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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第百六話 噂1

7444年12月24日


 迷宮を出た俺達はその足で魔道具屋に入った。


 頭陀袋ごと獲物である魔石を主人に渡し、査定と買取を依頼する。


 一層から六層までの魔石は合計三つくらいに纏めているが、七層のオーガから採った魔石はそのままだ。

 纏めた魔石と併せて合計九八個。重量を測る査定もかなり時間がかかるだろう。

 一時間以上は覚悟した方が良いかも知れないな。


 面倒だから誰かに任せてさっさとボイル亭に引き上げたいところだが、特別な事情がない限りは魔石の買い取りの時だけは出来るだけ全員で確認するようにしている。

 ボーナスの支払いに直接関与する部分だし。


 例外はこの前のラーヴァルパープルウォームの魔石やマジックアイテムくらいだ。

 それに、今回は新人のバストラルも居るからね。


 俺とゼノムがカウンターに設えてある椅子に腰掛け、他のメンバーは立ったままだが、これは仕方ないだろ。


「今回は新記録だろうな……」


 ゼノムがボソリと独り言を言うと、それを耳にした皆がわいわいと喋り出した。


「そりゃあそうでしょう。なんたってオーガ九五匹ですよ! 六日も七層にいた甲斐があるってもんです。なぁ、ベル」

「そうね。流石にちょっと疲れちゃったな……あとで肩揉んでよ」

「くっ……ベルさん……肩凝ったとか……嫌味か……」

「グィネ、あんたねぇ……気にしすぎよ。それよりお腹すいたし、早く飲みに行きたいわ」

「ラル……普人族のあんたなんかに私の悩みが……飲んでやる。飲んだくれてやる……」


 ……こいつらは放っとこう。


「どの位になるかな? 一個八十万強が九五個。三十万から八十万くらいが三個でしょう?」


 ミヅチが俺に尋ねてきた。


「八千万は行くんじゃねぇか? 新記録だろう」


 鑑定の合計は一一六二八二五八だった。だいたい七倍すればいいから八一四〇万か。

 あとちょっとで八一五〇万だったが仕方ない。

 端数切り捨て八一〇〇万の二%、一六二万Z(銀貨一六二枚)が通常のボーナスでバストラルは八一万Zだ。


 なお、価値を間違えて査定される事についてはほとんど心配していない。

 鑑定の価値二〇〇〇のノールの魔石が母石の重さ込みでだいたい一一gだ。


 魔力ゼロの母石の重さが一〇gだから価値二〇〇〇で一gの勘定だ。


 魔道具屋が鑑定に使っている天秤は魔道具で非常に精度がいい為、〇・〇〇一gくらいなら量れるのだ。

 多少の誤差くらいはあるだろうが許容範囲だと言えるだろう。

 本当にトリスの固有技能は中々陽の目を見ないな。


「はっ、はっせんまん……ってことは、はちじゅうまんぜにー……たった……った九日で……十日とかからずに八十万Zか……キャシー……これが……これが冒険者か……」

「勘違いするなよ、バストラル。ご主人様あってこそだ。他の冒険者じゃこうは行かん」

「ズールー様の仰る通りよ。だいたい今回貴方は碌に働いていないんですからね。それを忘れちゃダメよ」

「え、ええ……勿論です。ズールーさん、エンゲラさん。それは解っていますよ……。ただ、その……少し驚いただけです」

「それが解ってりゃ問題ないさ。マルソーもあんまり虐めてやるなよ」

「でも、ラリー、普通の冒険者みたいに言われたから……」

「いえ、ギベルティさん。有難うございます。そうですよね。普通の冒険者ではこうは行かないんですよね……皆さんのお話を聞いていて知っていたつもりでしたが、改めて驚いたんです」


