第二百一話 王都で過ごす一日
7446年10月6日
迷宮から戻ってきた。
精人族の鎖帷子はミヅチが着ており、彼女が今まで着ていたゴム鎧はギベルティが空いた行李に入れて運んでいる。着用している理由は幾つかある。一つはあまりにも目立つからだ。
精人族の鎖帷子は不思議な魔法の品で、精人族でもそれ以外でも誰でもいいが、誰かが装備すると少々古ぼけた普通の鎖帷子に見える。勿論、脱げばまた新品同様のぴかぴかの鎖帷子のように見える。
しかし、装備者が精人族以外の場合、他のエルフが装備者を視界に入れると、とても強力で且つ親しみのある魔法の品であることが瞬時に解る。同時に、その装備者が精人族の鎖帷子を所有、または装備してることに対し、強い違和感を覚える。だが、装備者がエルフ(か闇精人族)である場合にはそういったことはない。
装備していない状況でも同様だが、ミヅチに言わせると所有者がトリスである、と認識したとたん、そういった違和感は薄れたそうだ(消えた訳ではないらしい)。また、視界に入れなければ――例えば、袋か何かに入れて目の前に置くなど――問題はない。
ならば袋にでも入れるか、ギベルティの行李に突っ込んでおけと思われるかも知れないが、それはそれで別の問題が発覚した。最初は問題ないが、そうやって運ぶなり持つなりしているとだんだん重さが増える感じがしてくるのだ。着ていない場合、通常時は十五㎏程度の重さなのだが、一時間もすると運んでいる人には倍くらいの重さに感じてしまう。
ならばトリスかミヅチが着ていた方がマシだ。トリスが着ると彼の金属帯鎧を分解して運ばなければならないので、それならミヅチのゴムプロテクターの方が圧倒的に軽いから運ぶのは楽だ。そういう理由でとりあえずミヅチが着て運んでいる、という状況であった。
また、サイズだが、結構大柄な人でも着れるようなサイズであるため、トリスが着ようがミヅチが着ようがぶかぶかであるので、サイズ直しが必要になる。鎖帷子のサイズ直しは実はあまり難しくはない。根性さえあれば素人でも可能である。これは、サイズ直しに特別な技術がいらない、というだけの話だ。
ラジオペンチのような専用の器具を使って根気よく作業さえ出来れば誰にでも行うことが可能である。俺もチビの頃にバークッドの従士が鎖帷子の手入れをしているところは何回も見たし、家督を譲る時に新しい家督者に合わせてサイズ変更を行っているところを見たこともある。作業は奴隷にやらせていたが手入れはともかくサイズ直しには二~三週間くらい掛かっていた。ゴムプロテクターの登場は彼らをそういった作業から解放し、別の生産的な作業に集中させる役にも立った。
ところで、このサイズ直しについても、ミヅチやトリスには自分が着用する場合、どこの鎖の列を外して詰めればいいか解るそうだ。他のみんなは俺も含めてさっぱりだが。なので奴隷にやらせるだけでなく、着用者であるトリスも一緒に作業をした方が効率的だろう。勿論作業の主体は奴隷にした方がいいけどさ。
ロンスライルの店にでも後で顔出してみよう。ソーセージ工場向けの奴隷も既に二十人全員の納品が終わっているが、あと数人増えても別にいいだろ。ズールーやエンゲラは訓練もあるし、体を休めることも仕事のうちだ。ギベルティはギベルティでバストラルと新メニューを開発したり、最近は工場の清掃点検のついでなどで王都の商会の方へ使いを頼んだりでそんな暇はないのだ。
少し早めに戻ってきたので虐殺者も根絶者もまだ戻っていないようだ。一足先に魔石を換金して宿に戻り、入口広場にはあとで出直すことにした。
・・・・・・・・・
晩飯が済んだ後、戻ってきたラルファに新たな魔法の品の話をすると案の定、見たがった。鎧の方はエルフ以外が使うと悪目立ちしそうなことは理解したようなので使いたがったりはしなかった。えらい。しかし、魔除けについては口には出さなかったものの、未練を感じたらしい。かなり精緻で美しい彫刻がなされているから、身に付ければ上品な装飾品になるように見えるしなぁ。やはりそういうところは女なんだな。
そう言えばラルファにはまだ魔法の品を預けていなかった。特にトリスは短期間の間に二つ目だし、「こりゃまずかったな」と思うが後の祭りだ。だが、この地魔法除けはダメだ。売りたい、いや、売ってみたいのだ。今度お前が使えそうで有用そうなのが出たら優先的に回してやるから……あ、そうだ。
「ラルファ、お前にはこれを渡す。機会があったら活用してくれ」
そう言って部屋の物入れから水化の腕輪を出して渡してやったらすごく喜んでいた。チョロ……素直でいい奴だな。ほらそこ、気の毒な子を見るような目つき止めろ。お前だ、グィネ。皆、良かったねって顔でいるじゃないか。
なお、今回は虐殺者と根絶者の方では目立ったお宝は持って帰れなかった。
