第百六十九話 戦い済んで
7446年6月30日
素っ裸でも格好をつけながら皆に警告を発したが、帰ってきた返事は意外なものだった。
「ここに居ました! 奥様、こちらです!」
俺の後ろの方からエンゲラの声がした。
いやん。
反射的にしゃがんでしまう。
「俺は大丈夫だっ! それより油断するなっ!」
こっち来んなよ。
そう思いながらも油断なく左右に視線を走らせる。この辺りは中心の柱からもそこそこ離れており、結構岩が転がっているのであまり長い距離は見通し難いが、それでも充分な明かりが降り注いでいるため数十m程度は見通すことが出来る。
暫く用心しつつ辺りを窺ってみるが特に新手のモンスターの気配は感じられなかった。頭だけで振り返るとちょっと離れた所でエンゲラも周囲を窺っている様子が見れた。
「エンゲラ、ミヅチは?」
「こちらです。奥様、ご主人様がお呼びです」
「大丈夫!?」
エンゲラに促されたミヅチが走り寄ってきた。
「! ひ、人? ……なの?」
「人じゃない、ミノタウロスだと思う。小牛人族だとさ。それより、パンツあるか?」
「え? ステータス見れたの?」
足元に転がるミノの死体は俺に完全に頭をぐちゃぐちゃにされているので一見しただけだと大柄な人に見えなくもない。肌の色は茶色いとは言え、良く日に焼けた濃い小麦色に見えないこともないのだ。
しかし、言われてから気が付いた。そう言えばステータス、見えてたよな。ミヅチが差し出してきたパンツを穿きながら【鑑定】を使ってみた。大丈夫だ。
「固有技能も使えるようだ。……魔法もな」
それを聞いたミヅチは大声を上げて皆に魔法なんかが使えるようになったことを知らせた。今のところ誰からも新手のモンスターとの遭遇について連絡は無かったためちょっと離れた天井にファイアーボールをぶつけて場所の合図にすると、全員をここに集合させた。やはり誰もモンスターは見掛けていないとの事だった。
「ほら、大した怪我なんかしてないじゃない」
「そういう問題じゃない!」
ラルファがゼノムに窘められながら来た。必死になっていたので忘れてた。この野郎、防具も何もなし、素っ裸で戦ってる俺を見て笑ってやがった。
「おい、ラルファ、てめぇ、さっき笑ってやがったよな?」
「ほら、アルさんも怒ってるじゃない! 謝りなさい!」
「そうだ、大体戦ってるご主人様を見て笑うとか、一体どういうつもりだ!」
俺がラルファを睨みつけて文句を言うと、ベルとズールーもゼノムと一緒になってラルファの後頭部を叩き始めた。ズールーは俺のブーツや鎧下、ゴムプロテクターも持って来てくれていた。それを受け取り鎧下を着込みながら、ラルファは一体どう返事をするのか反応を待っていた。
「だって、素っ裸であそこをぶらつかせてたからさ……大体、あんな図体だけのミノタウル? なんかにアルが負ける訳ないじゃない。皆、心配し過ぎだよ」
後半はともかく、お前、それを言う? 皆の前で言っちゃうの? グィネが聞こえないふりしてそっぽ向いてるじゃんか。トリスとバストラルも微妙な表情で俺を見始めたし。
「こらっ!」
「謝れって言ってんでしょ!」
ゼノムとベルが再度ラルファの後頭部を小突いた。着易いようにプロテクターを並べてくれているズールーも思わずキッと振り返っている。実際に戦っているところを見ていない他の奴はどうにも会話に参加し難そうだ。
「笑ってごめん」
総攻撃に屈したラルファは意外と素直な感じで頭を下げてきた。俺は靴下を履いている。靴下を履き終わり、ブーツに足を通しながら口を開いた。
「そもそも俺がこんな奴にやられる訳がないと思って心配なんか必要なかったんだよな? 素っ裸で面白かったから、つい笑っちゃったんだろう?」
意外なほど優しい声が出た。
「え? うん、そう。あんたがこんなのにやられる筈ないって。それに、待ってる間も皆があんまり心配するもんだから……」
ラルファが頭を下げたまま言った。
俺はブーツの紐を結ぶと立ち上がり、笑みを浮かべながらラルファに近づいた。
「俺のことを信頼してくれてたんだな」
優しく語りかけた俺の声を聞いたラルファは下げていた頭を上げる。
そして、俺の顔を見たラルファの顔が強張った。
「そんなんで納得するかボケェ! 俺にも一発殴らせろ!」
頭に拳骨を落とし、ズールーが持っていた胴回りのパーツからプロテクターを身につけていった。
皆も当然だというように見ていた。
「それはそうと、マルソー、魔石を採っておいて頂戴」
ミヅチがエンゲラに魔石の採取を依頼したが、何となく声が硬い。無理してラルファの話題に乗らないようにしている感じだ。エンゲラが魔石を採ろうとミノの胸を割いている間、プロテクターを身につけて行ったが、すぐに歓声が沸き起こった。ベルやミヅチが「魔法の品だ!」とか言っていた。周囲にいて手持ち無沙汰に立っていた皆も一斉にミノの死体にたかっていた。ラルファの声までしていた。愉しそうな笑い声もする。
おお、そう言えばあのミノ、戦斧を持ってたよな。あれ、魔法の武器だったか!