 魔道具屋の主人の査定が終わり、買い取りの段になったとき、流石に年末を控えて現金を確保しておきたい彼は半分の買い取りを提案してきた。


 残りの魔石は年明けに改めて買い取るという事で話がついたので、その場で半数の五十個分の代金を受け取り、奴隷を除く全員にボーナスを支払った。

 バストラルには天引きをして支払ったので彼に渡したのは銀貨一枚だけだ。

 明日には給料として二十万Zを支払うから暮らしていく分には問題あるまい。


 神社のロッカーに金と魔石を突っ込んで、皆と合流したあと、普通に飯食って帰った。

 ラルファとグィネも流石に疲れが溜まっていたと見えて一緒に帰っていた。




・・・・・・・・・




7444年12月25日


 それでもいつもとあまり変わらない時間に起き、ゼノムとギベルティを除く全員でランニングに行った。

 その後、午前中はバストラルの文字の勉強の為、オースのアルファベットのテキストを作っていた。

 小学生の書き取りみたいなもんだ。


 今回の紙代くらいは俺の奢りにしてやろう。

 その間、ラルファとグィネがバストラルに魔法を教えようとしていたらしい。


 あいつら、意外と面倒見いいんだな。

 あ、当然一般的な小魔法キャントリップスのマジカル・ディテクションを教えようとしていたようだ。


 確かにグィネは魔法の槍を使っている。

 当たり前だが小魔法キャントリップスのマジカル・ディテクションでも正しく使えるなら魔法の品である事は感知出来る。

 魔石を消費しないから魔法の武器とかって魔法の技能の習得の役に立つんだな……。


 そんな贅沢な使い方をしているのなんて、オース広しと言えどもバストラル、お前一人くらいだろうよ。


 街外れの空き地に全員集合し、ギベルティの用意した迷宮用食料の残りで作った昼食を摂り、訓練を始めた。


 今年最後の仕事だし、これが終わればレストランでグリード商会、冒険者事業部主催の大納会でどんちゃん騒ぎの予定だ。

 いつも以上に気合の入った訓練になった。


 納会を前に怪我をしてもつまらないのでひやひやしながら訓練の指揮をしていた。

 バストラルだけは端っこで槍を使った防御の練習だ。

 型だけだが、今は技量が低過ぎて他のメンバーの訓練に混じっても足を引っ張るだけだし。


「やあ、グリードさん。精が出ますね」


 いつの間にかファルエルガーズとヒーロスコルが俺たちの訓練を見に来ていた。

 小休止のタイミングを見計らって声を掛けてきたのだろう。

 俺も挨拶を返した。


「我々もバルドゥックの迷宮に挑むことにしました。今日はそのご挨拶というところです」


 えぇっ? なんだって?

 それを聞いた殺戮者スローターズのメンバーも驚きを隠せないでいた。


 わいわいと喋り出し始める。


「実は先日様子を見るつもりで一度入ってみたんですよ」


 うんうん、それで? どうだった? あ、俺、今回八十、黙っとけ。


「一層ならなんとかなるという手応えを得ました。勿論、貴方がたには及ばないでしょうが、二人で二六万Zも稼げましたよ」


 ほお、そりゃ凄いな。ところで、たった二人で入ったのか? 他に仲間はいないのか?


「え? 二人だけです。相手が少数ならなんとかなるもんですね」


 おいおい、それは運が良かっただけじゃないのか? 一層でもゴブリンやノールなら一度に二十匹くらい出てきてもおかしくないぞ。たった二人ならせいぜい四~五匹くらいまでの集団のオークやホブゴブの方が楽なくらいだろう。


「あ……そうなんですか。オークとホブゴブリンしか見かけなかったから……」


 そりゃラッキーって奴だ。余程腕に覚えがなきゃ最低でも四人以上揃えた方がいいぞ。場合によってはガイドを雇うという手もあるし、早朝に入り口広場に行けば仲間を募集している奴等だって沢山いる。


「と、言うより、迷宮に行くなら情報を集めた方が良いですよ。地図だって不完全ではありますが一応三層までは販売していますし、経験豊富なガイドだって、雇うのに結構な金は掛かりますが得られるものは多いはずです。余程のハズレを引かない限り損はないと思いますよ」


