第百九十七話 黒黄玉6
7446年9月10日
アンダーセンの姐ちゃんの声かまでははっきりとしなかったが、女性の声が聞こえて来たような気がしたので自然と笑みが零れたのを感じた。
「今行くっ!」
そう叫ぶと先ほど生命力を感知した辺り目掛けて方向を若干修正する。
森の木々が飛ぶように後ろに流れて行く。
胸くらいの高さの小さな岩を飛び越え、着地と同時にまた走りだす。
木々の隙間、七十~八十m程先だろうか。
ちらりとオーガらしきモンスターの背中が見えた気がした。
木々の植生が濃く、集団の全体像はまだ把握出来ない。
急げ。
どう贔屓目に考えても黒黄玉は劣勢に立たされている。
急げ!
本来は下草の中の小さな石にでも足を取られたらまずいのでもう少し速度を落とすべきだ。
だが、今は運を天に任せて下草や小石など無いものとして遮二無二に駆けろ!
「ああっ!?」
女の叫び声がした。
「グゲゥッ!!」
ほぼ同時にオーガのものらしい声。
どこか勝ち誇ったような色が感じられる。
急げ、急げ!
くそっ!
汗が目に入った!
昨晩からずっと移動を続けており、俺もかなりの汗をかいている。
水分補給し過ぎか。
流れる汗を左手で拭い、スピードを緩めずに駆ける。
急げ、急げ、急げっ!!
「ギャップ! ゴアゾー!」
「ゴゲッ! グッグギブット!」
今なら必死な俺が見られるだろう。
見えたっ!
二十m程先、ある程度木々が開けた場所がある。
下草は他と変わらずに生えているようだ。
こちらに背を向けて片膝を立てて何やら囃し立てているオーガが一匹。
こいつが一番近い。
そいつのすぐ先にやはりこちらに背を向けて同様に地に座っている奴が一匹。
その五m程先には手に手に棍棒を持ってからかうような動きを見せるオーガの背中が二つ。
そしてその先に黒黄玉のメンバーらしい人影。
立って下草から上半身が見えているのが僅かに三人。
その奥には二匹のオーガが同様に黒黄玉をからかっているようだった。
数が合わない、と思うが今は確認する時間すらも惜しい。
まだオーガたちは俺に気づいてはいないようだが、行動と同時に時間との戦いになるだろう。十m程後方の樹の幹に半身を隠すとどいつから片付けようか、僅かに考えた。
チェインライトニングをMP大盛りで使いたかったが、位置関係がまずい。
ストーンカタパルトをこちらに背を向けて立っているオーガの左側の奴の背中、ど真ん中にブチ込んで即死させた。
即座に右の奴に対して不器用化の魔術。
慌てて振り返ろうとする座り込んでいたオーガは無視して奥のオーガへの牽制のために奴らの眼前に効果時間を延長したファイアーウォールを掛ける。
通路の壁から壁にまで続くような幅二十m程、高さ三m程の炎の壁だ。
五回折りたたんでいるからな。
炎の奥行きは一mってとこか。
これで暫くは大丈夫だろう。
奥のオーガたち、手前のオーガたち、それから黒黄玉から驚きの声が上がる。
これで黒黄玉と奥のオーガは分断された筈だ。
「シッ!」
一番近くにいて片膝を立てていた奴が炎の壁に気を取られている隙に後頭部と首の間、盆の窪を狙って銃剣を突き入れた。
銃剣は狙い違わず、硬い手応えで突き刺さった。
いきなり後ろから俺の銃剣を受けたオーガはびくっとしていた。
それに構わず、左手でフォアグリップを握って更に力を込め、一息に貫いた。
きっとオーガの口の中から銃剣の先が飛び出している。
延髄を破壊出来たのだろう。
オーガはぶるりと震えると途端に体から力が抜けたようだ。
素早く銃剣を引き抜き、俺に気が付き、立ち上がろうとするもう一匹に向かって突進する。
「おらあっ!」
「ギゴォッ!!」
銃床を鼻先に叩き込んで駆け抜け、先ほど不器用化の魔術を掛けた奴に突進した。
こいつの居た辺りは下草の高さが低い様で、二十~三十㎝くらいだ。
驚いた顔でこちらを見ている。
慌てて棍棒を持つ手がおぼつかないようだ。
「ぬっ、えぇぇぇいっ!」
右脇腹に銃剣を突き立て、素早く引き抜くと右回転しながら体勢を低く落とし、銃把の先が当たるように銃剣を回転させ右膝の裏を突いた。
