第百十四話 アルバイトの理由
7445年2月14日
今日は俺たち転生者の誕生日。
セブンティーンだ。
一七歳ってなんか青い果実の匂いが漂ってそうな感じで嬉し恥ずかしい感じがするよね。
ギベルティが先日仕入れたマットタートルの肉でステーキを焼いてくれた。
みんなで旨い旨いと言いながらステーキをぱくつき、締めには甘いシロップで煮たイチジクを冷やしたデザートを食べた。
このイチジクのコンポートはグィネが作り方を伝授したらしい。
砂糖を結構使うから材料費にかなりの金が掛かるのが難点だが、久々の本格的なデザートを欲する心には敵わなかった。また作らせよう。
ところで、誕生日を迎えたことでグィネを除く全員の俊敏がアップした。
その代わりだろうか、グィネは耐久が伸びていた。
山人族らしいな。
バストラルには順調に経験を積ませ、今ではそのレベルも九に近い八になっている。
僅か二ヶ月程で七万もの経験を積ませてしまい、レベルだけならヒーロスコルに追いついた形だ。
まぁ、三匹以上のオーガが出る度に間引きのため余分な分を一撃で殺している俺の方が【天稟の才】のブーストもあって経験値自体は比較にならない程多く獲得しているし、たまにズールーやエンゲラと二人で迷宮に入っているからミヅチと奴隷二人もそれなりに多くの経験値を獲得している。
この調子で今年いっぱい頑張れば……バストラルのレベルももっと上がって今のベルやトリスなんかと同じくらいにはなるのかな?
いや、モンスターにダメージを与える機会が増えると思うし、途中からはもっと経験を稼ぎやすくなるだろうからもう少し行けるかも知れない……ってちょっと待て!
バストラルの経験値を眺めていて気が付いた。
この数字のところ、選択出来るな。
もしや……やっぱりそうだ。
技能の経験値の数字も選択が可能だ。
サブウインドウが開けるじゃないか。
期待を込めて開くと、経験値とレベルの関係が表形式で閲覧できるようだ。
これは便利だ。
今までなんで気が付かなかったんだろう、と、ちょっと自分に呆れた。
まぁ、そりゃあ、経験値の数字をこんなに眺めるなんて事しなかったし……。
あ、そうだ。
……やっぱりか。
【鑑定】のレベルMAXの追加能力がこれなのか……。
しょぼ……くはないか。
今までは次のレベルまでの値が見えていただけだからあんまり先のことなんか考えなかったけど、これってある意味で未来の情報を得ている事になるんだよな……。
・・・・・・・・・
7445年2月15日
「やぁっ!」
バストラルが気合を込めて槍を突き出す。
それを首に受けたオーガはがっくりと力が抜けたように振り回していた腕を垂らし、頭を下げた。
皆で弱らせ、下半身をミヅチが氷漬けにしてバストラルに止めを刺させたのだ。
その間、俺は高みの見物をして……いた訳じゃないぞ。
ちゃんと万が一に備えて戦闘の行方を見ながらも周囲を警戒して、新たなモンスターの出現に備えていた。
すぐさまミヅチが氷を消して奴隷たちに魔石を回収させる。
ふむ、戦闘の趨勢を見ながら時折指示を飛ばしていたとは言え、相手が二匹ならもう俺の直接的な援護も要らないだろう。
今も麻痺薬に頼らず、俺が期待した通りの動きを見せ、危なげなく倒していた。
そろそろ俺が口出しをしないで自由にやらせて見るのも良いかも知れない。
いや、せめて半数、四匹を相手に(つまり、まだまだお味噌のバストラルを除いて、一匹のオーガに対してこちらはたった二人で相手取る事になる)勝てるようになるまではこのまま行った方が良いかな?
今日もこれで一三匹のオーガを倒し、かなりの魔石を稼げている。
ズールーとエンゲラが持ってきた魔石を革袋に落とし込みながら、頭を捻っていた。
うーん。更なる成長を期待して二匹を相手に完全に俺抜きで相手をさせるべきだろうか?
