第二百三話 挑戦権2
7446年10月19日
三層の転移水晶の間。幾つか他のパーティが野営する中で、運良く壁際の一箇所が空いていた。それなりの人数が居るのであちこちからぼしょぼしょと話し声がする。大抵の奴等は既に顔見知りになって久しい。
「どうです? 疲れましたか?」
グィネがミヅチの淹れたお茶をカームとキムに差し出しながら話し掛ける。
「ありがと。ん~、それ程でもないかな。虐殺者のペースとあんまり変わらないしね」
キムがにっこりと笑って答えている。
ま、そりゃそうだ。今では虐殺者だけでなく根絶者の方も最初の一日でこの三層の転移水晶の間まで突破して、ここで野営しているのだから。多少ペースが異なるだけでそう大きく変わる訳じゃない。ああ、グィネは出向させていなかったし、実感出来てないのかも知れないなぁ。元々の殺戮者以外の他のパーティーの方が迷宮の踏破速度が遅いってことにだけ気が向いちゃってるのかも。
その他、ゼノムたちもそれぞれ疲れた体を休め、ギベルティの作る晩飯を待ち遠しそうに何か話している。
だが、バストラルとエンゲラはそれには加わらずに、端の方の壁際でまだ何やらひそひそと熱心に相談をしている。
何となく、挑戦者であるカームとキムの方が余裕があるように見える。受けて立つ側の方がまるで挑戦者であるかのように準備に余念がないなぁ、と思って少しおかしくなった。大丈夫、落ち着いていつものようにやればそう簡単に負けやしないさ。逆に焦っていつもやらないような妙な作戦を実行し、それが滑った時の方が怖い。
ま、今俺が口を出すことじゃない。好きにやらせるさ。
・・・・・・・・・
7446年10月20日
四層と五層を順調に抜け、五層の転移水晶の間に到着したので小休止だ。
黒黄玉の使っていた野営場所は埃をかぶっているが結構拡充もされている。緑色団の使っている場所もかなり荷物が増えている。そして、部屋の角ではないが煉獄の炎の場所もそれなりに荷物は増えていて、順調に発展しているようだ。
今回の五層では祭壇の間を通るコースに当たらなかった。五層を抜ける速度は当然だが虐殺者のペースよりは早い。と、言うより、昨日のペースとあまり変わりないだけとも言うけど。
カームの方は先日の黒黄玉の一件の時にもっと速いペースを経験しているからか、特に問題はなかった。が、このペースに慣れている訳ではないので流石に表情が厳しくなっている。キムの方は四層以降をこのペースで来たことがない為、めっきりと口数も減り、表情も曇っている。二人共体力を消耗しての疲れではなく、精神的な疲労だろう。しっかりと地力は付いているようで、何よりだ。あとは経験だね。
バストラルとエンゲラは今日も相変わらず小休止など、休みの度に相談を続けており、特に変わった様子はない。
そんなふうに明日への余念がない二人を横目に見ながらカームはキムに六層の転移の罠について解説している。
「あの転移の罠だけどね。殺戮者は六層を歩き回ってほとんど完全な地図を作ってるの。順番に通路の端を抜けていけば簡単に越えられる。だからあまり慎重に考えなくても大丈夫みたい」
「……それは何回も聞いてるけどね。でも……」
「大丈夫。私もこの前までそう思ってた。でも、もう大丈夫。あんただって初めてじゃないんだし、もう何回も通ってるでしょ?」