体勢を崩し、棍棒を取り落としたオーガの後頭部を力一杯蹴りあげ、即座に背中に左手を当てると足を踏ん張ってつっかえ棒でもするように圧縮空刃を一発、二発、三発。おかげで左手の手袋はオーガの血で汚れた。
すぐに取って返し、再び高さ一m程になる下草へと飛び込み、鼻先の潰れたオーガへ正対する。
オーガは座り込んで鼻先を潰されたにしては意外な程素早い動きで右手に持った棍棒を旋回させた。
流石に水平に振り回される棍棒には迂闊に近寄れない。
何しろ、下草など存在しないかのような力で振り回したのだ。
ドバァッと言う、草が小さな爆発でもしたかのような音を立ててオーガの前が扇状に開けたほどだ。
オーガは調子に乗って立ち上がろうとはせず、片膝立ちになったままの姿勢で棍棒を構えている。
流石に白兵戦に長けているだけのことはある。
あのまま立ち上がる動作を継続していたら足か下腹辺りに俺の攻撃を食らっていたはずだ。
そんな奴相手には慎重にならざるを得ない。
様子を窺う俺を見てオーガは鼻血を舐めるとニヤリと嘲笑ったように見えた。
オーガと比べて背の低い俺を黒黄玉同様の与し易いチビだとでも思っていやがるんだろう。
「「グリードッ!」」
黒黄玉の方向から歓喜の声が湧き上がる。
黙って見てやがれっ! 真のトップチームを率いる俺の力をっ!
唇の端が釣り上がる。
次で決めてやる!
兜の目庇の下からオーガを睨めつけ、僅かに体勢を低くして再度突進の構えを取る。
奴が立ち上がろうとした時が勝負だ。
炎の壁はまだゆうに一分以上は持つ。
オーガは俺の隙を見て立ち上がりたい。
俺はわざと隙を見せて立ち上がるところを狙いたい。
とは言え、あからさま過ぎると罠だと見抜かれるだろう。
双方ともにフェイントを織り交ぜながら俺はオーガを中心とする円を描くように動き出した。
オーガはそれを牽制しようとする動きを見せる。
黒黄玉は傷ついた仲間に声でも掛けているようだが、数人が俺の傍に近づいてくる気配を見せた。
援護しようと言うのだろう。
なら利用させて貰おうか。
今!
タイミングを測り突進に移ろうとした。
「ごおおおおがああああぁっ!!」
その時、雄叫びとともに疾風のように駆け込んできた獅人族が横からオーガの頭に剣を斬り込ませた。
頭蓋の半ばまで大きな剣の刃をめり込ませ、オーガは絶命した。
ズールーはオーガを蹴りつけて剣を引き抜き、指示を仰ぐように俺を見た。
見せ場取りやがって。
ミヅチにでも命じられたのだろう。
「炎の奥に二匹いる。戦列を組め!」
苦笑しながらズールーに命じ、俺の援護のために近づいてきた奴らを無視して炎の壁と黒黄玉との間に立ちはだかった。
そして、続々と殺戮者が戦場に到着した。
もう残った二匹のオーガなど物の数では無い。
皆も相当体力を使い、へばりかけているようだが流石に普段から鍛えているだけのことはあるようだ。
表情に疲れを滲ませながらもキビキビとしたいい動きをしている。
任せても問題はないだろう。
・・・・・・・・・
「ぐっ……ありがとう。また助けられちゃったわね」
「よく来てくれた」
「ううっ、もうダメかと……」
「ありがとう」
「え? 助かった……?」
生き残っていた黒黄玉は危険が去ったことを理解すると口々に礼を述べてきた。
しかし、ロットの他に二名の死亡者が出ていた。
ゲイリー(ゲイリー・バグマイア)とマリン(マリン・ルッキーマ)だ。
生き残っている五人にしても半死半生の大怪我を負ったサブリーダーのカーク(カーク・ダンケル)を筆頭に無傷の奴は一人として居なかった。
リーダーのアンダーセンも左腕を開放骨折しており、ロール(ローレイル・ナルゾメリン)も右足を折っていた。
比較的軽傷に見えるバールも顔色は蒼白で肋骨が四本折れているようだし、ヴィックス(ヴィッケンス・バルケミー)もかなり酷い打撲傷を負っていた。
ミヅチやグィネ、ミース、ロリックに治療を任せ、アンダーセンに話を聞いた。
俺達と別れた直後の初日は大過なく過ごせたそうだ。
問題は翌日。
