第百七十三話 未到の地3
7446年7月3日
俺の隣でベルの耳がピンと立った。
「うわっ!」
「ロオォォォック!」
「魔物だっ!」
どうやら緑色団は戦闘中のようだ。
この声の響き方からして百mくらい先だろうか。
六層は天井が高いから百mも離れるとかなり大きな声で怒鳴らないと聞こえない。
現に今の声も掠れそうな感じだ。
「グィネ、この先ってモン部屋まで結構あるんだよな?」
「ええ……多分……五百mは離れてるかと……」
グィネはすぐに答えてくれた。そうだよな、ちょっと前にグィネはあと一㎞を切ったと言っていたのだ。
と、するとあの戦闘はモン部屋じゃなくて通路か。
大方イノシシが転送されて来て奇襲を受けたという所だろう。
「……イノシシは二匹……三匹かな?」
耳を澄ませながらベルが言う。
「罠、無かったよな?」
前を向いたままグィネに尋ねる。
「はい」
良し。
「……ふん。隊列変更だ。ラルファ、ズールー。お前らは後方警戒だ。後ろからカマ掘られたら格好悪いからな。ゆっくりでいいから注意して付いて来い。その前にミヅチとベル。飛び道具中心に臨機応変に頼む。真ん中はグィネとギベルティ。グィネはギベルティから離れるな。残りは俺と正面な」
銃剣を肩から降ろして構えるとさくさくと歩き始めた。俺の左後ろにはエンゲラ、俺のすぐ右隣に盾を持ったトリスが並び、彼の右後ろがゼノムだ。
「くっそおぉぉっ!」
「レンバー! 今だっ!」
「おおぉぉぉっ!」
忙しそうだね。
ちらりと後ろを見回すと焦っているような表情を浮かべていたのはグィネだけだ。他の皆は反対にひどく落ち着いた表情で歩を進めている。それでも速度は上がっている。
あの声の大きさなら、恐らくあと数十秒で現場に到着するだろう。
あの先を右に曲がって二〇mってところだろうかね?
「ベンノ、右よっ!」
「おう!」
「糞、ヨンヨンサンサンで行く! 前衛は五秒持たせろっ!」
「魔術攻撃だ!」
おお、そりゃ見逃せねぇ!
慌てて走りながら、念のためアンチマジックフィールドを展開しておく。
あの角の曲がりしなに魔術弾頭をぶつけられたら嫌だしね。
俺が急に走り出したからだろう。慌てて皆も後を付いて走り出した気配を感じた。
角を曲がると、丁度良いタイミングだった。
「流石!」
「今だ!」
「バース、もう少し耐えてくれっ!」
「おらあぁぁっ!」
幅十m程の通路の途中、俺から見て左側の壁を背にして緑色団がケイブボアー三匹を相手に必死に戦闘中だった。そして、丁度リーダーのヴィルハイマーが俺にケツを向けているイノシシに攻撃魔術を放つ瞬間を見ることが出来たのだ。
パーティーの真ん中辺りで手前のイノシシに左手の掌を向けたままの姿勢でいたヴィルハイマーが使ったのはフレイムアーバレストの魔術のようだった。
至近距離とも言えるほど近かったためか、アーバレストは見事に命中し、イノシシに重傷を負わせた。
イノシシはプギューと啼いて倒れたがまだ生きて手足を動かしている。
前衛の壁役の女が盾で殴りつけていた。
続いて山人族の女魔術師もフレイムアーバレストの魔術を使い、真ん中のケイブボアーを狙ったようだが、残念ながら外してしまった。
魔術弾頭は通路の右の壁に当たって四散した。
更に狼人族の女魔術師がストーンアーバレストを放ち、それが猪に命中したものの、こちらは浅くて大したダメージは与えられなかったようだ。
イノシシはまだ元気があるようで倒れない。
前衛の壁役の男が盾と長剣を上手に使って振り回される牙の攻撃をいなしている。
槍衾の兎人族の男がフレイムジャベリンを叩き込んでようやく真ん中のイノシシも倒れた。
すかさずバニーマンは壁役の男の影から躍り出て流れるように槍を突き出すと、イノシシの頭部に突き込んだ。
これで残るイノシシはあと一匹。
道中に転がっていた死体を見る限りではもう緑色団の敵ではないだろう。
そちらの方はサブリーダーでエルフのバースとドワーフのレンバルがコンビで対応している。
もうこちらの方に魔術弾頭が飛んで来る事はないだろ。
無駄になったアンチマジックフィールドの維持を止め、観戦することにしたが、特に面白いところもなく一方的にイノシシは殺された。
「ちっ、お前か」
ご挨拶だね。黒黄玉が駆け付けて来たとでも思ったのかい?
