第百六十七話 この一撃に
7446年6月30日
まずは調査だな。この“アンチスキルエリア”の範囲、魔法にしろ固有技能にしろその発動及び効果の及ぶ条件などだ。その結果、以下のことが判明した。
1.この部屋の中心から半径五百mくらい(多分。周辺を百mくらい彷徨いただけ)
2.中に居る時のみ固有技能を含め技能は発動しない(出来ない)
3.外から魔術を撃ち込むのは大丈夫
4.効果時間のある魔術でも時間が切れるまではOK(ライトで試した)
5.但し、昆虫召喚や各種ミサイルなど精神集中の維持を要するものはダメだった
6.魔法の品の効果は大丈夫のようだ(ベルの樹皮防御は有効だったし、ゼノムの斧も帰ってきた。勿論内側から内側、外側から内側、内側から外側に投げて試した)
7.ステータスオープンは可能だが、文字が■で塗りつぶされていた
さて、次は?
当然、偵察だ。
なんらかのモンスターが居る可能性が高いと言われているため、出来れば威力偵察になることは避けたい。と、なると隠密偵察になる。こちらが索敵し、観察していることを相手に悟られないことが肝要である。
身のこなしから言ってミヅチが最適だ。しかし、どんな奴が居るか知れた物ではない。偵察は帰って来て本隊に情報を齎すのが仕事である。単独行動を行ったとして生き残れないこともダメだ。ここは二百以上のHPを誇る俺様の出番だろう。
「ちょ、ちょっと、何脱いでるのよ!」
いきなり鎧を脱ぎ始めた俺にラルファを始め、皆が慌てている。
脱いでもすごいからか? ん?
違う。
「うるせーばか。黙って聞け」
ラルファを一喝するとプロテクターを外しながら言う。
「偵察に行ってくる。場合によってはモンスターを引き連れて戻るかも知れない。皆はあの境界から四十~五十m離れた所に陣を敷いて待っていてくれ」
「ご主人様、偵察なら私かマルソーにお申し付けください」
ズールーが進言するが却下だ。
「ダメだ。ズールーは金属帯鎧で脱着に時間が掛かるし、エンゲラははっきり言って一発で死ぬかも知れない。それじゃ偵察の意味が無い。俺が行く」
あっという間に鎧下とブーツだけになった。
他の鎧じゃこうは行かないだろ。
「総合的に考えると俺が一番いいんだよ。それに、まだモンスターが居ると決まった訳じゃない。第一、この中で一番速く走れるのは俺だ。瞬間的にならズールーの方が速いかも知れないけど、場合によっては数百mも走る。その後戦闘になる可能性もある。お前じゃダメだ」
ブーツを脱ぎ、靴下も脱いだ。ブーツに靴下を詰めてミヅチに渡す。あ、やっぱ臭かった? でも、そう嫌な顔すんなよ。
鎧下も脱いで下着だけになった。脱いだ鎧下もミヅチに渡し、「あの辺に置いといてくれ」と適当な岩陰を指さして言う。
皆の方を振り返り、それぞれ隠れる位置を指示した。あちこちにゴロゴロと岩が転がっているため、身を隠す場所には困らない。
「俺が戻るまで隠れてろ。万が一モンスターを引っ張って来ても不用意に飛び出すな。あの境界より先に出たら魔法は使えないしな。ま、そん時は俺も大声でなんか言ってるだろうから宜しくな……じゃ、行ってくらぁ」
戻らない場合の指示は無しだ。そんときゃ後は知らん……うそ、死ぬつもりはサラサラねぇよ。
銃剣を肩に掛け、石を幾つか手に取った。それぞれ九倍のMPを使ってライトの魔術を掛けた。これで十五分は光っている。トリスに渡した。
最後に自分自身に百倍のMPを消費して効果時間を十倍に延長した透明化を使う。二千四百近くもMPも食うがこれは必要な出費だ。俺の体がすうっと透き通り、透明になった。宙には肩に掛けた銃剣、あと、俺が穿いているパンツが浮かんでいる。知っているミヅチ以外、皆の驚く顔を見て少しだけ満足した。あ、覗きには使ってませんよ。
「五百秒以内に帰るつもりだ。じゃあな」
そう言いながらトランクスみたいなパンツを脱ぎ、ミヅチが持っている鎧下の上に置くと、トリスの手から石を取り返した。
走る。
股間でぶらぶらするモノについては気にしてはいけない。
出来るだけ静かな小走りで二百m程を走り抜けた。
地面に石を二つ置き、その間に銃剣を突き刺して立てた。
また小走りに少し進んで最後の石を一個落とす。
辺りの様子は全く変化がない。荒れ地のような地面にゴロゴロと岩が転がっている。出来るだけ音を立てないように進んで行く。もう一分半は消費してしまったろう。あと三分半。帰ることを考えるとあと三分ってとこか。
岩に隠れながら前進を続ける。
相変わらず視界は五十mもあるかどうかだ。
百m程進み、一度振り返ると遥か彼方、百m程先にぼうっと光ってるような部分がある。その奥にも微妙に光を感じられる。双方とも先程石を落とした場所だろう。あの光、気付かれてるかは微妙なところだ。薄暗く、四十~五十m程しか視界がないとは言え、踏んでいる地面は光っている。これが邪魔をして遠くの光には気付きにくいのだ。
ん?
地面に転がっている岩と岩の距離が開いてきた。
あれ?
