第百七十一話 未到の地1
7446年7月1日
ミノタウロスの死体を見下ろしながら腕を組んで考える。俺が外に出てライトニングボルトの檻が復活したと同時にまた天井から光は降り注いでいる。当然のようにミノタウロスが死んだと思われる時と、タイミングを同じくしてライトニングボルトの檻も消えていた。確かに番兵なんだろうなぁ。
おっと、魔石でも採らせるか。
「ズールー、魔石を採っといてくれ」
ズールーに命じて魔石を採取させ、俺は更に考えに没頭した。
ミノタウロスの復活についてはちゃんと調査をする必要がある。一度迷宮を出て、八層のこの部屋の基地化も含めてきちんと準備をして出直すべきだと思った。ちゃんとした食事やきちんと休息を取れるようにしないと基地とは呼べないし、基地というからにはそれなりに安心して休息出来る環境が必要だ。
交代で誰か常駐させるか? いや、そりゃ幾らなんでも……出来なくもない。が、虐殺者なんかから適当にメンバーを引っこ抜いて来るにしても彼らだって冒険者だ。色気を出してこの転移水晶の部屋から八層の探索や、九層の探索に行き出さないとも限らん。八層だってまだかなりの部分が良く解っていない空白地帯と言える。
探索に行きたがるメンバーは必ず出るだろう。殺戮者から派遣するリーダーに抑えさせるにしても、不満は溜まる筈だ。しかし、うーん……毎日ミノタウロスを仕留められるので魔石の収入を考えれば相当儲かるはずだから大丈夫かな?
ここに五日間居れば四百万Zの魔石が五個以上、事によったら六個とか七個とか採れる可能性もある。低く見積もっても二千万Zの収入だ。一人頭二百万Z。いや、俺の戦闘奴隷は頭数に入れなくて良いと言っているからもっと多いか。月に三回もここで過ごせば毎月六百万Zも稼げる。
そんな環境を捨ててでも危険な探索をやる奴がいるかどうか……。
いねぇよなぁ。居る訳がない。
だったら任せるべきか。経費を考えても俺だってプラスになるし。
出現と同時、まだ蹲っている時にタコ殴りにすりゃ新人の三流冒険者にだって殺せるだろう。多分。だとすると俺の戦闘奴隷四人でも充分か? 交代要員で更に何人か買っとけばいいか? ……それもアリかも知れん。
「ご主人様、魔石です……しかし……」
ん? ズールーが差し出してきた魔石はかなり色が悪いものだった。それにちょっと軽い。【鑑定】してみると価値は三万。十分の一どころの騒ぎじゃねぇじゃねぇか!?
魔石を見て驚いた俺の顔を見たズールーは重々しく頷くと「価値が低いようです……」と誠に残念そうな声音で言った。うわー、これ、あんま稼げねぇじゃん。あ、いや、戦斧がある。中古には見えないから持って帰れば五十万くらいでは売れると思われる。武器を売れるのはでかい。全くと言って良いほど使っていないので非常に大きな収入源だ。こんなに状態が良い武器は迷宮内で初めて見たくらいだ。
今回はそれが二本手に入っている。これだけで百万は大きい。
ちょっと意見を聞いてみるか。
「このミノタウロス、またもう一度復活するとして、外で正面から戦ったらどうなるかな?」
「最初のアルみたいに一対一であればともかく、皆で行けるなら大丈夫じゃない?」
いつのまにか外に出ていたラルファが言った。うん。俺もそうじゃないかとは思ってるんだけどさ。
「ここにいる全員でやるとして、ベルとミヅチが弓でブラスト・バック……ゼノムを入れても良いかもな……。それにトリスとズールーを壁役にして……うん。多分問題ないだろうな」
よし、一度戻るか。ちゃんと基地化するための資材やらなんやらが必要だ。だが、その前に、
「じゃあみんな、余計な荷物は部屋に置いとけ。九層を覗きに行くぞ。ちょろっと覗いたら、一度戻る。その後当面はここを基地にするから荷物運びになるけどな。いいな?」
と言って全員が頷いたのを確認した。ミノタウロスから得た戦斧など、九層の様子を探るのに必要のない荷物などを転移水晶の部屋の隅にまとめる。勿論、ミノタウロスの死体はズールーとエンゲラに命じて遠くに捨てさせた。出入口に転がってたら邪魔だしね。
・・・・・・・・・
想定外のミノタウロスのおかげで六月中の九層突入はダメだったが僅か数時間だし、その気になれば昨日あれから九層へ足を踏み入れることは出来たのだから、OKということにしておいてもいいかな。
「よし、行くぞ。ボヌコリン」
