第百五十九話 切符
7446年2月29日
先週、迷宮から出たらバークッドの兄貴から手紙が届いていた。次に来るのは来月の終わりだそうだ。去年の出兵のゴタゴタも落ち着いて、また大荷物で来るらしい。領主として細々とした仕事もあるし、今回来るのはシャーニ義姉さんのようだ。お袋はゼットとベッキーの魔法の修行から手が離せないらしい。そう言えばゼットもベッキーももう六歳? 七歳? 会いたいな。
シャーニ義姉さんが帰るのに合わせて俺も一度戻ろうか。クローやマリーの事もあるし。彼らはまだ従士のままらしい。とは言え、戦闘訓練なんかされていない自由民からのスタートだ。いくら成長度合いに恵まれている転生者だとは言っても、たった四年で正騎士になんかなれないだろう。子供の頃から戦闘訓練を受けてきた平民の子ですら正騎士の叙任を受けるのに平均で四年も掛かるのだ。それ以下なんてあり得ない。まして、彼らはちゃんとした実力を認められて入団した訳じゃないしね。
ああ、それはそれとしてさ、流石に今回は迷宮でお宝は得られなかったよ。でも、一つ気になることがあった。五層の転移水晶の間に明らかな変化が見られたんだ。角地の一つは俺たち殺戮者が一昨年から使っているスペースが有り、それなりの厨房や足湯などの各種設備なんかも整えられている。勿論シャワー室もある。その対角線の角地は旧日光が使っていた設備がそのまま残されている。たまに掃除なんかもしている。
日光を吸収した当時はこの設備を七層の転移水晶の間に持って行こうか、なんて案も出たが、しょっぱい安物ばかりなのでそんなものを最前線に持っていくのは嫌だった。何よりギベルティが「これじゃああまり凝ったメニューは作れないですね」と言ったのが決め手だった。いずれそれなりの人数で五層に来ることも考えられるのでそのままにしてあるのだ。
今回気がついた変化は、残っている角地のうちの一つにいつの間にか日光顔負けの安物の小型コンロが設置され、何が入っているんだか判らない箱なんかが積まれていた。大方鍋や釜だろうけど。おまけに十人分くらいの毛布などの寝具もあった。床が乾いており使われた形跡は発見出来なかったが、シャワー室の桶の中に二層の部屋の主、オウルベアの魔石が一つ入っていた。使用料のつもりなんだろう。【鑑定】の価値は六千くらいだから売れば四万Z以上になる。
緑色団か黒黄玉か。はたまた煉獄の炎か。少なくともどこかが五層を完全に突破し、狩場を六層に定めたという明確な形跡だった。
え? ゼノム? 相変わらず超強いよ。あの魔法の斧、投げなくたって使えるし。ラルファもゼノムから借りて使ってみたらしいけど「こりゃ私には勿体無いわ」と納得していたくらいだ。
それはそうと、今日は三連休の最終日だ。
今は外輪山を越えた先で連携訓練の休憩時間中、お茶の時間だ。
「ちょっと話をしてもいいかな?」
カームがロッコを伴って俺のところに来た。
「迷宮の件だけどさ、俺達もそろそろ二層や三層に行ってもいいかと思うんだが……」
ロッコは先に葉っぱのついた草の茎を咥えながら言う。どこぞの悪球打ちか? こいつ、精人族だし体格は全然違うけどさ。
「……なんで?」
一層から三層まで、部屋の主を除いて通路で出会うモンスターは基本的には一緒だ。下の階層になるほど微妙にレベルは高くなる傾向があるが、一層の平均と三層の平均だと一レベル位の差だろうか。二層はその中間だ。
「いや、だってさ、正直言って一層の相手は楽勝だぜ?」
嘘こけ。殺戮者だって一日中一層を這い回って戦い続けてりゃ怪我くらいするぞ。魔法を使える奴が多いからあんまり怪我をしない印象なのかな? それだって限界はあるし、疲れるから動きは鈍る。いつかは攻撃を食らうさ。
楽勝ってのは丸一日たった一人で戦い続けても怪我一つしなくなってから言ってくれ。
俺のむっとした顔を見たのだろう、カームがフォローするかのように話し始めた。
「ん……ちょっと言い難いんだけどね。その、私達って元々トップチームって呼ばれてたんだよね」
ああ、それが?
