第百二十二話 解呪
7445年5月4日
ミヅチと一緒にミッスリーまで行くと、入り口のところに黒黄玉のリーダー、レッド・アンダーセンが待っていた。
「アンダーセンさん、準備が出来ました。すぐにでも取り掛かりたいのですが、状況は如何ですか?」
「わざわざありがとう、グリード君。ヴィックスは今さっき全員で縛り上げたところ。部屋の中に芋虫みたいに転がしてあるわ」
アンダーセンの姐ちゃんが期待を込めた目で俺を見た。
小一時間は掛かるだろうが、多分大丈夫だとは思うよ。
宿の中からは大声で口汚く罵る声が響いている。
バルケミーだろうな。
「そうですか、助かります。それと、もう一度申し上げますが、失敗する可能性もありますし、成功したとしてもどうなるかまでは責任持てませんよ。それで宜しいですね?」
念のため、再度警告を口にした。
俺が練習したのは呪いの指輪であって呪いの剣ではないし、本当にどうなるかなんて解らないのだ。
後でガタガタ言われても困るし。
「ええ、勿論よ。祟られた品なんかどうでも良いわ。ヴィックスがまともに戻るなら魔法の品なんて、まだ幾らでも得られる機会はあるもの」
まぁそうだろうな。
あのヴィックス、ヴィッケンス・バルケミーという犬人族の戦棍使いは黒黄玉でも相当な実力者だそうだからな。
アンダーセンの返事を聞いてミヅチに頷きかけるとミッスリーの玄関をくぐった。
バルケミーの部屋まで案内されると、他の黒黄玉のメンバーに縄でぐるぐる巻きにされたまま監視されているバルケミーが転がされていた。
口汚く仲間たちを罵っている。
内容は「俺の剣を返せ」とか「せめて側に置いてくれ」とかそんな類の事だ。
アンダーセンに案内された俺とミヅチが顔を出すと芋虫みたいになったバルケミー以外の全員が部屋を出て行った。
魔術だと言ってあるので見ないように気を利かせているのだろう。
押さえ付けていた黒黄玉のメンバーがいなくなると、バルケミーはしゃくとり虫のように剣が置かれているベッドを目指して体をくねらせている。
その目は、危機に落ちた愛しい家族を救いに行かなくては、とでも言うように真剣な光を湛えている。
「なにか必要なことや必要な物があれば言って。見ての通り剣はベッドの上に置いてあるわ」
「大丈夫です、必要な物は既にこちらで用意しておりますので」
「……わかった。じゃあ私も外で待っているわ。終わったら呼んで頂戴」
「はい。終わるまでは最低でも一時間弱は掛かります。もっと長いかも知れません」
「ん……」
短く返事をしたアンダーセンは少しの間だけバルケミーを見つめたが、すぐにポニーテールに纏めた濃いピンク色の長髪を揺らし、律動的な歩調で部屋を出ると扉を閉めた。
「さて、やるか」
「何か手伝うことある?」
ミヅチが聞いてきた。
「ああ、俺が魔法を使っている間、こいつが俺の手から離れないように用心してくれ。剣でも傍に置いといてやりゃ大丈夫だとは思うが、念のためな」
「ん、わかった」
ミヅチの返事を聞いたあと、ベッドから呪いの剣を掴みあげ、それを見て怒り狂って俺を罵り始めたバルケミーの目の前にしゃがむと顔の前に置いてやった。
「バルケミーさん、こいつが気に入ってるんだろう? 縄を解く訳にはいかないが、枕にでもなんでも好きにしてくれ」
「お、おう。すまんな。こいつは俺の相棒なんだ。こいつがなきゃどうにも落ち着かなくてな……」
うっとりとした表情で剣に頬ずりをしながらバルケミーはそう言うと、途端に大人しくなった。
聞いていた通り普通に会話も出来る。
そんなバルケミーの後ろに回ると首根っこを掴むようにして手を当てられるか確認した。
問題はなさそうだ。
だが、耳の方がいいだろうな。
尻尾の方が掴むのは楽そうだけど、嫌がられるような気がしたので、そちらは遠慮してやることにした。
本当は剣が一番いいんだろうが、妖精郷の指輪と違って魅了の呪いだからな。
剣に触れるとバルケミーが興奮するだろうし。
「じゃあ始めようか。出してくれ」
ミヅチは腰に下げた袋から小さなガラス瓶を何本か取り出した。
中身は予め買っておいた香辛料とか雑草だとかその根っことかそんなものだ。
勿論、解呪の魔術にそんなもの必要はない。
だが、魔術が成功してもバルケミーの記憶は残るだろう。
誤魔化すために用意しておいた保険のようなものだ。
ナツメグの粉末を指に付け、『ジュゲムジュゲムゴコーノスリキレ』と呪文(笑)を唱えながらちょんちょんとバルケミーの体のあちこちを触る。
