第百九十三話 炎
7446年9月6日
残りのモンスターは傷付いていることもあって、既に敵ではなかった。
モンスターの半数である六匹のオーガメイジは全てが殺戮者の手によって倒され、残り半数の六匹のオーガについても同様に半数の三匹が俺たち殺戮者の手に掛かっていた。戦果としては俺たちが七十五%。四分の三だ。まぁ、オーガのうちかなりの数は黒黄玉も傷を与えているから四分の三だと言って威張れはしないけど。
純粋に黒黄玉の力だけで倒したものは僅か三匹に過ぎなかった。
そして、犠牲者が一人。勿論、殺戮者じゃない。
黒黄玉に所属する盾使いのロット(ロストール・ミルストロン)である。オーガの棍棒の一撃で兜ごと頭がひしゃげていて即死だったようだ。
「ステータスオープン……糞っ!」
「「ロット……」」
「「こんなに沢山オーガが……」」
殺戮者の皆はロットのステータスを見ている黒黄玉の様子を見ながら武器の汚れを手拭いで拭き取っていた。武器を使用していないのは俺だけだ。
「あ……そうだ……救援、感謝するわ……ありがとう。助かった」
いち早く立ち直ったアンダーセンはそう言って俺たちに頭を下げた。
リーダーが礼を言ったことで現実に引き戻された黒黄玉のメンバーも口々に感謝の言葉を述べてくる。
「どういたしまして。こちらで仕留めたオーガの魔石は頂きますね。ズールー、エンゲラ。俺達の分を採ってこい。グィネとバストラルはそこらのうち、こちらの分に印をつけろ。ああ、採っといても構わん。ミヅチ、すまんがギベルティを呼んで来てくれ」
あえて事務的な声で言うと、アンダーセンを見た。文句ねぇよな?
当然ながら文句は無かった。
黒黄玉には軽傷を負ったメンバーも居るようだが、彼らもまだ魔力はあるようだし、手前ぇのケツくらい手前ぇで拭けるだろ。
流石に前衛且つ魔法が使えるメンバー一人を失ったのは彼らにとっても大きな痛手だったのだろう。これ以上の探索は諦めて帰途につくらしい。
「元の水晶棒までご一緒した方がいいですか?」
あんまり嫌味にならないように提案してみた。しかし、「元来た道を戻るだけだし、大丈夫。気を使わせて悪いわね」と断られた。
正直言ってここからなら八層へ転移する中心の部屋まで大した距離じゃないのでそちらの方がありがたい。八層ではゼノムを待たせていることでもあるしね。黒黄玉だって目の前で六匹ものオーガを暴れさせたまま三匹を仕留める実力はある。通路で出会うオーガは最大でも五匹。よっぽど運が悪くなきゃ大丈夫だろ。
ロットの遺体はバールが担ぐようだ。彼の着ていた重ね札の鎧は分解されて手分けして担がれている。
「貴方にはまた借りを作っちゃったわね……。この御礼は必ず……」
アンダーセンはそう言うと黒黄玉を率いて帰途についた。
しかし、あれだね。
一人くらい獲物を横取りしやがってとか文句を付けて来るかと思っていたが、俺たちの力を見て実力にかなり隔たりがあることに気付いたのだろうか。正直言って、俺たちがオーガを殺し回る手並みは俺の目から見ても見事なもんだ。感心したような、ショックを受けたような、そんな顔をしている奴も居たんだよ。
流石はトップチームだけあるよな。
認めるべきは素直に認め、意味のない虚勢を張らない。
実は単に慣れてるだけだから大して実力に隔たりなんかないんだけど。
尤も、慣れというのは油断を招くという恐ろしい部分がある反面、機械的にパターンに嵌め、相手が何をしようが先手先手を取り続けられるというこれ以上ないほど大きな利点がある。油断するようなアホな真似さえしなきゃ確実に実力以上の力を発揮させてくれる。
俺に言わせりゃ、黒黄玉の方こそ“迷宮に慣れ”過ぎて油断をしていたのではないかと思う。新しい階層に来て数週間で部屋に行くなんて無謀にも程がある。きっと六層もかなりの速度で通り抜けたのだろう。それくらい高い実力を誇る彼らだからこそ七層のオーガを相手取っても調子良く戦えていたのではないだろうか。きっと怪我一つせずにここまで来たのだ。
