第百三十五話 弾劾
7445年7月25日
「なんでもっと早く来てくれなかったのかって理由を聞いてるのよ! ぐっ、痛っ!」
ありゃ、謝って誤魔化そうとしてもダメかい。
とは言え、想定外の事態もあってそれでも一生懸命戦って、あれでも殆ど精一杯に近かったんだがなぁ。
そりゃ全力全開でかかれば一気に氷漬けにするとか、ヘビーカタパルトクラスの攻撃魔術をミサイルにするとかすりゃ誰一人として危ない目には遭う事無くさっさと来れたけどさ。
「私の能力が低いからです。ご期待に添えず申し訳ありませんという他ありません」
「止せ、メリー。今そんな事言ってる場合じゃない! グリード君、私はいいから早くメリーに治癒を! 腹に穴が空いているんだ!」
コーリットが、重傷を負って既に正常な判断が出来なくなっているであろう妻を宥めながら言った。
俺の見たところあんたも相当ひどい怪我だがね。
「グリード君! ハルクさんを! 早く!」
カームが絶叫する。
酷い重傷を負って危険な状態だが、その様子じゃまだ少しは持つ。
だが、もう充分引っ張った。
っつーか、誰か言えよ。
日光も一気にここまで大きな被害を受けたことが無かったんだろう。
全員相当慌てている。
「私は大丈夫、ハルクさんを診てあげて」
キムも潰された右腕を庇いながら言った。
「う、うう……痛い……早く治癒しなさいよっ!」
「そ、そうだ! グリード君! リーダーの言う事は聞けよ!」
メイリアとコーリットのリンドベル夫妻が吠えるのを無視して今仰向けにしたばかりのハルクの脇にしゃがみ込むと、反対の叫び声を上げるリンドベル夫妻の言葉を無視して二〇秒ほど時間を掛けてキュアークリティカルをハルクに掛けた。
取り敢えず彼の内臓破裂はかなり良くなったろう。
リンドベル夫妻は今度は夫婦喧嘩を始めた。
「じゃああなたが治癒魔術を使ってよ!」
「わかるだろ! 今の俺には無理だ」
「なんでよ!? 私、すごい怪我なのよ!」
「俺だって大怪我をしてるんだ! 魔法なんか使える訳無いだろう!?」
口喧嘩をするリンドベル夫妻に構わず、ミースのところまで行きキュアーシリアスを掛け、取って返すと憤然とするメイリアの脇に無表情にしゃがみ込んでキュアーを使った。
「仕方ないのでハルクさんにはキュアーシリアスを、メイリアさん、ミースさんはキュアーで我慢して下さい」
丁度その時だ。カモ三人組が到着した。
「おお!? 何だこりゃ!」
「誰か死んじまったりしたか!?」
「こっちは片付いたぜ、グリード君」
「ロッコ、ケビン、ジェル! 無事だったのね!? 怪我は?」
ハルクの様子を診ていたカームが顔を上げると、驚き半分、嬉しさ半分、と言った感じで声を上げた。
「無事に決まってるだろ。オーガなんざ落ち着いてやりゃ大丈夫だって判ってるしな」
「おうよ、俺の斧で止めを刺してやったぜ!」
「ケビンは結局最後だけじゃねぇか。俺の槍の方がずっと多く攻撃当ててたね」
彼らの後ろにグィネとエンゲラが付いて来ていた。
少し離れていたので気が付きにくかったが丁度良いね。
【鑑定】するとMPはフルだ。
そのまま目を合わせて言う。
「グィネ、治癒を頼む! 怪我人が五人もいるんだ!」
「え? でも……」
グィネとしては様子を見に来ただけなのかも知れない。
今、俺が日光に所属している以上、傷ついた殺戮者の治癒についても考えているのかも知れない。
「頼む! 命に関わりそうな奴もいる!」
エンゲラが何か小声でグィネに言ったようだ。
どうせ俺の言うことを聞けとかそんなあたりだろうけど。
「わかりました」
そう言いうとグィネは小走りに駆け寄り、まずハルク、次いでキム、メイリア、コーリット、ミースにキュアーをやはり数十秒の時間を使って掛けた。
俺はその間、エンゲラに一度殺戮者の様子を見に行き、全員動けるようならここに、そうでないならその旨をすぐに連絡して欲しいと言って走らせた。
「多分あと一回のキュアーが限度です」
少し怯えたような目で俺にあと一回、誰に使うべきか聞いてきた。
「私に」
「俺に」
「彼女に使ってやってくれ」
メイリアとコーリットを制し、キムを指さした。