『カイジャリスイギョノスイギョウマツウンライマツ』と言いながら今度は雑草の根っこをちぎり始める。
『フウライマツクウネルトコロニスムトコロ』と言いながらちぎった根っこの断面から染み出す汁を不思議そうだったバルケミーの顔に擦り付けていく。
途端にバルケミーは不機嫌になる。当たり前だよね。
まぁ、彼に構っていても仕方無いので儀式を続ける。
『ヤブラコウジノカブコウジパイポパイポパイポノシューリンガン』と言いながら今度は雑草の葉っぱをちぎって彼の体の周りに置いていく。
『シューリンガンノグーリンダイ』次は香辛料を溶かしこんだ水をその葉の上に少しづつ垂らし、それが済むと片耳の先を摘んだ。と言っても優しく、痛くない程度にだ。
「バルケミーさん。魔法を使う。あんたの剣との絆を試す魔法だ。これに耐えられたらあんたとその剣についてはアンダーセンさんに意見してやってもいい。どうする?」
「あ? 魔法だか何だか知らんが俺とこいつの間はどうやっても裂けねぇよ。だが、口添えして貰えるのは有り難ぇ。……やってくんな」
んじゃやりますかね……。
・・・・・・・・・
結局、解呪の魔術には一時間以上も掛かった。
やっぱ指輪と剣だと少し違うのな。
最後に『グーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョーキューメイノチョースケサン』と言って散らばした根っことか葉っぱとかを全て回収した。
とっくに魔術は終わっているのでバルケミーの鑑定は済ましている。
状態は見事に【状態:良好(血行不良)】に戻っているのは確認済みだ。
縛られて横向きになっているバルケミーの顔の下から剣を取り上げたが、特に問題無く取り上げることが出来た。
俺もずっと胡座かきっぱなしでバルケミーの耳を摘んでいたので血行不良かな。
ミヅチに頷いて剣をベッドに放り投げるとナイフを抜いてバルケミーを縛っている縄を切ってやった。
ぼうっとした表情のバルケミーはその間なにか小さな声でぶつぶつと呟いていただけだった。
うん、記憶は全部あるだろうから何がなんだか混乱しているんだろうね。
ほんの一時間前までは「この剣と自分の間はどうやったって裂けない」とか言ってたんだ。
ミヅチが部屋の戸を開けるとアンダーセンが部屋に入ってきた。
他の黒黄玉の面々は戸口から中を覗いている。
「ヴィックス……グリード君、彼はもう大丈夫なの?」
アンダーセンが心配そうに言う。
「ええ、もう大丈夫だと思いますよ。今は混乱しているだけです。剣にはもう未練は無いんじゃないですかね?」
未だぶつぶつ何かを呟いて呆然とするバルケミーを見ながら言った。
「バルケミーさん。……バルケミーさん!」
目の前で手を振りながら声を掛け、肩を揺する。
はっとしたようにバルケミーの目に光が戻った。
「あ、ああ。大丈夫だ。……しかし、何で俺はあんな剣を……ああ、恥ずかしい……」
バルケミーが真っ赤になって恥ずかしがっている。
真っ赤になっているのは急に血行が戻ったのもあるんだろうな。
そういう事にしておいた方がいいだろ。
「アンダーセンさん。剣です」
ベッドに放り投げた剣をミヅチが鞘を持って拾い上げ、アンダーセンに手渡した。
「ありがとう……ステータスオープン」
剣を受け取ったアンダーセンはステータスを確認し、次いで剣を両手で持ったまま精神集中を始めた。
無魔法の魔力検知でも使ってるんだろう。
大丈夫、剣には何の問題も無いよ。
また剣帯に提げて柄を持って抜いたら新たに呪われるとは思う。
全員が見守り続けて数分後、魔術を終了させたアンダーセンは「魔力も残っているようだし、剣に問題はないみたいね」と言って、また剣をベッドの上に置いた。
「「おおっ!」」
「「良かったぁ……」」
「「ヴィックスの阿呆……」」
など、今まで戸口にいて固唾を呑んで成り行きを見守っていた黒黄玉の面々が、ほっと溜め息を吐いた。
俺としても特に問題が起きなかったのは、予想していたとは言え安心出来ていた。
「ヴィックス! いつまでもボケてないでしっかりしなさい!」
「あ、う、レッド様! 済みません! もう大丈夫です。もうあんな変な気持ちにはなっていません」
「体におかしいところはない? そう。ならいいわ」
アンダーセンは剣に引き続いてバルケミーに異常が残っていないか確認を終えると、俺たちの方に改めて向き直り頭を下げた。
「グリード君。ありがとう。剣にも問題は無いみたいだし、ヴィックスもおかしい所は無いみたい。本当に助かったわ。感謝する」