更に進むと完全に岩が無くなった。
身を隠す物がない、というのは精神的に堪えるな。
透明だとは言え、素っ裸の上に無手だし。
おかげでなんか寒いし。
汗かかないからいいか。
見えないからわからないけど縮こまってるだろうな。
まぁ、それはそれとしてさっさと仕事を片付けよう。
偵察に来たのだから何か情報を得ねばなるまい。
モンスターがいないならいないで問題はないのだ。
音だけは立てないよう、裸足のまま歩く。
もう走らない方が良いだろう。
ゆっくりと歩いて行く。
これ、壁か?
嫌な感じだ。
目の前に壁が現れた。いや、柱か?
かつて十四層で見た柱より細い。ついでにどうも四角いようだ。
一辺は五十mちょい、というところだろうか。
近づいてきた方から見て左に入り口が一つある。
そして、その前にはモンスターが彫像のようにして立って居た。
モンスターだよな?
うん、モンスターだ。
こちらの方を見てる。
彼我の距離は五十m程。
本来ならギリギリ見えるかどうかという程度の距離だ。
本来なら。
そう、本来なら。
なんで繰り返しているかというと、モンスターが視界に入ってすぐにいきなり天井から光が差し込んできたのだ。
真夜中から高速度撮影で真昼になったかのように感じられた。
同時にかなり遠くでバーンと空気を引き裂くような大きな音がした。
当然俺も動きを止め、眩しさから目に手を当てる。
でも、悲しいかな、透明化しているためか、手を当ててもどんどんと光量を増してくる光を遮ることが出来ない。
最初はものすごい明るさに感じたが、せいぜい七層程度のもので、すぐに目は慣れた。
改めてモンスターを観察した。
勿論【鑑定】は相変わらず使い物にならない。
モンスターはなんとなく俺を感じた程度らしく、こちらの方をきょろきょろと窺うばかりだ。
まだ完全に見付かった訳ではなさそうだ。
だが、今の状況はまずい。モンスターも確認したし、戻るか。
戻って皆と合流し、改めて全員で掛かった方が良いと思った。
が、すぐに重要な事に気がついた。
囲まれてる。
モンスターにじゃない。
多分柱から数百m空けてライトニングボルトのような稲妻の壁が二十m程の高さの天井と床を繋いでいる。
さっきの音はこれか。
何にしても少なくとも武器はないとな。
あの辺りなら銃剣は回収できるだろう。
心底ホッとした。
同時にミヅチや他の奴を偵察に出さないで良かったと思った。
ミヅチならあの剣があれば素っ裸でもなんとかなる気もするけど。
そっと足音を立てないように後ろ向きのまま来た道を戻る。
数十m程戻り、岩に隠れた時、そっと地面の石を拾い上げた。
距離もあるし隠れているはずだから流石に解らないだろう。
え? 今は投げないよ。
万が一の時のための投石の準備だ。
気が付かれないようにそっと戻るのさ。
……。
…………。
………………。
あれ? この辺りに銃剣を……あった。
良かった。
武器があるだけでこんなに心強くなるとはな。
異常を感じたのだろう。
皆の姿が百m程先、ライトニングボルトの壁のような檻越しに見えた。
よく見てみると壁というか隙間の狭い檻のようなライトニングボルトの隙間は薄い紫色の透明な壁がある。
これ、アンチマジックフィールドに見える。
……まじか。
パンツくらいこの隙間を通せないかな?
無理だろうな。
隙間、細いし。
矢くらいしか通らないだろう。それだってこの電撃の間を通るのか甚だ疑問だ。
ゼノムの斧もダメだろ。
金属製の物はどうにも電気はダメな気がする。
根拠ないけど。
魔法が掛かった武器であれば大丈夫かもしれないけど、壊れたらやだ。
ゴムプロテクターならばどうか?
いけるかな?
しかし、俺のゴムプロテクターは置いてきてしまったようだ。
使えないダークエルフだな。
あまり意味は無いと思うが姿勢を低くして別方向から戻り始めた。
もうすぐ透明化の魔術の効果は切れてしまうだろう。
切れる前に一撃でも不意打ちを入れた方が良い。
それで勝負がついたら後のことはゆっくり考えればいい。
急げ。
急げ。
さっきの柱の傍に戻ってきた。
モンスターはまだきょろきょろと辺りを見回している。
柱の中に続く入り口を守るようにそこから動かない。
透明化はあと何秒持つだろう?
考える時間も惜しい。
手に持っていたままの石を投げた。モンスターの注意を逸らすのだ。
その隙に銃剣突撃だ。
行くぞ。
モンスターは俺でも知っている奴だ。
牛頭の大男。
両刃の戦斧を持っていた。
上半身は裸で獣の皮かなにかの腰巻き、裸足だった。
肌の色は濃い茶色で体毛も濃い。
胸毛も非常に濃く、腹からへその下、腰巻の中にまで繋がっている。
ギャランドゥ。
吶喊の声を我慢しながら夢中で走った。
勿論ちっとも悔しくなんかない。
男の視線集める牛頭の巻
「透明化」イリュージョン・ファンタズム
(地魔法Lv6、水魔法Lv4、火魔法Lv6、風魔法lv7、無魔法Lv7、消費MP30)
触れた生物一体を50秒間透明化する。自分にも使用可能。無生物への使用不可。対象は普段と同じように見て、行動が可能。喋ることも何かを食べることも可能。食べた場合口を閉じれば見えなくなる。但し、効果時間中でも対象が魔術を使おうとした瞬間効果は打ち消される。また、何かに攻撃するような場合でも行動を起こした瞬間に効果は途切れる。行動とは武器を振りかぶる、弓を引き絞るなど、攻撃の直前段階の事であり、剣の柄を握って目標の後ろに忍び寄るなどは大丈夫(当然剣だけは特殊な魔法の物品でない限り誰でも見える)。