「そうだけど……罠に掛かる範囲なんて言われても……。全部の罠が一緒かどうかなんて誰にも解らないし……自分が消えたらと思うと……」
「殺戮者に入ったらそういうのは許されないと思うよ。いつまでもそこでぐずついてる訳には行かないじゃない」
「姐さんが言うなら……」
姐さんが言うなら、か。まだまだ信用ないのね、俺も。付き合ってる長さが比較にならないからしょうがないけど。
休憩を終え、六層に転移した。
・・・・・・・・・
六層に転移したあと、そろそろ三つ目のモン部屋が近づいている。
パーティーの先頭に立っている俺は【鑑定】の視力で通路の奥から部屋を見る。
……危険は無いようだが、これは……面倒だな。皆に「大丈夫そうだ」と言ってそのまま速度も落とさずに歩いて行った。向こうもこちらに気が付いた様だ。軽く手を振ってやり、魔物ではないというジェスチャーをしてやった。
「おおう、グィネぇ!」
モン部屋に入ると、休息を取っていた煉獄の炎で見張りを務めていたガルバン・ディスコールド、通称ガルンが目ざとくグィネに近寄ってきて声を掛けてきた。つい今しがた俺が手を振ってやったのもこいつだ。
相も変わらず黒染めの鎧に炎を象ったオレンジ色の装飾が目立つ。
「あ、ガルンさん。調子はどうですか?」
「それがよ、クソみたいなリーダーのお陰で「グィネはんやないかい!!」
ガルンを押しのけてリーダーのヘッグス・ホワイトフレイムがすっ飛んできてグィネの手を取った。
他の奴らも座り込んでいたらしい場所から立ち上がりわらわらと近寄ってきてグィネやゼノムを取り巻く。
「あ、ファイアフリードさん、ご無沙汰です」
「ご無沙汰してるっす!「るっす「るっす」
「ああ、暫く見なかったな……」
当然のことながらグィネとゼノム以外の俺たちには一片の興味も払われなかった。挨拶すらされない。全く以てその場にいないかのような、空気のような扱いだ。
「お茶飲んでって下さいよ」
「簡単なもんで良ければお茶請けもあるっすよ」
「あ、この前の話の続き聞かせて下さいよ、ファイアフリードさんの若い頃の奴」
「いいなそれ!」
「私も聞きたいです!」
ゼノム、大人気だな。取り残された俺たちに苦笑いが浮かぶ。
「おい、クソリーダー! 休憩を申し入れてこい」
「く、クソって……あ、あんまりやがな……」
あ、一応存在は認められていたんだな。四層や五層あたりを彷徨いていた頃は、こちらからアクションを起こさない限り、本当に無視されてたと言うのに……。何故か少しだけ嬉しくなった。
「そのくらいしなさいよ、役立たず!」
「……もう、うるさいなぁ……あ~、グリードはん。お茶くらい出すよってから、あんさんらもここらで一休みしなはれや。そこらでよかろ」
グラナン弁で喋る山人族は適当に部屋の隅を指さした。ここから転移水晶に到着するまではあと二時間も掛からないだろう。仕方ない。休憩にしようか。やれやれ、と言うように皆を振り返った。皆も微妙な顔つきでいた。
なんだかねぇ。しかし、なんとなくだが俺はこのヘッグスという男が好きなんだ。メンバーに虐げられているようで同情もあるのかも知れない。返答をすべく再び振り向いた。
いない。
あれ? 俺に一方的に宣言したら既にグィネを拉致してる!?
残像だったのか!?