「いえ、どういたしまして」
うん、まぁ黒黄玉から感謝して貰えるのは何かと有効だろうし、いいさ。
俺にとっても剣に対する解呪の魔術の練習になったしね。
それに、ミヅチの前で実演出来た方が大切だ。
「ヴィックス、もう殺戮者には足を向けて寝られんな」
「前にも怪我を治して貰ったこともあるし」
「あんたのお陰で大助かりだ」
「いや、本当にありがとう」
他の黒黄玉の面々も口々に俺に感謝の言葉を並べ立てた。
「カーク、剣をしまっておいて。こんな剣、持っていても害にしかならないわ。さっさと売り払う方がいいみたい」
「しかし、レッド様、魔法の剣ですよ。何かすごい力を持っているかも……」
「いいの。試しているとまた次のヴィックスを生み出しちゃうかもしれないし、多少のお金になれば十分よ」
「そうですか……祟られた品のようですから、それもそうですね」
魅了以外特に能力はないよ。
それなりに耐久が高いからその分マシではあるけど、剣としての性能自体は普通の歩兵用の剣の方がまだマシなくらいだ。
呪われた品だから魅了の呪いを利用すれば高値で売れないこともないかも知れないけど、その後外国にでもトンズラこく必要はあるだろうし、それなら売れるだけの価格で処分するか、さもなくば潰した方が結果的には賢いだろう。
「では、我々はこれで……」
俺とミヅチが退出しようとした。
「あ、グリード君、明日の晩、そうね、十八時にドルレオンを私の名前で取るわ。お礼についてはその折にでも話をさせて頂戴。都合は大丈夫かしら?」
「ええ、問題ありません。解りました。では明日の晩」
そう言ってミッスリーを後にした。
・・・・・・・・・
ボイル亭に戻った俺たちは小道具を部屋に置くと既に良い時間になっている事もあって晩飯を食いに行く。
今日はペギーズだっけな。
あそこは飯屋というよりはちょっと猥雑な居酒屋に近い。
ペギーズに行くと既に俺たち二人を除いた全員が店の外に並べられたテーブルで思い思いに食事をしていた。
「悪ぃ、少し遅くなったな」
「いえ、我々もついさっき来たところです」
トリスがベンチの隣を叩きながら言った。
そのままトリスの左に腰掛け、注文を取りに来た猫人族のガキにビールと煮豆を頼むと早速小声で報告を始めた。
「無事に黒黄玉の依頼は果たせた。これで奴らに恩も売れたはずだ。明日の晩、ドルレオンでもう少し詳しい日光の情報も得られると思う」
「今日もマルソーと張ってましたが例の宿に出入りはありませんでした」
ズールーも報告した。
例の宿というのは日光のリンドベル夫妻が常宿に使っている宿のことだ。
そこから少し離れた、宿の出入りを見張れる場所にそこそこ規模の大きな飲み屋のような店がある。
そこで奴隷たち三人を交代で監視に当たらせていた。
何か日光で相談するようなことがあれば大抵の場合リンドベル夫妻の使っている宿で相談が行われているらしいと先日緑色団のヴィルハイマーから聞いていたのだ。
「昨日トリスとお昼を食べていた時に噂話を聞いたわ。私達の事を言ってたみたいですね。よく知らない冒険者風の男女がラルとミヅチさんのことを噂していました」
ベルがぬるいビールのジョッキを傾けながら言う。
「ああ、俺の方も昼にサロークで似たような話を聞いたよ。結構噂になってるみたいだな」
「なんだかアルさんには貧乏籤を引かせているみたいで……」
トリスが済まなそうに言って来た。
そっちの噂でも俺がパーティーを管理出来ていない事になってんのか……仕方ないよな。
「ま、それは予想されていたことだ。いちいち気にしないでいい。まぁまだ始めたばかりだ。日光もそう簡単に動かないだろ。ある程度長期戦の構えが必要だよ。それより、バストラルの方はどうだ?」
「ああ、中身だけちょっと試してみました。持って来ていますから焼いて貰いましょうか?」
バストラルがそう言うとラルファやグィネから歓声が上がる。
「おお、そりゃいいな。食わせてくれ」
店員のガキが俺とミヅチの注文した品を持ってきた。
ミヅチもビールを頼んでいたようだ。
ミヅチが頼んだ食い物は手がかかるやつらしい。俺の煮豆しか持ってこなかった。
バストラルは袋から布に包まれた挽肉の塊のようなものを取り出すとガキに何か交渉を始めた。
この前の棒読みでこいつは計画から外されている。
もう何もしなくていいから取り敢えずソーセージの中身だけでも作っとけと昼間に言ったのだ。
しかし、半日で試作品が出来たのか。レシピとかどうなってんだろ?
