第二百二話 挑戦権1
7446年10月13日
迷宮の九層、中心部に広がる空間へと続く通路であることを願いながら何度か通路終端の転移水晶を使って歩いていた。今回はミヅチとエンゲラが殺戮者から抜けている。
「ねぇねぇ、次に部屋でトロールとかでっかいの出てきたら腕輪使うよ。毎日一回は使えるんだし、今日の分、使わせてよ」
迷宮に入った初日からラルファは水化の腕輪を使いたがっている。仕方ないので我慢しているが、正直言って死体が一瞬で水に変わるところを見ると、その有用性について否が応でも意識せざるを得ない。
ああ、これ、確かに有用だよなぁ。
将来ミヅチに使わせたら敵対する相手の暗殺なんかに最適だ。
元々ミヅチは暗殺者として充分な教育も受けているし、相手を選べば成功率も高いだろう。
そして死体という最大の証拠を残すことなく、また時間をかけることなく処理が可能となる。
こう思っちゃうからこそ持っていたくなかったのだ。
だが、考えようによってはラルファに預けたのは正解だろう。
こいつならせこいから一度入手した物は例え俺が返せと言ってもそう簡単に手放すことはないと思う。ついでに馬鹿だから俺から貰ったと思い込んでいたとしてもおかしくない。とは言え、腕輪の能力を使うのにいちいちお伺いを立ててくるあたり、預かっているだけという認識はあるのかも知れないけどね。
「そうだな。じゃあ次にでっかいのが出たら使えよ」
そう言って許可を出すと、鼻の穴をおっ広げて鼻息を荒くしていた。
・・・・・・・・・
「行っくよ~! ヌレヒキ!」
ラルファが魔石を抜いたケイブトロールの死体を四匹纏めて、それに触れると呪文を唱えた。
纏めて横たえられていたトロールの死体が一瞬で水に変わり、ばしゃーんと広がる。
「ほっ! あはははっ!」
一体何がそこまで楽しいのか。水に変わる瞬間、濡れないように後方へ大きく跳ねながら、結局濡れて、下半身に水を被っている。戦闘靴の中には水は入っていないだろうがズボンはぐしょ濡れだ。
「すまん」
ゼノムが申し訳なさそうに言うが、もうラルファもいい年なんだし、そこまで親が責任を感じることはないだろう。本人の問題だと思うよ。うん。
「いいさ。おいラルファ。乾かしてやる」
ころころと笑いながら近寄ってきたラルファの濡れたズボンに触れ乾燥の魔術で乾燥させる。ああ、俺にドライの魔術を使わせるから許可取ってんのかな?
「楽しむのもいいが、わかってんのか? 戻ったら入れ替え戦だぞ?」
意味ないとは思うが少しでも気を引き締めたかった。
「ん~、私に挑戦して来る人、居たらいいけどね」
いねぇだろうなぁ。確かに。
最初の体力テストの閾値である一時間二十三分四十秒を更新する意味は低いから、もう殺戮者は走らないけどね。でも、油断していると挑戦されてひっくり返されるかもよ。挑戦を受ける最右翼はバストラルで次がエンゲラ、ズールーと続く。皆、それぞれ作戦を練っているとも聞いている。一人の奴も居れば、二人組、三人組で挑もうとしている奴も居るようだ。
今回はロッコとケビンを除く全員が入れ替え戦への挑戦を表明している。とは言え、彼ら二人も諦めている訳ではないらしい。この前王都から帰る途中、二人で外輪山の上を走っているところを見かけた。単にまだ閾値をクリアする自信がないだけだろう。
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7446年10月17日
迷宮から戻った翌日である昨日は一日オフ。そして今日は楽しみな入れ替え戦の日だ。人によっては待ちに待った、と表現してもおかしくはない。なお、バストラルは緊張の面持ちで、昨日もあんまり眠れていないようだった。
何人かの挑戦者は出てくるだろう、と思う。だが、バストラルに挑んでオーガを相手取って勝てるかね? これでバストラルもオーガ相手の戦闘には相当な場数を踏んで慣れており、一対一でならかなり早く倒せるようになってるんだ。
「よーし、準備はいいか? 行くぞ……用意……スタート!」
ロッコとケビン、それに俺の戦闘奴隷を除く十二人が一斉に走りだした。
コースの前半の監視役はもうとっくに持ち場に就いている頃だろう。後半の奴らも順次持ち場に向かって出発している。ここに残っているのは俺とゼノムだけだ。
「どう見る?」
腕を組んで出発を見送ったゼノムが話し掛けて来た。
「カームとジンジャーで組じゃないからな……キムもか。彼女たちが組めば面白かったのにな」
