幕間 第二十七話 光瀬良一(事故当時34)の場合(後編)
前世の弟であるヘクサーが現れてから数日。
アークは毎日のようにヘクサーと情報交換を行っていた。そして、かなりの知識を得ることに成功していた。中でも収穫だったのはヘクサーは前世の健二そのままのように自分を慕い、頼りにしてくるところが再確認出来たことであった。それに、未だ低レベルではあるが既に魔法の技能まで習得していたのは大きかった。魔法を学ぶことが出来るかも知れない。また、ランドグリーズには自宅も持っており、下働きの奴隷まで居ると言うではないか。
更に、自分一人ではどうしても確認出来なかった自己の固有技能の詳細についても夜中に村外れの河原で試せたのは大きかった。
『しっかし、流石兄貴だな。その【変身】ってのは物凄いよ!』
だんだんと技能の詳細が判明するに従って、アークにはヘクサーがその興奮の度合いを深めて行くように見えた。
『何言ってんだよ。お前の【技能無効化】だって相当に大したもんだろうに?』
些か辟易としたようにアークは腰に手を当てて返事をする。
『ん~、だけどさ、それでも兄貴の【変身】と比べるとどうしてもな。俺のは普通に過ごすだけなら何の役にも立ちはしない。対して兄貴のはどんな状況下でも、また、いつだって何かの役に立つところしか思い浮かばねぇよ』
それもそうだな、と改めてアークは思ったが、口にはしなかった。
『問題点があるとすれば慣れだろうなぁ。結構練習が要りそうだわ。流石に一筋縄じゃ行きそうにない』
『ん……そうかぁ。でもそれも兄貴なら何とかしちゃう気がするよ』
『そう簡単に言ってくれるなよ。【技能無効化】だってお前が魔法を使おうとする感じはわかるから、練習を重ねれば使えそうな気はするけど、上手く行かないんだ。ま、それはそうと、お前が居て本当に良かったよ』
『何言ってんだよ? 神様に見せて貰った映像、忘れたのか? 俺ぁ、忘れたくても忘れられねぇよ……。俺の名前のすぐ下に兄貴の名前あったし、どこかで生きてるって信じてたよ……』
そう言えばアークは神との邂逅時においても当初は夢だと思って適当に流していた事を思い出した。最初から真剣に見聞きしていなかったのである。勿論、強制的に流し込まれた記憶なので出来事や会話の内容自体忘れはしなかったが、映像などは碌に覚えていない。それでも良く出来た夢だと思っていたし、実のところ未だにかなりの可能性で夢の続きを見ていると思っている。しかし、やはり心のどこかで(現実かもしれない)と言う気持ちは残っていた。
ヘクサーが一年も掛けて自分を探していたこと、その生い立ちからの苦労話を聞いてアークは少しだけ自分の意識が変わり始めていることを認識していた。弟は厳しいオースの荒波に揉まれて来たのか、多少ではあるが精神的な成長さえ感じたのだ。勿論、以前よりアホになったと感じる部分もあったが、よくよく考えてみるとアホになったのではなく、感性だけが昔に戻ったと言う方がしっくりと来る事に気付いたのだ。
(ひょっとしたら……まずあり得ないとは思うが、本当に夢じゃないのか? いや、そんな馬鹿な……。現実の訳がない。大体、記憶や思考能力を残したまま生まれ変わったなんて話、どうして信じられるんだよ……。でもな……神か……神様ならそういうことも出来ると言われたら反論なんか出来るかよ。……しかも、そうなると神様なんてもんが現実に存在することになる。魔法も、俺の【変身】まで現実だと言うことに……)
アークは一つ頭を振って浮かんできた考えを振り払うと、ヘクサーに語りかける。
『大体のところは検証出来たな。ところでお前の仲間たちな……ありゃどういう関係だ? どのくらい事情を知ってる?』
『ああ、前にも話した通り、俺は兄貴を探すついでに国内の地図を作成しているんだが、道中の護衛として雇ってるんだ。ま、ガードマンとかSPのようなもんだ。生まれ変わりの事情なんかは知らない筈だ。俺も王子様に口止めされてるしな。付き合いは……かれこれ一年位にはなる。皆、気のいい奴らだよ』