「グリード君、あんまりこういうことを言いたくないがリーダーの言う事は聞き給え」
コーリットがそう言って俺を諌めるが、日光の誰からもあんたらが正式なリーダーだなんて聞いてないよ。
雰囲気と最初に俺に交渉してきた点、迷宮内での指示を出し続けていた点などから考えて、夫妻がリーダーであろうことは楽に推測は出来るがね。
あまりに苦しい言い分だから口にはしないけどさ。
「今は戦闘中でもないですし、この部屋の魔物はついさっき倒したばかりです。当面は安心出来る状況でもあります。まず、重傷者から治癒に入るのは当然だと考えます」
少し驚いたように言った。
「勝手なことを言わないで! ……っ痛! 命じられたように動かないのは困るわ」
「そうだ! だいたい重傷かどうかの判断はリーダーである私がするもんだろう」
「大体、さっきの犬人族になんて言ったの? 殺戮者が動けるなら連れて来いって、何勝手なこと言ってるのよっ!」
「ああ、全くその通りだ。治癒して貰ったことには感謝するが、勝手な行動は止めてくれないか」
それを聞いた俺は肩を竦めながら答える。
「それは……申し訳ありませんでした。殺戮者が来たのであれば追い返すとします。他にも治癒魔術の使い手も居ますから役に立つかも知れない、と思ったのですが……」
「それを先に言え!」
「なら話は別よ! 早く呼びに行きなさいよ! どうせもうここに貴方が居ても役に立たないんだから殺戮者に頭でも下げてらっしゃい!」
おお、そりゃ渡りに船だ。
二人共それなりの重傷を負って、すっかり我を忘れて興奮してるな。
そこまで叫べるのは俺とグィネが治癒したからってのも大きいと思うんだが、それも忘れてるんだろうな。
「わかりました」
そう言って踵を返すとグィネを残して殺戮者へ向かって走った。
途中で戻って来たエンゲラと会い、彼女も引き連れて殺戮者の所に行った。ミヅチの意識が戻らないらしい。
もう外傷は完全に治してるんだし、ま、俺が行けば大丈夫だろ。
・・・・・・・・・
これは後でグィネから聞いた話だが、俺がここを離れて殺戮者を引き連れて来る迄の間にこのような状況になっていたらしい。
「おいおい、何だよ、一体何があったんだ?」
というような質問がカモ三人組から放たれた。
それに対してカームが日光本隊が陥っていた状況を説明する。
俺達が出てから少しして早めに日光本隊が出発したそうだ。
早めに出た理由は、用心して時間を掛けて慎重に近づくためらしい。
だが、なかなかオーガに近づけなかった。
これは部屋の主のオーガたちが俺たちの方へ近づいたからだろう。
暫くして俺の魔術によって戦闘が開始された事に気が付いたコーリットが慌てて前進を命じた。
深い森の中だが、流石にフレイムアーバレストの光は目立ったようだ。
前進したコーリットがまず攻撃魔術を放った。
続いてミースやカームも魔法と弓で攻撃をしたらしいが、ミースの攻撃魔術以外は外れてしまったそうだ。
タイミングを合わせる手はずで、その最初の一撃を外してしまったコーリットはメイリアに文句も言われたらしい。
だが、すぐに俺の警告が届いた。
本隊の方に向かってきたオーガが四匹だけということもあり、余裕があると踏んだ日光本隊はメイリアとハルクをツートップにし、キムとコーリットが槍で援護、カームとミースが弓で援護、ミースは可能なら魔法で援護するという、当初の通りの陣形で迎え撃つことにした。
接敵した時はそれで良かった。メイリアもハルクも自信を持って迎え撃ち、キムも余裕があった。
なぜなら本隊に来たのが三匹で、一匹は後ろからぎゃーすか言うだけで近づいて来なかったからだ。
だが、思いの外素早い個体揃いだったようでだんだんと苦戦に移り変わっていった。
しかし、今まで通りすぐに弱ると踏んでいたのでメイリアやコーリットが声を掛けながら落ち着いて対応した。
が、あっという間にそれも無駄になった。
オーガによってハルクが打ち倒されてしまったからだ。
流石に三匹のオーガを相手にメイリア一人では厳しい。
コーリットは後退を指示したがカームが踏みとどまってハルクを救い出すべきだと主張しようとした時、それもあってカームに気を取られたメイリアは、殆ど存在を失念していた後ろに控えたオーガの攻撃魔術を食らってしまう。