個々人の判断力や、全体を見る目は早く身につけて置いて貰いたいし。
いや、待てよ?
六層までは完全に俺と別れているからこちらはそれなりに訓練出来ている筈だ。
やはりここは当初の予定通りこのまま行くべきだろう。
傍に俺が居れば、どうしても旗色が悪くなればすぐに頼って来るかも知れないし。
いずれこの七層なんかもパーティを別ける必要に迫られる可能性だってある。
どう考えても当面は地力を養うのに集中した方がいい。
死んじゃったら意味ないし。
・・・・・・・・・
7445年2月26日
夜、全員でムローワの串焼きと持ち込んだ魚を煮付けて貰って飯を食っていると、ファルエルガーズたちも奴隷を引き連れて四人で飯を食いに来た。
軽く頭を下げ、煮魚をつつきながらビールを飲んでいたら話しかけられた。
「今、皆さんは七層まで行っているらしいですが、七層まで行くのにどのくらいの時間が掛るんです?」
「三日ですね。一層から三層を抜けるのに一日、四層、五層で一日、六層で一日掛かりますね」
俺がそう答えると彼らは奴隷共々絶句していた。
なんだよ、ひょっとして早くて驚いたのか?
気持ちは判らんでもないが、俺だって迷宮に入って三ヶ月目でようやっと二層に行けるようになったんだ。
人数は同じ六人でも俺の場合、転生者が一人多かったし、ゼノムがいた。
ズールーは個人的に優秀だと思っているが、加入当時のエンゲラは危なっかしかったし、どう贔屓目に見ても昔のエンゲラよりは彼らの獅人族の奴隷の方が役に立つだろう。
ここにはいないがクミールとルッツもそれなりの力は持っているようだし、俺の魔法を除けば戦力的には当時の俺達とそう変わらないだろうよ。
だが、迷宮へ入っている回数が段違いだ。
当時の俺たちは三日に二回という高頻度で入っていた。
誰かが怪我をするまで探索し、そうでなくとも早い時は昼前とかお昼過ぎには戻っていた。
これは俺の治癒の魔術によるところが大きい。
何しろ、当日中に治すことが出来たしね。
対してファルエルガーズたちはそうは行かない。
去年の十二月からだから約二ヶ月か。
その間、いいとこ六~七回程度しか迷宮には入っていないだろう。
まぁこれが普通の冒険者なのでそこは俺達が異常なだけなのだが。
「あんまり焦って無理しても良い事はありませんよ。まずは一層の地理に慣れることですね」
すまし顔でそう言ったが、これは忠告のつもりだ。
恐らく、ちゃんとした修行を積んだ騎士であるこの二人なら、二層や三層に行ってもそれなりに戦えるだろう。
だが、迷宮に慣れていないうちからそんな奥まで行くと精神的な余裕など絶対に保てる筈もない。
そうなると戦える相手の判断や退くべき時を見誤ったりする。
判断ミスを誘発するのだ。
それより、僅か六~七回程度の経験で二層以降を考えるなんて愚の骨頂だ。
こう言っちゃなんだが、俺も当初は地図を買わないで適当にうろついてた。
お手製の、グィネが作ったものとは比較にならないような地図しか作ってなかったし、その後地図を買ったのだってバルドゥックの迷宮に潜り始めてから一ヶ月以上経ってからだ。その間、迷宮に二〇回以上は入っている。
「地図を購入するのも一つの手ですよ。割りと正確な地図も販売されています。ご興味があれば地図屋に紹介くらいは出来ますよ」
俺が買った一層の地図は幾らだったっけ……ああ、そうだ。七〇〇万Z(金貨七枚)だ。
当然だが、記載されていた情報量と正確さはそれ以前に買った八〇万Z(銀貨八十枚)の地図とは比較にならなかった。
三層をうろついていた頃、トリスとグィネが合流するまでは本当にお世話になったもんだ。
当然捨ててなんかいないが、只で、または安価に譲るつもりもない。
お世話になった以上、地図屋に顧客を紹介するのが本筋だろう。