『彼らに背後関係とかあるのか?』
『背後関係って……全員元々単なる冒険者だぞ。そんなのある訳無いだろ? そりゃ家族とか居るだろうけど、全員一人暮らしみたいなもんだよ』
『なら始末しても大丈夫か……』
腕を組んでそう呟くアークを見てヘクサーは仰天する。
『始末って!? 何言ってんだよ?』
『よく考えろ、健二。俺は変身出来る。今なら男であれば本当に小さな子供──赤ん坊や幼児──を除けば誰にでも変身出来る。つまり、ステータスごとなり変われるんだ。確かに、お前の言う通りどんな状況下でもいつだって役に立つな』
そう言ってニヤリと笑みを浮かべるアークを見てヘクサーは暫く不審そうな顔つきでいたが、すぐに何かに思い当たったようだ。
『そういう事か……』
『そういう事だ。だが、周到に準備は必要だろうな』
アークはそう言いながら(やっぱり夢かな? 健二にしてはやけに理解力が高いな)と思っていた。
『ああ、確かに。いろいろ不自然に思われる可能性を潰さないといけない。うん、解った。兄貴が言うなら……気の毒だが確かにあいつらには死んでもらうしかなさそうだ……。殺すこと自体は正面から戦うんでなければそう難しいことじゃないし、それに……』
『ん? それに?』
ヘクサーが言いかけた言葉にアークは興味を持った。普段なら聞き逃しそうなくらい小さな声だったが、このような相談をしている時なので気になったこともある。
『ん、知ってるかどうかはわかんないし、信じて貰えるかも怪しいけど、笑わないで聞いてくれるって約束してくれよ』
『ああ、勿論だ。笑ったりはしない、約束する』
そして、アークは驚くべきことを耳にした。勿論、薄々は想像していた。あの時、神は『何かがレベルアップしないと自分とは会えない』と言っていたのだ。だが、これで覚悟が決まった。
(経験レベルのレベルアップ……決まったな。やっぱり夢だ、この世界は。そうと決まれば何でも出来そうだな!)
『……つまり、何か生き物を殺せばレベルアップして少しずつでも強くなるんだと思われている。正直なところ、俺も確信を持って言ってる訳じゃないが、幾つか情況証拠も揃ってるし、あながち間違っているとも思えないんだ。それに、アレックス王子やセル、ミュールなんかは完全に信じてるな……。裁きの時の罪人なんかの死罪の刑の執行はこの三人で持ち回りを出来るように掛け合ってるくらいらしい。レーンも最近はそう思ってるみたいだし……。俺も道中で現れる魔物なんかの止めくらいは刺させて貰ってるよ』
(ぎゃっははは、子供だな、こいつ。そんなんで……あれ? 夢ならそれもありか。だとすると俺もぼーっとしてらんねぇ)
『そうか。成人前だからまだ少し早いとは思っていたが、俺も家を出るべきだな』
『兄貴、大丈夫なのか? 焦って無理しなくても良いんだぜ。まだ見つからないと言い続ければ金は引っ張れるんだ』
ヘクサーとしてはどうせ仲間の冒険者を始末してしまうのであればアークの存在について露見するリスクは抑えておきたいと思ったのだ。
『ああ、そうだろうな。だが、善は急げだ。仕込みは早い方がいいだろう。若いうちからより多く情報を得ておく必要がある』
『ん、兄貴がそう言うなら……』
ヘクサーはアークの自信ありげな、また、堂々とした物の言い方に不思議と安堵感を得ていた。
・・・・・・・・・
「そういう訳でアーニク・ストライフ准爵閣下のご意思も確認出来ました。王子直属の親衛隊員として、数年間は訓練の日々になります。何年も連絡は取れませんし、場合によってはこれが今生の別れになるやも知れません。今のうちに別れを済ませておいてください」
ヘクサーはアークの両親に丁寧に頭を下げると、きっぱりと言い渡した。ヘクサーにしてみれば実のところ、答えは決まっていると思っていた。断られる訳はないのだ。
「おお! ご使者殿、うちのアークが、いや、アーニクがアレキサンダー王子の親衛隊に!」
「なんと名誉なことでしょう! アーク、しっかりお勤めするのですよ!」
「父様、母様、勿論です。アークは必ずや王子殿下のお役に立ってみせます!」