これ以上の犠牲は出せないとばかりに踏みとどまって戦うことを決意した日光本隊は必死に戦った。
俺が救援に駆けつけることも期待していたようだ。
程なくして俺が現れ、攻撃魔術を放ってきたオーガを倒し、すぐに本隊に到着した。
しかし、その時にはミースが棍棒を投げつけられて倒れ、コーリットもオーガと取っ組み合い、キムだけでオーガ二匹を相手取っていた。
文字通りすっ飛んで来た俺が間に合わなければキムが死んでいたことは明白だった。
キムが相手取っていた二匹のオーガを俺が始末し、コーリットを捕らえていたオーガもその時突然現れた殺戮者の女の攻撃で頭を叩き割られて即死し、本隊が相手にしていたオーガは全滅した。
それを聞いたカモ三人組が自分たちは三人で一匹を相手取り、結局殺戮者の援護も受けずに倒したことを言い、また、回りこむ過程で既に戦闘中だった殺戮者の救援までした事を自慢気に話していたらしい。
当然、メイリアはそんなカモ三人組を責めた。
殺戮者なんか放っておいてすぐに救援に駆けつけないのは日光に対する背信だ、とまで言ったそうだ。
だが、時系列から考えると日光がオーガに奇襲を掛けるより前に殺戮者が戦闘をしていたことは確かであり、放っておいても殺戮者が勝てば問題は無いだろうが、万が一オーガが殺戮者を下していたら挟み撃ちを受けるのは日光の方だ。
しかも、俺はそれにいち早く気付き、即座に殺戮者の救援に向かった。
その際には戻って全員と合流しろとまで言っていた。
カモ三人組はその時点で戦闘をしていたのが殺戮者だとは解らなかったし、オーガ同士の争いの可能性もあると踏んで俺の後を追った。
勿論、俺の護衛を命じられていたこともあった。
物凄い勢いで駆けて行く俺にはとても追い付けず、やっと現場に到着した時には戦闘は殆ど終わるところだった。
怪我をした殺戮者に一人だけ残した俺は動ける殺戮者を強引に戦力に加え、即座に部屋の主がいる南の方(六時の方)へと向かった。
そこには報告通り十一匹のオーガがいた。
オーガは当初の中心辺りから部屋の北の方(殺戮者が戦っていた一時から十二時の方)へと移動していたようだ。
計画の通り二匹を魔法で仕留めた俺は更にあっという間に一匹を斬り殺し、奥に居た一匹も始末し、本隊の方へと向かった。
これ以上どう早く救援に向かえと言うのか、とカモ三人組が捲し立てた。
しかし、それでも命令を下す、言わばパーティーの頭脳であるリーダーの救援を優先するのは当たり前だとメイリアが主張したものの、当初の手筈通り、殆ど同時に襲撃を掛けた訳ではなく、囮役が肉弾戦に入ってから魔法が飛んできたことを逆に指摘されてしまった。
そこで自分たちの主張の不利を悟ったコーリットが、予定外の事が起きたらまず報告に戻るべきだと言い始めた。
これについては俺も一言も無い。
しかし、カモ三人組はあそこで戻っていたとしても殺戮者は既に戦闘に入っていたし、その戦闘が殺戮者に有利に展開しているのか、不利な状況だったのかすら判断がつけられなかったと言った。
そもそも、戦闘をしていたのが殺戮者であるかどうかの確信すらなかった。
仮に戦闘が殺戮者に有利に運んでいたら、部屋の主に先に戦闘を仕掛けられ、獲物を奪われる可能性があった。
不利だったとしても勝ったオーガが部屋の主に合流しないまでもすぐ近くにオーガが生きて残っている状況になってしまい、部屋の主との戦闘時に乱入される可能性もある。
戦闘をしていたのが殺戮者以外のオーガ同士とかオーガとゴブリンとの争いであった場合も同様だ。
戻るにしてもそこまでは確認すべきだろうと言い張った。
その上で、俺の乱入もあってか殺戮者が勝ちを収め、更に強引に彼らに囮役を押し付けた上、部屋の中のオーガの魔石の権利まで剥奪し、日光に有利な展開を作り出したと主張した。
当初の状態よりも戦力が増え、且つその増えた戦力に対して報酬を払う必要がない。
これ程都合の良い事なんかそうそう無い。
だいたい、囮役は充分にその責任を果たした、と言った。
俺達が戻ったのはそこまで話をした時だった。
・・・・・・・・・
ベルの手当のお陰で気を失っていたミヅチも目を覚ましていた。
