第百二十六話 加入
7445年7月2日
アンダーセンの姐ちゃんと適当にそれっぽいことを喋り、食事を終える。
アンダーセンは最後にテーブル越しに俺の顔に自分の顔を近づけると、
「ま、私達はあなたには恩があるからね。大抵のことはしてあげるけど……頑張って欲しいものだわ」
と囁いて席を立ち、上品に会計を済ませると退店していった。
ボーイが食器を片付けるのをお茶を啜りながら眺めていると声が掛かった。
「こちら、宜しいかしら?」
予想していた通りリンドベル夫妻の妻の方、メイリアだ。
メイリア・リンドベル。獅人族。平民。四三歳。レベル一七。
「ああ、これはリンドベルさん。どうぞ」
座ったままだが丁寧な仕草でテーブルの向かいを指す。俺の許可が出たのでリンドベル夫妻は俺の正面に腰掛けた。
旦那の方はコーリット・リンドベル。同じくライオス。平民。四五歳。レベル一七。
魔法が使えない女房とは異なり、旦那は無魔法は当然として水と火魔法が使える。元素魔法のレベルは四。無魔法は五。
なかなかの使い手だ。一流の魔術師と言える。
そして、俺の隣には犬人族のビーンスコール・ゼミュネルが座った。こちらも平民。二七歳。レベルは一七。
リンドベル夫妻は年齢の割にはレベルが低いのではなく、ゼミュネルのレベルが高いと言えるだろう。
と言っても彼ら夫妻より少し年下のヴィルハイマーはレベル二十に近い一九だし、今は亡き輝く刃のリーダーも彼らより幾つか年上だったがレベルは十八だった。
さっきまで居たアンダーセンのレベルも十八であることを考えると少し低めかな。
「グリードさん。単刀直入に言います。我々日光に参加する気はないですか?」
コーリットが薄い微笑を湛えて言った。
いつも思うけど日光は礼儀正しく、丁寧な言葉使いで好感が持てる。
「条件次第では考慮しますよ。ガイドをやるより儲けさせて頂けるのなら文句はありません」
冗談めかして肩を竦めながら答えた。
殺戮者の間でよく言われる冗談だ。
普通のガイド料金は案内する層で一日当りの価格が異なり、一層に付き一日十万Zが相場だ。
その他にガイドに掛かる入場税も必要だし、加えてその冒険で得た収入の頭割りが基本料金となる。
腕っこきのガイドは人数の多いパーティーなどに対して自分を二人分として計算しろと言う事もあるらしい。
そして、迷宮を出た後、最後の精算の段階で食事などの消耗品費は消費した自分の分をガイドが支払う、というのが一般的だ。
尤も、普通のガイドは基本的に一層。たま~に二層をメインの仕事場にしている。
三層より奥に行くようなパーティーがガイドを利用するのは非常に稀だからだ。
経費の方が高くつくこともあるから、利用してもせいぜいが、初めて三層に足を踏み入れようとするパーティーの中でも用心深いところだけだ。
そう考えると緑色団や黒黄玉が俺に提示してきた金額は妥当なものに思えるが、俺がガイドをすると仮定した場合には少な過ぎる。
まぁ、トップチームのメンバーほど力のあるガイドなんか存在しないため、仕方がないんだけどね。
トップチームは一層を抜けるのに半日くらい時間をかけ、数時間の休息の後、二層も半日くらいで抜けるらしい。
この時点で俺がガイドとして雇われていたのであれば、計算が面倒なので合計丸一日と考えても三〇万Zのギャランティーが発生する。
三層に一日、四層に一日掛けると、三日間で一〇〇万Zだ。その後、五層で五日も過ごせば俺へのギャランティーは合計三五〇万Zにも達する。
トップチームの一回の迷宮行で稼ぐ魔石の平均は二〇〇万Zだから、何か貴重な魔道具や魔法の品でも出て来ない限りは大赤字になる。
「うふふっ、これは手厳しいですね……貴方をガイドに雇えればお金より貴重な経験を積めるのでしょうけれど。でも、ガイドのような一過性のものではなくて、ちゃんとメンバーに入って貰えないかと思って言っているんです」
少し考えてからメイリアが苦笑いを浮かべて言った。
ちなみに、ゼミュネルは俺の冗談が面白かったらしく、笑いを堪えている。