「アーク。お前がな……羨ましいよ……しっかりな」
「アーク、体に気を付けてね……」
「アーク、頑張りなさい。そして、いい男がいたら私を紹介しなさい!」
「アーヴ兄さん、ミース義姉さん……ストライフの名を汚すことの無いよう、努めます。あと、エヴェッサ姉さん、流石にそれは……お約束は出来ませんが努力します」
アークの上の姉は結婚して従士の家庭に嫁いでいる。下の姉はまだ家にいるが二十二歳であり、まだまだ結婚適齢期だ。
その翌々日、荷物を纏め終えたアークは、馬を駆るヘクサーの仲間の冒険者の背にへばりつくようにしてリーダス村を後にした。
一週間ほど旅を続け、王直轄領に入って暫く進んだ頃。ある村で朝食を摂ってから出発し、そろそろ昼になろうかという時だ。
(さて、ここらでいいかな……)
「今日は次の村を越えた先に適当な場所を見つけて野営にしようか」
「そうは言うがなヘックス……。ストライフ准爵もご一緒されているし、初めての親衛隊候補なんだろ? わざわざ野営なんかせんでも……」
ベテラン冒険者のリーダー格の男がそう言うが、そこに口を出したのはアークである。
「なぁに、一泊や二泊程度の野営などどうってことありません。大丈夫ですよ。それに、訓練で野営もするんでしょう? 予行演習だと思えば全く問題ありません。むしろ私からお願いしたいくらいです」
「ん……そう言ってくれて済まないな、アーク。そもそも、ここで野営するのは必要なことだ。今夜は見張りもアークに任せる。親衛隊の訓練はこんなもんじゃないが、適性を見なければならないからな。皆も手を貸さないでやってくれ」
「……まぁこの辺りはあんまり魔物が多い場所じゃないから、まず問題は無いとは思うが……」
それでも冒険者たちは不安な様子であったが、ヘクサーに親衛隊の条件であると説き伏せられ、軽くなら飲酒しても良い、と言われると素直に従った。一年ほど寝食を共にしたヘクサーが試験官のようにアークを見ると言うのであれば仕方ないし、この地域には魔物は殆どいない。そうそう大問題に発展することも無いだろうと踏んだことも大きい。
品質の低い、安酒に混ぜた痺れ薬で冒険者三人は簡単に始末出来た。そこでまた、今迄試せなかった【変身】の特性を解明した。対象者が死んだ後でもその体の一部に触れてさえいれば変身が可能であったのだ。
「ふっ……思った通りだな。かなり前に抜けたりしてた髪の毛でも変身は出来たからまず問題無いとは思っていたが……」
「ああ、そうだな。これなら兄貴の言う通り……」
街道の脇の草むらに素っ裸にひん剥いた三人を埋め、二人で順番に朝まで眠ると、四頭の馬を曳いて兄弟は歩き出した。アークには騎乗の技術が無かった為である。
何日も掛かってそこそこ大きな街で二頭の馬を処分した二人は、兄の騎乗の練習も兼ねながら王都ランドグリーズまでゆっくりと移動していった。
・・・・・・・・・
王都のヘクサーの家に到着した彼らは、早速奴隷に命じて深い穴を庭に掘らせると二人で協力してヘクサーの奴隷を殺し、アークはその奴隷に変身した。死体は自ら掘らせた深い穴に埋めてしまった。
「明日はレーンの所に行く。兄貴はそいつになったまま付いて来てくれ。話をじっと聞いてレーンの性格や俺の話し方をしっかり頭に入れてくれよな」
「ああ、勿論だ。成り変わるにしても周囲のことを知らなきゃな……」
「そうだな。まぁあいつらが騎士団から出てくるまでまだ一年くらいはかかるだろ。それまでに王都のことなんかを知っておいて貰わないとな……。馬ももっと練習してくれよ。どうせ真面目にやっちゃいないだろうがそれでも白凰騎士団で仕込まれて来るはずだからあんまり下手だとそこから怪しまれるかも知れないし」
「おう、任せとけ。俺のことは知ってるだろ? 幾らでもやってやるぜ」
「そうだな……兄貴は昔から何でも出来たしな。兄貴なら大丈夫だ。きっと上手くやれるさ」
「当たり前だ。ふふ、楽しみだな」
アークとヘクサーは顔を見合わせて愉快そうに笑いあった。




