幕間 第二十七話 光瀬良一(事故当時34)の場合(中編)
神に会ったアークはある程度の真実を知り、非常に驚いた。今朝、事故とは言え、人を一人殺してしまったショックもあっという間にどこかへ飛んでしまうほどの衝撃であった。事故死からの生まれ変わり、自分以外にも大勢いた犠牲者、それらに伴う、夢だと思っていたことが現実であったという不条理。急に鮮明になった昔の家族。息子、妻、両親、そして弟とその家族の顔。真偽を何度も確かめた後、以前より疑問に思っていたことを聞いてみた。己の固有技能の使い方だ。
なんと、【変身】は自らと体格の近い同種族、同性別の体組織に触れながら使うことが条件なのだそうだ。それ以上の事についての情報は教えては貰えなかったが、体組織は髪の毛一本でもあれば充分らしい。
しかし、聞き方を変えて質問をしようとした頃に質問のために許された時間が切れてしまった。
翌朝目を覚ましたアークは早速試してみようと思い立った。自分と似たような背格好の普人族の男の子は村にも何人かいる。さて、どうやって試そうか、と思ったところでアークはハタと気が付いた。
(【変身】って一瞬で変身しちゃうのか? だとするとまずいな……)
「アーク、気持ちは解るけど朝から変な顔をするな」
年の離れた次兄のアーヴィンが注意してきた。
「これアーヴ。アークは昨日あんなことがあったばかりだもの、そんな事言うものじゃないわ。今日は昼からラコルグの葬儀なんだし、アークはそれまで川にでもいってらっしゃい。食べたくないなら無理して食べなくてもいいし、稽古の方も今日は休んでもいいわ。但し、ラコルグの葬儀には必ず出ないとダメよ」
母親がとりなしてくれた。正直言って昨日の事故のことなんか、もうどこかにすっ飛んでいたアークだが、大手を振って一人になれると言うのは渡りに船だ。
(ここはその言葉に甘えさせて貰おう。いろいろ考える時間が欲しかったところだ)
慌てて意気消沈したような表情を取り繕うと「じゃあ、ごめんなさい。少し一人になりたいんだ」と言って家を出た。気まずそうな顔をするアーヴには申し訳ないと思ったが、あえて下だけを見てのろのろと家を出ると川の畔に向かって駆け出した。
(待て! 慌てるな。あれこそ単なる夢なんじゃないのか? 俺の妄想が作り出した夢だったとしても何の不思議もない。……だが、赤文字の固有技能は確かに目に入るし、やけに鮮明な記憶も持ってる。多分思考力も……飛び抜けて異常な部類だ)
駆け足もいつしか早足になった。
(それを考えると、単なる夢だと決め付けるのも早過ぎるな。しかし、冷静に考えると変身なんておいそれとは試せそうにないし……と言うより、仮面ライダーになれるとか、そういう変身じゃなかったのかよ! 普通変身っつったらそっちだろ!)
既に単なる歩きと化している。
(……まぁそれはいい。だが……と、言うことは他人になれる能力と言うことか? それも知っている人間じゃないと……いや、知らない奴でも髪の毛とか切った爪とか手に入れば種族と性別、体格がある程度近いのであればその姿になれるのか……いろんなことに使えそうだな……)
川の畔に到着したアークは、石を拾い上げるとぽちゃんと川面に投げ込んだ。
(用途としては幾つか有効なものが考えられる……。しかし、どれも【変身】の特性を十全に掴んでからでないと、危険の方が大きくなる。おまけに、基本的には危険に晒される可能性が高いな……まずは特性を掴む方からか)
続いて川べりに腰を下ろし、また無意識に石を放り投げる。
(夢から得た情報はこれだけじゃない。もっと大切な物も数多くある。そっちの方は【変身】を試して夢じゃないと証明されてから考えても遅くはないけど)
アークは昼迄そうしていた。葬儀に出てからも夕方まで川べりの住人となっていたが、村の皆はそんなアークを見かけても遠回りして側には近づいてこないでいてくれた。
・・・・・・・・・
翌日、アークはまた独りになりたいと言って朝食を摂ってからすぐに家を出た。万が一にも誰にも見られないようにあまり人の近づかない場所を選ぶことに心を砕いた。
(……や、やるぞ……へ、変身っ!)