だからこそ焦りもしたのだろう。きっと「この程度の魔物にびびって今まで七層に来なかったとは」とか「落ち着いて戦えばオーガと言えど数が少ないし、我々の相手ではない」とか、更には俺の想像に過ぎないが(でも多分当たってると思う)「緑色団と六層・七層の地図を共有出来たのは大きかった。おかげで思わぬ短時間で七層に来れた」とか思っていたんだろうな。
きっと黒黄玉と緑色団の間では水面下で主導権争いもあったことだろう。どちらがより多くの情報を齎せるか、どちらの情報がより役に立つか、そして、どちらがより早く七層を越えるか。
そもそもとんでもない実力を持っているらしいガキ共(俺たちの事だ)に先を越されたのは仕方がない。しかし、調子に乗った日光ですら六層へ行った。曲がりなりにも自力でだ。それを目障りに思ったのかは知らないが、ガキ共は上手に日光を手玉に取り、踏み台にしたばかりではなく、己の戦力にすら組み込んでしまった。
七層でかなりの間足止めを食っていたガキ共はオーガの魔石で大儲けしているからだと思っていたが、日光を吸収したことによって再び更なる下層へと足を踏み入れた。そうか、単一のパーティーだと限界を感じていただけか。ガキ共に脅威を感じていたこともあるからなんとなく緑色団と近づいては居たものの、これを機に正式に手を組むべきだ。
その御蔭で六層、七層と調子良く来れた。未だ七層の魔物の部屋には辿り着かないが、ガキ共が言うには見ればすぐに判る作りになっているという。ははぁん、これが七層の魔物の部屋か。緑色団もまだ部屋にはたどり着いていないというし、先を越すのは我々だ。
俺にとっては良い反面教師だ。焦り。油断。どちらも大敵である。
・・・・・・・・・
7446年9月8日
九層の探索を開始して二日目。
あるモン部屋で俺たちは驚くべきモンスターと対峙した。
いつものように陣形を整えてモン部屋に向かった時、いきなりミヅチが叫んだのだ。
「全員全力でフレイムスロウワー!」
先頭を行くミヅチからモン部屋の入り口までまだたっぷり二十mはある。
こんな時に理由を尋ねる間抜けは俺のところに居やしない。
ミヅチの斜め後ろ両脇に居たズールーとエンゲラは即座に後退し、トリスとゼノムは通路の壁に貼り付いた。
最後尾から俺とベルが走り出すが、それよりも前にミヅチの両脇に並んだラルファとグィネが部屋に向かって手を翳し、精神集中を始めている。バストラルは無魔法のレベルがまだ四に達しておらず、フレイムスロウワーは使えない。少し迷ったあと、同じように手を翳した。
ミヅチの手から盛大に炎が吹き出すと部屋に向かって伸びる。
彼らに並んだ俺とベルも手を翳すとフレイムスロウワーの魔術を使った。
ミヅチに次いで俺の手からも炎の舌が伸び彼女の炎と合流……!
なんだ!?
ミヅチの炎を突き破ってなにか黒く尖った物がこちらに飛んで……いや、伸びて来ているのか!?
丁度俺の炎に炙られて尖った物は焼け落ちるがまだどんどん数が増えている。
一分ほどしてベルが、その後ラルファが、グィネが、バストラルがそれぞれ炎を掌から噴出させ、完全に目の前の通路は炎で埋め尽くされた。あ、バストラルは目標の視認が必要なようでまだ何もしてなかった。
元々、フレイムスロウワーの魔術に対しては携帯放射器のイメージの強い俺はつい収束させて使うようにしてしまうが、皆は火炎放射器の炎は漏斗状に広がるものという思い込みがあるらしく派手に広がっている。俺も真似して漏斗状に広げて使ってみた。
それを確認したミヅチはフレイムスロウワーの魔術を止め、指示を出してくる。
俺の背に触れると「貴方はそのまま前進して。火勢は弱めず、可能ならもっと強く」と言う。
そうかい。
お安いご用だ。
俺が歩き始めると今度は
「止めて。皆私の後ろに! ズールーとトリスは盾を構えて。魔法が……!」
その時、広がった俺のフレイムスロウワーを突き破って氷の矢が飛んできた!
あれ、アイスボルトやアイスジャベリンじゃねぇ!
少なくともアーバレストだ!
俺の炎を突き破ることで弾頭が小さくなっているだけだろう。
「よっ!」
多分トリスが盾で弾いた。
「サージ! 見えたら撃て!」
トリスがバストラルを庇ったのだろうか?