俺たちは通路の終端に転移し、モンスターの襲撃を警戒して即座に散らばる。俺は周囲にモンスターの姿が見えないことを確認すると【鑑定】の視力で通路の奥を見通したものの、七十~八十m先で緩やかに右方向に曲がっているようで、それ以上見通すことは出来なかった。しかし、見える範囲にモンスターの姿が無いことには安心した。構えていた武器を下ろし、一気に散らばった転移水晶の周りに再集合すると肩の力を抜いて奇襲についての警戒を解いた。
さて、九層についてだが、予想はしていた。恐らく八層とそう変わらないだろうなってさ。しかし、本当に見た目だけだと八層なのか九層なのか全く判断の手掛かりは無いように思える程そっくりだった。
「見た感じ八層と一緒ね」
「……そうですね。あ、モンスターも一緒なのかな?」
「一緒ならもう解ってるし、楽ですね。ところでご主人様、前人未到の階層へのご到着、おめでとうございます」
「ご主人様、おめでとうございます。ご主人様は王国一の勇者と言えましょう!」
「アルさん、一番でいいですよね?」
「ああ、ベル、頼む」
「……視界も変わらないようですし、地形覚えるのも問題ないです」
「ってことはまたミノタウロスのような番人が居ると言う事ですかね?」
「ああ、そっか。サージ、良い警告ね。お父さんはどう思う?」
「居る、と思っておいた方が良いだろうな。それにまだこの層の魔物については何も判ってはいない。魔物まで八層と一緒だとは限らん。死体のステータスを確認するまで油断するなよ」
「……っ! 皆さん、注意して下さい! 何か臭います!」
エンゲラが警告を発したことで全員が押し黙った。ベルが耳をピンと立て、ピクピクとさせながら目を閉じてどんなに小さな音も聞き逃すまいと耳に集中している。
俺も含めて全員、それを邪魔しないように視線は通路の奥に固定したまま、手に持ったままぶら下げていた得物を構え直す。
「……なに? 虫? 違う……よく判らないけど……何か近づいて来てる!」
ベルが言うとトリスが足元の石にライトの魔術を掛け、それを通路の奥に放り投げた。石は三十m程飛び、地面に転がった。通路が奥でカーブしていることがぼんやりと判る。
「迎え撃つぞ。ミヅチ、ベル、モンスターが見え次第矢を放て。ちょっと様子を見てやばいようなら一度引いて出直す。相手の数が多いようならトリス、ラルファ、グィネ、バストラルはタイミングを見て魔法で攻撃して牽制だ。後退の可能性があるからゼノムは斧を投げないでくれ」
と言っている間に通路の奥からモンスターが姿を現した。
「カ、カニ?」
ラルファが気の抜けたような声を出すが、すぐに全員が息を飲んだ。甲羅の幅だけで二mを超えるような大きなカニが何匹も現れ、横歩きでこちらに向かって来るではないか。カニは甲羅の形から判断するとワタリガニのようにも見える。だが、第九、第十歩脚に水かきはなく、鋏のついている第一、第二歩脚も含めて堤防なんかにいるイソガニの足みたいな感じだった。
【 】
【男性/9/5/7434・レッドバトルクラブ】
【状態:良好】
【年齢:12歳】
【レベル:5】
【HP:212(212) MP:1(1)】
【筋力:25】
【俊敏:27】
【器用:8】
【耐久:35】
【特殊技能:超嗅覚】
ミヅチとベルはカニに向かって矢を放つ。胴体と脚の付け根に矢が刺さるが、大してダメージにはなっていない。魔法についても甲羅に当たったものは角度によっては弾かれたりしているようだ。効果的に魔法を当てられたのは俺のフレイムボルトミサイルだけだ。操れないとどうしようもねぇ。
「弓矢はだめだ。魔法はファイアーウォールかフレイムスロウワーにしとけ。ミヅチは俺と一緒にミサイルで腹か目を狙え!」
とか言ってる間にもうかなり近づかれてしまった。かなり早い速度だ。
ベルとラルファがファイアーウォールを使ったようだが、ラルファの技能レベルだと小さな壁しか出せない。そこはグィネのフレイムスロウワーがカバーしている。その壁の隙間に殺到してきたレッドバトルクラブを俺とミヅチのストーンアーバレストミサイルで撃ち抜く。可能ならここで脚や鋏の付け根を狙ってダメージを与えると同時にブチ折っておく。弱ったカニをズールーとトリスが盾を構えて進行を止め、エンゲラが囮になって動き回り、それに気を取られている奴をゼノムとバストラルがダメージを与えて行く形だ。