昨日の葬儀の場で密かに手に入れた奴隷の子の髪を両手で引っ張って伸ばし、それを見つめながら固有技能を使うことを強く念じた。
「! ぐ、ぐぐぐっ! ごっ! ぐがあぁっ!」
目がチカチカする。体中が軋むように痛む。痛みはかなり長い間続き、あまりの痛みに意識も朦朧としかけた頃、やっと引いてくれた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
両腕で自らの身体を抱きかかえ、涎まで垂らしてのたうっていたが、今は全く辛くはなかった。もう変身は完了したのだろうか? 恐る恐る川面を覗きこんでみた。
「ふっ、へ、へへへっ、えへへへっ」
顔の造作までは判らないが、水面に映る黒かった筈の髪の色はさっきまで見つめていたライムグリーンに見える。心なしか、体つきも変わっているようだ。少し背が伸び、ひょろっとした感じだ。これもこの髪の持ち主の特徴だ。手を見ると微妙に肌の色も白っぽくなっているように思える。
「すげぇな、こりゃ!」
アークは思わず感動を声に出した。すると、どうだろう、ものすごく違和感のある声になっていた。今まで聞き慣れていた自分の声でもなく、かと言ってこの髪の持ち主の声とも異なる声だ。
(ああ、自分の声と他人が聞く自分の声は違うしな。あいつにはこんなふうに聞こえてたのか)
変身した自分の体に興奮していてすっかり失念していた。どんな物事にも時間という概念は等しく訪れるものである。
「おふぉっ! げっ! がっ! ぐぎぎぎっ!」
(痛えっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)
いきなりまたあの痛みが襲ってきた。永遠とも思えるような時間苦しんだあと、川面に顔を移すとまた黒髪に戻っていた。変身していた時間は僅か十分程度であろうか。また、体が痛んでいた時間も今思えば同じくらいの長さに思えた。
(どうする? まだ髪は持っているし、もう一度試してみるか? だが、またあんな痛い思いをするのはなぁ……)
アークは先程の痛みを思い出すと尻込みをした。無理もない話ではある。
(いや、ステータスまで変わっているか、確かめなきゃ……せめてその程度……)
【ガスパール・マーモス/15/5/7429】
【男性/21/7/7427】
【普人族・ランパート家所有奴隷】
目も眩むような痛みが過ぎ去った直後から急に襲ってきた睡眠欲を堪えつつ、そこまで確認したアークは、気を失うように眠ってしまった。その後、すぐに襲ってきた激痛にのたうち回り、強制的に目を覚まさせられたが、痛みが引くとそのまま眠りこけてしまった。目が覚めた時には太陽は殆ど中天に近づいていた。呑気に五時間ほども眠ってしまったのだ。
慌てて家に帰り、家族の顔色を窺いながら食べる昼食は砂を噛むような味気ないものだった。
家族からはそんなアークは昨日にも増して沈んでいるように見えていた。
「アーク、調子が悪いなら今日はもう休みなさい」
父親は俯いたままモソモソと食事を摂るアークに声を掛ける。八歳の子が事故とは言え、人を殺してしまったのだ。そのショックはいかばかりのものか、大変に心配だったのだ。歳の離れた末っ子を溺愛している彼は幼い我が子を思いやり、当分の間稽古を免除するつもりでいた。そこそこ筋も良いようだし、一週間やそこら稽古を休んでもこの子ならすぐに取り戻せるだろう、そんな考えもあったのかも知れない。
また独りで出掛けたアークは川べりまで行くと、石を放り投げながら考え込んでしまった。
・・・・・・・・・