「成程、ガイドか。ロリック、良い事を聞けたな」

「ああ、そうだな。フィオ、早速雇ってみるか。ガイドはどの位の価格なんでしょうか?」


「一層だけなら一日十万Zというところでしょうね。その他に入場税や迷宮内での獲得品はガイドを含めたメンバーで頭割りというのが一般的ですね」


「「……結構するんだな……」」


「まぁ彼らも商売ですからね。そうしょっちゅう依頼があるわけじゃないでしょうし。人気のあるトップクラスのガイドは一月にガイド料だけで百万Zも稼ぐと言われています。人気のないガイドは全く客が取れなかったりしますので交渉すれば値段を安く出来るかもしれませんが、あまり期待しない方がいいでしょう。彼らの中でも価格を崩さないように大きな『ダンピング』は出来ないらしいですからね」


「そうですか。色々と貴重な話が聞けました。ありがとう」


 フィオが礼を述べて頭を下げた。


「いえ、どういたしまして。では我々はまだ訓練がありますので」


 そう言って訓練に戻った。


「よし、じゃあ行くぞ……まずはゼノム、エンゲラ、グィネだな。他の皆はホブゴブで行くか」


 お気をつけて。死ぬなよ。




・・・・・・・・・




 訓練が終わり、汗を流したあと、いつもの高級レストラン「ドルレオン」で宴会だ。

 明日から十連休、高価な酒と高級な料理が大量に消費されていく。


 おい、もう三十万は楽に超えたろ……。

 五十万行くんじゃねぇか、これ?

 覚悟はしてたからいいけどさ。


 酒が回らないうちに転生者には二十万Zづつ支給し、ズールーには一万Zの昇給で八万Z、エンゲラにも七万Z、ギベルティにも四万Zの給料を渡した。

 なお、俺は全員にクリスマスプレゼントとして相変わらずタオルをプレゼントした。

 タオルはいくらあっても困らないしな。


 ミヅチとバストラルの今年から参入した二人はボーナスの一環だと思っていたようだが、他の転生者もシャツだの帽子だの手袋だのを用意していることを知って慌てていた。

 それを見たかったので全員黙っていたようだ。俺もだけど。


「もう、教えてくれても良かったじゃない……」


 頬を膨らませながらミヅチが俺やベルに文句を言ったり、


「あ、そうか。『クリスマス』か……すっかり忘れてた……でも、俺、まだそんな金……」


 バストラルが落ち込んでそう言うが、表情は嬉しそうだったりしているのを楽しんでいた。


 宴会を始めて一時間ほどが経過し、腹も膨れ、あとは残った料理を摘みながら酒を飲み始めた頃だ。


「バストラル。初めての迷宮はどうだった?」


「え? ええ、あんなの初めてですからね……とにかく必死でした……しかし、皆さん凄いですよね。アルさんは別格という感じですが、皆さんそれぞれものすごく強い……。女性も多いのに、本当に大したものです」


「まぁ最初はそんなもんだろうな。お前、この休みはちゃんと一人でも訓練しろよ。休みの終わりにはテストするからな。いつまでも変わらないようだと試用期間のままだぞ」


「も、勿論ですよ! やりますよ、俺は! 明日の午前中はグィネさんに槍を教えて貰う約束ですしね!」


「そうか。熱心なのは良いことだ。じゃあお前にもう一つプレゼントだ。これで文字を勉強しろ。『日本語』も書いといたから一人でも出来るだろ。分からないことがあったら誰か捕まえて聞けばいい」


