第二百話 魔法の品
7446年9月14日
今回の迷宮行はエンゲラが虐殺者、トリスが根絶者と一緒に行く。彼らが抜けた俺たち殺戮者は残りの九人で九層の調査だ。来月の半ばにメンバー入れ替えを希望する奴がいればそのテストを行い、もしメンバーが変わるようであればそれから一回迷宮で様子を見て問題が無いようであればその次の迷宮行で九層の突破を図る。入れ替えが行われなかったら入れ替え戦の直後の迷宮行で同じく九層の中心部と目される領域へと向かい、突破を図る。
これを聞いて皆のモチベーションも高まっているようだが、流石は元日光のメンバーだけあって、ベテラン連中に浮き足立っている奴はいなかった。但し、殺戮者入りを希望しているサンノとルッツ、それに、自らと共に仕える主人の昇格を熱望するロリックの戦闘奴隷のデンダーとカリムの四人は大変な入れ込みを見せて、目つきがギラギラし過ぎている。
サンノとルッツは本人なんだからまだしも、デンダーとカリムはなんでやねん、と思っていたらどうやら「奴隷の稼ぎは主人の稼ぎ。主人の稼ぎが増えれば己の給料もおのずと上がる」ということらしい。なるほど、色々な考えがあるものだなと思った。
ロリックはそんな彼らを宥める役回りだ。勿論、ロリック本人だって殺戮者入りを希望しているが、緊張のなかでも適度に力が抜けているようにも見える。ファルエルガーズ騎士団で正騎士の叙任を受けているだけあって落ち着いていた。やはりきちんとした訓練を受けて来た者はあちこちに余裕が見られる。この余裕がミスを減らすことを解っているのかも知れない。
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7446年9月19日
地上に戻ったら少し意外な話を聞いた。黒黄玉の生き残り連中が全員宿を引き払って出身地に戻ったらしい。興味を持って少し噂話を集めてみると何と言う事はなかったんだけどね。単に死亡したメンバーの魔石を家族のもとに届けに行くだけのようだ。
アンダーセン子爵領は天領の北の方にあるということらしいので、行き帰りでかなりの時間が掛かるから一度宿を引き払ったというだけのようだ。尤も、単なる知り合いという程度の付き合いなのでそのまま戻って来なかったとしても別にいいけど。あれからすぐに帰らなかったのは故郷の方に行く隊商の護衛依頼を探していたかららしい。流石に全員分の馬は持っていなかったようだな。
重要なのは緑色団と手を組んでいたもう一つのトップチームが当面の間(?)バルドゥックからいなくなることだ。差を広げるのに絶好の機会でもあるし。特に九層や十層のお宝を持ち帰ることで焦りを誘えたら言う事はないが、流石にそれは無理だろうなぁ。今回の黒黄玉の件で緑色団も彼らが本来から持っている用心深さや緊張感を取り戻したことだろう。
とにかく、黒黄玉はあと何ヶ月かは戻らない。これを受けて皆は「さっさと十層に行けば? グリード君なら行けるんじゃ?」とかまた箍が緩むようなことを言う奴もいた。確かに俺たちにとって朗報と言えなくもないが、だからと言って迷宮内での危険度が下がるわけでもない。
予定の変更は行わないから粛々と潜れ、と言って話を打ち切った。
また、少し前に王都のサンダーク商会に持ち込んだ冷蔵庫は一億六千万Zの値が付いて売れたそうだ。しかし、守護の指輪の方は音沙汰がない。よっぽどこの休み中に王都まで行こうかと思った。だが、今回の迷宮行でトリスとエンゲラが抜けているにもかかわらず、それまでと同じような感じでしか警戒をしていなかったりするような所が目についていたのでしっかりと訓練を行わねばなるまい。
俺たち殺戮者は地図以外の戦果はゼロだったが、虐殺者は五層で銀だけど鉱石を見つけてきたし、根絶者は三層で全滅したパーティーを発見し、その装備品をせしめてきたんだ。お宝を得ることが出来なかったのは誰の責任でもないが、これはちょっと寂しいじゃないの。
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7446年9月28日
また迷宮から戻った。前回は地図の拡張だけが戦果であったが、今回はきちんとお宝を入手出来てるんだぜ。九層で召喚されて来たケイブトロール四匹をぶっ殺して祭壇の祠から入手したものだ。
【地魔法除け】
【金・銀・黄玉】
【状態:良好】
【生成日:28/9/7446】
【価値:1】
【耐久:30】
【地魔法と無魔法を組み合わせたエヴォケーション系統の魔術を一定確率で無効化】
【装着者を目標に使用された、地魔法と無魔法のみを組み合わせたエヴォケーション系統の魔術を一定確率で無効化する。また、地の元素魔法単体も同確率で無効化する】