一年程が経過した。変身するときは用心して必ず二十一時以降、家族が寝静まってから家から少し離れた空き地まで行って行うようにしていた。勿論、天候の悪い日は行かない。それに、最近では休みがちにもなってきた。痛いし。そもそも、これだけ時間を掛けていれば当然ではあるがアークは既に【変身】の固有技能についてそこそこの情報を掴んでいた。
一つ、変身に必要な時間は最初と最後で約十分ずつ。しかし、固有技能のレベルが上がると少しずつ必要な時間は短くなる。最高レベルの今は恐らく一分ずつ程度か。
一つ、変身している時でも自分の意志でいつでも変身の解除が可能。但し当然ながら、あの、身体構造を作り変えるような痛みは伴う。
一つ、変身中(効果時間が切れるまでの間)に再度、触媒に触れたまま技能を使うことによって、痛みを伴うことなくその時点を起点とした変身の継続が可能。痛みを伴う覚悟があれば更に別の人(当然対象となる人の髪の毛などは必要になる)に変身することも可能。
一つ、変身中は対象者のステータスをそのまま表示できる(ようだ)。当然、変身中は自分のステータスを見る方法は無かった。
一つ、固有技能のレベルが上がると変身していられる時間は増えていく。正確に計測した訳ではない(出来なかったと言うのが本当のところだ)が、固有技能のレベルが最大値の九の現在、変身時間は相当長いと思われる。レベルが五になる迄はレベルが上昇した時にある程度測っていたが、その時点でたっぷり五時間以上はあった。予想した通りなら今は二千五百六十分、二日間近くは変身していられる筈だ。
一つ、現時点で百回以上連続して変身が可能。どうやら休息を取るまでの間に可能な変身回数は技能への慣れなのか、少しずつ増加するようだ。なんとなくだが、二~十回、限界を迎えるたびに一回分くらいの割合で増加している気がする。だが、流石にもう十分だろう。毎日最低二回迎えていたあの痛みにはかなり慣れて来たし、一度の変身に掛かる時間はかなり短くなったが、痛いものは痛い。
今のところ判明したのはこの程度だったが、実はもう一つ重要な事を忘れてはいなかった。レベルアップである。アークは前世、テレビゲームで遊んだことは一度もなかった。しかし、どういったものかくらいは知っていた。何しろ彼は西暦一九八〇年生まれ。生まれた時にはインベーダーゲームは存在していたし、小学校に上る前に有名なコンピューターロールプレイングゲームは発売されていた。同級生の中にはそれらコンピューターゲームを楽しんでいた子もいたが、彼はそれらには全く興味がなかった。
しかし、教諭として母校である高校に赴任してからも生徒たちの中にはそういった物で遊ぶ子も居たのだ。当然、生徒と触れ合っているうちにある程度の知識は仕入れることになる。しかし、知識として持ってはいても、内容までは詳しく知っていた訳でもないのでステータスウインドウを見てもすぐにゲームとは結びつかなかった。と言うより、たったあれだけでゲームと結び付ける方が異常かも知れない。
だが、神を名乗る存在と邂逅して得たいろいろな情報。その中に含まれていたレベルアップというキーワード。ステータスウインドウ。魔物。魔法。亜人。特殊技能に固有技能。それらのものが違和感なく繋がり合い、自分の中で消化され、ストンと納得した感じを受けたのだ。
(なんだ、こっちが夢なのか? いや、とても夢だとは思えない。幾らなんでも長過ぎるし、夢にしては変身する時のような痛みを感じて目を覚まさないと言うのも不自然だ。本当に生まれ変わったということか?)