 そう言って俺様お手製の「アルファベット練習帳~ラグダリオス語基礎編~」を渡してやった。


「え? これ……全部手書き……は当たり前か。アルさん。有難うございます。ここまでして頂けるなんて、本当に嬉しいです」


 俺の部下が無学なのに耐えられないだけだから気にすんな。

 面倒だったけど、これからこういうことがあれば手本もあるからこいつにやらせよう、そう思った。


「ところで、皆は休み中どうするんだ? 俺は明後日くらいには実家から商会の馬車が来るからそれ以降は王都に行きっ放しになっちまうと思うけどさ」


「ん……俺は宿でゴロゴロしてるな。あと、王都に行くなら一緒に連れて行ってくれ。ログフラット准男爵に挨拶もしたいし、買い物もしたい。最近魚の燻製に凝っていてな……」


 ゼノムがそう言うのに併せてラルファも口を開く。


「じゃああたしも。お父さんの服も出来てるだろうし……。グィネ、なんか服買いに行こうよ」

「うん。いいよ。私も折角だから酒屋さんに行こう。ライ麦の焼酎が入ってるといいな」


 それ、ライ・ウィスキーって言うんじゃねぇの?

 去年だっけな?

 王都で見かけたことがあるが、一瓶二十万Zというとんでもない価格に躊躇したんだ。


「私達もお正月は王都に行きます」

「何時だっけ?」

「十時に二番通りの端よ」


 トリスとベルは王都名所巡りの馬車のツアーを申し込んでいたらしい。

 はとバスか。

 そういうの、俺も一度くらい乗ってみたいな。


「我々は宿で待機しております」


 ズールーがそう言った。


「休みまで気にすんな。遊んどけ」


 どうせお前、「ムローワ」に入り浸りだろ?

 これもいつもの儀式のような会話だ。


 こいつ、俺が「そうか、じゃあいつでも呼び出せるように動くな」とか言ったらどんな顔すんのかね?

 でも必ずこう言ってくるズールーの事は気に入っている。


「あの、私は……」


「ああ、明日やるから来い」


 エンゲラはコンドームのおねだりか。退廃的だな。

 別にいいけど。

 お前に妊娠されたら困るし。好きなように羽根伸ばしてくれ。


「私も王都に行きたいですね。新しい香辛料を仕入れさせてください」


「わかった。馬車が来たら呼びに行く」


 ギベルティは新メニューの開発に余念が無いようだ。

 よく考えるとこいつの使っている金額の方がズールーの給料よりも多い気がする。

 これも別にいいけど。


 全員の予定を確認し、また宴会に戻った。


 ミヅチ?

 こいつは俺と一緒だ。

 休みなんかある訳無いだろ。




・・・・・・・・・




7444年12月26日


 適当な安宿に一二月三〇日から一月二日まで二人の予約を入れた。

 今回の休み中にまた妖精郷に行って魔術を習う必要があるからね。


 他の奴等も連れて行っても悪くは無いんだろうが、全元素を使え、且つある程度以上のレベルがないとあんまり意味ないんだよね。

 ラルファとか馬鹿だから酒とか持って行って妖精に危害を加えかねないし。

 そりゃ言い過ぎか。


 干物屋にも予約を入れ、前金で支払いを済ませた。


 なお、ランニングの前にミヅチを偵察に出したところ、ファルエルガーズとヒーロスコルは何だかよくわからない二人組の男達と意気投合したようで、四人で迷宮に潜っていったらしい。

 二人共正騎士の叙任を受けているし、そんじょそこらの冒険者よりは実力だってあるだろう。

 転生者ということで多少レベルが低くてもなんとかなるだろ。


 ミヅチと二人で今後の皆の教育方針や計画を練りながら午前中を過ごし、昼飯を食ったあと、暇そうに街をぶらついていたエンゲラを見つけたので三人で迷宮に行ってミヅチとエンゲラに経験を積ませた。