カーム、ジンジャー、キムの三人は確実に閾値をクリアしてくるだろう。あとは……確実といえるのはジェルくらいだろうか。このうちカームとキムは二人組で挑戦するらしいからこの組が挑戦権を得るのは確実だろうとの下馬評だった。
ジンジャーはジェルとミースの三人組で挑戦するし、サンノとルッツは彼ら二人組だ。ビンスとヒスはそれぞれ単独で、ロリックと彼の戦闘奴隷であるデンダーとカリムたち三人も組で挑戦するらしい。これらのうちで挑戦権を獲得する可能性があるのはジンジャーの組がミースの頑張り次第だろうと言われている。
「ふむ。やはりカームとキムが最右翼のようだな」
「だと思うよ」
「しかし、カームとキムでは厳しいだろうな……」
へぇ。やっぱりゼノムもそう思うか。カームの弓の腕は一流だ。ベル程ではないが、あれは特別だろう。胆力もあるし、味方への指示も的確だと思う。しかし、前衛でオーガを捌くキムの方が問題だ。彼女の使う槍はかなり長い代物で、上手に使えればオーガを近寄らせることなくカームの弓で矢衾に出来るだろう。だが、オーガへの牽制で手一杯の筈で、槍によって大きなダメージを与えられる攻撃の隙を見出すのは難しいだろう。つまり、オーガの処理には相応の時間が掛かると見られる。
彼女たちとは反対に、ジンジャーが率いる三人組は、同様にいささか攻撃に偏ってはいるが、ジンジャーかジェルのどちらかがオーガを捌いているうちにもう一方が大きな攻撃を叩き込める可能性もあるし、後衛に控えるミースは魔法が使える。殊にジンジャーの槍の実力は非常に高く、単独でオーガを相手にすることも出来るだろうと思われた。殲滅力は圧倒的に上だと言える。ロッコとケビンの二人も彼女並かそれ以上に前衛としての力はあるが、閾値には届かないだろう。
とは言うものの、挑戦を受ける方も同人数になるから一長一短だと思う。特にカームの方は二人だけで、倒すのに時間が掛かりそうではあるが、挑戦を受ける殺戮者側の人数も二人なのだ。比較的実力の低いエンゲラとバストラルを指名すれば充分に勝機はあると考えているのだろう。
だが、エンゲラもバストラルももう既に一対一でオーガを倒せるし、一対複数で捌き続けることすら出来る。厳しいと思う所以だ。それなら殲滅力の高さに物を言わせ、とにかく倒すまでの時間で上回るようにしたジンジャーの方が望みはあると思われた。
彼女が単独で挑まないのはオーガとの戦闘経験が先日の黒黄玉の救出依頼の僅かなものだけしかないからだろう。それだって彼女がまともにオーガを相手取ったのは最後のタコ殴りの時だけだから、自信が持てないだけだと思う。
「同感だよ……ジンジャーもカームと組んでいたら、又は彼女単独なら可能性は高いだろうな」
「そうだな……ところでアルは他の皆はどこまで食い下がってくると思う?」
「他の皆はまだ難しいだろうなぁ……」
ちゃんとタイムを計測してはいないが、朝のランニングの時の様子などから大体の予想はついている。ジェルが辛うじてギリギリのラインだと思うが、それ以下はとても閾値には及ばないだろう。
「カームとジンジャーのどちらが先に戻ってくるかな?」
うーん、難しい質問だね。
「カームかなぁ?」
先日の七層での折、見張りをする俺の木の下に来て少し話をしたカームのつむじを思い出した。
「ほう? 俺はジンジャーの方が速いだろうと聞いているぞ?」
「確かにね。でもカームも今回は相当頑張ってくると思うんだ。一時間二十分を切ってくることも考えられると思うよ」
「ふん、賭け……そんな顔をするな。悪かった」
そうそう。頑張っている奴を賭けの対象にするのは好かん。
その最中に笑いものにすることもだ。
トレーニング中や、本番での結果が出てから笑ったり笑われたりするのは仕方ない。
今、彼らや彼女たちは日々のトレーニングでなく本番である試験を一生懸命に頑張っているんだ。
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果たして、最初に戻ってきたのは予想通りジンジャーだった。彼女のタイムは充分に閾値を上回る一時間十七分三十秒。カームとキムも一時間二十分を切って戻ってきた。そして、些か驚いたことにジェルまでが一時間二十二分三十秒という、閾値を一分以上も上回るタイムで戻ってきた。ジンジャーとジェルで七分以上も稼いだ勘定になる。これでミースが一時間三十一分を上回ればこの三人組も挑戦権を獲得出来る。