今一確信を持てはしなかったが最終的に結論付けたのは、列車事故の時に植物状態にでもなってしまい、長い夢を見ている可能性が高い、という物であった。しかしながら、夢を見ているということは、脳波はあるのであろう。なんらかのショックで意識が戻らないだけ、という可能性が一番高いと考えた。
アークとしても何とかして意識を取り戻すことは出来ないものか考えたがすぐに諦めた。何しろ【変身】の時のあの痛みを感じても目を覚まさないのだ。自殺するくらいでないと目を覚ましはしないだろう。それならいっその事、この夢を楽しんでやれ、と思ったに過ぎない。当然、自殺することも考えたが、万が一の夢でない可能性も頭の隅からはどうしても拭えなかったのでそこまでして試す気にはなれなかった。
現在、アークはある仮説を立てている。経験値獲得による自分自身のレベルアップという仮説だ。この世界が自分の想像の産物であり、夢なのであれば充分に納得が行く。無意識下で生徒たちが話すようなゲームについて興味を持っていたのかもしれない。大学時代、友人とゲームセンターに行ったことくらいはあるが、そこで見たものは当時流行していた対戦格闘ゲームや、小さな戦闘機を操って画面上に現れる敵を撃破していくような類のものばかりだったのだ。
アークは所謂、ロールプレイングゲームというものについても知識はあったが全く興味を引かれなかったのでいつの間にやら記憶の片隅に放り込んで埃を被っていた。しかし、どこかで興味があったのだろうか。
(なにしろ、こうして夢にまで見るくらいだからなぁ)
少しわくわくするような感情が芽生えてきたことに意外な思いにとらわれはしたものの、その事については深く考えることをせずに別の件に思いを馳せる。
(自分自身の体を作ることも大切だろうな。俺の普人族ってやつが人間と同じなら十二歳くらいから走りこみをすれば充分だ。柔軟体操なんかはもうとっくに始めてるし……少しは剣も槍も真面目にやっとくか……まだ九歳だが、型を知っておくことは無駄じゃないしな)
目標さえあるのであればアークは幾らでも努力が出来る男であった。都内でも有数の進学校を卒業し、日本の最高学府と呼ばれる学校の教育学部で身体教育科学を学んでいたのだ。そこらの体育大学卒の脳筋教師より体を効率的に鍛えることについては余程造詣が深いという自負もあった。
アークは一生懸命やるところはきちんと行い、まだ早い、と手を抜くところは周囲にバレないように手を抜いて効率的に体を鍛えることに意識を傾け始めた。人間と同じ身体構造をしているのであれば三十歳くらいまでは鍛え続けることは可能だ。勿論、オリンピック選手を目指す訳でもないし、最強の兵士になりたい訳でもないからガムシャラになる程ではない。幾つかのトレーニングを習慣づけること、オースの剣術や槍術の動きについて理解を深めることが主目的である。
(どう見ても体を鍛えるなんて目的で運動している奴は一人もいない。持久力などの体力は戦争の時に陣形を組め、ある程度移動出来れば充分程度にしか思っていないんだろう。その程度、普段の稽古で自然と身につく程度の体力で充分とも言えるしな。……ふん、所詮は文明レベルが最高でも十五世紀程度なだけはある。身体能力向上の専門的な練成が軍事訓練に取り入れられたのは早い国で十八世紀の終わりだ。日本の忍者集団なんか例外中の例外だからな。それだって本格化したのは十六世紀の終わりだ)
小手先の剣技など相応の体力の前には殆ど意味を成さない。勿論、アークとて剣や槍の技術を磨く事を否定する気は全くない。重要な事であることも理解している。だが、それなりの期間剣道に触れていただけあって、ある程度のレベルまでは稽古量に応じて誰でも到達可能だが、高いレベルになると気の遠くなるような努力の末にやっと到達出来る領域であり、それ以上のレベルは一握の才能を持った人間が血の滲むような努力の果てに到達出来る領域であるということも知っていた。
