第百十一話 地道に
7445年1月19日
気合を入れて七層に転移したところ、以前ラーヴァルパープルウォームを殺した時と同じ場所に転移した。
ここから数時間、途中の道を無視して歩けばあの砂漠みたいな場所に行ける。
「どうしましょう? ここ、ミミズがいたところですよ」
グィネがぼうっとした表情で中空を見つめながら言った。
多分地図を見ているんだろう。
「あの先っていくつか道ありましたよね……」
トリスが顎に手を当てながら言った。
それを見たゼノムも口を開く。
「行こうじゃないか。八層への小部屋も四カ所入り口があったみたいだし、俺達はまだその内の一つしか知らん」
「ん~、私も行くべきだと思うな。またミミズが出たら今度こそ……」
今度こそなんだよ。
なんでそこで俺を見るんだ?
うーん、途中迄とは言えパーティーを分けるのは正解だな。
ラルファは最近迷宮を舐めている気がする。
ベルやミヅチに話を聞くと、俺がいない間は相当気を張っている事は聞いているが、俺と合流すると気が抜けているように思える。
今後は俺が居ようが居まいが、同じようにして貰わなきゃならん。
「……逃げないで正面を抑えてくれるのか? まぁいいよ。お前が食われてる間に俺が確実に仕留めてやる。安心して『成仏』してくれ。他に意見がないなら俺も行くのは賛成だ。ミミズは見たくないが、みんなあの魔石を忘れたわけじゃないだろ?」
「でも、またミミズとは限らないのでは……? 決めつけるのは早計ではないでしょうか」
おお、ベル、ナイス突っ込みだ。その通りだな。
「ん、確かにその通り。決めつけるべきじゃないな。だが、このまま進むのは決めた。行くぞ」
そう言って歩き出した。
「アルさん。そっちじゃないです。こっちですよ」
グィネが俺の歩き出した方とは反対を指し示した。
俺、かっこわる。
・・・・・・・・・
砂漠に到着した。
念のため、無駄だとは思いながら生命感知を使ってみるが、やはり自分たち以外に何も感じられなかった。
「多分だけど、ミミズなら部屋の真ん中辺りから地面を潜って襲いかかって来るだろうな。ここは縦隊壱番で壁ぞいを行く」
俺を先頭に中間辺りに魔法の得意なベルとミヅチを挟み、最後尾ではゼノムが睨みを利かせ、一列になると反時計回りに右に壁を見ながら砂漠に足を踏み入れた。
皆、前回の記憶が頭に残っているんだろう。少しでも足音を立てないように、慎重にソロリソロリと俺の後を付いてくる。
そして、七〇~八〇mも進んだ頃だろうか、何か違和感を覚えて足を止めた。
部屋の中心方向を見てみたが特に変わった様子はない。
ふむ……絶対に何か居るのは確かだと思う。
それが何か判らないから不安を感じるのだろうか?
でも、そんなのいつものモン部屋でも一緒だ……じゃない。
部屋に入ったにも関わらず部屋の主の正体が不明だったのは今迄に二回だけ。
昔、一瞬で原子に分解したヴァンパイアの時と、ここでラーヴァルパープルウォームに襲われた時だけだ。
相手が見えないというだけでここまで不安を感じるのだな。
そう思いながらまた二〇m程進んだ時だ。
「「来た!」」
複数の警告が同時に上がった。
部屋の中央方向から幾本もの小さな帆のような……背鰭だ!
【 】
【女性/1/12/7444・サンドシャーク】
【状態:良好】
【年齢:0歳】
【レベル:6】
【HP:90 MP:1(1)】
【筋力:10】
【俊敏:50】
【器用:5】
【耐久:10】
【特殊技能:振動感知】
【特殊技能:超嗅覚】
「傘型壱番!」
反射的に叫びながら背鰭に向かって駆け出す。
俺の後ろには傘を開くように皆が隊列を整えるように動いているだろう。
走りながら先頭の背鰭目掛けてストーンライトカタパルトミサイルの魔術を弾頭五本で使った。
砂の中なので威力がないと砂が盾になってダメージを与えられないと直感したからだが、これが正解だったようだ。
先頭を走ってくる背鰭の根元辺りに上空から急降下させた五本の小型電信柱が地面に突き立つと盛大に砂を撒き散らし、鮫の上半身が見えた。
「鮫だ!」
トリスの警告が行き渡る。
背鰭はまだまだ居る。
「ベルさん! ……!」
ミヅチがベルに何か早口で言っている。ごたくは良いから傘形に広がれよ!
