第百五十六話 足跡
7445年12月27日
虫の内臓を啜る音が響き、悪臭が立ち込める。
“戻れ”
ミヅチから【部隊編成】による命令が届いた。一度、安全な場所まで退避してから改めて相談をしようと言うのだろう。オーガよりも強そうな相手だけに、手順やら何やらを確認しておくことは大切だ。まして、【超再生タイプⅢ】なんて訳の判らん特殊技能を持っている相手だ。初めて見るモンスターでもあるし、ここは慎重に行って損はない。
「おそらくだけど、あれはトロールね」
二百m程戻った見通しの良い通路の壁際に集まった俺達に、ミヅチ先生の講釈の時間が始まった。
「トロール……」
「なんか、聞いたことあるかも」
「……俺の知ってるトロールはもっとでぶだな……」
「あいつが、トロールか……」
「トロールって?」
いまトリスとズールーが知ってるっぽいことを言ったな。
「ズールーは知っているの? 多分、まず間違いなくトロールかその近縁種ね。傷を負わせてもすぐに回復しちゃうし、手足を切り落としても切り落とした手足も動いて攻撃してくる厄介なモンスターよ」
ミヅチは解説しながらちらりと俺の顔を窺った。うん。正解。目で教えてやった。確かにトロールだってよ。しかし何でも知ってるな、こいつ。因みにトリスも知ってるような事を言っていたが、某有名コンピューターゲームに敵キャラクターとして出てくるらしい。俺も名前くらいは聞いたことがある。
ま、俺の場合、トロールと言ったら底引き網が最初にイメージされちゃうんだよな。多分スペルは違うと思うけど。魚体が傷みやすいから値が落ち易い代わりに、根魚(海底にひっつくように暮らしている魚。エビやカニも当然含まれる)を文字通り根こそぎに出来るので水揚げはでかい。
「見たことはありません。デーバス南部のウェシュップ地方の沼地にはスワンプ・トロールと言う魔物が出ると聞いたことがあります。非常に力が強い上に残忍、疲れ知らずの体力を持ち、大きな体に似合わず俊敏に動く非常に恐ろしい魔物で、今ミヅチ様が仰られたように傷を負わせてもすぐに治ってしまう、大変厄介な再生能力を持っていると聞いています。しかし、あれが……」
デーバスにはあんなのがいるんかい! しゃがんでたから判り難いが、あれ、立ち上がったらオーガよりも背が高い気がする。
「そ、そんなの相手にどう戦えば良いんです!?」
少しだけびびった顔つきでグィネが言う。うん、そう言うのも無理は無いよね。
「方法は幾つかあるけど、代表的なのは傷口を火で炙るか酸で灼くことね。あと、力技だけど再生が追いつかないくらい沢山のダメージを積み重ねて倒し、改めて火を付けて殺す手もあるわ」
結局火か。酸でも良いみたいだけど、流石に持ち歩いていないし、あんなにでっかい奴を殺すとなったら風呂桶いっぱい位の量が必要だろう。と、すると現実的なのは火魔法ベースの攻撃魔術か。単純に火の元素魔法を使うだけならあの部屋を炎で埋め尽くすことなど容易いが、持続させないと一瞬で消えちゃうし、流石に一瞬ならダメージなんか殆ど無いだろう。
あ、大規模に火を使うことでの酸素不足はあんまり心配ないよ。火魔法で出る火によって何かに火が付けば酸素は消費されるようだけど、そうじゃない限りは大丈夫みたい。効果範囲中の空気に可燃性ガスを混合させて火を付けて、空気中の酸素を消費するより前に一瞬で消える感じかな。持続させればその限りではないけど。良く解かんないけど、元素魔法でも火と風は少し違うって言ったことがあるだろう?
「とすると、「フレイムスロウワー」とかで良いのかな?」
ラルファが好戦的な顔つきで言った。良いと思うよ。
「……または、アルさんに土か氷漬けにして貰うってところかしら。でも、私も子供の時に聞いたことがあるけど、トロールって息しないらしいのよね……。窒息死は無理かも」
顎に手を当てて考える人のポーズをしながらベルが言う。
「ああ、それ、私も聞いたことがあります」
ベルの言葉にズールーが相槌を打つ。なぬ? そうなんか。そりゃ本当に厄介な……。種族のサブウインドウ読んでないし、そんな情報まで書いてあるかは判らない。ミヅチの知識も完全では無いようで、彼女も驚いた顔をしていた。
「安全に行くには最低でも部屋ごとの覚悟で、奴の肩くらいまでを氷漬け、首を刎ねて焼くって感じかね?」
俺がそう言うと、ミヅチは「そうね。または高レベルの火魔法の攻撃魔術だけど……氷漬けの方が使う魔力は少なくて済むんじゃないかな」と言って頷いた。俺としては「うーん、それはどうかなぁ」という気持ちではある。
奴のHPは七百以上。火に弱いだの再生する云々を除いて一撃でぶっ殺すにはヘビーカタパルトクラス以上の攻撃魔術が必要だろう。ミサイルにしなくてもMP消費は十だ。俺にとっては大したこと無い。氷漬けの場合はレベル七をダブルかレベル八を削って使う。レベル八だとしても水と火魔法で十六、変形だのあやつりだので更に十以上MPを使うだろう。それから首を刎ねて傷を焼く事を考えると攻撃魔術の方が少ないMP消費で済む……かね?