「おめでとうございます、ご主人様!」
次々にプロテクターのパーツを手渡してくれているズールーも嬉しそうだった。俺も顔がニヤついたのを自覚するほど嬉しかった。最初に銃剣をぶち込んだあたりは苦労したが、あとは逃げながら石を投げていただけで、大した苦労はしていない。いや、本当に百発くらいは石をぶつけたからそれなりに苦労はしているんだけどさ。
兜の緒を締めながら「どれ、その斧、見せてくれ」と言って近づいていく。
あれ? 斧はミノの脇に転がったままで誰も見向きもしていない。なんで?
「魔法の品はこれ、【豪傑の腰巻き】だって!」
ミヅチが可笑しそうな笑みを浮かべて振り向いた。
なんじゃそら?
近寄るとエンゲラは既に胸に手を突っ込んで魔石を毟り取ろうと奮闘中で、ベルは赤らめた顔をそむけ、ゼノムとトリス、バストラルは愉快そうに笑っていた。
ラルファはニヤつきながらミノの死体が身に付けている下穿きをめくろうと手をかけていた。
グィネは「やめなよ~」とか言いつつも目は離していない。
あの革の腰巻きの方が魔法の品だって!?
アホが手を付ける前に品のない行動を止めさせながら、ミノの腰から腰巻きを毟り取った。
【豪傑の腰巻き】
【グラムマンティコアの革】
【状態:良好】
【生成日:30/6/7446】
【価値:1】
【耐久値:9999】
【性能:装備部の防御力が上昇することにより当該部分のダメージを一ポイント減らせる。また筋力値と耐久値が三ポイント上昇するが、敏捷値と器用値が二ポイントロックされる】
【効果:装備すると筋力値と耐久値が三ポイント上昇する。同時に、熟練度もそれぞれ三ポイント上昇する。しかし、敏捷値と器用値の上限は二ポイントロックされてしまう。敏捷と器用の熟練度がそこまで達していた場合、熟練度はなんらかの要因で敏捷値、または器用値が上昇するまでそれ以上伸びない。また、魔法的な防御の恩恵により、装備者は恐怖感が鈍化し、恐慌を来さなくなる。なお、HPに影響はない】
ん?
く、臭っせえぇぇぇ!
凄い物なのは確かだが、こんなもん使えるか!
ミノタウロスの汗で湿ってるし。
「ステータスオープン……くっさ!」
指先で摘んでぶら下げていたが、異臭を感じたので確認しようと顔を近づけてすぐに放り出した。
「名前からして【力の腕甲】の親戚みたいなもんだろうけど、これ使いたい奴いる?」
トリスやバストラルも俺が放り出した腰巻きのステータスを見たりしていたが、俺と同様に匂いには辟易としているようだ。
「ちゃんと洗って、陰干しを何回か繰り返せば匂いはそこそこ落ちると思うけどな……俺はこの前こいつを貸して貰ってるしな。今回は遠慮しておこう」
ゼノムが斧に手をやりながら殊勝っぽく言うが、あんたもそんなの、モンスターが下着として身につけていた物を腰に巻くの嫌なんだろ?
「そう言えばトリス、お前さんどうだ?」
ゼノムが平然として言った。
「え?」
「ダメッ!」
驚いたトリスが声を上げると同時にベルが機先を制した。ですよね~。
トリスも嫌そうに腰巻きを見ている。
「ちょっと俺の趣味じゃないかな?」
何となくベルに遠慮したようにトリスが言った。趣味とか関係ねぇだろ。単に嫌なだけだろ。俺もだけど。でも、敏捷値と器用値の上限が落ちるようだが、熟練度なんて恐らく能力値の使いこなしのようなものだろうし、総合的には能力ダウンなんかしないんじゃないか? むしろ、結果的に能力アップしかしないと思う。その他、地味に有効そうでもある。だけど、ミノが使ってた、簡単に言えば下着だ。バストラルも匂いを嗅いで顔を顰めているし、女性陣は遠巻きに見ているだけでもう触ろうともしていない。
「ズールー、お前、使うか? 勿論、洗濯して綺麗にしてからじゃないとダメだろうけど」
念のためズールーに聞いてみた。こいつは今まで喜びと祝福の言葉を口にしただけで、会話には参加していないし、腰巻きに触れようともしていなかった。こいつまで嫌がるようであれば洗濯してからさっさと売り払おう。かなりの値が付くんじゃね? でも流石に今売るのはな……お、ロリックにでも使わせてみようか?
