第一話 プロローグ 川崎武雄(事故当時45)の場合
初投稿です。感想もらえると嬉しいです。
「はぁ、今日は寒いなぁ」
つい独り言が出てしまった。空はどんよりとした曇り空で心なしか湿っぽい。そう言えば今朝のニュースで午後からの降水確率は60%だったな……。俺はコートの襟を立てながら取引先の玄関を出て最寄の駅に足を向けた。新宿駅で14:45に部下と待ち合わせだ。今は13:35だ。最寄り駅から新宿駅までは電車で約40分かかる。小腹がすいていたので新宿駅で立ち食いそばでも食おう。食う時間はあるだろう。
先ほどの取引先との商談でそこそこ大きな注文がもらえそうだ。これで今期の営業予算は達成できるだろう。ちょっと顔がにやけるが、俺の個人予算はともかく、課の予算達成はまだとても安心できるレベルではないことを思い出し、急に憂鬱な気持ちになる。待ち合わせをしている部下の数字(売り上げ数字)を思い出した。
奴の数字は2月も半ばだというのに予算の30%程しか目処が立っていないのだ。このままのペースで3月末を迎えると達成率は60%程、ということになる。(言い忘れたが、今期、というのはこの四半期1~3月のことだ)奴の他に調子のいい数字を上げている部下もいるにはいたが、このまま放置していい状況ではない。今日の待ち合わせもやっと取れたアポイントメントへの同行営業だ。
駅に着き、Suicaを取り出し入場する。残額は¥12,345。おお、なんという切りのいい数字。別に切りが良いわけじゃなくてゾロ目、でもなくて連番か。少しだけいい気分になり、新宿行きの電車に乗り込む。平日の昼下がり、且つ先頭車両(俺は通常の昼間の移動の際には先頭車両か最後尾車両にのる癖がある。すいている確率が高いためだ)のため車内はガラガラに空いており問題なく座れる。乗客は20人くらいだろうか。
次の取引先の担当者を思い浮かべる。昨年、部下に引き継ぐまでは俺が担当していた顧客で、俺は結構気に入られていたと思う。だからわざわざ部下に引き継いだんだが。それが今年度から微妙に数字を落としている。心配だ。
なんとか今日の打ち合わせで数字が落ちてきている原因でもつかみたい。原因が判らなければ対策の打ちようもないしな。顧客の需要が急に減ったとは思いにくいので、他社にシェアを食われているのは確実だ。問題はその理由。まぁ今は何を考えても回答を得ることは出来ないのでここでこれ以上心配してもしょうがない。
なんだか少し眠い。眠い頭で週刊誌の中吊り広告をぼんやりと眺める。
・・・・・・・・・
高校を卒業した俺は学費がかからず、給料も貰えると言うだけの理由で防衛大学校へ進学した(1980年代後半の当時は今ほど防衛大学校の入学希望倍率は高くなく、健康な体と犯罪歴がなく、身内に犯罪者などもいない、いわゆるきれいな身上であり、上の下程度の成績であれば入学できた。いわゆるバブル経済が絶頂の頃であり自衛隊の人気が非常に低いことも大きな原因だったろう)。高校までと違って大学校での成績は特に優秀というわけでもなく、中の上程度の成績で卒業し、すぐに幹部候補生学校へと入校した。防衛大学校卒業者であったため、半年で部隊へと配属された(現在は一般大学卒業者と同じだけの期間、9ヶ月が必要)。田舎の駐屯地でのんびりと任務に就いた翌年の暮れに事件は起こった。
年末年始の休暇が連続で4日もとれたのは偶然に偶然が重なった僥倖であったが、休暇の初日である12月30日に実家へ帰省する前に都内在住の高校時代の友人宅へ転がり込んだのが発端である。
そもそも新車を購入したので年末年始の休暇に一緒に新車で実家まで帰ろうと言われ、ひとつご自慢の新車でも拝んでやろうかと思ってしまった俺も悪い。30日夕刻に友人宅へ着き、近所の居酒屋で飲食し、さて、帰ろうか、と店を出て暫くしたときだった。
居酒屋を出て数分後、女性が数人の男に絡まれている現場に行き合ったのだ。嫌がる女性に執拗にナンパを仕掛けるチンピラ風小僧共(当時の言葉では、チーマーと一般に呼ばれていた人種だろう)の図、とでも言うのか、都会の繁華街ではよくある光景なのだ、と自分を納得させ、構わず通り過ぎようとした。俺は自衛官なのであって警官ではないし、万が一トラブルが発生し、新聞沙汰にでもなれば部隊に迷惑がかかる。
