょっと待っててくれ……」
またじゃれあっているオーガを観察しながらタイミングを計る。
ゴリラかなんかの子供がふざけてじゃれあっているようにも見える。
そんな可愛くねぇけど。
「……左をやる。ぶち込んだらそれが合図だ。いいな」
火だとちょっと目立ちすぎるかな。
今度はストーンアーバレストミサイルの方がいいかね?
ま、同じでいいか。
俺の右手から大きな炎の矢が放たれる。
左のオーガは側頭に炎の矢を受けて一撃で絶命した。
右のオーガは突然のことにきょとんとしていた。
ゼノムが計測を始めたようだ。
「いやあああぁぁぁっ!!」
エンゲラが派手に大声を上げて突撃した。
「っ!」
それと同時にバストラルも槍の石突を前方に構えたまま猛然とダッシュする。
エンゲラは毛の長くふさふさしている尻尾。
バストラルは毛が短く虎人族程には太くない尻尾だ。
それらがほとんど揺れずにピンとしていた。
二人はすぐにでもオーガへと到達するだろう。
当然ながらオーガの方も己に向かって突進してくる二人に気付き、棍棒を拾い上げて向かってくる。
大声を上げて目立つように突進したのは接敵するまでの時間を少しでも短くしたかったからか。
おっと見とれているばかりじゃいけないね。
俺も万が一に備えなきゃ。
尤も、あいつらが二対一なら危なげのない戦いだろうけど。
魔力を練りながら観戦しようか。
オーガは「ンゴオォォッ!」と叫びながらどすどすと走ってくる。
エンゲラは抜き身の段平を引っさげたままダッシュし、バストラルもそれに負けじと槍を構えて突き進んでいる。
槍ほどには嵩張らない為、エンゲラの方が速度は上だ。
オーガはエンゲラの頭を叩き潰そうと一際大きく棍棒を振り上げた。
それを躱すべくエンゲラは姿勢を低くしてオーガの左へと回り込もうとしている。
右手に持った武器を右に振るうには体勢が崩れるからな。
そして、バストラルは途中までエンゲラの右後方に付いて行っていたものの、オーガの手前十m程のところで立ち止まっている。
魔法か。
だが、バストラルが一番慣れている攻撃魔術はフレイムアローで、それでも発動には二秒以上も掛かる。
おいおい何やってんだよ、とイライラした。
何しろフレイムアローが発動する二秒はとっくに過ぎているのだ。
ゆっくりと時間かけてあいつの最強の攻撃魔術であるフレイムジャベリンでも使おうというのだろうか?
当たり所さえよければ倒せないこともないし。
そう思っていたら違った。
バストラルは槍の石突のあたりに魔法を掛けていたのだ。
もう五秒以上も経っているがまだ魔術は発動していないようだ。
何をしようとしているのか。
危ないな。
援護しようか?
でも、エンゲラもバストラルも時間さえ許すのであれば、一対一でオーガを倒すことは可能だ。
もうちょい様子を見るか。
まだ魔術も発動していないしな。
その間エンゲラは一人でオーガの注意を引き続けていた。
左に回り込みながら段平で突きを放ち。
右に転がりながら足を狙った薙ぎ払いのような攻撃を繰り出していた。
全体としてはやはり左に回ろうと動いている。
しかし、僅かづつではあるが、オーガによって精神集中するバストラルへと引き摺られていく様に近づいていた。
やはりオーガも然る者。
接近戦にはかなりの強さを誇るモンスターだけはある。
その証拠にオーガの右へ右へと回り込もうとするエンゲラに釣られるような事にはなっていない。
うーん、危うい。
どうすっかな。
俺の周囲からも緊張感が伝わってくる。
もう精神集中を続けるバストラルとオーガの距離は五mしかない。
精神集中をしているところにあの棍棒を受けたら……。
そしてついに、十秒近くも掛かったバストラルの魔術が発動した。
使った魔術は明かりの逆魔法である暗闇であった。
ライトの魔術は普通に使えば五分間、三百秒程持続する明かりを点けられる。
その逆魔法であるダークネスは効果時間こそ百分の一の三秒程度だが、魔術の対象になった物の一点に可視光線を吸収させるような感じで暗闇を発現させる。
吸収するのは可視光線だけのようで、当然赤外線視力を使われたらあまり意味はない。
大抵、武器の温度は周囲の空気より僅かに高いことが多いしね。
昔、バークッドのエルフの従士、ミッケンスに聞いたところによると、赤外線視力を使った場合、金属製の武器なんかは青黒く見えるそうだ。
しかし、オーガは赤外線視力を持っていない。
オーガ相手に武器のリーチを誤魔化すには有効かも知れないな。
効果時間の短さとも相まってあんまり使い道の多くない魔術である。
普通はどんなに練習しても発動までにコンマ数秒程度の時間は掛かるので戦闘中に魔術が使える人じゃない限り練習されるようなこともない。
つまり、俺なんだが。
……あいつ、このくらいの時間で発現させられるとは、数十回は練習したんだな。
魔術の中心点となった槍の石突に向かって周囲の光が吸収され、ぼうっと暗闇が灯る(と言うのも妙な表現だが)ように漆黒の球体が広がる。
球体の直径は三m程だろうか。
球体は中心部に近くなるほど漆黒の度合いを増す。
直径三mとは言え、本当に何も見えないくらいの暗闇は中心部の直径一m程度なので、真の暗闇部分と言って良いのはあんまり広くはないんだけどね。
暗闇を宿した槍を再び構えてバストラルは「行くぞおぉっ!」と雄叫びを上げながらもう五m程にまで接近しているオーガに突進した。
バストラルの武器の異変に気付いたオーガは「ゴゥッ!?」と驚きの声を上げる。
右手の棍棒でうるさく纏わり付くエンゲラの攻撃をいなしつつもバストラルに対してもきちんと注意は払われていたようだ。
だが、暗闇を宿したバストラルが叫びながら突撃に移ったとたん、エンゲラが捨て身に近い攻撃を行った!