生まれ変わって、又は夢の世界でそこまでのレベルに達しようと努力する意味を見出せなかっただけとも言える。要するにそれが理由で、本気になって剣や槍に打ち込む気にはなれないだけの話である。しかし、完全に稽古をしない訳ではなく、手を抜きつつもそれなりに稽古を続けていたことの裏には、まだどこかで夢でない場合を考えていたのだろう。
(刀槍など人並み程度で充分だ。それよりも体力をつける方が有効だ。そもそもそんなことよりこの世界の他の地域や文化、レベルアップについて知る方が比較にならない程大切なことだ)
そう思って過ごしていた。経験値獲得の方法についてはだいたいの目星はついている。生きている人を殺せば良いのだ。勿論、人だけに限らないだろう。馬でも牛でも良いのではないかと思う。だが、それらの大型の家畜は総じて高価であり、おいそれと殺す訳には行かない。豚も貴重だし、そもそも村では飼っているのは僅か一家族しかない。鶏くらいは居るが貴重な卵を得られる重要な家禽である。
ではどうするか? 考えあぐねたアークは村にも何人か居る狩人に弟子入りする事も考えたが、それでは一生狩人として過ごすことになりかねない。本末転倒である。変身して別人になりすまして殺人をすることまで考えたが、今のところだと子供にしか変身は出来ない。変身後の筋力などは元のままなのか、変身の対象者になるのかまではイマイチ判明していない。どちらでも大差は無さそうだから今のところ気にしても仕方ないが、いずれ重要な問題にはなる。いつかそれも検証しなければならないが、現時点で気にしても仕方ない。
(今からそこまで焦っても仕方無い。別人になりすましたところでその人が犯行日にずっと誰かと一緒なら大問題に発展しそうだしな)
自分の罪を誰かに被せることについてはすでに割り切っていた。アークにしてみれば(どうせ夢の中なんだし、誰かに罪を被せるくらいどうってこと無い。そもそも誰かを殺すにしたって夢の中。どうでもいいわい)程度の認識であった。しかし、どこかで(夢じゃない)という気持ちも残っていたのか、昼日中、堂々と殺人を犯すような無茶をやらかすほど自暴自棄にはなり切れなかった。
そうしているうちに一年が経ち、二年が経った。簡単な小魔法も親から教えて貰えた。殆ど同時に、非常に重要な事が一つ判明した。当時アークが試していたのはどの程度の体格差までが変身の対象になりうるか、という問題であった。村の普人族の男の毛を密かに集め、それを手に持って見つめながら【変身】を試す。誰の髪か解らなくても変身出来ればステータスを見て誰に変身出来たのかはすぐに判明するから、狙って集める必要もない。
適当な普人族の家に行って「水をくれ」と言って中に入って座り込めば髪の毛など幾らでも手に入るのだ。
そうやって集めた髪の毛から大体の変身の許容範囲が判明した。おそらく身長については±20%程度。体重については±50%程度が限界のようだ。対象の年齢は多分無制限。小魔法の使用回数については変化はなかった。しかし、相手が小魔法の特殊技能を持っていなくても使えることは確認した。自分が小魔法の特殊技能を持っていなかった時に持っている相手に変身しても使えなかった。
但し、こちらについては対象の技能が自分のものとして使えるかどうかの判断はまだ下せないと思っている。当時は小魔法の本当の使い方を理解していたとは言い難いので、相手の技能を使えるかどうか解らない、と言った方が正解だろう。
魔法も特殊技能らしいので魔法使いに変身したところで魔法が使えるかどうかは微妙なところだ。村に魔法使いがいないことが悔やまれるが、聞くところによると魔法と言っても大したことは出来ないらしいのでそれについてはあまり未練は持たなかった。亜人など別の種族に変身出来ないのが悔やまれるところではある。そう思っていたが、ある時何の気なしに試してみたところ、問題なく変身出来た。