ところが、アホな友人は酔った勢いもあったのか、絡まれている女を格好良く救うという絵に憧れが有ったのかはわからないが、小僧共に対して注意(?)した。当然そんな注意を受け入れるはずもなく、こちらに何者だという胡乱げな視線を向けるチーマー共。
俺は女性に対して、あっちへ行け、という風に手を振ると友人の脇に控えた。別に俺が手を出す必要はないだろう。こいつは中学時代から柔道をやっていたし、当然相手は服を着ている。せいぜい手を抜きつつ一人二人転がせば逃げていくか、こちらが逃げ出せるだろう、と踏んでいた。
考えが甘かった。チーマーの一人がいきなり金切り声のような叫び声を上げたかと思うと、ナイフを抜いて友人に襲いかかった。そういえば、連日ニュースなどでチーマー同士の抗争で刃傷沙汰になることもあると報道されていた。これはまずい、と思ったときには遅かった。先頭に立って襲ってきた一人を問題なく投げようとする友人の横腹に別の一人がぶつかってきた。頽れる友人を横目に、必死で脳内にこれは正当防衛行為だ、と言い聞かせ自衛隊格闘術で応戦を開始する俺。
任官して1年以上が経ち、ろくに格闘訓練をやらなくなっても防衛大学校と幹部候補生学校の4年半に及ぶ訓練で鍛えられた格闘戦技術と、任官してからも行っていた体力練成のなせる業か体は自然と動いた。
結論として友人は刺されたものの重要な臓器は無事で命に別状はなく、逆に刺した相手を含め、ほぼ全員を病院送りの状態にまでしばきあげたところで駆けつけた警官に取り押さえられた。夜の繁華街で目撃者も多く、当然怪我を負った友人を置いて逃げるわけにもいかず、武器を持った怪我人の山で一人無傷の俺には警官に同行して最寄の警察署まで行くしかなかった。
――現役自衛隊幹部が民間人に暴行
当時の自衛隊員は日陰者もいいところの扱いであり、また俺が3尉の階級を有する陸上自衛隊幹部であったこともいい餌になったのだろう、マスコミはこぞって報道した。裁判で正当防衛を主張し、件の女性が証言してくれたこともあって、無罪を勝ち取ることができたが、隊に迷惑をかけた俺は辞職するしかなかった。上官は半分泣きながら、すまん、本当にすまん、と頭を下げてきたが当時の状況では辞職を免れることは無理だった。
残念だなぁとは思ったものの、どんな事情でもやってしまったことはやってしまったこと。俺は自主的な辞職という形で自衛隊を離れた。別に犯罪履歴となる罪を犯したわけではないし、まだ若く1990年代前半という当時の社会情勢では次の就職に困ることもなかった。特にがつがつと就職活動をしなくてもあっさり零細と中堅の中間程度の食品を主に扱う商社に再就職することができた。
あ、救った(?)女性との間には別段何も芽生えることはなかった。
車内の中吊り広告の「3・11の裏側であった自衛隊の活躍」という雑誌広告の記事目録をぼーっと目にしていたら昔の記憶がちょっと蘇ってしまった。もう既に後悔や未練などは消えているが、あの震災のとき、あのまま隊に残っていることができたなら俺も……。という気持ちがあったのは嘘ではない。先の退職事件の折でわかったと思うが、俺は別段正義感が強いわけではない。
本当に正義感が強いのであれば最初に助けようとしたのは友人ではなく、俺だったはずだ。あれは流されただけだ。防衛大学校に入校したのも、日本の国防の一助となりたいといった社会的な使命感に駆られたからでもない。進学し、その間の費用を心配しないでいいし、卒業後は自動的に就職できるな、と思ったからに過ぎない。
勿論、防衛大学校、幹部候補生学校、その後の部隊配属(これは1年ちょいという非常に短い期間であったが)という防衛庁(当時)自衛隊印の釜の飯を食った期間に醸成された自衛官としての当たり前の国防意識は持っていたとは思う。今となってはあまり意味はないが。
そんなことをつらつらと考えながら眠りに入った。どうせ終点の新宿までまだ時間があるしな。
・・・・・・・・・
「俺と結婚してくれ!」
目の前に若い女がいる。女房だ。でもこれは一体なんだ? ああ、夢か。結婚して19年たってる筈で、女房も今はかなり歳を食っている。こんなに若くないし、小じわだってある。しかし、目の前の女房はどうみても20代で……って27の筈だ。俺が女房にプロポーズした場面だしな。このとき俺は25歳。二つ上の女房にプロポーズしたのが19年前。なつかしいな。夢とわかっていても若い女房はいいな。惚れ直しそうだ。27でも若く感じるのは俺が既に40を超えて久しいからだろう。