俺は次々と小型電信柱を作り出し、目についた背鰭目掛けて上空から急降下させ、仕留め続けている。
だが、明らかに多勢に無勢だ。
砂中を移動するだけに、ラーヴァルパープルウォームのように大人が走るくらいの速さかと思っていたがこのサンドシャークはそれよりもう少し速いようで、走っても追いつかれそうな程の速度だ。
非常に高速であると言える。
四匹仕留めたが、まだ十匹以上は居るようだ。
俺たちまでの距離はもう三〇mを切っている。
二五mプールくらいか?
スピードを考えたら目と鼻の先だ。
「地面を撃ちます!」
ベルがそう言うと二〇mくらい先の砂に矢が突き刺さった。
傍にいた背鰭がその矢を目掛けて方向転換をする。
別の奴は砂上に飛び上がり、全長三m程の巨体を空中に浮かせた。
その隙を見逃さずにすかさずストーンジャベリンで撃ち抜いた。
すぐに別方向に別の矢が突き刺さった。
ベルの連射の妙技かと思ったが、ミヅチも弓を使ったようだ。
そちらでもサンドシャークが矢に向かって集まる。
なるほど、いいぞ!
そちらも石の投槍を使い二匹始末した。
「みんな、動かないで!」
ベルが叫びながら再度矢を放った。
あとは七面鳥撃ちだ。
俺の石の投槍に撃ち抜かれた鮫はほぼ全て即死に近いが、そいつが生きている場合、砂上で暴れる。
それ目掛けて別の鮫が砂中や空中に飛び上がって襲いかかる。
たまにこちらの方に来る奴は小型電信柱で落ち着いて仕留める。
程なくして全てのサンドシャークを始末できた。
なんとなくアンモニア臭い匂いが漂っているのに改めて気付いて顰めっ面をしながら奴隷とバストラルに命じて魔石を採取させた。
その間、他のメンバーは全周警戒だ。
魔石の価値はおおよそだが一つ一八〇〇〇くらい。売ったら十二~十三万Z(銀貨十二~十三枚)というところだ。
これが全部で二一匹。
一匹の魔石の価値はオーガには及ばないもののあっという間に金貨二枚以上を稼いだ勘定だ。すげぇ。
それはさておき、三角形の牙がズラリと並んだ鮫の口を見て改めて思ったが、今回は危険だった。
弓などを利用して離れた場所に引きつけない限り、十匹以上の鮫がパーティーに襲いかかったのはスピードから見て確実だ。
おそらくミヅチの指示だろうが、あれがなければ犠牲者が出ていても不思議はなかった。
死なないまでも手足の一つくらい食いちぎられる奴もいただろう。
俺と同じくらい顔を顰めたゼノムが、
「あれが鮫と言う奴か。だが、鮫ってのは海にいると言っていたよな……?」
「……ステータスオープン……サンドシャークだって。お父さん、これ、砂に棲む鮫みたいだよ」
「魔物か。しかし、凄いな、この歯は……」
「鋸みたいですね……あ、やっぱり二列三列になってる……『発見チャンネル』と一緒だ。ゼノムさん、この歯は結構欠けやすくて欠けたり折れたりすると後ろの歯が前に出てきてすぐに回復するそうですよ」
「ほう、グィネは物知りだな……どれどれ……こいつは凄いな、頭から噛まれたらまず助からんだろう……」
「あ、歯ぁ取れた。なにこれ、斧でちょっと叩くだけで折れるじゃん。記念に持って行こうっと」
どうでも良いが全周警戒なんだけど……。
その後、入った通路は一kmと行かずに行き止まりとなっており、戻って別の通路を進んだら八層への小部屋に到着した。
・・・・・・・・・
時刻は丁度お昼頃。全員で弁当を食いながら安全地帯で話をした。
「八層見てみたい。休んだらちょっと覗いてみない?」
ラルファが片手に持ったサンドイッチを食いながら水晶棒の周りを回って言う。
「もう、行儀悪いよ」
グィネがラルファに注意しながら両手でサンドイッチを掴んで齧っている。
「八層か……と、当然、魔物はもっと強くなるんですかね?」
バストラルが少し腰の引けた発言で会話に参加してきた。
「ん~、今までの例だとそうね……そう考えたほうが良いでしょう」
ベルがお茶を飲みながら答えた。
すると、こちらもお茶飲みながら、ミヅチが話し出した。