と、思う間もなく俺の脇からフレイムジャベリンが放たれた。
俺にももう判ってるぜ。炎の脇から一部見えてる。照らされてもいるしな。
樹だ。
しかも動く。
手がある。
足がある。
背の高さは傍に寄れば見上げるほど。
恐らく五~六mもあるだろう。
手は太い枝が変化したような感じ。
その指のような部分がものすごい勢いで伸び、俺に燃やされている。
燃えた端から新しい指が伸びて来る。
足は太い幹が二股に分かれたようで、あまり早くは無いようだが立派に動いている。
その速度は大人が歩く程度はあるだろう。
バストラルのフレイムジャベリンが当たったためだろうか。
炎を嫌うように逃げ腰になっては居るようだが、それでも後ろには下がらず俺の炎を横に避けるような動きで移動している。
そして、地上から四m弱程の高みには醜く歪んだ老人のような顔。
苦痛に歪んでいるのか、居場所を荒らしに来た俺たちが憎くて歪んでいるのか。
顔の上にはブロッコリーだかカリフラワーだかの様に枝が広がり、葉っぱまでついている。
見た感じ広葉樹のようだな。
知らんけど。
「来るぞっ!」
もう解った。
こいつは魔法を使う。
だが、ご多分に漏れず魔術を使う際には精神集中が必要なようで、その間、完全に動きが止まる。
指を伸ばしても来ないし、腕を振り回すなんてこともない。
だが、恐ろしい事に魔法への精神集中の時間は驚く程短い。
一秒あるかどうか。
アーバレスト級の攻撃魔術をここまでの速度で放てる奴は知る限り俺くらいのものだったが、やはり世の中は広い。
「むんっ!」
今度はズールーが弾いたようだ。俺の警告のお陰だといいな。
「フレイム系でもファイアー系でもいいから集中して! 次に私がファイアーボールを撃ったらそれを合図に一斉に撃って! トリス、ズールー。もっと前に! 集中が終わるまで皆を守って!」
その数秒後にはミヅチからファイアーボールが放たれたようだ。
続いてベルのものだろうファイアーボールとラルファとグィネのものだろうフレイムジャベリンが二発。
バストラルもそれに数瞬遅れて更にフレイムジャベリン。
連続して炎の攻撃魔術を食らったモンスターはあからさまに動きが鈍り、弱ったようだ。
「油断しないで! 撃てる人はもう一回!」
ミヅチの掛け声が響く。
・・・・・・・・・
【 】
【無性/7/25/6444・マッドトレント】
【状態:死亡】
【年齢:1002歳】
【レベル:18】
【HP:-36(1439) MP:2(65)】
【筋力:35】
【俊敏:19】
【器用:39】
【耐久:36】
【特殊技能:同族支配】
【特殊技能:水魔法(Lv.5)】
【特殊技能:火魔法(Lv.5)】
【特殊技能:無魔法(Lv.5)】
【特殊技能:刺突半減】
【特殊技能:斬撃半減】
【特殊技能:低位魔術無効(火魔法を除く)】
なかなかに恐ろしい相手であった。
種族のサブウインドウを見て判ったが、温度の変化に弱く、特に炎のダメージは三倍という弱点がないと倒すのにもっと時間が掛かっていたことだろう。また、今回はあまり関係なかったが、斧やハルバードなどの重量斬撃系の攻撃ならダメージは二倍になっていたそうだ。ついでに魔術による攻撃を受けたとしてもその魔術にレベル三以下の火魔法以外の元素魔法が混じってると無効化するという、とんでもない特殊技能を備えていた。
おまけに攻撃魔術を使ってきた。
俺がフレイムスロウワーを使い続けなきゃアンチマジックフィールドで防ぐしか無いだろう(流石にアーバレスト級の攻撃魔術を盾で弾くと盾もいかれるだろうし、勢いに耐えられるのはウチではズールーなら辛うじて、と言ったところだろう。多分俺も無理だ)が、そうするとあの枝のような腕や指に対する牽制は無理だ。
なるほどね。
ミヅチ、何でも知ってるな。
感心して褒めたら魔法を無効化するのは知らなかったようだ。でも、トロールみたいに極端に火に弱いのは知っていたそうだ。
「木は火で燃えるから弱いのよ」
とか言っていたが、そのくらい俺にも想像はつく。
お、俺も、樹だ、と思った時にはきっと炎が弱点だって思って……なかったけどよ。
「ゼノムに斧を投げさせなかったのはなんでだ?」
「え? だって、ゼノムさんの斧は柄まで金属じゃない。炎の中でも大丈夫かも知れないけど戻って来ても熱くて持てないんじゃない?」
なるほどね。知ってたけど。
しかし、祭壇も何も無い普通のモン部屋か。
強敵を倒したのにご褒美なしとか、つまんねぇの。
低位魔術無効(マイナー・グローブ・オブ・インヴァルネラビリティ)
のルビですが、ルビの文字数制限により二つに分けてます。
Internet ExploerやiPhoneなどでは読み易く表示されると思います。
Chromeや携帯の人は申し訳ありません。
また、トレントですが、殴打系の武器は通常のダメージです。