「ふふっ、では、条件をお聞かせください。ご存知だとは思いますが今私は、有難いことに緑色団と黒黄玉からも声を掛けられています。そちらの条件をお聞きした上で検討させていただきたく存じます」
「双方のパーティーがグリードさんに提示した条件をお聞きしても宜しいですか?」
正直に二つのパーティーから提示された条件を述べる。
それを聞いた彼らは顔を見合わせるとすぐに提案してきた。
「宿、必要経費はすべてこちら持ちで、月六〇支払います。魔石の収入は貴方の場合頭割りで。その他、戦利品を獲得した場合、精算後に一割を支払いましょう」
ほう、これはこれは……前のパーティーを追い出されたような奴を随分と高く評価して貰えるんだな。
まるで一層や二層をうろついている下層パーティー並みの分け前だ。
ゼミュネルも一瞬ではあるが少しばかり驚いた顔をしていたが、すぐに納得したように頷いていた。
きっと彼よりも高報酬なんだろう。当たり前だろうけど。
尤も、六層で相当困っていると見た方が正しいだろう。
「これはまた……良い条件ですね……」
大方俺からノウハウを吸収した後、数ヶ月で放り出すつもりか、始末するつもりかも知れない。
これはひねくれ過ぎか。
一緒に潜っている間、俺にミスがあったらそれを理由に報酬を削っていくと言うのも考えられる。
「迷宮へはだいたい月二回行きます。その月の稼ぎを考慮して月末に再来月の日程を私からメンバーに伝えています。今月は六日から八日間、二十日から八日、もしくは九日間の予定です」
「その辺りは異存ありませんね」
今月の十八日にあるはずの副月のネイタリが満月を迎える日はきっちりと休みなのな。
「では……」
「まぁ、一晩くらい考えさせて下さい。遅くとも明日には返事をさせていただきます」
少し落胆したかのような表情を浮かべるリンドベル夫妻に頭を下げる。
俺を見たメイリアは囁くような小さな声で言葉を続けた。
「また……我々に参加していただけるのであれば特別に耳寄りな情報をお教えしても結構です」
「ほう? それは一体?」
「……良いことであるのには間違いが無いですよ。冒険者には必須と言っても良いでしょう」
「ふむ、儲け話でしょうか?」
「どうでしょう。流石に入っていただくまではお教え出来ませんが……」
「ああ、そうですよね。これは失礼」
俺が詫び、頭を下げると更に声のトーンを数段落としてメイリアが言う。ゼミュネルにも聞こえないだろう。
「グリードさんは、僅か二年? いえ、三年で殺戮者をバルドゥック一の冒険者にした方です。今回は不幸な……いえ、残念なことになってしまわれたようですが、私は貴方の事を高く買っています。何より私と同じ匂いがします……」
目を細めて俺にそう囁くと「では、明日の晩にはお返事を」と言って席を立った。
ゼミュネルも彼らの宿を伝えてくれ、一緒に俺のテーブルから去っていった。
帰りがけにファルエルガーズとヒーロスコルに何か声を掛けていたようだが、彼ら二人を残して三人はすぐに店を出て行った。
俺はそれを横目で見ながら、ここまではほぼトリスの思惑通りだな、と思っていた。
同時に当初の計画通りトリスかベルであれば今後どうなるか考えてみる。
彼らのどちらかであれば当面は大丈夫だろうか?
いや、こんなこと考えてもしょうが無い。ダメだ。彼らに駒になって貰っても意味が無い。
ストレス面や思考力に関しては問題ないだろうが、特殊工作(笑)の兵隊役なんてこれから幾らでも手に入るだろう。
下っ端の経験なんか彼らにはあんまり意味が無い。
失敗しても致命的でないところで経験を積ませてやりたい。
失敗から学ぶ方が人は成長するだろう。
それに、ほんの少し計画から外れ、変な方向に転がれば命の危険もあるんだし。
まぁそっちは彼らなら大丈夫だろうけど……。
何故か強硬に立候補していたラルファであった場合、今のところは良いだろうが、もう少し先で破滅が見える。
いや、あいつの場合とっくにストレスに耐えられず、解消のため「うおー」とか叫んで走りだす可能性が否めない。
ああ、酒に溺れる方が先な気がする。
……アル中にさせてどうするよ?