小さなペンダントトップかブローチか、という形をしている。
結構値打ち物だと思うんだ。
これ、ン十億は下らないと思うぜ。
名前からして検証も楽そうだしな。
俺の【鑑定】で判る内容だけでも大したもんだが、俺にとって致命的でもないし、これは遅かれ早かれ売ることに決めた。誰でもファイアーボールを使えるワンドに匹敵するかと聞かれたら疑問だが、結構良いセン行くような気もするんだよね。
それと、守護の指輪だが、買い手の希望者が現れた。先方の提示価格は一億四千万Z。サンダーク商会からの手紙だと、価格の根拠は、買い手は既に同じ名前の指輪を所有しており、能力自体について既に知識を持っているから、ということだ。
「どうしたもんかね?」
ボイル亭の俺の部屋でトリスとミヅチ、ゼノム相手に相談した。なお、ロリックは今回の指輪には関係ないので呼んでいない。
俺の心は決まってるんだけどね。
「一億四千万とはまた大した金額だな」
ミヅチの淹れたお茶を啜りながらゼノムが言う。全くだ。
「確か、どういう能力でどうやって調べたのかを教えてくれることが販売の条件じゃありませんでしたっけ?」
腕を組んでトリスが言うが、ちょびっと違う。「こちらが納得する金額で販売した後」にそれを教えてくれることが条件だ。そうでなければ能力や検証方法を聞いて販売しないということも可能だから、そう思われることを避けた。だが、今回のケースだとそれも難しそうだ。既に同じ名前の魔法の品を所有しており、ご先祖様からの言い伝えでも何でもいいが、当人が「能力を持っているであろう」と考えているのであれば「こういう能力だと伝わっています」でも答え自体には問題がない。
どうやって検証したのかと言う点についても「同じ名前なので検証の必要を認めなかった」とか、「予め能力を知っていたので指輪を嵌めてから軽い怪我をしてみた」とでも言われたらこちらとしては返す言葉はない。
何にしてもこのようなケースについては想定していなかった。既に同じ名前の品物を持っている奴がいて、更にもう一つ欲しいなんて言われることまでは思い至らなかったのだ。
ミヅチがトリスに販売後だとか細かい条件を解説していた。
「しかし、参ったな。こうなると金額でしか判断できない……」
トリスが組んだ腕の左肘のあたりを右の親指で叩きながら言う。
「能力は教えてくれるんだし、一億を超えるなら良いとは思うけど……?」
ミヅチはさっぱりしたように言うが、そう大した能力ではないとは言え、魔法の指輪だぞ? 大した能力じゃないなんて事は俺とお前しか知らないんだし、皆を納得させてやらなきゃ……ゼノムは金額を聞いて多いと驚いているようだし、いいのか? でもなぁ……何となく惜しい気もする。しかしながら、一億四千万Zは大金だ。それ以外にも充分に焦って今売らなきゃならない理由も有るよな。よし、早く誰か気づかないかな。
「トリスはどう思う? 確かに一億四千万Zは大したもんだ。しかし、能力しか判らない。それも、買い手が“同じ名前なので同じ能力だろう”と思い込んでいる能力だ。検証方法についても教えてくれるかは不明だし……」
イマイチ決心がつかないような、渋い顔でトリスに言った。
「売ってしまって良いのではないか? それこそ確かめる方法が不明の物をよく解らないまま使っててもお守り程度にしかならないだろう? 何しろ一億四千万だ。金額だってサンダーク公爵筋が経営する商会であればあんまり安く買い叩かれるようなことは考えづらいだろ? 親戚なんだろう?」
少しばかり考え込んだトリスを他所に、ゼノムが代わって答えた。ゼノムはあんまり深く考えずに答えたようだが、言っている事は頷ける。しかし、お守りかぁ……。言われてみるとそうだよな。
「普通は『守護の指輪』と言えば、『HP』と言うか、生命力を僅かずつ回復させたり、防御力を上昇させるような品物なのね。仮にあの指輪が同様の能力を持っていたとしても、余程強力なものでない限りあんまり惜しくはない能力なのは確かね。それに……」
そう言うミヅチを横目で見たトリスが組んでいた腕を解き、膝を打ちながら彼女の後を受けて口を開く。
「アルさん! 大切なことを忘れていました! 既に同じ名前の魔法の指輪があることが判明したんだ。更にもう一つ、同じ名前の指輪でも出てきたことを考えましょう。その時値は同じですか? ねぇ、ミヅチさんもそう思ったんでしょ!?」
そうだね。二度ある事は三度ある。ミヅチの言う通り余程強力なものならいざ知らず、あの程度の能力であれば惜しく……はない……ぞ?