「地図か……デンダー、済まないがちょっと宿まで行って地図を持って来てくれ。……グリードさん、我々も地図を書き始めてはいるんですよ。迷わないよう、糸も用意しましたしね。正確かどうかは置いておいて、書き方とかちょっと見てご意見を言ってくれませんかね」
ヒーロスコルがそう言って頭を下げた。
「……まぁそのくらいは……ですが、それなら私より適任がいます。……彼女がうちのパーティーの地図情報を取り仕切っています。彼女に意見させましょう」
グィネを指し示しながらそう言って、またジョッキを傾けた。
目の前に座るトリスとベル、それと隣に座るミヅチと四人で、また取り留めの無い話に戻った。
暫くしてファルエルガーズたちの奴隷、デンドール・スマイスが戻ってきた。
袋を提げている。あの中に地図が入っているのか。
「グィネ、ちょっと来てくれ……ああ、悪いな。この地図を見てくれ。どう思う?」
俺は噴き出しそうになるのを堪えながらグィネに聞いた。
だってさ、見せて貰った地図だけど、あまりにも稚拙なんだもん。
最初に俺たちが作成し始めた地図の方がまだましだ。
「……これ、なんですか? え? 地図なんですか? 紙が勿体ない……」
グィネは一刀両断だった。
ファルエルガーズたちは恥ずかしそうにしている。
だが、ファルエルガーズは勇気を出してグィネに問いかけた。
「いや、確かに出来が悪いのは認めます……。どうしたらもっと上手に書けるでしょうか?」
問いかけられたグィネは眉根を寄せて地図を見ると、口を開く。
「後で書き足すことを考慮した方がいいでしょう。それから多少の凸凹や壁のカーブなんかはある程度無視して直線で書いちゃった方が良いかも知れません……。あと、距離が分かりませんね。でも、こんな事を言うのも何ですが、売っている地図を買って参考にするのが一番だと思いますよ。今は一層ならかなり完全に近い地図を売っているらしいですから」
そう言ってニコリと微笑んだ。
ちなみに、九九%程の完成度を誇る一層の地図の出元はグィネなんだけどね。
一層だけはこの前地図屋に売ってみたんだよ。
それまで地図屋が扱っていた、俺がかつて購入した高価な一層の地図の完成度はかなり高く、八割以上信頼が置ける。
俺たちも長いこと愛用していた位だし。
だが、残された空白部分や、記載されている部分の完全な罠の情報、地上から転移された時の番号(一層の転移番号はグィネが合流してきてからもラグダリオス語で壁に書いている)や、番号が見つけにくい場合、それらの情報などが書かれたグィネの地図とは精度と使い勝手が比較にならない。
昨年の十二月、思い立ってグィネに相談したら一層をまずお試しで販売してみようということになった。
俺たちが二人で地図屋に行き、丸二日かかってグィネが原版からコピーした地図を見せると、その精度に地図屋のドワーフの爺は腰を抜かしそうになっていた。
それから一ヶ月以上掛けて爺は知り合いの冒険者に地図の精度を確認させたらしい。
先月の裁きの日の一週間後、迷宮から帰ってきたら地図屋の爺から連絡が入っていた。儲けは折半で売ってくれとの事だった。
地図作成に苦労したのは全員ではあるが、コピーを作ったのはグィネだし、そもそもグィネの固有技能がなければ絶対に作れない地図だ。
グィネの考えも知りたかったこともあり、判断はグィネに任せた。
当然得られる金も全部グィネのものだ。
簡単に言うと、“業務上知り得た情報を売る”という副業をグィネに認めた形だ。
当然グィネは喜んだ。
しかし、その報酬は、コピーは地図屋で作成することと、買った顧客の情報を流すことを条件に四割で手を打ったと言っていた。
よくちゃんと気が回ったな、偉いぞ、と褒めようとしたら、グィネに相談されたミヅチが入れ知恵をしていたらしい。
