第百四十二話 期待
7445年8月8日
スポーツでもやってそうな会話に、アホくさい思いをした後で姉ちゃんから聞いた内容はあんまり予想からはかけ離れていなかった。今回の戦の舞台はダート平原東方のミューゼという村で、元々五十年くらい前にロンベルト王国によって開拓された村らしい。その後、三回程村の主人が変わり、ちょっと前まではデーバス王国が支配していた。今回の出兵はそのミューゼ村に対する侵略戦争だった。
総合的な指揮を王国第一騎士団第三中隊長のケンドゥス士爵が執り、ウェブドス騎士団と王国第二騎士団が戦力の中核とされた。他に合計三百人に満たない程度、ウェブドス以外の小領地の騎士団も幾つか参加し、総勢二千三百人程の戦力にまで膨れ上がっていたそうだ。
二千三百人の構成は、騎乗を許された士官たる者が騎士の引退者も含めて約二百人(半分以上は村の領主などをやっている兄貴夫婦のような正騎士の引退者や、親父のように騎士ではなくとも領主かその直系の血縁者である貴族だ)、弓兵を含む歩兵が約千二百人、残りの大半は輜重部隊や陣地構築に必要な第二・第四騎士団隷下の工兵らしい。この輜重部隊の指揮と護衛、工兵の指揮や監督にも士官や歩兵が取られる。純粋な戦闘参加者は士官二百人弱に歩兵は千人くらいだろうとの事だった。
第一騎士団からは司令官としてケンドゥス士爵以下、姉ちゃんを含む二十人が派遣されていた。半数は騎士と従士で、半数は機動性の高い専用の輜重隊だ。姉ちゃんは一人の従士を伴って全軍を三つに分けた右翼部隊の隊長となったラードルという第二騎士団の第四だか第五だかの大隊長の補佐役として参戦した。バークッド村からの派遣部隊を含むウェブドス騎士団の方は左翼の中核となり、センドーヘル・ウェブドス団長が左翼部隊の隊長となっていた。
指揮の難しい各地から参戦した小騎士団の寄せ集めや、第二騎士団の残りの部隊は纏めて中央部隊として配置され、ケンドゥス士爵が第一騎士団の正騎士二人と従士三人を司令部として全体の指揮も兼ねて統率したとのことだ。
二月の中頃、目的地のミューゼ村の北方約九十㎞の天領、ジョーブ伯爵が代官として治めるザンゴット地方の首都、ザンゴで一部を除く全部隊の集結を果たしたロンベルト王国軍は展開訓練を一ヶ月間ちょっと行う。どんなに遅くともこの頃にはロンベルト王国の侵攻軍の組織化はデーバス側に察知されているだろう。一月後くらいにはデーバスの最上位にも情報が伝達されていると見ていい。
その後、一週間に渡る行軍の末、ミューゼ村北方約十㎞の地点にある、当時としては最前線の村、ベッコスに陣を張った。ロンベルト王国軍はベッコス村に駐屯する防衛部隊である第二騎士団の中隊約二百名を飲み込んで、予定されていた侵攻軍の編成を終える。
四月を目前に控え、組織化を終えたロンベルト王国軍は一週間掛けてベッコスの西南約八㎞の地点にあった草原部を橋頭堡として簡易的な野戦陣地を築く。この時点でデーバスとしてはロンベルトの目標がミューゼ村であることは掴んでいたのであろうが、その西に十㎞程離れたカルヘー村も重要であるので放っておく訳にも行かない。王国軍は四月の初旬に駐屯していた橋頭堡から目的地であるミューゼ村の西に十㎞ほど離れたカルヘー村へ一撃を与えるべく西南方面へ前進した。勿論これは陽動であり、あくまでも目的地はミューゼ村である。
貴重な守備要員の分散配置をせざるを得ない状況を作り出したケンドゥス士爵は先立ってカルヘー村へ工兵隊を向かわせ、遠目には千人近い規模の軍隊に見せかけた。工兵隊には予め決めた時間になり次第全力で橋頭堡まで退却するように命じていた。時間差をつけ、遅れて橋頭堡を出発した戦闘要員で固められた本隊は橋頭堡の東南約六㎞のミューゼ村を目指した。