……っ!
上手い!
捨て身の攻撃を放とうとするエンゲラに、オーガは渾身の一撃でもって迎え撃とうとした。
しかし、エンゲラはその攻撃を読んでいたようだ。
低く低く、地を這うような姿勢を取り、かなり無茶な体勢で間一髪、オーガの攻撃を躱してその懐に飛び込んだ。
そこにバストラルの突きが襲いかかる。
白兵戦技に長けたオーガは自ら転がることでバストラルの突きを躱そうとしたが目測を誤ったようだ。
「ゲオッ!?」
驚きの篭った叫び声を上げる。
そして、転がりながら盲滅法に棍棒を振り回し始めた。
素早く槍の前後を持ち替えるバストラル。
転がりながらも立ち上がったエンゲラの段平は血に濡れていた。
そして、盲目となったオーガを屠るのに大した時間は掛からなかった。
多分、戦闘していた時間は一分もない。
・・・・・・・・・
バストラル達のタイムは十七分二十秒。
合計して五十六分三十秒である。
カームとキムのタイムより一分以上早い。
入れ替えならずか。
次回が楽しみだな。
「あーあ……だめだったかぁ」
「工夫したんだけどな……」
二回戦から後攻に変更したうえ、ミヅチとグィネに魔法の武器を借りたりして実際の戦闘以外でも頭を使っていた。どうも予めミヅチにもグィネにも話を通していたらしい。うん。単に戦うだけなんて感じじゃなくて安心したよ。公平なスポーツやってんじゃねぇんだしな。
どうしたら有利に出来るか、交渉も含めて頭を使って欲しい。
そういった意味ではバストラルとエンゲラの方もちゃんとベルに交渉して魔法の矢を借りて来ていたし、あのダークネスの魔術にしても俺はここ何年も使った記憶はないから大方ミヅチあたりにでも教えを乞うたのだろう。
「き、記録は……?」
「どうでしたか!?」
バストラルとエンゲラが魔石を握って戻ってきた。
「おめでとう。お前さん達の勝ちだ」
ゼノムが微笑みながら教えてやっていた。
それを聞いた二人はホッと安心したような表情を浮かべて気が抜けたように息を吐き、その場に座り込んだ。
「今回は負けちゃったけど、次は負けないからね」
カームが勝者を称えている。
「おめでとう、二人共。でもカーム姐さんの言う通り、次は勝つわ」
キムがバストラルとエンゲラに手を差し伸べた。
そして、あら? という表情を浮かべてエンゲラの頭を見る。
エンゲラはハッとしたように兜を外して表面を検めた。
傷でも付いたのか?
因みに、エンゲラのヘルメットのデザインは、俺やミヅチ、グィネのものと一緒で自衛隊のヘルメットの後部に板札錣を取り付た、ゴムプロテクターの基本に沿ったものだ。
吹返しや鍬形のような立物が無いだけで、錣だけをぶら下げたような戦国時代の兜のようなものだ。
似せて作ったから当たり前なんだけど。
だが、犬人族専用のものはバークッド村の狼人族のドクシュ一家のものとは別の位置に耳に干渉しないように隆起のある細工になっているほか、錣の枚数は五枚ではなく多少大型化した三枚に減らされている。
理由は知らない。
ヘルメットの表面に傷があった。
オーガの棍棒が掠ったのだろう。
おい、そんなに情けない顔をしなさんな。
その程度の傷、ラッセグんとこに持っていけばすぐに直るよ。
「二人共お疲れさん。今日は皆でドルレオンだ。俺が奢るよ」
そう言って締めると歓声が上がった。
四人の頑張りが見れたんだ。
まぁいいさ。
え? キャシーもかよ。
おう、ついでだ、皆呼ぼうぜ。
どうせ休みで暇している奴が何人もいるだろ。