「そんな……魔法の品ですよ!? もう充分に立派な装備を使わせて頂いておりますし……」
やっぱ嫌だよな。幾ら貴重な魔法の品とは言え……。
「ご主人様がご使用になられては如何です? 今まで得た魔法の品も全て皆さんにお貸し出しになられて、ご自分は一切使われておられないではないですか」
え? これを俺に使えと? 本気で言ってんの?
あの、俺に忠実なズールーがそんな嫌がらせのようなことを言うとは夢にも思わず、つい唖然として口が開いてしまった。
「いや、お前、嫌だよ……」
「しかし、魔法の品ですよ!? 先ほど伺った名前からして何だか凄そうじゃありませんか! 豪傑だなんて、ご主人様にぴったりではないですか!」
あれ? こいつ、本気で言ってるのか?
「そうだ。臭いことは臭いが洗えばいいんだろう? なら……」
ゼノムも不思議そうに言って来た。
ああ、衛生観念とか彼らと転生者では違うんだ。オース人になり切れていない部分が俺のコンプレックスでもあったけど、ちっとも残念でもないし、落ち込みもしないのは納得だ。
「そもそも、奴隷の私などには魔法の品など勿体無いです。これはご主人様がお使いになるべきです」
恐る恐るミヅチの顔色を窺ったが、彼女もまた嫌そうにしていた。だよね。
俺はズールーの背中を押すと「お前が使え。殺戮者一の豪傑になってくれ。俺は大丈夫だ。鎧も新調してまだ何ヶ月も経っていないしな」と言って嫌だが有効な物を押し付けた。
「そんな! 私などには過ぎた物です! 奴隷に魔法の品を使わせるなど聞いたこともありません!」
とか言って遠慮をしていた。仕方ねぇな。
「何を言ってる。お前は奴隷と言えど立派な戦力だ。それに、お前は俺の奴隷頭だろ? 魔法の品くらい堂々と使えよ。そもそもよく考えてみろ。きっと俺にはでか過ぎる。お前ならちょっと大きい程度じゃないのか? 魔法の品だからサイズ直しとか無理だろ。下手に弄って壊したらそっちの方が勿体無い」
流石に何度も同じことで俺に意見をするのも憚られたのだろう。ズールーは涙を流さんばかりに感動して臭い腰巻きを身につけようとした。それを見た俺は慌てて「洗ってからにしろよ」と言ってその場での着用は諦めさせた。
ズールーは天女の羽衣かのように大切そうに折りたたみ、リュックサックに入れていた。
その後、エンゲラが採取した魔石を受け取り全員で部屋を調査することにした。
魔石は【魔晶石(小牛人族)】とあり、鑑定での価値は五十万を優に超えていた。売れば四百万Z程度か。うん、これは売らないで取っておこう。いつか腰巻きとセットで売る方が良いだろ。根拠ないけど。
それから、ミノの使っていた戦斧は状態も良く、品質もかなり優れている。所謂業物、とでも言うべき物であった。当然これも回収だ。ケビンかカリムに使わせるのも良いだろう。サイズから言ってカリムの方が獅人族だから合っているように思う。とは言え魔法の武器という訳でもないし、売ってしまっても良いかも知れない。どっちでもいい。
ライトニングボルトやアンチマジックフィールドの仕掛けでも見つからないかとかなり時間を掛けて探しまわった。地面か天井に穴でも開いてるのかと思ったが、そんなものは何一つ無く、手がかり一つ見つけられなかった。
転移水晶はやはり部屋の中心の柱の中に鎮座しており、部屋の中は通常の迷宮のように昼間のような明るさではなかった。普通の転移水晶の間と何ら変わるところは見受けられなかった。とりあえず部屋の奥の隅で休憩をすることにした。
明日は所用のため更新できません。
次回の更新は火曜(12/9)になります。誠に申し訳ありません。
また、頂いたご感想は全て拝読させていただいております。
大変失礼ですがお返事は活動報告の方でさせていただいています。
たまに活動報告の方にも目を通していただけると幸いです。