俺としては一人でそこまで辿り着いて欲しかったという気持ちもあるが、グィネとしては一人で考える自信がなかったのだろう。
だが、しっかりと誰かに相談し、その誰かを安易にラルファあたりにしなかった事については感心した。
完全版と銘打って一千万Zで販売しているが、既に二枚売れており、コピーが間に合わず予約も二枚入っている状況らしい。
注文したのは煉獄の炎と精人族のロズウェラ、あとの二つは三~四層あたりをメインとする中堅のパーティーだった。
「そうですか……やっぱり地図を買った方がいいらしいな。おい、どうする?」
ヒーロスコルがファルエルガーズに声を掛けた。
「……仕方ない。買うしかないだろう。しかし、紙の無駄か……きついね、こりゃ」
機嫌の悪そうな表情でファルエルガーズが答えた。
「グリードさん、お手数ですが地図屋へご紹介願えませんか? あと、もしご存知でしたら価格もお教え下さい」
ファルエルガーズがそう言って頭を下げてきた。
「紹介くらいは問題ありません。あと、価格は確か一層の地図で一千万Zだったと思います。人気があるらしく、予約入れてから一ヶ月待ちらしいですが」
そう言うとそれを聞いた二人は価格に驚いたらしい。
「な! 一千万!?」
「金貨十枚か……無理ではないが……」
一人九〇〇万Zもする高級な戦闘奴隷をポンと二人も同時に購入していた事から予想はしていたが、やっぱり無理じゃないのか。
俺の時はズールーとエンゲラの二人の戦闘奴隷を購入し、残った金で七〇〇万Zもする地図を買うのにかなり無謀に近い勇気が要った。
何しろ当時の俺の財産は一千万Zを少し超える程度しかなかったのだ。
正直な話、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で買ったものだ。羨ましいことだ。
翌日、結局彼らは地図を購入することを決心した様で、グィネの収入源になってくれた。
これは、昼過ぎに地図屋から購入者の情報がグィネに齎されたので確定した。
「まぁ、そう悪い買い物じゃないと思いますよ。自分で言うのもなんですが、かなり出来が良いと思ってます。あれがあれば一層を抜けるのに掛かる時間はかなり短くなるでしょう。みんなのお陰で罠も完璧と言って良い位しっかりと書いてあると自負してますからね。次の休みには新しい服を仕立てに行きたいので馬貸して下さい」
舌をぺろっと出しながらグィネがウインクしてきた。
俺は苦笑しながら了承し、「だけど、今後は売れてもこの倍行くかどうか位だと思っておけよ」と言っておいた。
バルドゥックには大小二〇〇パーティー、大体千三〇〇~千五〇〇人位の冒険者が恒常的に居ると言われている。
中にはパーティーも組まず、一人で迷宮に入っている奴もいるし、少人数のパーティーでその日その日で組む相手を変える奴らだっている。
俺たち殺戮者を頂点として、それなりに余裕のある稼ぎがあるのは数十パーティーに過ぎず、その数は多く見積もっても五〇程度だろう。
あとの有象無象は大した収入なんかない。
一人あたり月に一〇万~二五万Z程度の稼ぎの奴らが殆どだ。
とにかく、上位五〇に入る奴らだって、幾ら正確とは言え、今更一層の地図に一千万も出す余裕のある奴らなんてそう多くはないと思っている。
稼ぎがあるという事は一層を抜けてもっと下の層に行っているという事だし、現時点でその実力があるという証明だ。
グィネの地図は一層を抜ける時間短縮にしかならないから、かなり贔屓目に見てもそのうちの二割が一層突破の時間短縮に価値を見出すかどうかだという所だと思っている。
どちらかと言うとトップチームに近いほど無駄な時間の省略のために正確な地図に対する価値を見い出すだろう。