「……ちょっといいですか? 皆から聞いた話を総合して考えていたのですが……迷宮に関する私の考察なんですが、迷宮にある部屋には通路とかで出会うよりも少し強いモンスターが居ますよね? でも、私が思うに、通路のモンスターより多少注意してやらなければいけない、という物かと思います。しかし、この前のミミズもそうですが、たまに明らかにその階層のモンスターとかけ離れた強さを持つモンスターが出るようです」
それが何だっつーの。知ってるよ、んなこた。
お前の何倍も迷宮に潜ってんだから。
「一層ではでっかい蛭とかスカベンジクロウラーとかクモ、スライムでしょう? 二層はそれに加えてもう少し種類が増えます。まぁ一層と二層は置いておいても三層ではフレッシュゴーレムが出たと言いますし、四層ではなにやら訳の分からないアンデッド……牙が生えていたそうですからヴァンパイアかと思うのですが……。五層はまだ解りませんが六層ではローパー……。
フレッシュゴーレムは話を聞くところでは明らかに三層の他の部屋の主より格上だと思いますし、四層の妙なアンデッドがヴァンパイアだとしたら全滅させられても不思議ではない相手です。ローパーと言うのもかなりの強敵です。なお、この前の七層で出たラーヴァルパープルウォームはラーヴァルと言うくらいですからまだ子供の幼虫のようなものでしょう。本来パープルウォームって無茶苦茶強いモンスターですよ。それこそ特別な、街を滅ぼせるレベルのモンスターです」
全員あっけにとられてミヅチの言葉に耳を傾けているばかりだ。
「これらから推測するのですが、このバルドゥックではたまに恐ろしく強いモンスターが部屋の主として君臨している事が考えられます。八層を見るのもいいと思うのですが、七層の部屋の主を手玉に取れるくらいになってからの方が安全だと思います」
それを聞いた俺は、なるほど、確かにな、と思った。
「……確かに、ミヅチの言う通りかも知れん。他のパーティーにはアルは居ない。ゴーレムは別にしても、他の奴らはアルの魔法が決め手にならなければミヅチが言う通り全滅してもおかしくはない」
地べたに胡座をかいて座り、腕を組んだゼノムが言った。
「思い返してみろ。アルが居なかったら俺達は何度も全滅していたぞ」
「……確かに、そうですね……それに、魔法を教えて貰い、鍛えられていなければミヅチさんはともかく、俺達の誰一人、魔法は使えないままだった……先を急ぎすぎるのも考えものか……」
今トリスが言った通り、殺戮者の面々は個人でもそれなりに実力はついてきているが、それも生きて場数を踏んでいるからこそだ。
レベルアップし、それに伴って能力値が伸びているとは言え、【鑑定】で見ることができる能力値は完全にはあてにならない。
実力を図る目安にはなるが、それは転生者には当てはまらないと思う。
先日気が付いた通り、能力値はそれを全て使いこなしている訳ではないのだろう。
ひ弱な婆さんが火事の時に嫁入り道具の桐の箪笥を担いで運び出したとか、火事場の馬鹿力を発揮するときの上限のようなものなのだろう。
子供の時分からある程度推測していた通りなのだと思う。
俺の耐久値が今までに二しか増加していないのは、トレーニングによって積み重ねられた耐久力とか持久力の普段使える値と【鑑定】によって見える俺の耐久の値の差が大きすぎたのでなかなか増えなかったのではないか。
ここで俺はちょっと考えこんでしまう。
昔、まだバークッドに居た頃だ。
走り始めた俺はなかなか耐久値が増えなかった。
当然、当時は耐久値が増えるなんて事を期待してランニングを始めた訳ではない。
単に体を鍛える目的で始めただけだ。
走りながらの魔術の使用についても本当はあくまでその副産物であり、元々の目的ではない。
そんなとき、途中から一緒に走り始めたミルーは俺よりも先に耐久値が増えた。
当時のミルーと俺のレベルや、細かい能力値なんぞ覚えている筈もないが、俺の方がレベルは高かった。
ついでに俺は転生者だからして能力値の伸びもミルーの三倍だ。
鑑定で見れる能力値の値をXとする。
そして、実際に使える値をYとする。
X-Yが幾つかなのかはひとまず置いておいてとりあえずここではそれをZと考える。
俺とミルーではZの値は俺の方が大きかったのだろう。
走ることで少しづつYは大きくなるが、YがXを超えるとき、初めてXの値は伸びるのではないだろうか?