(俺の聞き間違いだったか、神に嘘を吐かれていたのか)
そう思ったが、直後にはどうでもいいやと思い直し、亜人の特殊技能を試す事にした。変身したのはアークより十以上年上のドワーフだ。
(おお! これが赤外線視力か。サーモグラフィのように温度を視覚化しているのか……でも、目の前くらいしか見えないんだな……。今みたいな夜中以外では使い道はなさそうだ)
おおよそ三m程度の視界であり、それ以上先に焦点を合わせようとしてもいつもと変わらない星明かりに照らされた普通の視界となってしまうことにアークは少し落胆した。
・・・・・・・・・
更に何年か経ったある日のこと。
村に隊商とは異なる旅人が来た。旅人は自分たちのことを冒険者と言っているそうだ。専業の宿など無いリーダス村では村に来た隊商は領主や従士の家に分かれて泊まるのが習わしだ。
午後の稽古も終わる頃に旅人が来たことを知ったアークは(俺と背格好が近いなら今度こそ変身の対象として利用出来るかも知れない)と一人ほくそ笑んでいた。彼らが出て行ってほとぼりが覚めた頃、対象である旅人に変身し、適当な奴隷一家でも夜の間に皆殺しにすればレベルアップについて試せる、とすら思っていた。
そんなアークではあったが、稽古が終わり、家に帰って旅人の顔を見て凍りついた。家の庭で仲間らしき人達と合計四人、なにやら話している中心人物らしき男の子の顔は、紛うことなき弟の健二の顔だったのだ!
勿論、子供の頃に見慣れた中学生頃の健二の顔そのままではない。当時の健二の顔立ちはそのままにところどころ西洋人を混ぜたような何とも言えない顔であった。しかし、健二の顔であるとしっかりと認識は出来る程度にその特徴は失われていない。
思わず『健二!』と叫びそうになるがなんとか思い留まることが出来た。幸いなことに健二そっくりな男はまだアークのことに気が付いていないようであった。
(騒がれないように話がしたい。と言うより、驚かしてやりたい)
アークはそっと裏口から家に入ると、彼らに気付かれないように監視をする。暫くして四人の旅人は一人、また一人と宿を提供する従士の家に分かれていく。
最後の一人が別れ、それを数秒見ていた健二らしき男が振り返ったところに小さな声で『健二』と呼び掛けてみた。思った通り、ぎょっとしたように反応し、きょろきょろと周囲を窺い始めたのを確認したアークはすぐに監視していた窓から飛び出すと『兄貴!?』と大声を出す健二の手を取って家の敷地から外に引っ張った。
『静かにしろ。お前、健二か!?』
『兄貴! ずっと探してたんだ! やっぱり居たな!』
『声がでかい。多分あと三十分で飯になっちまうだろ』
『はぁ? 飯? どうでもいいよ! やっと会えたんだ。一年も探したんだぞ!』
『ん……そうか。夢とは言えご苦労だったな』
『は? 夢?』
『今はいい。それよりどうして俺を探してたんだ? なんでお前が夢に居るんだ? 美帆子や義臣は居ないのか?』
『意味分かんねぇよ。何言ってんだよ?』
二人はアークの家から少し離れた茂みに隠れて暫くの間会話を続けたが、三十分などあっという間に経ってしまう。どうにかこうにか興奮する健二を宥めて来訪の目的を聞き出したアークは驚きの連続だった。
まず、当然のことではあるが健二にはオースが良一、すなわちアークの夢の世界であるという認識はなかった。オースの健二はヘクサー・バーンズという名前で、生まれ変わったと非科学的な事を言っていた。
『神とはもう会ったんだろ? その時聞いたじゃないか。あ? ひょっとしてまだなのか?』
あれを夢と思わずに真剣にそう言う健二のことが可笑しくなって笑い出しそうにすらなった。しかし、続いて言われたことにアークはその身を固くしてしまう。