明日は朝一でロンスライルの店にまた二人、追加で子供の奴隷を注文したらその足で王都に行こう。
また、今夜のうちにしなければならないこともあった。
迷宮から戻った晩で疲れているところを申し訳なかったが、トリスとベル、ミヅチの三人には結構遅くまで付き合わせてしまった。夜遅くにグィネと二人、帰ってきたラルファも途中から混じったが、酔っ払っていて役には立たなかった。ついでにふと目を離した隙に俺の部屋の椅子に座ったままテーブルに突っ伏して寝やがった。ベッドじゃないだけマシだが、ミヅチとベルが面倒くさそうに部屋まで運んでいた。戸を叩いてゼノムを起こす彼女たちの声を聞きながら、俺とトリスは二人で顔を見合わせて肩を竦めていた。
・・・・・・・・・
7446年10月7日
王都の商会本店に顔を出し、帳簿を少し眺めたあとで工場の宿直室で寝っ転がっていたジョンを拉致してサンダーク商会にも顔を出した。テリーは別の奴隷と遊ぶ約束があるとかで出掛けていて居なかった。子供には遊ぶ時間もあった方がいいよな。連れ出すジョンの代わりにラッセグの息子のハリスを工場の留守番に置いてきた。
指輪と魔除けの件についてだ。
守護の指輪については一億四千万Zにて販売することを了承し、能力の内容と検証方法については年内に報告を貰うことで話をつけた。そして、新たに入手した魔法の品である地魔法除けの販売の委託をお願いした。
「ステータスオープン。ふむ………………(長ぇな)………………魔法の品であることは確かなようだが、しかし……うむぅ……いや……むぅ……」
長いといっても魔力感知の魔法は五秒程度で発動したようだ。
予想していた通り「信じられない」とでも言うような顔つきをされたあと唸られた。
こんな魔法の品は今までなかったんだろう。
あってもご存知なかったか。
これを見越してジョンを拉致ってきたんだ。
デモンストレーションを行うため、商会の入口で待たせていたジョンを呼び、裏庭の隅に地魔法除けを首から下げさせて立たせた。怖がるといけないので後ろを向かせている。
「絶対に動くな。なぁに、痛いこともない。いや、少し痛いかも知れないが大怪我するようなことはしないから我慢しろ」
勿論、昨晩テスト済みだ。
ぶっつけでやる訳ない。
大体五割くらいの確率で地魔法除けの力が発動する事は確認している。
攻撃魔術は二十回しかテストしなかったけど。
元素魔法は百回以上テストしたんだ。
俺の母方の曾祖父さんの従兄弟の孫(最早他人か)である商会長は緊張した面持ちで成り行きを見守っている。
勿論、人払いは済ませている。
「では、始めます。最初はストーングラベルから……っ!」
「むっ!」
俺の左掌からジョンの左手に向けて放たれた石礫はジョンに命中した瞬間に掻き消えた。
おお、最初の一発目からとは運がいい。
ジョンは何も気が付いていないだろう。
「次は元素魔法です。ジョン、俺が合図をしたら大きく息を吸って下を向け。両手で耳と鼻の穴も塞げよ。いいな? じゃあ、行くぞ」
そう言うとジョンのすぐ脇に歩き、レベル三程度の、バケツ一杯くらいの土をジョンの頭上からぶち撒けた。
ありゃ。今回はダメか。
ジョンは驚いて「うわぁっ!」と叫ぶが、すぐに俺に命じられた事を思い出したのかそのまま土まみれで立っている。
もう一回。
ダメか。ジョンに息継ぎをさせよう。
もう一回。
うお、まだダメか。今回はついてねぇな。
既にジョンは膝の上から太ももくらいまで埋まっている。
心なしか商会長の目つきが鋭く(怪しく?)なってきた。
更にもう一回。
今度は無事発動したようだ。
最後に出した土がジョンの頭に落ち、触れるか触れないか、という時点で一気に消滅した。
勿論、それまでに出した土は影響を受けない。そのまま残り、ジョンの周囲を埋めたままだ。
「まぁ、こんな感じです。大体二回に一回くらい地魔法を打ち消せるようです。ですが、地魔法と無魔法に別の元素魔法が加わると打ち消せません。このあたりは更に検証が必要になるでしょうが、ウェッブやスリープクラウドはともかく、ファイアーボールやライトニングボルトで試すのは流石に危険でしょうね」
ジョンの頭や肩の土を払い落としながら商会長に言う。
「もしまだお疑いでしたら今度は私が身に付けます。誰か別の人に地魔法を使わせてみて、お試し頂いても結構ですよ」
「……いや、そこまでは結構だ。これは……かなりの値が付くだろうな。場合によっては競売を開催する事も……お急ぎかね?」
商会長は俺から手渡された地魔法除けをひっくり返したりしてあちこち見ながら答える。
「そんなに急いではいませんが、値が付くのにどのくらいの時間が必要になりますか?」
「……これだけの品だ。告知の時間も必要だし、半年は見て欲しい。最低でだ」
あ、その程度か。一年も見とけばいいのかな?