 ミヅチの他、奴隷三人とムローワで晩飯を食いながら、ズールーの女の話題で盛り上がった。


「おいダズ、塩取ってくれ」


 顔を赤くしたズールーは、恥ずかしそうに「もう勘弁して下さい」とか言っている。

 こいつの女は今日も出勤していたが、店が混んでいるので忙しそうに動きまわっていた。


「そう言えば、裁きの日は来月半ば頃らしいですね」


 エンゲラが茹でた豚足を齧りながら言った。

 そう言やぁ、なんの交渉も接触も無いな。


「ああ、そうだった。確定したらその日が休日になるようにするから心配するな」


 裁きの日はオースの民に取って一年にそう何度もない娯楽の日だ。

 飯屋はかき入れ時になるが、それ以外の大抵の商店は休みになるし、縁日の様に屋台も沢山出る。

 刑事事件の犯人の処罰は勿論だが、話題性の高い民事の判決も下されるので楽しみにしている人も多いのだ。


 とにかく、楽しみが少ない一般の人の間では裁きの日はお祭りのような感覚だ。


 これを奪うのも酷な話なので今までも休日を合わせるようにしていた。

 今回は今朝行政府から証人としての出廷の可能性があると使いが来たので来月には裁きの日があることを知ったのだ。

 普通は十日くらい前に行政府と入口広場で広く一般に通告される。


「今回はご主人様やカロスタラン様も証人として出るかも知れないんですよね。見逃せませんよ、これは」


 ギベルティがベーコンと胡椒で味付けされたポリッジをスプーンで口に運びながら言った。

 こいつは奴隷たちの内で食器の使い方にいち早く慣れた。


 ズールーもエンゲラも未だに箸を使えないのは仕方ないにしてもスプーンすらなかなか使わない。

 ズールーなんか元は平民だったのだから食器くらいまともに使えると思ったんだが、デーバスの貧乏従士家は皿や丼以外の食器なんか無かったそうだ。


「私も裁きの日は初めてなので少し楽しみです」


 ミヅチは単に縁日のように屋台がたくさん並ぶのが楽しみなだけだろう。


 その時、俺達の会話に割り込んできた声がした。


「おう、殺戮者スローターズか。隣いいか?」


 声を出した相手を見て驚いた。


 緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドのヴィルハイマーと黒黄玉ブラックトパーズのアンダーセンが二人で入ってきたのだ。


 殺戮者スローターズに緊張が走る。


 緊張しておらずいつもとあまり変わらないのは彼らとほとんど接触がなかったミヅチくらいだが、彼女も皆の様子を見て顔つきを改めたようだ。


「勿論ですよ。どうぞ」


 そう言いながら俺は何故この二人が? と疑問を感じていた。


 ひょっとして俺たち殺戮者スローターズ日光サン・レイの間にある種の協力関係が成り立ったことを知って、彼らも手を組んだのだろうか?