「確かにな。トリス、良いところに気付いたな。ゼノムも構わないようだし、指輪は売るぞ」
そう言って話を終わらせた。
まぁ、一つや二つ、新たに出てきたからと言ってそう大きく価格は動かないとは思うけど、一応、ね。
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7446年10月5日
「これは……!」
祭壇を上り、扉の開いた祠を覗き込んだエンゲラがなにやら呟いた。
「鎧……鎖帷子です!」
ほほう。たった今殺したモンスター、ブラックキラーマンティスとフェローシャスモール、カニバラスアイヴィーツリーに感謝を。なかなかの強敵だっただけはある。
エンゲラが祠から引き出してきた鎖帷子はまるで新品のような輝きだった。ラルファが居たら(彼女はゼノムと共に今週は殺戮者から離れている)うるさかったろうな。
「「あれは……!!」」
ミヅチとトリスが怖いくらいの真剣な顔つきで見ている。
それを不審に思ったのかベルが「どうしたの?」と尋ねているが、二人共返事もしない。
まるで、エンゲラの持つ鎖帷子の正体を見極めるとでもいうような真剣な顔つきで見つめているばかりだ。
「なんだなんだ?」
彼ら以外に様子の変わったメンバーはいない。鎖帷子を持って祭壇から俺に向かってくるエンゲラも嬉しそうだが、別に変わったところは無かった。マジカル・ディテクションの小魔法に反応はあるので魔法の品なんだろうが……。エンゲラから受け取った鎖帷子に触れ、早速名前を見てみる。
【精人族の鎖帷子】
ふうん。
エルフに対する呪いかなんかでもあるのか?
【精人族の鎖帷子】
【ミスリル鋼鎖・スフィンクスの革バンド】
【状態:良好】
【生成日:5/10/7446】
【価値:1】
【耐久値:150000】
【性能:身体拘束率:5%】
【性能:平均貫通率:マイナス26%】
【性能:装甲・防護部平均ダメージ減殺率:18%】
【効果:斬撃半減】
【効果:高温吐息半減】
【効果:装着重量軽減】
【効果:騒音低減】
【効果:自己隠蔽率上昇】
【効果:自動修復】
呪いの要素なんか無い。
それどころか素晴らしい魔法の品じゃないか!
非常に高い耐久値と効果以外は普通の鎖帷子とそう変わらないか僅かにマシ、という程度だが、ゴテゴテと六つもくっついてる特殊効果が凄い。ちゃんと面頬付きのコイフ(フードみたいなもの)もセットになっていた。勿論のこと、そちらも同様の能力、と言うかセットで考えるらしい。
ダメージの半減系と自己隠蔽率上昇については該当する攻撃を受けたり、隠れたりしてもなかなか解らないだろうが、それ以外は長くても数日の使用で気が付くだろう。それにしてもこれ、新品のように磨かれてぴっかぴかだから自己隠蔽率が上昇したところですぐに見つかりそうだけどな。ああ、上からサーコートでも羽織れば騒音低減とも相まって目立ちにくくなるのかね?
「「これ……」」
また二人のエルフが何かを言いかける。お互いの顔を見合わせ、どうぞどうぞと言うように遠慮している。
「精人族の鎖帷子と言うらしい。なんか感じるのか?」
俺は別に何も感じない。
『エルフィン・チェイン!?』
思わず、と言うようにミヅチの口から声が漏れた。
なんだよ?
「道理で……あ、かなり上物の魔法の品ですよ、これ」
そりゃそうだろう。
ところで、何が道理でなんだ?
「何となく存在を感じるんですよね。なんと表現したらいいのか……」
「そうそう、ミヅチさんの言う通りです。何と言っていいのか分かりませんけど……」
どうやらミヅチとトリスにはこの鎧が発するオーラみたいなものを感じるらしい。名前からして精人族の鎖帷子だしなぁ……。
「で、これ、結構良い物なら……トリス、お前着ろよ。ミヅチはゴムプロテクター貰ったからいいだろ?」
「え? いいんですか!?」
「うん……」
よくわかんねぇけど、名前からしてエルフが着た方がいいんじゃねぇの? 別に着るのはエルフじゃなくても良いとは思うけど、何となく、ね。効果も全部サブウインドウが見れる訳じゃないし、エルフじゃないと効果が発揮しないとかあったら嫌だしね。
なお、ミヅチは特に感情を顕さなかった。
ちょっとだけホッとした。何しろ姉ちゃんたちから贈られたゴムプロテクターだからな。俺と一緒にボロボロになるまで使おうぜ。身体拘束率はともかく、平均貫通率だのダメージ減殺率だのは鎖帷子より大分上、金属鎧に迫るほどなんだし。
さて、地上に戻るのは明日だが、指輪はどうなったかね?
本日の午後から出張なので次回は週末に更新できたらいいなぁ、と思っています。