当然ミューゼ村のデーバス側守備隊も激しくこれに抵抗する。中世のようなゆっくりとした行軍はとっくの昔にデーバス側に筒抜けになっているのであるからして、これは当然と言える。周囲の村々からデーバスの守備隊が抽出され、ミューゼ村とカルヘー村に送り込まれていたのだ。ロンベルト側もこれを読み、守備隊を分散せざるを得ないようにしただけに過ぎない。
デーバスとしては彼らが抵抗してなんとか両村を確保している間に、侵攻軍とほぼ同規模程度の防衛本隊とも言える部隊を何処かからミューゼ村に移動しさえすれば防衛成功で勝ちだ。逆にロンベルト側としてはそれまでの間に守備隊を降伏させ村に駐屯してしまえば勝ちだ。
千人単位の軍隊が守備する拠点を落とすには三倍くらいの数の同練度の軍隊が必要になる。今回のロンベルト王国軍は戦闘員だけで千二百人以上。これを降伏させるには四千人弱の戦闘員を備えた同練度の軍隊が必要になる。工兵は一時的に歩兵から転用するとしても輜重部隊なども合わせると総勢で六千人規模の軍隊が必要になるだろう。ただ、デーバスの軍隊は徴兵された兵隊の数が多いので、ロンベルト王国軍より練度はかなり落ちる。もっと多くの人数が必要だろうと姉ちゃんは言っていた。
神聖ローマ帝国の皇帝オットー二世が西暦九百八十一年に二千人の騎馬兵と四千の盾持ち歩兵を擁していたという記録があるが、オースはそれよりは幾分マシ、四百~五百年後に相当する戦国時代の日本には劣るというレベルだから、一度陥落したミューゼ村を力ずくで取り返すには常設軍の何割かを動かすくらいしか方法はない。
何百㎞も南のなんとかグリーズとかいうデーバス王国の首都からえっちらおっちらやってくるのかどうかは知らないが、最低限の組織化は行わなければならないだろうし、訓練をすっ飛ばしたって一月やそこらで来れはしない。ロンベルト側はそれを充分に理解し、計算していた。ダート平原の前線あたりに存在する村一つのデーバス側の守備隊の平均的な戦闘員の人数は、間者や強行偵察などで行われた現在までの調査で二百人前後と見積もられていた。近所から増援があったとしても一気に陥落させられるだけの人数を揃えたのだ。
ミューゼ村に対して二回目の攻撃を行い、その間にも守備隊の増加していたカルヘー村から流入しようとする援軍の何割かを虜囚とした。三回目の攻撃を行って暫くするとミューゼ村の守備隊は降伏を申し入れてきた。四月の中旬のことである。
ミューゼ村の領主一家は女子供に至るまで住民の前で全員殺し(領主であり、そこに居住しているのであれば財産は接収されているし、余程有力な家の出でない限り身代金は取れない。そして、有力な家の出では無かったというだけだろう)、守備隊で生き残っていた者は工兵の下働きとして使役し、全て戦時捕虜として名簿も作成された。
ロズラルは今朝「戦自体は五月の終わりに沈静化した」みたいなことを言っていたのでそこを突っ込んでみると、姉ちゃんは「帰り道に店に寄っての立ち話だからね。誰に聞かれているとも限らないし、外で話すときは誤魔化して言うわよ」と言っていた。そして「あんたもあと半年くらいは外で話す時は誤魔化しなさい。ロズラルもね」と言った。済んだ戦の日程なんかそんなに重要事かねぇ? いや、第一騎士団が正騎士に教育を施していることの現れか。
それから代官が派遣され、改めて駐屯部隊が組織化されるまで村に駐屯し、デーバスの様子を窺っていた。ミューゼ、カルヘー両村に向かっていたと思われるデーバス王国の守備の増員部隊もカルヘー村に入り、その後は特に大きな奪還の動きも見えず、一月後には若干多めの守備隊を残して部分的な撤退が確認された。ほぼ同時に身代金の交渉が開始される。
無事に身代金が支払われた者から解放され、六月の終わりには姉ちゃんたち第一騎士団から順次帰還の途についたということである。身代金が支払われなかった戦時捕虜は第二騎士団が帰還するときに一緒に引っ張って来るらしいからもう暫くはお預けだ。何でも騎乗を許された騎士階級も若干名いるらしいのでこれには期待が持てる。そう簡単にズールーの奴隷頭の地位を揺るがせるつもりはないが彼以上の忠誠心が確認出来た上で優秀ならわからん。