ミサイルを付加すれば外すことは無いだろうが、手足を吹き飛ばしてもあんまり意味がない相手らしい。ミサイルだって術者が誘導してやらなきゃいけない以上完全ではないし、頭を狙っても腕で防御されたらその防御を掻い潜るのは至難の業だ。まして高レベルのでかいミサイルならあんまり小回りを利かそうとする場合、結構スピードを落とさざるをえないから威力も落ちる。
誘導性を切り捨てて何発も撃つのは確かに効率が悪いな。誘導性を上げて胴体や頭に確実に叩き込もうとするなら、相手の俊敏さにもよるがせいぜいアーバレストクラス。確実を期すならジャベリンクラスまでは落としたい。結局何発も撃ち込まないとダメってことか。
それならば相手の動きを拘束出来る氷漬け……しかないわな。うむ、これから氷漬けには万能兵器の名が相応しいな。
「じゃあ、行くぞ。まず俺が氷漬けにする。一部を登り易くしとくからさっさと首を刎ねて傷口を「フレイムスロウワー」で焼け。氷を消したら死体も念入りに焼いておこう」
全員が頷いたことを確認し、再びトロールの巣食う部屋を目指した。
・・・・・・・・・
全く問題は無かったようだな。
いかな【超再生タイプⅢ】なんて特殊技能を持っているとは言え、頭部を切り離されて生きていられる生き物なんか居やしない、と言う事か。
切り落とした首の傷口に「フレイムスロウワー」の炎を当てた瞬間、耳障りな叫び声を絶叫しつつ絶命し、トロールの始末は出来た。
【大妖精族の頭】
【大妖精族】
【状態:損傷】
【加工日:27/12/7445】
【価値:22】
【耐久:72】
【大妖精族の切り離された頭部】
【切り離されてから傷が焼かれ組織として死んでいる】
嫌ぁ~な形相を貼り付かせたまま氷の上に転がっているでかい頭を鑑定し、何故かムカついたのでそれを氷の外まで蹴っ飛ば……重そうだし足首を痛めたら嫌だ。頭は放っておいて「アンチマジックフィールド」で氷を消そうとみんなに氷の外側に降りるよう命じた。
俺たちがトロールの部屋に戻った時には、既にジャイアントマンティスの腹は食われており、胸から上だけになったジャイアントマンティスがボロボロの腹を引き摺りながら部屋から出て来た所だった。何故かは判らないが、俺たちには興味を示さなかったので通路の端に寄り、すれ違って暫く見送ったあと、ベルが「フレイムジャベリン」を撃ち込んで完全に殺した。
トロールはと言うと、食後の運動かどうかは知らないが、部屋の中をうろついていた。気付かれる前に氷漬けにしてさっさと首を刎ねたのだ。
「アンチマジックフィールド」を十八MP分(十五MPまでの魔術を打ち消せる)だけ持ち上げた右足の裏に出して氷の表面全体を覆うように変形させる。それを氷に押し付ける。一気に消すにはこの方法が一番楽だ。術者である俺だけが二m以上の高さから飛び降りるような格好になるが、俺ならばその程度の高さ、予め覚悟があれば問題はない。
さっくりと氷を消すとズールーとエンゲラがトロールの死体から魔石を採ろうと大ぶりのナイフを抜いて近寄り始めた。
「「危ないっ!」」
氷に押し固められていたために悴んでいるのか、動きは非常に鈍いが、首なしのトロールの死体が動いていた! 複数の叫び声が上がると同時にミヅチやベル、ラルファ、グィネからフレイム系の魔術弾頭が撃ち放たれトロールの死体に命中した。俺も「フレイムアーバレストミサイル」を叩き込む。あ、これミサイルいらないな。
しかしこれは一体……さっき鑑定した時には明らかに無生物の内容になっていたはずだ! 元々のHPが低い巨大便所コオロギはともかく、でかカマキリや大ヤスデみたいにすぱっと頭を失っても暫く動いているモンスターも居ないことはないが、そういうのは全て虫に限られる。初めて見た時はなかなか死なないのでラルファが「生命感知」で確かめたりもしていたっけ。「反応がないから死んでるはず!」とか言ってパニックになりかけてた。俺もびっくりした。鑑定すると【状態:死亡】なのにHPが残っているという、奇妙なことになっていた。
ゼノムが落ち着いて「アンデッドみたいなもんだろう」と言ったので胴体までなます切りにして殺したのだ。暫くしてから火に弱いことを知ったので火を付けるようになってからは少数を残してバストラルやズールー、エンゲラに相手をさせていた。急所を狙って一撃で仕留めることが出来ない代わりに、HPを完全にマイナスに追いやるまでなかなか動きを止めないから良い訓練相手みたいに思っていた。
暫くすると何故かはわからないが「生命感知」の魔術は虫みたいなモンスターには全く反応しないことが判明した。八層(九層?)は虫ばっかりのようだからいつしか使わなくなったんだよなぁ。どっちにしろ俺の場合【鑑定】の方が遠くまで見れるし。