性格からしてボツだ。ゼノムが居ればなんとかなる気もするが、親子二人だと狙い通り行かない可能性もあるんだよなぁ……主に日光の人数と報酬面で。
だいたい、殺戮者で一番喧嘩っぱやいのがラルファだし、そこを忌避されてそもそも声すら掛けられなければ意味無いし。
ああ見えて騙されやすそうな奴じゃない点でも不向きだ。
誰でも良いが傍で手綱を握る奴がいないと安心出来ない。
ミヅチであればマシかも知れない。
自然に抜けるのにトリスかベル、グィネの次くらいには好都合だし。
が、同時に一番怪しく捉えられそうな人材だ。何しろ俺の女だし。最悪の場合、かなり危険な状況に置かれる。
それでもミヅチの実力から言って危なげなく切り抜けられる可能性は高いが……。
そもそも怪しまれた日光に声を掛けられなければラルファ同様に意味は無い。
何しろあそこにはファルエルガーズたちが居るから、「あのミヅチってのはグリードの女ですよ」とか言われたら声なんか掛からないだろう。
グィネはその固有技能から言って絶対に外せないし、バストラルはバストラルで日光から声が掛かる可能性は低い。
バストラルはファルエルガーズたちとも絡みがあるから彼が望めば新婚でもあるし、哀れんで話をするくらいはしてくれそうだが、実力の面で採用はされないだろう。
……バストラルが結婚を機に抜けるのが一番自然ではあるが、ファルエルガーズたちは冒険者なんかやめて商売でも始めろ、と言いそうだ。
ついでに演技には致命的な欠陥を持っていることは既に理解している。
恐らく俺を「騙せそう」という印象を持たれていることはあんまりないと思いたいが、欲深そうだろうし、五層のシャワーの件や過去にメンバーを救った件もあるからそれなりの報酬を与えてさえいればきちんと働くだろうと予測されそうな分だけ俺が一番適役だろう。
何らかの目的があったとしてもまさかリーダー自身が自ら育て上げたパーティーを抜けるというのも考えにくいだろうし。
普通は部下にやらすよね。
この辺り、トリスもベルも見落としてるんだよなぁ。
俺の立場を慮ってくれるのは嬉しいがね……。
自然な感じで弾劾されて抜けたと見えるように結構時間を取られたが、トリスとベルの経験のためだと思えば許容範囲だ。
ここでいいところまで行って失敗でもしてくれれば彼らが学べることは非常に大きいはずだ。
何よりも替え難い大きな財産になるだろう。
勿論、失敗の可能性があることは事前に言ってある。
だが、それでも彼らは自己の成長のために挑戦したいと言ったのだ。
俺に乗せられた所もあるかも知れないが、その心意気や良し、だ。
全て上手く事を運べれば今後鞘を無償で支給してやると言ったら更にやる気を出していた。
せいぜい俺を上手く使って結果に結びつくように頑張ってくれ。
ああ、俺も計画自体は大まかな骨子しか知らないよ。
自分が駒になると決めた時点で聞かないようにしているしね。
聞いちゃうと俺の性格上どうしても、足りないとか不十分だと思われる部分がある場合、殺戮者のメンバー相手には何か口出ししちゃうだろうし。
ある程度綿密に話をしたのはこの、声を掛けられ、日光に入るあたりまでだ。
俺がリンドベルでも殺戮者を抜けた俺に声を掛けるだろうよ。
あとはいつ、どうやって、どのような指示を俺に出して来るのかな?
ま、グリード商会を使えば多少のタイムラグはあるがコミュニケーションは取れる。
・・・・・・・・・
「グリードさん、ここ良いですか?」
席を立ったファルエルガーズとヒーロスコルが声を掛けてきた。
「どうぞ」
俺の前に並んで座った二人は同時に何か言いかけてお互い遠慮したのだろう、少し見つめ合ったあと、ヒーロスコルが口を開いた。
「グリードさん、無謀な夢が破れたお気持ちは如何です? ああ、決して貴方を侮って言っている訳じゃありませんよ」
「おい、フィオ!」
これはこれは……しかし、まだなんとも判断がつけられないな。
「別に。まだ完全に潰えたとは思っていませんので。今後も粛々と出来る事を出来る範囲でやるだけですね」
表情筋の一筋すら動かさずに即答した。
「ほう……。負け惜しみではないのか……? だが、粛々とね……」
「フィオ、やめろって。そんな事を言いたい訳じゃないだろう? なんだってまたそんなに突っかかるんだよ……」
「ああ、すまん、ロリック。グリードさん、失礼なことを申し上げてしまいました。ご容赦下さい」
ま、あんまり気にしてないし、別にいいよ。
「いえ、問題ありませんよ。お気になさらず」
俺の言葉を聞いたヒーロスコルに少しホッとしたような表情が浮かんだ。大方、つい、口を突いて出ただけだろう?