右翼部隊に居た姉ちゃんは左翼部隊のウェブドス騎士団の動きについては大まかなものしか知らなかったようだが、バークッド村派遣部隊では被害は無かったことを確認した以外は特に気にしなかったらしい。
当然、クローやマリーについてはその存在すらも知らなかった。役に立たねぇ姉貴だが、予め彼らのことを伝えていた訳でもない(去年の出征前に話しておいても良かったが、正騎士である姉ちゃんを余計なことで煩わせたくは無かった)し、これは単に俺のいちゃもん以上ではない。元々クローやマリーは兄貴とは面識があるし、同じ左翼部隊だから、遅かれ早かれいずれそちらの方から情報が齎されるだろう。
とにかく姉ちゃんやバークッド村の人たちが無事だった事は喜ばしい。クローやマリーの事は心配だが、成功裏に終わった村に対する侵攻作戦なので捕虜になった可能性はゼロに近い。そもそもクローもマリーも自由民出身の入団三年くらいの従士のはずだ。希望的な観測を述べるならウェブドス騎士団の輜重部隊の護衛に回されて遠足気分でいた事すら可能性は高いと考えられる。いや、わかんねぇけど。
今回のロンベルト側の戦死者は四十人ほどで、重傷者は五十人ほど。と言っても命にかかわるほどの緊急を要する重傷者約十人は敵の降伏後数日で姉ちゃんが治しちゃったらしいけど。戦死者の大半は中央部隊に所属する第二騎士団に所属する歩兵らしい。
対するデーバスの戦死者は百を超えたそうだ。捕虜にした数は四百あまり。うち動けないほどの重傷者は二百を超えていたそうだから大勝利だろう。輜重部隊などの捕虜は二百人弱にも及んだそうだ。オースではそう簡単に牛馬を使えないから輜重部隊の数は結構多めになる。勿論、輜重部隊にも牛馬が居ないことはないが、当然接収される。
だいたいの話は聞けたので、改めて帰還のお祝いを述べると第一騎士団の本部駐屯地を辞去した。
商会に戻り、アンナとハンナを相手に時間を潰していたところにいろいろな燻製を抱えたゼノムが戻ってきた。少しお裾分けを貰っていたら珍しいものを見つけた。大豆から作るアナログチーズだ。「カゾット」と言う名前らしい。パンは存在するので酵母は知られているが、こんな物の酵母まで発見されていたのか。食べてみると燻製だけにスモーキーな香りも芳醇な、正にチーズだった。
俺とミヅチがスモークアナログチーズに感心していると丁度バストラルたちも戻り、彼にも食わせてやるとどこで手に入れたのかゼノムにしつこく尋ね始めた。どうやらソーセージに混ぜたりすることを思いついたらしい。バストラルはソーセージのケーシングになる豚の腸と鋸を買いに来たようだ。挽き肉機の構造は単純なので覚えている限り教えてやっていたが、作るつもりらしい。十字手裏剣のような回転ナイフや穴が沢山開いているプレートはきちんと図面を描いて鍛冶屋に頼めば作れないこともないだろう。
問題はロール部だが、どうしても作れないようなら言って来いと伝えてある。「トランスミュート・ロック・トゥ・マッド」の魔術の練習にもなるかも知れないが、あれやると本当に疲れるんだよね。銃の部品を作るなら頑張るけど、挽き肉機のロールのために何時間も集中するとか出来れば勘弁して欲しいし、商売にするなら俺以外の誰かが製造出来た方が都合も良いからね。でも結局、最初の一つは俺が作ることになる気がする。
夕方頃にバルドゥックに到着する乗合馬車に席を取った三人と共にボイル亭に帰った。
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7445年8月10日