「こりゃどうも……」
そう返事をしながら緑色団の様子を観察した。
ヴィルハイマーの足元に倒れているのは、恐らく最初に奇襲を受けた弓使いの精人族の男、確か名前はロックウェル・マロスタロンとか言ったっけ。
二、三年前に一流半のパーティー、烈火が壊滅した時の生き残りの魔術師だ。大怪我を負っている。
どうすんの? ヴィルハイマーさんよ。
緑色団にはヴィルハイマーを含めて五人の魔術師がいる。そのうち全属性の魔術を使える奴はヴィルハイマーを含めて二人いるが、全部レベル五には達してないはずだ。
キュアーオールは無理だろう?
まぁ、ただのキュアーでも最低二回使えば死ぬようなこともないだろうけど、流石にそれだけじゃな。
とっておきの、魔石を材料にした薬でも使うのかい?
ま、高価だとは言えトップチームであれば財力はあるから知れているし、こういう時にこそ使うための物だ。惜しんでも仕方あるまい。
「なぁ、グリード君。こんな所で出会えたのも何かの縁だ。回復薬が余ってたら売ってくれないかな? 手持ちが心細くなっていてね……」
弱みでも見られたというように嫌そうな顔をするヴィルハイマーの肩を掴んで後ろに引っ込ませ、副リーダーとでも言うべきエルフの戦士、バースが俺の方へ歩きながら声を掛けてきた。
「やぁ、これはバースさん。……ミッシーズの定価で良いなら何本かお譲り出来ます。でも、その、そんなに現金あります?」
ミッシーズってのは薬品を扱う専門の商会で、同業であるバーリってのとルベンノって商会と並んでバルドゥックの冒険者に御用達の店だ。
勿論、冒険者以外にもお世話になってる人は多い。
王都の貴族や金持ちとか……軍隊とかね。
で、回復薬はキュアーとキュアーライトの中間くらいの効果を発揮し、一回分の量で二十五万Zくらいが相場と結構なお値段がする。
勿論、軍隊を除いて一番買ってるのは俺だ。
普通の冒険者は数千~数万Zの痺れ薬とか、モンスター別の毒消しとか、解麻痺薬を買っているくらいだろ。
しかも大抵は中身の量り売りが普通だしな。
ちゃんと密閉しておけば年単位で効果が落ちることはないと言われている。
薬瓶はコルクで覆われた大人の小指くらいの小さな試験管みたいな瓶で、きっちりとコルクで栓が出来る。この耐ショック瓶だけで一つ五千Zくらいする。
外傷だろうと骨折だろうと経口摂取しなければ効果を発揮しない。なにせ魔法の薬だからな。
製法は門外不出と言われており、魔石の粉だとかなんたらの葉っぱだとかを秘密の配合で混ぜて作ってるらしい。
ちなみに味は日本の薬局で売っている二日酔いの薬、ソマルックみたいではっきり言って不味い。
俺は二年前、十四層に落ちた時の反省からこれを殺戮者各人のサバイバルキットとでも呼ぶような腰の後ろに装着するポーチの中に必ず四本づつ持たせている。
当然、魔法が使えるメンバーと逸れて怪我を負った時などには遠慮なんかしないで使えと言い含めてある。
また、最前線となるような基地にもある程度の数は常に備蓄している。
例のオーガ対策の痺れ薬の購入と併せてちびちびと買っているうちに備蓄出来るくらいには量が揃っているのだ。
俺も含めて薬を導入した当初の訓練以外ではお世話になった奴はいないけどな。勿体無いし。
「ばっか、俺を見損なうなよ。四本あるか?」
そう言ってにやりと笑うとバースは金貨を手渡してきた。へぇ、四本とは豪気だねぇ。
腰の後ろのサバイバルキットから回復薬を四本取り出して手渡しながら口を開く。
「すぐ使うならどうぞ。瓶は返して下さいね」
「ちえっ、相変わらずしっかりしてるな、君は」
バースは苦笑いを浮かべながら、それでも嬉しそうな表情をすると俺から回復薬を受け取り倒れた仲間のところまで戻った。すぐに飲ませるようだ。コルク栓を抜いて「ステータスオープン」と言って中身を確認している声がする。
「金取ってんだ、礼は言わねぇぞ」
ぶすっとした表情でヴィルハイマーが言っているが、その口調はどこか柔らかい感じがする。
「金を貰ってますからね。礼を言われる筋合いじゃないですよ」
とは言え、実はほんのちょっぴり儲かってるんだけどね。
スカベンジクロウラーの触手みたいな口吻の持ち込みだの、痺れ薬なんかを購入したり高価な回復薬の購入だので俺はミッシーズの上客なんだよ。少し安く売って貰ってるんだ。
ロックに薬を飲ませたバースから薬瓶を返して貰うと、バースは「助かったよ。有難うな。魔力はいざという時のために出来るだけ節約したいしな」と言ってくれた。
「おい、グリード。見てろよ。今回新しいルートを発見したら次は七層だからな。これで俺たちも七層のお宝を手に入れ、すぐに追いついてやるぜ。オーガやトロール倒してるくらいでいい気になってやがるとあっという間に抜かしてやるからな」
とか言う、ヴィルハイマーの負け惜しみの声を背にさっさと歩き出した。俺も手を振りながら「ま、せいぜい頑張って下さいね。私もこのままじゃ張りあいがなかったところですから……」と言ってやった。
「あ、そうそう、言い忘れてた。ここから転移水晶まではまだ結構ありますよ」
さて、どう答えるかね?