「でさ、去年の八月くらいからだから、そろそろ半年……ずっと一層だよ? やっぱさ、ちょっと恥ずかしいじゃない?」
なるほど、元トップチームのプライドって奴か。プライドと命なら俺は命を取る。格好なんか悪くたって死ぬよりはマシだと思うからだ。だが、プライド自体を否定する気も全く無い。大きな原動力になるだろうしね。それに、人には一生のうちで数える程だろうがプライドを賭けて意地を貫き通すことだってあるだろう。尤も、今はそんな時じゃないとは思うけど。
「そう言う事か。分かった。一層を四時間で抜けられるならいいよ。明日からの迷宮で一週間様子を見ようか。何回一層の転移水晶の間に行けるかで判断しよう。朝八時出発で十七時戻りかな? 毎日二回、転移水晶に辿り着くことが条件だ。ああ、二層を越える条件も付け加えよう。朝八時に出発して十七時に二層の転移水晶まで安定して行けるようなら三層に行ってもいい。四層に行く条件は朝八時に出発して二十時に三層の転移水晶に行けるなら四層もOKにしようか」
「四時間か……よし、楽勝だぜ!」
「そう言われると思ってたわ。まぁ見てて頂戴」
「ああ、期待してるよ。それから、これからは基本的に殺戮者から派遣するリーダーは戦闘指揮や目標達成のための助言者だと思ってくれ。例えば一層を四時間で突破するための方策を聞いたりなんかをさせる。みんなの意見が正しいと思えば採用するだろうし、違うと思えば採用しないだろう。休憩のタイミングや時間を決めたり、その間の見張りなんかの権限くらいだな。迷宮内でのコース取りや移動速度はみんなで考えて欲しい。コースや速度に関する要求は可能な限り採用するように言っておくから」
彼らも殺戮者の出向リーダーからペースを聞いているだろうしね。丁度良いんじゃないかな? 三層突破はともかく、今の実力なら底上げもあるし三層に行くくらいは出来るだろ。
と、なると、ヘンリーとルビーのちゃんとした寝具なんかも用意してやらにゃあいけないな。それに、虐殺者だけじゃない。根絶者の方も当然対抗意識が出てくるだろう。彼らだって元々は四層までは行っていたんだ。
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7446年3月6日
虐殺者に同行していたベルの言によると、彼らはきっちりと毎日二回、二層への転移水晶に到達していたそうだ。
「じゃあ来週からは二層に行っても良いよ。二層もかっちりと夕方までに突破できるなら三層に行ってもいいけど、それは最低でも一週間続けて証明して見せてくれ」
晩飯の時に虐殺者の溜まり場に顔を出してカームとロッコを始めとする虐殺者にそう宣言した。彼らもそれを聞いて嬉しそうだった。
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7446年3月15日
まぁ予想はしていたけど、虐殺者は三層への切符も手にした。二層を抜けるのが早いとは思うが、毎日一層を二回突破出来るならちっとも不思議じゃない。
それより虐殺者の二層行きを聞いた根絶者の連中も発奮し、二層への切符を手にするべく頑張って挑戦し始めていた。しかし、最後の二日間は十七時までに二回辿りつけなかった。一昨日は三十分程超過し、昨日は四十分程の超過だったらしい。
今回、根絶者の方にはミヅチが出向していたので治癒魔術について何の心配もいらないからチャンスだと思ったのだろうが……少し挑戦するのが早かったようだな。尤も、転移運があんまり良くなかったらしく、最後の二日は九㎞とか十㎞とかの道のりだったとのことだ。運も実力の内ってね。
だけど、良い傾向ではある。焦り過ぎて足元が疎かにならないよう、わざわざ殺戮者からリーダーを派遣しているのだ。今のうちにしっかりと地力をつけると共に、先を目指す、目標を持つということを習慣化して欲しかった。
ま、この分なら根絶者も二層や三層への切符を手にすることは時間の問題だろ。
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7446年3月24日
流石にいかな虐殺者と言えど、四層への切符には手が届かなかったようだ。同行したラルファによると、それでも頭を使っているようで、一層を突破するのに掛かっている時間は三時間ちょいらしい。そして少し早い昼食を一層の転移水晶の部屋で摂り、すぐに二層へと足を踏み入れたがるそうだ。