バストラルが立ち上がり、ガキと一緒に店の奥へと消えていった。
自然とだろうか。
バストラルを目で追っている金髪を見ながら、こいつ、試食が楽しみなんだろうな、食い物に対する執着は見上げたものだと思った。
暫くしてミヅチが頼んだらしいベーコン焼きが出てきた。
ゼノムがミヅチとグィネにソーセージの旨さを説明され、それを聞いて落ち着きが無くなり始めた頃、やっとバストラルが戻ってきた。
皿の上にはぐずぐずになった豚の挽肉だったものが乗っており、その脇に布で包まれた細長いものがあった。
どうやら全部焼いたのではなく、一部はソーセージ状に整形し、持ってきた布に包んでそのままボイルしたようだ。
焼いたものを皆で食べたが塩辛かった。
胡椒や香草も使われているし、味自体はそう悪くはない。単なる配合ミスだろう。
だが、ボイルした方は程よく塩分も抜けたのかまぁまぁの味付けだった。
「やっぱ腸に詰めないと微妙だね」
長い髪を金色に染めた女が偉そうに評した。
しかし、転生者たちは俺とバストラルも含めて全員頷いている。
あのパキッという歯ごたえが欲しいよなぁ。
それに、豚バラ肉を使ったのだろうが、脂肪分も少なく、色も悪い。
おまけに少しぼそぼそした感じも受ける。
総合塩漬剤なんか無いしな。
発色剤は別にいいだろうが、結着増粘剤のリン酸塩は欲しいよな。
「済みません、粗挽きの感じを出そうとして2㎜角位になるようにしたんですが、ボロボロしてますね……」
バストラルがしゅんとして言うが、挽き肉機が無いから包丁で刻み、叩いただけだ。
ちゃんとぺとぺとな挽き肉になんか出来ないのも無理は無い。
「そうですか!? これ美味しいじゃありませんか!」
ギベルティは手放しで褒めている。
旨いか不味いかで言ったらまぁ旨い。
後でギベルティにもソーセージ作りに参加させたほうが良いだろう。
ちなみに、ゼノム、ズールー、エンゲラもそこそこ気に入ってはいるようだった。
出来損ないではあるが、挽肉なんか食ったの初めてだろうしな。
「ちょ、ちょっと、それ私の……」
ミヅチが取ろうとしたボイルした肉の棒の一切れを横からラルファがかっさらったらしい。
文句言う割には食うのな。
「へっへ~、ベーコンなんか食べてぼやぼやしてるからね。食べないなら頂くわ」
頂くわ、ってもう飲み込んだ後じゃねぇか……。
今日はこいつら食い物で争うのかよ……。
頂いたご感想を読んで解り難かったかな、と思ったのでちょっと追記しました。因みに今回のバストラルと同様の失敗を作者もしたことが有ります。
なお、ちゃんとした手作りソーセージは以下の感じで作れます。
豚赤身肉(挽き肉) 2
豚バラ肉(粗挽き) 1
豚脂肪 (ラード) 1
雪氷 (かき氷) 0.5
食塩 0.05
総合塩漬剤 0.05
スパイスミックス(好きなの)0.02
天然ケーシング ウインナーなら羊腸、フランクフルトなら豚腸どっちか
1.腸以外の材料をすべてボウルで混ぜます。
(フードプロセッサーがあればバラ肉の粗挽きだけ分けて一度全部かき混ぜると尚いいです。その後粗挽きを入れて手でひたすら混ぜます)
2.1を腸詰め機にいれてケーシング(腸)に詰めます。このとき適当な長さで捻ります。
3.洗ってから吊るし、表面が乾いたら適当に(一時間位)スモーカーで燻製にします。
4.沸騰しない、適温(70~80度くらい)のお湯で10分くらい茹でます。(フランクフルトの時は20分くらい茹でます)
5.即氷水で冷やします。
6.冷やしたら表面の水分をキッチンタオルで拭き取ります。
7.シャウエッセンみたいなウインナーやフランクフルトの出来上がり。好きなように食べて下さい。保存は冷蔵庫で一週間くらいは保ちます。
※腸詰め機は2000円位で買えます。スモーカーも手作りなら数百円で作れます。腸も数mで1000円もしないと思います。