今も念のために「生命感知」を使ってみるが、トロールの胴体の方も、当然だが頭も引っかからない。
やっと動かなくなり、死体を鑑定して無生物の内容となっていることを確認したあとでわざとステータスを見て用心する皆を安心させると、改めてズールーとエンゲラに魔石の採取を命じた。
得られた魔石を鑑定した価値は大体十五万前後。売れば百万強というところか。店頭売価だと百三十万以上か……。どうなんだろ? このくらいの誤差なら多分買い取りの方は大丈夫だろうとは思うけど。
とにかく、先を進もう。部屋の奥には更に洞穴が一つある。
・・・・・・・・・
あれからトロールのいる部屋を最初の部屋も含めて七回突破した。一本道だった。部屋は少しづつ大きくなり、進む毎にトロールの数も一匹づつ増えていった。氷漬けにしたトロールの首を刎ねたあと、その切り口に対して火魔法を使うことでかなり弱らせることが出来ることも確認した。五回目くらいからはわざと五体満足のままのトロールを一匹だけ残して正面戦闘を仕掛けたりもした。
氷漬けになっていたためか、動きはかなり鈍いので普通に剣で切りつけて倒すことも出来た。再生される前に炎で焼けばそのまま死ぬ。
八つ目の部屋に行こうと、七つ目の部屋の奥から伸びる洞穴の先の転移水晶から転移した先には、今までと変わり映えのしない洞穴だったが、その先にあった部屋は違っていた。幅は八十m、奥行きはその倍はあろうかというでかい部屋の奥に、五層や六層で見たような祭壇が設えてあった。
違いはガーゴイルの彫像が無いことと、祭壇の作りがかなり豪華になっていること。そして、召喚されるであろう部屋の主がいくら待っても召喚されないばかりか、祭壇の近くまで寄って判明したことだが、天辺の祠の扉が最初から開いていることだった。
ついでにここで行き止まりのようだ。
「久々だし、豪華版だから期待したのに……」
ラルファが警戒を継続しながら呟いた。
全くだ。俺も超期待してた。
「……何も出て来んな……」
手斧を構えたままゼノムも言う。
「……ひょっとして……いや……」
トリスが何か言いかける。
「何だよ? 何か気になるのか?」
俺がトリスに尋ねると、「うーん、考え過ぎかも知れません」と言葉を濁す。
「「あ!」」
ミヅチとベル、グィネが揃って声を上げた。全員身をびくっとさせて周囲を見回すが何も変わったことはない。
「ごめんなさい。でも、これって、既に中の物が持ち去られた後なんじゃないかな?」
皆を驚かせたことを詫びつつ三人を代表してミヅチが言った。
「……なるほど……って、根拠は? 今までの祭壇でも最初から祠の扉が開いていた奴なんか無かったと思うぞ。何日かするとまた扉が閉まって主も召喚されるし、倒したら扉が開くじゃんか。空のことが多いけどさ」
そうは言うものの、ミヅチの論が正しいのではないかと俺も思っている。だって、八層に来てるの、俺達だけだしな。他のパーティーも来ているなら誰かが持ち去った数日後とか言うのも頷けなくはないが、今はあり得ないだろう。
と、なると、ここにあった何かを持って行かれたのは五百年くらい前なんじゃないか? と思えるのだ。ジョージ・ロンベルト一世が迷宮で得たという財宝が鎮座していた可能性はあると思う。魔法の道具や金塊みたいな物じゃなくて、もっと価値のあるものだったのではないだろうか。それが何だかは伝わっていない以上、分かりようがないが。
なんとかという名前の魔剣だとか、ものすごく価値のある巨大な宝石の原石で、割ったら一千個も宝石が採れたとか、強力な魔法の品で、今も城の奥で国王に使われているとか、いろいろ言われているが、正確なところは判らない。俺としては一つ予想している物も無いことはないが、別に根拠がある訳でもないし、確信もしていない。あくまで想像しているだけで、万が一俺の予想が正しかったとしてもやっぱりびっくりするだろう。
とにかく、この部屋に着いてからもう三十分以上も経つが、何一つ変わったことは起きない。
今回の迷宮行きで得たものはかなりの価値の魔石のほかは、八層以降にも祭壇があることが判明したことだ。ついでに、八層は小さなエリアの集合体で、地図に起こす場合には重なる部分もあることから、九層とも行き来されている可能性が高いであろうことだ。
これについてはもう少し八層を探索した後、しっかりと安全を確認した上でミヅチの【部隊編成】を利用して確かめる以外に方法は無いだろう。
今回はこれで戻るか。
・・・・・・・・・
地上に戻り、ボイル亭に入ると、言伝があった。内容は第一騎士団のパレードが正月に王都で行われるので、ミヅチと一緒に見に来いという、姉ちゃんからのお誘いだった。
今回はミラ師匠のとこに行けないな……。
次回はお詫びにいつもより多めに干物を持って行った方がいいかな?