トレーニングによって俺のXは過去に二ポイント上昇している。
二ポイント目が増加したのはいつだったか。
去年のような気がするけど。
その時点で俺のレベルはかなり高くなっており、それに伴ってXもかなり高い。
この数値を伸ばすのは並大抵のトレーニングじゃすまないだろう。
フルマラソンを八時間かかる人が五時間になるまではそんなに努力はいらないだろう。
それを三時間にするのだって高校レベルの陸上部程度の体力、というか耐久の値があれば行けるだろう。
そこからが大変なことは理解出来る。
成人男性ならベンチプレスで六〇㎏は大抵の人が持ち上げられる。
それを九〇㎏にするのもそんなに時間はかからない。
適当なトレーニングさえ行えば誰だって出来る。元の1.5倍だ。
しかし、倍の一二〇㎏を超え、一五〇㎏とかになるとかなり専門的に筋肉を鍛えなければ難しいだろう。
世界記録は確か四〇〇㎏を超えていたと思うが、そんな無茶苦茶なのは置いておいても自衛隊でも一五〇㎏以上を上げる奴はゴロゴロ居た。
俺だってそのくらいできた。
先ほどの婆さんの例をとってみても婆さんのXより自衛隊員のYの方が上の可能性は高い。
自衛隊員のXとは比較にすらならないと思う。
筋肉は断面積に比例して強くなるらしいし、きっとそうだ。
と、するとレベルアップで増加するXはいつか頭打ちになるのだろうか?
ただ、オースの場合、人間は一人も居ないはずだ。
普人族は人間じゃないし、俺の考えが間違っている可能性も否定出来ない。
亜神になったという美紀を【鑑定】したらどのような値なのか想像もつかない。案外普通だったりして。
腕を組んで考えだした俺は、いつの間にか全員の注目を浴びていることに気付き、頭を掻いた。
ごめんごめん、ぜんぜん違うことを考えてたよ。
「正直に言う。俺は誰一人死なせたくない。だから無理はしない。ミヅチの意見には見るべきところがあると思う。それなりに実力がついたと判断出来る迄、次の階層には行かない。いいな」
主に、言い出しっぺのラルファを見ながら言った。
ラルファはいつの間にか輪になった俺達のところに戻っており、胡座をかいて頭の後ろで手を組みながらケツでバランスを取って前後に揺れていた。
器用な奴だ。
「ん……うん。アルがそう言うなら、解った」
「あら、ラル。何か変なものでも食べたの? 素直じゃないの」
いや、ラルファは結構素直だぞ。あんま苛めんなよ。
それより、弓用の胸当てを直す時はもう少し周りの目に気を使ってくれませんかね。
無理やり視線を引き剥がすのに苦労するんで。
無理をして誰かが大怪我を負うとか、死んだりしてから後悔しても遅い。
そりゃ俺だって八層を見てみたい。
過去に源義経、もとい、ジョージ・ロンベルト一世とその仲間たちしか見た事がない景色の筈だし。
七層までは第一騎士団が過去に調査で降りてきたらしいからな。
八層を超え、九層までは最低限行かねばならないと思っている。
え? だって、そうじゃなきゃジョージ・ロンベルト一世を超えられないじゃないか。
証拠なんかどうでもいい。
俺と、皆の胸にあれば充分だ。
それさえあればこの先もっと厳しい状況に置かれても何事にも自信を持って当たれるだろう?
午後はこの小部屋に続く別の入口の先を探索してみよう。
別のモン部屋に行けるかも知れない。