「はい」
やっぱりあのときの光景だな。返事まで一緒。しっかり俺の目を見てちょっと微笑みながら返事をする。うんうん、いいもんだ。ちょっと下腹部に反応があるかと思ったが夢の中なので反応はなかった。おっさんだからしゃあないな。
揺れる。
・・・・・・・・・
「え?」
「誠に残念ですが、奥様の進行状況ですと子宮を摘出する必要があります」
目の前が殴られたように暗くなる。主治医の伊東先生が下唇を噛みながら俺に宣告する。
子宮癌と診断され、手術後に女房は子宮を失った。
彼女は泣きながら「ごめんね。ごめん」と繰り返す。
結婚2年目のことだ。
がたん、ごとん、揺れる。
・・・・・・・・・
「きれい、ありがとう」
指輪をはめた手を居間の電灯にかざし、喜ぶ女房。いわゆるスイート10ダイアモンド。結婚10周年の記念日に女房に贈った。ちまちまと小遣いをため、同僚や上司から得意の麻雀でカモって増やしたへそくりをはたいて買った指輪。
(やっぱりこいつ、かわいいな。結婚してよかった)
深い満足感を得て目をつぶる。このとき、俺は36歳。女房は38歳。流石に可愛いは言い過ぎか。でも世界一可愛いと思った。
がたん、ごとっ、揺れる。
・・・・・・・・・
「はじめまして、○ィ名と申し ……。よろしく 」
こいつ、語尾が小さいな。なんとなくうつむき加減で、顔もよく見えない。ああよく聞こえなかったけど、これ、椎名の面接じゃないか。椎名はこれから待ち合わせをしている部下だ。まだ夢が続いているんだな。これ、何年前だっけ? 7~8年前かな?
がたっ、ごとん、揺れる。
・・・・・・・・・
「今日はこれで全員ですか?」
目の前のゴジラの息子っぽい顔が俺に聞く。ああ、隣の課の吉竹さんか。吉竹さんはこんな顔をしているが女性だ。あと、ジャイ子のような田崎さんも見えるな。うちの会社はなんでこんなに個性的な顔の女性が多いんだろ?
「そうだね、俺を入れて19人だ」
今日は社員有志でレジャーだ。うちの会社には社員旅行という制度はないし、全社をあげての忘年会や新年会といった行事も特に行っていない。最近の若い人たちは社員旅行などうざいだけで休日に社員で集まってなにかをするということに関心は低いと思っていたが、試しに呼びかけてみたらかなりの人数が集まった。
当社の釣りクラブも盛況になったものだ。海沿いの田舎町で育った俺は当然と言えば当然のごとく釣りが趣味だった。当たり前のように海釣りオンリーだ。バス釣りなどというキャッチアンドリリースなものは認めない。釣ったら食え。
10年ほど前に2つ下の同僚の趣味が釣りだと知り、申し合わせて何度か2人で釣りに行った。その後の営業日で当然釣りの話題は出るし、携帯で取った写真を2人で見ながら喫煙ルームで楽しそうに話をする俺たちに居合わせた別の同僚にもだんだんと釣り熱が波及してくるのにそう時間はかからなかった。
たった2人で始まった釣りクラブも4年前に会社に公式にクラブと認められるほどにまでなった。今では毎月の第三土曜日が定例の釣行日となっている。その日に都合のつかないメンバー以外の出席率はかなり高く、会社公認のクラブのため費用も会社からかなり出ている。驚く無かれ年間で120万円の予算を貰っている。使い道は会社のロゴを入れたお揃いのキャップの他は全て船代だが。
「はーい、じゃあ注目してくださーい。今日は初めて参加のメンバーが2人いるし、春先のいい天気でもあるので、予定通りかさご・めばるでいきます。席順は昨日みんなに配布している席表の通りに座ってくれ。あとで替わるのはいいけど船酔いのしやすさとか一応考慮してるので自信の無い人は中央辺りから動かないほうがいいぞー。じゃあ乗ってくれ」
俺はそう言うと定位置の左舷ミヨシ(船の先頭のほう)にさっさと釣り座を確保する。隣にはさっきのゴジラの息子が座る。
「今日は椎名さんは来ないんですか?」
「ああ、家族旅行だそうだ。那須に行くとか言ってたな」
「えっ? 椎名さんが定例会に顔出さないのは珍しいですね」
確かに出席率の高い椎名が定例会に出てこないのは初めてかもなぁ。まぁ旅行だそうだし、仕方ないだろ。
この日は大漁だった。俺以外が。
がたっ、ごとっ、揺れる。
・・・・・・・・・
俺様@聖誕祭: 俺、今日誕生日(・∀・)アヒャ
junya: おお!