『のんびりしてると危ないぞ。ヘタすると日本人はそのうち狩られるかも知れないんだぞ』
『狩られる? 何に? ドラゴンか?』
しかし、すぐに小馬鹿にしたようにアークは答えた。
『信じられないのも無理は無いかもしれない。けど、よく聞いてくれ。今俺はベルグリッド公爵家とアレキサンダー王子の食客みたいになってる』
『はぁ? お前、凄いな。左うちわな生活かよ、羨ましい』
『何言ってんだよ。そんな大したもんじゃねぇって。個人的な傭兵とか私兵と言った方が合ってるかも知れない。とにかく王子も俺たちと同じあの事故で生まれ変わった日本人だ。他にも日本人は何人か一緒に居る。』
『え? あれマジだったのかよ?』
『嘘言ってどうすんだよ。……とにかく、まだ勘でしかないが、あいつはヤベぇ。この国の王になった後に本気で世界征服でも企んでるかも知れねぇ』
『世界征服、いいねぇ。男なら夢はでかくないとな』
『ばか、何言ってんだ。マジでヤベぇんだって。だから可能性は低いとは思いながらも必死こいて兄貴を探してたんだ。このリーダス村に黒髪黒目の男の子がいるってヘッシュの商人が言ってたから期待して来たんだ』
『おう、そうか、ご苦労だったな』
『……兄貴、変わったな……』
『変わってねぇよ』
『それとも、本気で夢だなんて思ってるからそんなふわふわしてんのかよ?』
『え……?』
『まぁ、今はいい。だけど、これだけは言っておくぞ。夢じゃない。現実だ。夢みたいに何でも思い通りになんてなりゃしないから……』
アークは俄にはヘクサーの言うことが信じられなかった。しかし、全く思い当たる部分が無い訳ではない事は勿論であった。
『……まぁ、そんな事はいい。今晩でもゆっくり話をしたいな』
『そりゃ別に構わんが……』
『親父さんやお袋さん、兄弟は居るのか?』
『そりゃ居るよ。当たり前だろう?』
『分かった。とにかく飯の時に挨拶するが一生のお願いだから兄貴は黙っててくれ。悪いようにはしないから。とにかく俺と一緒にランドグリーズまで来てくれれば道すがら詳しい話も出来る。……それとも兄貴はこの世界の家族を捨てられないか?』
『ん~、別にどうでもいいっちゃいいが、殺したりするのは流石にな』
『何で殺すなんて話になるんだよ!? 家を出て俺と一緒に王子に仕えないかって話なだけだよ! それとももう騎士団に入るとか決まってるのか?』
『ああ、そういうことなら、そりゃ良いかもな……騎士団とかは無理だろ?』
『ん、なら話は早そうだ。とにかく、今は騙されたと思って俺にはもう話しかけないでくれよな。今晩たっぷり話はしてやるから』
家に戻った二人はもう目も合わせずにいた。ヘクサーはデーバス王国のアレキサンダー王子に直接仕える者で、王子の親衛隊員を徴用しに来たと説明していた。同時にストールズ公爵家発行の正式な領内通行証であるプレートと、ベルグリッド公爵発行のかなり上位の家臣にしか与えられないプレートをアークの両親に確認させていた。裏書には確かにヘクサー・バーンズに対して発行された旨、彫刻が施されていた。
「そういうわけで王家にお仕えする事になりますので将来は別にしても今のところ貴族の若い子弟を中心にお声を掛けさせて頂いているのです。公開は出来ませんが特殊な条件もあります。私はそれを見極められる特別な魔術を修めて居りますので私が直接各地を旅して回っております」
アークは両親がヘクサーの言に耳を傾けているのを目にして(上手いこと言うもんだが、特殊な魔術ってなんだよ。ここに来て魔法かよ)と思っていたが、頭の中では別の意識が芽生え始めていることに気がついていなかった。
昨日は更新できず申し訳ありませんでした。
メーッセージなどでかなりご心配のお言葉を頂戴したりしてしまいました。
そう言えばここで書くのを忘れていました。お詫びします。