しっかりと休憩して出来るだけ疲れを癒やすことが重要であることは理解されているようだが、気が逸っているのだろうとラルファは評していた。
気が急いている虐殺者はともかく、ラルファがそう評価するということは殆ど休憩を取らずに進みたがっているのだろう。ラルファにリーダーとしての権限を置いていなければ危ないところだった。
また、根絶者の方は見事に二層への切符を手に入れた。
殺戮者はと言うと、八層の地図もかなり埋まってきた。全体の五割くらいだろうか? 但し、階層をまたいだ先となるとよく判らない。九層であれば五割もないだろう。万が一、十層も交じっているのであればもっと減るだろう。部屋の主は相変わらずトロールばっかりだ。一つだけ金鉱石を得られたのが収穫らしい収穫だ。通路のモンスターが変わる九層以下と思われるエリアではまだモン部屋は見つかっていない。
八層からスタートし、九層(便宜上)、また八層に戻り、運が良い(?)とモン部屋という感じだ。運が悪い(?)と再度九層と八層を繰り返す。ああ、あと九層への転移水晶の間も見付けた。しかし、握ってはいない。何故かと言うといかにもやばそうな匂いがするからだ。と、言うのも、いつか無理やり転移させられた十四層程ではないが、八層の中心部は直径二㎞は無いとおかしいような馬鹿でかい部屋になっているようなのだ。
救いは迷宮の他の部分のように、移動とともに床が光るということだけだ。それでも広過ぎて視界は相変わらず五十m程しかない。【鑑定】の視力で見回しても射程内にはモンスターらしきものは見つけられなかったが、所々に岩がゴロゴロとしているので完全に【鑑定】の射程内を見通せる訳でもない。でっかい奴は高さ五m近くもありそうだし。勿論「生命感知」の魔術にも何も引っかからない。
この状況をミヅチは「守護者がいる感じだ」と評していた。門番のように九層に行く前の転移水晶を守っている奴がいると考えた方が良い、と言うのだ。十四層で出会ったドゥゲイザーのような奴なのだろうか。と、すると十四層はお味噌だとして、十三層あると考えられるバルドゥックの迷宮の後半戦になって初めて出てくる奴と言うことになる。やはり七層はこの迷宮の折り返し地点、中心だったのだろう。
「ゲームでも多かったのよね。各階層の最後に中ボスが待ち構えてるの。それを倒さないと次には進めない。次に進む条件は扉の鍵だったり特別な品物だったりすることが多いんだけど、それを持っているとか管理しているのが階層を守護する中ボスなのよ」
ミヅチの話を聞いたみんなも頷いたりしていた。トリスやバストラルも「今までそういうのが居なかった方が不自然だと思っていた」とか言ってんの。なら言えよ。
だが、あんな奴が居るとしたら大変だ。正直言って俺ももう会いたくはない。得られたものはでかいが危険過ぎる。とは言え、何とかしないと次に行けそうもない感じなんだよなぁ。またミヅチと二人で行くのも悪くないが、ドゥゲイザーじゃなくて手数が必要だったり前線を構築したりした方が良いモンスターだった時に困る。
あり得ないとは思うがトロールが百匹出てこられても氷漬けにすれば勝てるだろうが、その後が問題だ。二人じゃ一匹づつ氷から出して相手するにしても手間が掛かり過ぎるし、いつかは俺だって疲労困憊になるだろう。
ま、何だかんだ言っても怖いんだけどね。
八層の中心の部屋の雰囲気はさ、とにかく不気味な感じなんだ。一人や二人の少人数で入るのを躊躇わせるような罠でもあるんじゃないかと疑いを持つくらいだ。勿論そんなもの、ある訳もないんだけどね。
それはそうと、明日か明後日くらいにはシャーニ義姉さんが到着する頃だ。
里帰りどうしようかな?
行っても良いけどそうなるとまたミラ師匠の所には行けないし、流石にミヅチまで引っこ抜くのは怖いし……でもクローとマリーも放っては置けない。まだ一年くらい余裕があるといえばあるけど、顔くらい見てやってもバチは当たらないだろう。それに、ゼットとベッキーにも会いたいし……。
どうせなら皆にもバークッドを見せてやりたい。だけど、虐殺者や根絶者も今が鍛えどころだろう。
何より、ミュンの顔が見たい。
体が幾つあっても足りないくらいだ。