「ふん、そうだろうとも。俺たちも地図くらい作ってるからな。何回も行ったことくらいある。今夜中には着くぞ」
「ぷっ」
自慢げに答えるヴィルハイマーの言葉に我慢しきれなくなったのかラルファが噴き出した。
実は俺も噴き出しそうにはなったんだ。
何しろ俺たちはあと一時間半もあれば到着する予定だからね。
「ほう!? 六層に来たのは何時ですか?」
ラルファの噴き出しをフォローするように、敢えて驚いたように大きな声を出す。
「ふっ、十時過ぎだっけな」
俺たちが今日この層に足を踏み入れたのは午後三時くらいだっけな。五時間違いか。日光の速度を考えると相当に、いや物凄く速いペースだとは言えるだろう。自慢するだけはある。流石に俺もちょっと吃驚した。眉が動いたかも知れない。
「それはそれは……治癒の魔力を節約するだけはありますね……」
俺たちよりかなり遅いとは言え、戦闘なんかもあったろうし、正直驚いた。
「どうした? 吃驚したか?」
ムカつく面だな。
……あ。そういう事か。
「そりゃあね……吃驚しましたよ」
まぁ、いいよ。バースや他のメンバーの顔を見たら十時ってのが嘘だと解ったし。
「ふっ、殺戮者の方は何時なんだ? 俺たちの後なんだろうが、道中かなり掃除しておいてやったからな。楽だったろう?」
うぜぇ。確かに主のいる部屋は四つ通ったが全て死体だった。だが、道中で見た死体は二箇所でイノシシが合計三匹だけ。それに、緑色団のメンバーの顔を見ると、こりゃ今朝早くに出たんだろうな。皆それなりに疲労の溜まった顔つきだったし。
「ええ。おかげ様で。それは感謝しますよ。では」
答えながら歩き出し、今度は背中越しに手を振ってやった。
この先、三叉路があるが、敢えて少しばかり遠回りのコースを選んでやろう。
なぁに、俺たちなら遠回りしても超過時間は僅か三十分ってところだ。大した問題じゃない。
それはともかく、緑色団もそろそろ六層を抜けるルートを複数確立したんだろう。これについてはかなり感心する。流石は大ベテランなだけある。そういう点については俺たちはまだまだひよっこなんだろうな。
今回俺たちから回復薬を買ったことだって用心の表れだろう。
彼らにとっては六層はいつモンスターがすぐ傍に転移して来るか解らない、全く油断の出来ない層のはずだ。休憩中だって気は抜けないだろうし、可能な限り魔力は温存しておきたいんだろう。
いざという時に魔力が足りなくて攻撃魔術が使えなければ苦戦は必至だろうし、下手したら更に多くの怪我人を出すことに繋がりかねないし。
しっかし、幸運にもいいもん見れたな。
これで大体だが緑色団の魔術師たちの攻撃魔術の間隔が解った。
万が一の時は……そんなことねぇか。
緑色団名簿
※細かいのは後ほど……。
ロベルト・ヴィルハイマー エルフ 槍・剣・魔法
バースライト・ケルテイン エルフ 長剣・盾
レンバール・コールマイン バニーマン 槍・魔法
サラ・パチーク ヒューム 長剣・盾
ベンノコ・ヒュールニー ヒューム 長剣・盾
ジュリエッタ・カムシュ ウルフワー 弓・魔法
リザーラ・レッドフレア ドワーフ グレイブ・魔法
レンバル・フレイムシャフト ドワーフ 戦斧
ロックウェル・マロスタロン エルフ 弓・魔法