ズールーの怪我もベルが治癒してやっており、取り敢えず放っておいても問題は無さそうだった。
ミヅチのMPは一〇〇以上残っていた。
「バストラル、エンゲラ。誰か来ないかしっかり見てろ、一分でいい」
そう言うとズールーに連続してキュアーオールを掛け完治させる。
ゼノム、トリスにも念のため多めにキュアーオールを掛け、すっかり怪我を治した。
ミヅチは怪我自体は俺が既に完治させているので意識が戻った今、問題は無い。
あ、多少の鈍痛はまだあるだろうがすぐにそれも治るだろう。
しかし、魔法を使って貰わなけりゃならん。
大盛りでキュアーオールを掛けとくか。
「トリス、ベル、判ってるだろうが計画はもう中止だ。詳しい話は後だ。今は出来るだけリカバリーせにゃならん。ベルはもうあまり魔力は残って無いだろうが、ゼノム達を診てやってくれ。トリスとラルファはミヅチと一緒に来い。お前らは奇襲を受けたところを俺に救われた状況だという形で必要なこと以外は喋るな。トリスだけは必要な事をよく考えて喋れよ。リーダーなんだからな。それからミヅチは俺が言うまで治癒魔術を使わなくていい。ああ、それから皆、治癒魔術には十分時間を掛けろよ。時間がない。他の皆はオーガの魔石を全部採って持ってこい。じゃあ、行くぞ」
三人を引き連れて日光の居る所まで戻った。
・・・・・・・・・
「遅い! ……痛ぅ!」
メイリアが金切り声を上げて俺を責めた。
「申し訳ありません。トリス、ラルファ、彼女に治癒をしてやってくれ」
「え? あんた、倒れてた筈じゃ?」
「あんたも、やられてたよな?」
「もう魔法が使えるのか?」
カモ三人組が口々に言った。
「一人残った魔術師が我々に治癒魔術を掛けてくれたのです。彼女は非常に魔力が高いですからね。もう大丈夫。魔法だって使えますよ」
トリスは何てこと無い、とでも言うように返答した。
トリスとラルファの二人は不満の表情一つ見せず俺の言葉に従い、メイリアの脇にしゃがむとトリスはキュアーシリアス、ラルファはキュアーライトの魔術でメイリアの治療をした。
かなり痛みは和らいだはずだ。
続いて望まれるままコーリットにも同様に治癒魔術を掛けていた。
その後、トリスには他の怪我人にキュアーを掛けるように言った。
流石にこれでかなり良くはなっているはずだ。
「ハルクさんよ、それだけ治癒魔術かけりゃもう大丈夫だろ?」
「ミースはどうだ?」
「キム、まだかなり痛むか?」
「もう大丈夫、帰ったら神社に行きましょう」
カモ三人組とカームが怪我人たちに声を掛けている。
「そうだ! 御札がある! 皆には御札を渡してるじゃない! 治癒を後回しでも大丈夫よ」
「ああ、特にハルクは二つ持ってる筈だ。すぐに死ぬわけじゃなし、リーダーから治療するのは当たり前だ」
口々に言うリンドベル夫妻に一つ溜息を吐くとカームが言う。
「御札は確かに素晴らしいものですが、神社に行かないと使えません。間に合わなかったら何の意味も無いじゃないですか……現に去年のユリエールだって、御札を持っていました」
全員カームに注目していた。
さっきのような緊急の状況ではなく、特に差し迫ったことのない今、議論はそれ自体されても問題はない。
しかし、戦闘終了直後の混乱が続いている状態であればまだ言い逃れできるが、今は完全に対立意見を述べた格好だ。
「……っふぅ……まだだいぶ痛むな……。俺にも言わせてくれ」
ハルクが喋り出した。
「コーリットさん、メイリアさん。あんたたち、そう言う人だったんだな……正直言ってあのままグリード君に治癒魔術を掛けて貰えなければ俺は死んでいたかも知れん。六層の部屋に置いたままだが、確かに俺も御札は二枚持ってるよ。運良く今まで一回もお世話になったことも無かったからな……」
ロッコに上半身を起こしてもらい、なんとかそこまで喋ったハルクは咳き込んだ。だが、すぐに言葉を継いだ。
「今も殺戮者のお陰でなんとか心配ないくらいまで持ち直したろう。流石にまだ完治はしちゃいないが……それでも窮地を脱することが出来た。さっきの話も全部聞いてたよ。だいたい、お二人共それだけ大声出せればもう心配なんかいらないだろ……」