ゼノムは接近して魔法の斧で甲羅を叩き割り、脚をブチ折っている。もちろんカニはそのでかい鋏で攻撃して来るが、エンゲラは囮に徹しているので鋏で掴まりそうな範囲には近寄らない。誘導するだけだ。ゼノムは魔法の斧を器用に操り、全ての攻撃を打ち払い、的確に甲羅を叩き割っている。バストラルは長い槍のリーチを活かして柔らかい腹側から突き刺しまくっている。
落ち着いてやりゃなんてことない。攻撃魔術をふんだんに使えるからこの程度の数であれば正面から粉砕出来る。
結局レッドバトルクラブは八匹もいた。
「これ、食べられるのかな?」
と、食い意地の張っている奴がでっかい鋏に斧を引っ掛けて持ち上げながら言うが、養親に「そう思うならまずお前が試してみろ。俺はカニとかエビとかどうも好かん」と言われていた。周囲には甲殻類の焼ける食欲をそそる匂いが満ちており、つい鑑定してみても【レッドバトルクラブの第一歩脚】とか出てるし、毒なんてことも見当たらないので思い切って斧ごと奪い、鋏の基部の殻を叩き割ってみた。
生肉なのでちょっととろみがあるような感じがする。ちゃんと火を通さないとな。
フレイムスロウワーの炎を慎重に近づけ、半透明の肉が白くなったところで炎を消すと、ナイフで白くなった部分を削って口に運んでみる。
周りでは転生者を中心に俺の一挙手一投足を見守っている雰囲気があった。
万が一腹でも壊すようなら毒中和の魔術でも使えばいいだろ。あ、先に掛けとくか。手に持ったカニ肉に念のため毒中和の魔術を掛けると改めて口に運んだ。
あ、いけるわ。これ。
一口食べてみて思った。蟹酢欲しい。
「食う?」
そう言ってもう一口食べた。俺を取り囲んでいる転生者たちは大きく頷いた。大丈夫そうだし、いいだろ。カニの爪の先を持って鋏の根元の剥き出しになった肉を再度炙ってまた魔術を掛けるとみんなに突き出した。
「食ってみ。多分大丈夫だと思う」
何人かが手を伸ばして来たので誰かの手に爪を渡してやると暫く様子を見守った。皆、特に変わった様子はないから『アレルギー』は無いみたいだ。海の近いバルドゥックやロンベルティアにも各種カニ料理はあるからそこはあんまり心配してなかったんだけどね。ふむ、ミヅチもフレイムスロウワーを上手に使って焼いているようだ。旨そうな匂いだよね。
通路の先を警戒しているゼノムと忠実な下僕二人のところに行った。途中で長い脚を一本拾って来ている。ズールーに脚を倒れないように支えさせ、ナイフで一気に棒肉の部分の殻を縦に割いた。三回割いて根元で殻だけを切り離した。これ、生のままやるのって結構コツがいるんだぜ。まだ体が覚えてて良かった。
エンゲラに命じてでっかい殻を一個持って来させると銃剣から長剣を外し、残っている脚を全部根元から切り落とした。続いて甲羅の腹側と背側の真ん中に剣を突き入れて一気に甲羅を剥がす。甲羅に水を出してちょっと濯いで綺麗にしたあと、甲羅を容器に見立てて熱湯で満たした。
ズールーから脚肉を受け取るとその熱湯にぶらーんと垂れ下がった脚肉を漬ける。足の肉がぱあっと花が咲いたように広がった。それを見て目を丸くしたゼノムに差し出してやった。
「調味料ないけど、まぁ食ってみてくれ。塩振っても良いんだけどな。これが美味くないならあんたには本当にカニは合わないんだろう」
「あんまり火を通していないようだが、大丈夫なのか?」
「本当はこうやって食うのが一番旨いと思ってるよ。個人的にだけど」
「……ん……おお! 甘いな」
「酒の肴には最高のうちの一つだ。ほれ、お前らも脚拾って食え。監視は俺が引き受けた」
ズールーもエンゲラも上手に殻を取れないようで悪戦苦闘している。見かねて手伝ってやるとにっこりと笑ってくれた。ほら、お湯が冷めないうちに漬けろよ。
レッドバトルクラブには六層の猪とは異なって【超嗅覚】という特殊技能があった。エンゲラの同名の技能と比べてどうなんだろう? 彼女と同様に肉体レベルに応じた感知範囲なのではないかと思う。だとすると肉体レベルが低い分だけ効果範囲が狭いのだろう。
ここで焼いたり煮たりすることによって濃い匂いを発生させ、頃合を見計らって適当に風魔法で空気を発生させてやればかなり遠くまで匂いが届くだろう。何しろ、一番近くにいた奴らは今ここで転がっているからな。
次はクラウド系の魔術やウェッブなんかを使って倒してみるべきだろう。
何回かやって一番効率の良い倒し方を確立したらちょっと奥に進んでみよう。