「いえ、本当に申し訳ありません。本当はこいつも……」
ファルエルガーズは隣のヒーロスコルと共に頭を下げながら話し始めた。
「我々がここで冒険者を始め、何も知らずいろいろと苦戦していた時に沢山ご助言を頂きました。本当に感謝しています。今回はその……残念な事になってしまいましたが……」
「ここからは『日本語』で話した方がいいだろう。異存はありませんか?」
話し始めたファルエルガーズの言葉を遮ってヒーロスコルが喋る言語を日本語に変えようと提案してきた。
別に問題はないので頷いた。それを確認した彼らは一度顔を見合わせるとヒーロスコルが喋り始めた。
『グリードさん、斯様に人間関係とは難しいものです。今回の件、貴方には良い薬になったと思いますよ。これからは心を入れ替えて一から信頼を得るよう努力なさることです』
『ご忠告、痛み入ります、ヒーロスコルさん』
『何はともあれ、貴方も一人では迷宮に入ることは出来ますまい。まだウチとは限らないでしょうが、遅かれ早かれどこかの「スコードロン」に所属することになるでしょうしね。貴方には世話になった恩もありますし、出来れば同じ日本人同士、ウチに入って戴きたいものです』
ヒーロスコルは「スコードロン」だけ英語っぽい発音で言った。
まぁラグダリオス語も全部の名詞が英語ではないから、意味の近い英単語を持ってきたのだろう。
『確かに、リンドベルご夫妻には魅力的な条件をご提示して頂きましたね。日光のことをお聞きしても宜しいですか? ああ、当然話せる範囲で結構ですが』
『ええ、勿論です。その為に我々はここにいると言っても過言ではありません。話せる内容については何でもお伝えするつもりですよ……』
ファルエルガーズのお言葉に甘えることにして幾つか質問をしてみたが、ほぼ常識から外れるような内容ではなかった。当たり前だけどさ。
だが、彼らは神札のことについて、つい先日教えて貰ったばかりらしい。
誰にも言うな、と言われていたそうだが、「元」日本人同士の好で俺にだけは特別に教えてくれた。
口の軽いことで……まぁ、からくりには気付いていそうにないので、彼らが聞いている情報だけだと誰が損をするという訳でもないからいいとは思うけどね。
尤も、これについては彼らも『口が軽いようだが』と断っていたし、好意で教えてくれただけだろうと思う。
ちなみに、神札の事についてはそれなりの知識はあるようで、やはり彼らにとっても超高位の治癒魔術の恩恵が得られることは魅力的な事のようだった。
彼らの前で何度かキュアー系統の魔術を使ったことはあるがキュアーオールは見せていない。
それどころかキュアーライトやキュアーシリアス、キュアークリティカルの種別の判断も碌についていそうになかった。
キュアーオールなんざ百回単位で使えることを知ったらどんな顔するんだろ?
・・・・・・・・・
7445年7月3日
一夜明けた翌日早々、まずは緑色団のヴィルハイマーのところへ行き、勧誘を断った。
「ま、その様子じゃ予定通り、と言う所らしいな。前に言った通り、日光は気に食わん。これ以上協力するつもりはないが、もしあいつらと迷宮内で戦闘になる時に傍にいたら助太刀くらいはしてやるよ。勿論、無償じゃないがな」
と言って「ま、せいぜい笑わせてくれ、信用無くして放り出された可哀想なグリード准爵閣下」とゲラゲラ笑われた。
あんたな……これ、ラルファならとっくに殴りかかってるわ。
次に黒黄玉にも断りに行った。
それから以前ズールーたちに監視させていたことのあるリンドベル夫妻が定宿にしているモゴリート亭に行き、小僧に呼び出して貰った。
「よく決心してくれた。ありがとう、グリードさん。いや、グリード君。これは我々の印だ。腕にでも巻いてくれ」
と言って山吹色に染められた細長い布を差し出してきた。用意がいいな……。早速左腕に巻こうとするが片手だと上手く巻けない。口を使ってまで巻きたくないのでネクタイのように首に巻いた。
「ほう、格好いい巻き方だな。一人で巻けるみたいだし、全員にそうさせようかな?」
コーリットが感心したように言っている。いや、今はいいけど迷宮の中で首は危ないだろ。
「とにかく上がってくれ。メリーも君が来てくれるのを楽しみにしていたんだ。話もあるしね」
中年男は俺にウィンクをしながら宿の奥に招き入れた。妙にウィンクが似合っていたのがムカついた。
ま、これで俺も日光の一員かね?