七層に来て、モン部屋を除いては初めてオーガ三匹の集団と出会った黒黄玉はなんとかオーガを倒したものの、ここでマリンが重傷を負う。
彼女の治療にはかなりの時間と魔力を割くことになってしまった。
勿論、怪我人は彼女の他にも居る。
オーガとの戦闘の為にある程度の余力も残しておかねばならず、治癒にだけ魔力を注ぎ込むことが難しかった。
それでもマリンが一命を取り留めたこともあり、七層でかなり稼げたことも後押しして雰囲気はまだ明るかったようだ。
その晩、マリンが大量に吐血をし、内臓が治りきっていないことが判明した。
アンダーセンの判断で更にマリンに治癒魔術を優先して掛けることになった。
お陰で小康状態にまで復帰することが出来た。
この時点では魔術師はマリンを除いてまだ大きな怪我を負っていなかったこともある。
更にアンダーセンはロットの遺体から魔石を抜いて少しでも身軽になることを提案したが、パーティーメンバー全員の反対にあって断念してしまう。
アンダーセン子爵家はそれほど裕福でなく、領地もそう大きくはない。
ヴィルハイマーのおっさんが言っていた通り、黒黄玉はマリンを除いた全員が同郷の出身で、それこそ二十年三十年、子供の頃からの付き合いの奴も多い。
お互いの両親や兄弟も顔見知りであるばかりか、年下のメンバーは年上のメンバーにおしめを替えて貰った事まであるような奴ばかりだ。
アンダーセンとしても相当な覚悟と決心がいった発言だったのだろうが、その時は反対されてホッとしたとすら言っていた。
ロットの遺体をカークとバールが交代で担ぎ、マリンはゲイリーとヴィックスが交代で担ぐことにした。
当然移動速度はかなり遅くなる。
警戒の目も減る。
翌日もなんとか切り抜けられたが、流石に怪我人も増え、魔術師の治癒が優先された。
魔術師が怪我を負ったままだと魔法が使えず、魔力が無駄になるからだ。
マリンもまだ魔術が使える程には回復出来ていない。
そして翌日(昨日だ)。
この日も苦戦はあったもののなんとか切り抜けることが出来た。
用心して進めばあと一日か二日で転移水晶に戻ることが出来る。
多少怪我を負っているとはいえ、一流の冒険者だ。
オーガ二匹程度ならなんとかなる。
三匹が相手でも犠牲は出ないだろう。
この頃には治癒魔術を何度も掛けられたマリンも魔法こそ使えないが、槍を杖替わりに一人で歩けるくらいにまでは回復していた。
だが、やはり完治どころか歩くのもやっとという有り様であり、他にも怪我人が居る状況ではオーガ相手の戦闘は厳しかった。
また怪我人が増えてしまう。
マリンも魔法が使えるとは言え、他にも重傷者が出てしまえば治癒の魔力はそちらに割かねばならない。
更に一夜明けた今日。
この森でオーガ五匹の集団に襲われた黒黄玉は防戦に追い込まれてしまう。
かなり長い間粘ったものの、いつの間にかオーガの数は更に三匹増えていた。
頼りになる前衛の要のサブリーダーのカークも無力化され、ゲイリーも頭部に棍棒を受けて絶命した。
力を振り絞って槍衾を形成していたマリンも疲労のためかバランスを崩したところに攻撃を受け死んでしまった。
全員が満身創痍となり、オーガは黒黄玉をいたぶって遊ぶまでになっていた。
オーガたちは、黒黄玉をわざと殺さない程度に抑え、ほとんど抵抗力をなくした彼らで遊んでいたのだ。
それが三十分も続き、絶望に支配されそうになった頃、遠くで何かが破裂するような音が聞こえた。
オーガのうちから二匹が様子を見てこいと命じられでもしたのか、戦列を離れていった。
だが、そんな中、アンダーセンとロールがオーディブルグラマーの音であると気付く。
ここに来るのは殺戮者か緑色団か。
戻りが遅く痺れを切らした緑色団であると考えるのが自然だが、こちらには居場所を伝えるすべもない。
しかし、希望は捨てられない。
少しでも長い間粘り、僅かな可能性に賭ける。
必死になって抵抗しているところに俺が現れた。
救世主に見えたろ?
当分の間本業で出張が多く、更新ペースが乱れます。
ごめんなさい。