なお、バストラルも閾値を超えることは出来ないが、それでも今なら一時間半は切れるだろう。彼の顔には微妙な表情が浮かんでいた。キャシーはよく解ってはいないようだが、旦那の緊張感は伝わっているらしい。
閾値に遅れること六分程度でロリックが今にも死にそうな表情で戻ってきた。注目のミースはまだ見えない。ジンジャーとジェルは気が気でないようでじっと道を見つめている。対してカームとキムはボイル亭のシャワーを借りて汗を流しに行ってしまった。
次に戻ってきたのはビンスだ。
タイムは一時間三十二分十秒。
ミースはダメだったか。
今回も残念だったな。
そして、ミース、サンノ、デンダーが団子になって戻ってきた。
タイムは一時間三十三分三十秒。
ジンジャーとジェルが泣き崩れるミースを慰めていた。
続いてルッツとカリムが戻り、最後に息も絶え絶えのヒスが倒れ込むようにして帰ってきた。
ヒスのタイムもそう悪くはない。一時間五十分を切っているんだしね。
一年前と比較すると驚くほどの進化だ。
筋肉を解すために、少し休憩したあとで簡単な体操をさせる。
「さて、挑戦権を得たのはカームとキムだ。誰と誰に挑戦する?」
シャワーを浴びて戻った二人に尋ねた。
尤も、二人の肚はとっくに決まっているようだけどね。
「サージとマルソーに挑戦するわ」
カームが答えた。
「キムもそれでいい?」
キムは漏れ出る闘志を隠しつつも頷いた。
「よし、分かった。明後日迷宮に入る。メンバーはカームとキム。バストラルにエンゲラ。あとはミヅチ、グィネ、ゼノム、トリス、ギベルティ、そして俺だ。他の皆は俺達が戻るまで休んでいてくれ。四~五日は迷宮に居ると思うから」
解散した。
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7446年10月18日
全体での合同訓練の日。
カームとキムは言うまでもなく、バストラルとエンゲラの気合の入り様は凄まじい物があった。休憩時間中もこの四人はそれぞれ組に分かれてひそひそと相談をしていた。
漏れ聞こえてくるところではバストラルとエンゲラの方はオーソドックスにエンゲラが前衛を受け持ち、彼女が捌いている間に隙を狙ってバストラルが槍、または魔法を使うようだ。
「私がまず顔に矢を当てる。そうしたらすぐに弓を捨てて斬り込むわ。あんたはその隙を突いて槍で……」
「ハマれば時間を稼げるだろうけどそれは危険だよ、姐さん。失敗は許されない。ここは私の槍を信頼して欲しいな」
「でも、それじゃ決定力にかけるわ」
「それは覚悟の上だったじゃない。オーガと三回戦わなきゃいけないんだよ?」
「……そうね。焦ってもダメね」
「うん。お互い慣れたことを間違いなくやろう。マルソーも大したもんだけど、やっぱり向こうのネックはサージだと思うんだ」
「確かに……一対一なら模擬戦でもジンジャーには勝ててないしね」
「私にもね」
「そうだね」
「私も二匹のオーガを相手取ったこともあるし、サージには負けてられないからね」
「期待しているわ」
「ああ、きっちり捌き切って見せる。だから姐さんもきっちり弓を当てて」
「ええ、任せて」
そんなことを話していた。ついでにいつか俺がリンドベル夫妻ら旧日光を七層のオーガメイジの部屋に引き込んだ時のように、地面に石を置いて作戦らしきものを相談し始めた。
ふと気が付くとバストラルもエンゲラと二人、なにやら地面に描いて真剣な顔で相談をしている。彼らの強みは積み重ねたオーガとの戦闘経験とバストラルの魔法だろう。対してカームとキムの方は、オーガとの戦闘経験こそ浅いが、迷宮での冒険の経験は比較にならない程積んでおり、どんな相手にもそれなりに対処が可能であること。そして、バストラルよりは遠距離攻撃の手数が多いことだ。
他のメンバーも真剣に作戦を練る彼らの邪魔をしないようにと少し離れたところで休憩を取っている。
だが、当然話題はカームとキムの組がバストラルとエンゲラの組を超えられるかどうかということだ。なお、俺はゼノムやミヅチ、トリス、ベルで纏まって双方の様子を見ていた。だって、どうせ賭けをしているだろうからな。聞きたくないよ。
ゼノムが肩身の狭そうな顔をしつつラルファを呼びかけたが、止めた。
あの活き活きとした楽しそうな表情を見ろ、ラルファやグィネはありゃもう治らないよ。
俺に聞こえない場所で楽しむ分には放っておくさ。その程度の気の遣われ方をされているだけ進歩が感じられるから、いいさ。