またひとしきり咳き込んだ。そっとミヅチに目配せをした。
「まだ私は充分に魔力があります。治癒魔術を掛けましょう。横になって楽にしてください」
進み出たミヅチがハルクの脇にしゃがみながら言った。
「あ、ああ、すまん。助かる………………おおっ! こりゃ凄いな」
ハルクにキュアーオールを掛けたミヅチはすぐにメイリアの所に行き同じくキュアーオールを掛けた。
「………………え?…………あ……」
その隣のコーリットにも。
「………………お?……む……」
ミースにも。
「………………そんな…………嘘みたい……」
キムにも。
「………………ああっ!…………これ御札と一緒?」
「流石にそろそろ限界です。でも、これでもうほぼ完治と言っても良いとは思います。痛みも暫くしたら殆ど無くなるでしょう」
そう言うと集中を切らしたような疲れた顔つきでトリスとラルファの横に並んだ。ま、俺のとこには来ないわな。
「これ、キュアーオールですか?」
ミースがミヅチに聞いた。
ミヅチは無言で頷いた。
それを見てカームやカモ三人組もすっかり驚いたようだ。
「は?」
「なんだって?」
「嘘だろ……」
「ありがとう、その、相当魔力を使ったんでしょ?」
「これじゃ御札なんかいらないじゃねぇか……」
「す、殺戮者ならこんな凄ぇ魔術師が居るのかよ」
「なぁ、カロスタランさん。俺を殺戮者に入れてくれよ」
「な、俺、俺だって!」
「おおお、俺も!」
「俺、さっきオーガ殺ったぜ! 俺の方が役に立つ!」
さて、こっからが多少演技が必要だ。
上手くやってくれよ。
そう思ってトリスに目配せをしようとした時だ。
「うるさいぞ! 黙れ。まずカームのように礼が先だ。あんた……カロスタランさんだったな? すまないな。本当に助かった。ありがとう」
ハルクがミヅチを始めとする殺戮者の四人に礼を述べると、ミースやキムも口々に礼を言った。
「いいんです。それに、元はと言えば我々が窮地に陥ったのを救って頂けなければ我々も死んでいたかも知れませんから……」
トリスは俺を見ながら言った。
それから続けて俺に頭を下げた。
「アルさん。私が間違っていました。貴方は我々に必要な人です。パーティーの和が乱れたのもこの二人の喧嘩が原因です。今回の件でこの二人も大いに反省し、貴方が必要なことを私と同様に思い知ったことでしょう。今回、アルさんが来てくれて指揮を執っていただいたからこそ私達殺戮者はまだ生きていられるのです」
ええ~、お前、それをここで言う?
別にいいけどさ。
どうせならもう少しドラマチックな場面まで取っといてくれよ……。
「我々には貴方が必要です。先日来、アルさんの優しさにつけ込んで舐めた態度を取っていた事をお許しください。戻ってきて下さい。ほら!」
トリスはラルファとミヅチの後頭部に手を当てて俺に向かって頭を下げさせた。
グィネも一緒に頭を下げている。
ここでやんなよ……地上でやれよ。困ったな……。
「今はそんな話は聞きたくない。後にしてくれ」
冷たく言い放ち、コーリットとメイリアのリンドベル夫妻を見た。
彼らだけ殺戮者に礼を言っていない。
トリスは失敗したと言うような表情をしていた。
ま、今その表情はさほど不自然じゃない。
「何よ?」
「何だね? その目つきは?」
二人共不満そうな目つきで俺を見た。
すぐにハルクに視線を戻し、彼に話し掛ける。
「ハルクさん、ちょっと不思議に思ったことがあります」
「何だ?」
「何故貴方は今年の冬、私がまだリーダーを務めていた殺戮者に入れてくれと頼んできたんですか?」
静かな目でハルクに言った。
彼は自嘲とも取れる表情を浮かべた。
同時にリンドベル夫妻の表情にも変化が現れた。
「ハルク!」
コーリットが声を張り上げる。
「もう止めましょうや。五年も一緒に居ますが、本物のキュアーオールが使える人が出てきちゃもう無理でしょう。ライザック、ケミー、ミサ、リンコース、マライユ、フェード、ジャッキー、ダグルーン……みんなあんたらにいいように使われて死んだ。幾ら吸い上げた? ……グリード君、今年の冬の件はね……」
「何を言うの!?」
「黙れ!」
リンドベル夫妻はいきなり立ち上がるとハルクに突進しようとした。