「じゃあ、今日の訓練はここまでにする。明日からまた迷宮に入って貰うが、今回殺戮者から送るリーダーは虐殺者にトリス。補佐にはミヅチをつける。もうすぐにはベル、補佐はズールーだ」
皆が頷くのを認めた俺は解散を宣言し、奴隷たちに命じて訓練用の木刀や木槍などを回収させた。
宿に帰ると「奴隷の店 ロンスライル」から連絡が来ていた。今月の二十五日前後に王都で奴隷市が開催されるらしい。なので二十七日頃に来てくれればある程度の戦闘奴隷は揃っているとの事だった。うん、次の次の迷宮行の終わりは二十五日だから丁度都合もいいな。
ゼノム、ラルファ、グィネ、バストラル、キャシー、エンゲラ、ギベルティの八人で飯を食いながらバストラルとギベルティが挑戦しているソーセージ作りの件で話に花が咲く。バストラルとギベルティの二人は昨日また王都まで出かけてアナログチーズを作っているメーカーまで調べ上げて、結構な量を買ってきた。挽き肉とチーズは相性が良いことを証明するとか言って試作品を作り、全員に振る舞い、意見を聞いているのだ。
意外なことに普段控え目なエンゲラがチーズの旨さに関心を持ち、ラルファ以上の食欲を見せていた。勿論、食い意地の張っているラルファも負けじと食おうとしたが、ラルファに食わせても食い合せを知ってるだけに意味は無いと判断したバストラルは、ラルファからチーズ混じりのハンバーグの出来損ないや、チーズ乗せベーコン焼きなどを守るのに忙しかったようだ。
なお、アナログチーズを作っている商会は彼らが調べられた限りでは小規模のものが数軒だけであり、生産量も大したことはないそうだ。
「商売が軌道に乗ったら一軒買収して貰えませんか?」
と言うバストラルの顔は真剣そのものであり、つい頷きそうになってしまった。安けりゃいいけど、一軒だけという訳でもないし、独占出来るような物でもない。製品だけ仕入れられりゃ充分だ。仕入先を複数確保出来るんだし商会ごと買うことにあんまり意味は無いだろう。
それよりも(キャサリンを教育してソーセージ工場長なり、販売店の女将さんにするなりした方がいいぞ、どうせ奴隷も必要になるんだし、彼らを使う人が必要になるだろう?)と彼らの家庭に口を出しそうになるのを抑えるのに苦労した。
まぁ、工場だの商店だのは奴隷に任せる手もあるが、何十万とか何百万Zとかの商会規模の金勘定が出来るような奴隷は戦闘奴隷よりも高価らしい。出来ればキャサリンにそうなって貰えると助かるんだよなぁ。
いっその事、月末に戦闘奴隷を買うついでに普通の奴隷も何人か買ったほうが良いかも知れない。あ、いや、工場だの店だのの都合がついてからでも遅くはないか……。
「『ピザ』も作れそうだよね? 『チーズドッグ』とか『チーズバーガー』とかも行けるかも……」
そんな俺を他所にラルファは一人でバラ色の夢を描いていたようだが、そんな小さな商売、どうでもいいわ。ソーセージを大量生産する方が卸なんかも出来そうだし比較にならん。あと、ピザはともかく、カゾットドッグとかカゾットバーガーって名前になるんじゃねぇの?
「そっちの話はもういいよ。『ソーセージ』関連についてはバストラルに任せているんだから相談するならバストラルにしろ。それより、明日からの話だけどな」
全員の注目を確認して言葉を継いだ。
「もう一回荷物を運べば七層の基地化も終わるだろ。ちょっとオーガと戦ってみて、皆の調子が良い様なら少しだけ八層を覗いてみようと思ってる」
皆の顔つきが少し引き締まり、次いでにやりとした。
この業突張り共め。
七層のオーガの魔石の価値があれなら八層はもっとだと思ってるんだろう?
そんなのどうだか知れたもんか。
勿論、八層の探索をする訳じゃない。
少しだけ覗く程度だ。
可能なら通路のモンスターくらいは見ておこうかという、ただそれだけだ。
いや、通路がどうなっているかの確認程度だな。
俺とグィネだけでも充分か。