「最低半年くらいか……解りました。結構です。宜しくお願いします」
ロンベルト王国での高価な品の競売は市場のような公開された競り形式ではなく、非公開の入札方式である。一番高い金額を提示した人に販売するのは一緒だけどね。商会長によるとこの地魔法除けの価値はとんでもなく高価(ン十億Zとか)な可能性があると言う。そりゃあそうだろうさ。
商会長の厚意で井戸を使わせて貰えたのでジョンに水浴びをさせ、一気に乾かしてやると、サンダーク商会を後にした。ジョンには飴をひと袋買ってやった。
ジョンを工場に送りがてら、一度グリード商会に顔を出し、その後はトゥケリンの治療院へと出向いた。勿論土産もある。キャシーがバルドゥックに行っているので工場は休みだから玉羊羹だ。本店にあった最後の在庫(現在はバークッドから予め羊羹を詰めた完成品を輸送していない。風船だけだ。本店で羊羹を詰めて完成品にしているのだ。羊羹はラッセグの妻のミリーの得意料理でもある)を買い上げて来た。
お土産には羊羹。
何となく前世のお中元とか手土産を思い出す。
水羊羹、久々に食いてぇな。
「……という訳で年内から年明けには供給頂いているソルリース(防腐剤の名)のテストも終了し、長期品質保証品の一般販売が出来る見通しになっております」
「おお! バルドゥッキーをエルレヘイに……なんと素晴らしい……!」
そこまで喜んでくれるのは俺としても嬉しい。山のように供給して貰っている防腐剤を使った製品の試作を続け、やっと完成の目処が立ってきたのだ。防腐剤を混ぜたバルドゥッキーを道端に置いて簡単な罠を仕掛ける。一時間も待てばネズミが掛かる。たまに野良犬も掛かる。そうやって尊い犠牲を出しながらネズミが死なない程度の量というものを割り出してきたのだ。
元々亜硝酸ナトリウムかソルビン酸ナトリウムじゃないかとアタリは付けていたが、鑑定してもステータスで名前を見ても「ソルリース」という名前で、ソルホッグというキノコからソリラーという毒を精製する過程で同時に生成される廃棄物としか書かれていなかった。だから最初は一ppm(〇・〇〇〇一%)くらいの、仮に毒性のある亜硝酸ナトリウムだとしても保存効果さえも碌に発揮しないような極僅かの量と、成人の一発致死量である百gあたり二gから試させたのだ。本来は六十~七十ppmくらいが適量だ。
しかし、俺とミヅチの考えに反し、二%も混ぜても犬は死ななかった。人よりも小さな体で二gも一気に摂取したら死ぬはずだ。思い切って毒中和や解毒の魔術の使える俺が食ってみたら平気だった。逆にこれ以上混ぜて味や食感が変わる方が怖いくらいだった。
今では大体、二千ppm(〇・二%)程度で混ぜれば充分に効果が発揮されることが判明している。そこそこ低温乾燥環境である迷宮内の開放放置で大体二ヶ月、地上なら三週間(十八日)くらいは大丈夫だ。麻袋か何かで包み、それをゴム袋で密封してやると地上でもゆうに二ヶ月は美味しく食べられることが分かっている。今は混ぜる量を少しづつ増やした物を作り、どの程度の保存に耐えられるかを試験しているところだ。
トゥケリンには年末までの間にどのくらいの期間にどの程度の量が必要か本国にお伺いを立てて貰うようお願いした。価格は足が出ない程度、小売の三割とした。せいぜい数ヶ月に一度くらいの取引回数だろうし、一度の取引でそれなりに数量もまとまるだろうし、防腐剤も只みたいな価格で卸して貰っているし、ミヅチも本国にいい顔をしたいだろう。そもそもグリード商会としてライル王国に恩も売りたいからね。
尤も、関税としてロンベルティアの行政府に購入代金の三割を支払わねばならないので、彼らがロンベルト王国に支払う金額は小売の四割くらいになってしまうが。
何にしても日持ちのする強い塩蔵品以外の加工食肉は、ライル王国には輸送の問題で殆ど入らないらしいから非常に喜ばれた。
さて、明日は迷宮で軽く調整と魔法の修行をして、明後日は全体訓練だ。
さっさと戻らなきゃな。
明日の朝東京に戻る予定です。
次回は日曜更新になると思います。