junya: たんじょうび
junya: お
junya: め
junya: で
junya: と
junya: う
junya: !
俺様@聖誕祭: べっ別に、何かお祝いして欲しいとかじゃないんだからねっ///
junya: .o゜*。o
,/⌒ヽ*゜*
∧_∧ /ヽ )。*o
(・ω・)丿゛ ̄ ̄' ゜
ノ/ /
ノ ̄ゝ おめ..
俺様@聖誕祭: そんなAA探してこなくていいよ、ズレてるしpgr
junya: ・・・
junya: がんばったのに・・・
junya: 44歳!
junya: おめでとう!
俺様@聖誕祭: さんくー
junya: 偉い(ノ´∀`*)
俺様@聖誕祭: あと、44じゃない、45ちゃいになりました
俺様@聖誕祭: まじおっさんもいいとこ
junya: 完ぺきな中年ですね!
俺様@聖誕祭: おう、熟年とも言うがな
junya: (*´∀`)ケラケラ
俺様@聖誕祭: おまいも人のこと言えないですよね?
junya: 30歳児ですが、なにか?
これは……、去年の俺の誕生日の夜のチャットだろうな。
椎名とは妙に馬があい、親しくなった。新卒で配属されてきたあとの2年間は仕事に慣れるためにいろいろ小間使いをさせ、その後正式な営業として鍛えたんだ。
釣りは俺が教えたが2ちゃんねるやお勧めだというゲームとか教えてもらったし、たまに2人で飲みに行くこともあった。
がたっ、ごとっ、揺れる。
がたん、ごとっ、揺れる。
がたん、ごとん、揺れる。
揺れる。
・・・・・・・・・
キキーッ!!
(何だ!?)
ガッシャーン!!
(うおっ、体がズレ……飛ぶ!!、車両の乗客も飛んでる!!)
グワシャッ!!
(やばい、このままじゃ……!!)
バリバリ!!
(車両の端に叩き付けられる!!)
(ポールでも掴めれば!!)
やっとポールを掴んだと思ったら俺に突っ込んでくる人影がある。
既に把握しているが多分脱線事故かなにかだ。
ああ、ポールを左手で掴んでいたが、そこに突っ込んできた人によって引き剥がされる。ちらっと見えたが子供もその後に突っ込んでくるみたいだ。
まだ14時頃の筈なのになんで子供がいるんだ?
まだ幼稚園に通うような年代のようだ。
反射的に俺に突っ込んできた人ごと、子供を抱える。
大きな衝撃が右肩にかかった。
どこかにぶつけたんだろう。
そろそろか?
そろそろ車両の端に叩きつけられるころか?
(ぐはっ!!!!!)
「ぐえっ!!!!!」
変な声が出た。
既に車両の端に叩きつけられた人に重なるようにして俺も叩きつけられたようだ。
痛い。まじで。
(俺は……。死ぬのか……?)
体が動かない。俺が抱えている人(大人のほう)は首が変な方向を向いている。
一緒に抱えている子供の泣き声が聞こえる。
目の焦点が合わない。
「美紀……」
最愛の家族の名を何とか発声できた。
最期に女房の名前を呼べたのでちょっと満足した。
・・・・・・・・・
2015年の2月半ば、俺は電車の事故で死んだ。
未練が無いかと言えば嘘になるが、子供はいないし、両親は年を取ったとは言え、まだまだ健在だ。女房は仕事をしているし、自活能力もある。当然俺には生命保険金も掛かっているし、いろいろあったがいい人生だったと総括することもまぁ出来るだろう。短い人生なのは確かだが。平均寿命の半分以上は生きることも出来たしな。
うん、今期の数字の件や週末に女房と飲もうと残してあった高級酒などつまらない未練はあるがしょうがない、これもまた人生だろう。