「ささ、ファイアフリードさんはこちらに……」
「おい、ミーマ。レイダーの葉っぱあったろ? あれを……」
「ええ~、あいつらにもかい?」
「ばっか、ファイアフリードさんとグィネちゃんにだよ」
「そうだ、他の金魚のフンはさっき飲んでた葉っぱあるだろ? その出涸らしで充分だ」
「えひゅ、グィネはぁ~ん、ここん座りぃな」
「あ、コラ! グィネちゃんはこっち!」
「い、痛いです! 引っ張らないで!」
「リーダー! 離せや! グィネちゃんが痛がってるだろうが!」
「もう、喧嘩しないで下さいよ。じゃあ最初はヘッグスさんの隣」
「そ、そんなぁ~」
「おひゅひゅ、あ、ビースあるで、食べなはれ食べなはれ」
「え? いいの? 嬉し~!」
「むひょひょ、グィネはんはほんまええ顔で笑うなぁ~」
「おい、ガルン、ヴィーゴ、ボブ、見張りに戻んなよ、あんたらの当番だろ?」
「見張りなんざあいつらがやってくれるよ「「そうだそうだ」」
「ったく……まぁ奴らなら魔物を見逃すこともない「「そうだそうだ」」
ざけんなクソ。だが、見張りを疎かにする訳には行かない。こうなったら煉獄の炎は絶対に見張りなんかしやしないのは過去の経験で解っている。しかし、ビースだと? あれ、ひと房五万Z以上はする超高級果物だぞ!? 俺も王都のレストランのコースで一回しか食ったことねぇ……。
「煉獄の炎にも困ったものね」
「あいつら、前からだもんね。ケビンだけはまんざらじゃなかったみたいだけど」
カームとキムも仕方がないというような顔で話している。
日光にもああだったんだろうな。
「エンゲラ、バストラル。俺と見張りに立て。俺は向こうでそことそこの通路を見張る。エンゲラはあそことあそこ、バストラルはあっちを頼む。十分後にミヅチとトリス、キムと交代だ」
・・・・・・・・・
「ゼノム、グィネ。そろそろ行くぞ」
二十分後、車座になって騒いでいる煉獄の炎の所に行って二人に声を掛けた。
「呼ばれましたので失礼しますね」
「ええっ、もう?」
「ぐ、グリードさん、後生だ! まだグィネちゃん、俺の隣に来てくれてないんだ!」
「んもう! ボブとはまた今度ね。ね、離して」
「グィネちゃ~ん!」
「すまんな、ボブ。俺たちは行くよ。グィネを離してやってくれ」
「っす! ファイアフリードさん、またお話聞かせて下さいっす!」
「あざっした!「ざっした!「した!」
「グリードはん、邪魔してしもうたな。ま、これからもあんじょうたのんまっせ」
何をだよ?
「いえ……では、失礼します」
何を頼むんだよ?
もうやだよ……。
しかし、こいつら、六層で随分余裕かましてやがるな。
もう何度か来ていてそれなりに慣れてはいるんだろうけど、ある意味流石だよ。
・・・・・・・・・
7446年10月21日
全員でギベルティの用意した朝食を摂ると七層へと転移する前にミーティングを行う。
レギュレーションの確認だ。
「最初は挑戦者のカームとキムの組からでいいんだよな?」
「構わないわ」
「いいよ」
「よし、じゃあ最後に確認するぞ。カームとキムはバストラルとエンゲラに挑戦する。勝った方の組が殺戮者だ」
もう既に何回も話しているがもう一度繰り返す。
「勝ち負けはオーガ一匹を相手取って、倒すまでの時間で決める。オーガとの戦闘を三回繰り返し、合計時間の短い方が勝ちだ。時間はこの時計の魔道具で測る。計測は俺が「開始」と言ったら始まる。オーガとの距離や位置関係もあるけど、これについては不公平の無いようにする」
四人が頷く。
「戦闘は何をしてもいい。剣で斬ろうが、槍で突こうが、弓を撃とうが、魔法を使おうが自由だ」
いちいち頷く四人を順に見回して言った。
「よし、魔石を抜き取って頭上に掲げた時が終了の合図だ。忘れるなよ」
まずはテストに丁度良いオーガを探す必要がある。八層を目指したり、モン部屋を目指したりする訳ではないので転移先に選り好みはしなくていいので気は楽だ。
「用意は出来てるし、いつでも来い! よ」
キムが威勢良く言う。
「っふ。じゃあ行くぞ。ジュクダ!」
瞬間的に転移は行われ、俺たちの周囲は薄暗かった六層の転移水晶の間から、真昼のように明るい七層へと移り変わった。周囲にオーガやゴブリンは居ないようだ。
地図で位置を確かめ、適当に歩けばオーガに当たりそうだったので、特に根拠もなく、右手の方へと視線を移した。運が良ければ、百m程先に広がる森にオーガが居るだろう。
「傘型壱番であっちに行く。オーガを発見したら握った左手を上げるからな」
フォーメーションについては大体説明済みだ。虐殺者でも出向したリーダーが教えているので細かい部分だけ説明すれば事足りる。
森へと近付く途中で生命感知の魔術を使って索敵をする。俺の場合、無魔法のレベルが高いので射程の延長を行っても通常よりも少ない魔力で済むのも強みだ。
いねぇな。
少し移動しなきゃならんかな。
森を越える途中、また生命感知を使う。
いた。感知範囲ギリギリ、二百m近く先だ。
うまいことに一匹のようだ。
この森を抜けた先の荒野か草原か。
オーガかゴブリンか。一匹なので多分オーガだろうけど。
暫くそのまま進み、モンスターを視界に捉えた。
やはりオーガだ。
森から開けた草原の真ん中で座り込み、日向ぼっこでもしてるかのようにぼんやりとしている。
発見の合図を出すと姿勢を低くした。
間違ってもこちらが発見されないよう、慎重に近づいていく。
あと十五~二十mで森を抜けるだろうという場所に丁度良い潅木の茂みが見える。
大きさも充分だし観戦には最適だろう。
茂みに身を隠して全員がそろそろと集合してきたのを待つとそっと言った。
「あそこにオーガが居る。……見えるな? 一匹みたいだからまずはあいつだ。カーム、キム。用意はいいな?」
「いいけど、少し相談させて」
「ああ、構わないさ」
二人は小さな声で打ち合わせを行った。
一分もせずに終わったようだ。
「もういいのか?」
二人は頷く。それを見て俺も頷く。
それと解る様に時計の魔道具をゼノムが用意した。
いつも迷宮内で使っている目覚まし時計サイズの奴だ。
「援護が欲しい時は迷わず言ってくれ。見ていてやばそうなら言われなくてもこっちで勝手に動くが、悪く思うな」
カームもキムもそんなことはとっくに了解しているという顔で頷いた。
よし。
「開始」
身を低くしたまま長い槍を抱いたキムが真っ直ぐに、カームは弓を持って少し右の方へ回りこむように移動を開始した。
ここから草原に居る一匹のオーガまで約百二十~三十m程だろうか。移動速度にもよるが接敵するまで一分は掛かるだろう。
全員潅木の茂みの陰からオーガに近づいていくカームやキムを見ていたが、すぐに二人共草原の草に隠れて見えなくなった。
「六時二十二分」
時計の魔道具に触れたままゼノムが言う。
「三十秒くらいね」
それを聞いたミヅチが、まるで答えるかのように言うが、それは六時二十二分の三十秒前くらいに状況が開始されたということだろう。
バストラルとエンゲラはオーガの周囲に注目しているようだ。
俺は俺で左手から手袋を外し、いつでも魔法で援護出来るようにと緊張していた。こんなところでカームもキムも失いたくはないからな。
煉獄の炎名簿
ヘッグス・ホワイトフレイム(ヘッグス) 男 ドワーフ 戦斧・魔法
ジョナサン・ビルバーン(ネイサン) 男 ドワーフ 手斧・盾
ミルヒーマ・アイスメルター(ミーマ) 女 ドワーフ 戦棍・魔法
ガルバン・ディスコールド(ガルン) 男 ドワーフ 戦槌
ローカイル・ギルフレアー(ロイル) 男 ドワーフ 戦棍・弓・魔法
ダニエラ・バーニングス(ダニエラ) 女 ドワーフ 手斧・弓・魔法
マルイシャル・フレイムシャフト(マーシュ) 女 ドワーフ 戦棍・弓・魔法
ヴィーゴウル・レッドブレイズ(ヴィーゴ) 男 ドワーフ 戦斧
ロバート・ロックブレイク(ボブ) 男 ドワーフ 斧槍