「最近えらく景気がいいらしいな」


 ヴィルハイマーのおっさんが俺に話しかけてくる。


「ええ、お陰様で、順調に稼げています」


 隙を見せないように答えよう。


 愛想笑いを浮かべながら言った。


「七層まで行ってるんでしょう? 大したものだわ。初めて会った時は皆もっと可愛かったのにね……いつの間にか抜かされちゃったわね」


 椅子を引いて席に座りながらアンダーセンが笑った。


「可愛いとか、止せよ、アンダーセン。俺達もいつの間にか抜かされて今じゃこいつらがバルドゥックの稼ぎ頭だ」

「ん……まぁ、それもそうね」

「ああ、このこまっしゃっくれたツラを見ろ。もうとっくに一端の冒険者だ。それも俺たちが敵わないほどのな」

「確かに……最近うちのパーティーでも殺戮者スローターズの様に魔石で稼ぐべきだって意見も出てきてるしね。困ったもんよ……」


 それをきっちり抑えこんで堅実に稼いでるあんたらは超一流だよ。


 迷宮内でぶつかったとしても負けることは考えてないが、奇襲を受けたら犠牲者が出ることを覚悟するような相手なんかそう多くない。

 特に緑色団ベルデグリ・ブラザーフッド黒黄玉ブラックトパーズはその最右翼だ。


「ビールとベーコン焼き。カリカリにして卵も入れてくれ」

「私もビール。あと何かおすすめは?」

「今日はケイルーイの良いのが入ってます」

「じゃあそれ。揚げてちょうだい」

「畏まりました」


 二人は注文を取りに来たズールーの女に料理を頼むとこちらに向き直った。


「……ところでグリード君。噂を聞いたんだがね……」


 ほれきた。


「噂? なんでしょうか?」


「そう身構えないでいいわ。あんた達、日光サン・レイと手を組んだの?」


 だいたいそんなこったろうと思ってたよ。


「手を組んだ訳ではありません。五層の転移の水晶棒の小部屋の運用を共同で行おうと約束しただけですよ」


 そう言ってビールを飲んだ。


「……それだけか?」


「ええ、それだけです。何か?」


「聞いてた話と違うわね……ヒスは貴方たちと手を組んだと言っていたわ」


 ヒス? ヒス……ヒスルーラ・ハルレインか。


「へぇ」


 まぁ、五層のシャワーとかの件なら手を組んだと言っても良いかもな。


「ま、忠告、と言う程じゃないがな。これは俺たちにも関わりがあるから言うんだが、念のため教えといてやる。多分だが、そのうちあいつらの方から一緒に迷宮に行こうと言ってくるはずだ。リーダーのリンドベル達はそうやって他のパーティーを取り込んで日光サン・レイをでかくしたんだ」


 へー、そうなんか。

 でもなんでそれがでかくすることに繋がるんだ?


「最初は一緒にやって分け前を多く渡す。そうやって安心させて使えそうな奴を見定めてから引き抜くのよ。私も昔一人やられたわ」


「俺のところもだ。尤も、引き抜かれた奴はもう死んじまったがな」


 なるほどね。


「なるほど、貴重な情報を有難うございます。感謝します。しかし、それを私に警告するのが理解できませんね。我々が弱体化したほうが貴方がたの都合が良いのでは?」


「はっ! 勘違いするな。俺達は殺戮者スローターズの弱体化は歓迎するが、それ以上に日光サン・レイの成長を止めたいだけだ」

「ま、有り体に言えばそうね。日光サン・レイは六層にも顔を出しているみたいだけどかなり苦戦しているようでね。五層もまだまだ彼らの立派な狩場のままよ。七層に行っちゃったあんたたちが弱体化してまた五層や六層に戻って来られても迷惑だからね」


 うん。そういう理由ならまぁ理解できる。


「しかし、トップチームからメンバーを引き抜くなど、並大抵の分け前じゃ無理だと思うのですが……」


「そこがあいつらの汚いところだ。最初は金で釣るが、それに靡いた奴を少しずつ懐柔して、あるとき一緒に神社に行こうと言い出す。特別なルートを持っているから、早く喜捨出来るぞってな」


 ほほう。特別なルートねぇ。


 因みに喜捨をするには条件がある。

 命名や結婚、奴隷の売買とか解放なんかの時は無条件で喜捨が求められる。

 一定の額だけどね。

 ま、手数料のようなもので、これらは正確には喜捨とは言えないだろう。


 それ以外は一応賽銭箱のようなものがあって、そこに賽銭として喜捨が可能ではあるが、これは少額しか認められず最高でも銀貨一枚までしか認められない。

 お願いごとをしたり、お祈りをしたりするのは自由だ。


 この喜捨が重要なのだ。

 賽銭を入れられるのはだいたい一月ひとつきに一度、主月のカルタリが満月を迎える日、偶数月一七日の夜と副月のネイタリが満月を迎える七七日周期だけだ。

 特例として正月は別なのだが、ここで喜捨する人は滅多に居ない。

 何か良い事が有る訳じゃないからな。

 満月の日はステータスを見られて各神社の先着百人だけが喜捨出来る。


 先着を狙って数日前から並ぶことは許されない。

 当日の日没の瞬間から並ばなくてはいけない。

 これを破ると雷に打たれると言われているがこれは眉唾だ。

 だって誰も打たれたこと無いらしいし。


 とにかく、そうすると木札が貰えるのだ。

 この木札は硬貨を作るのと同様に作られているようで、偽造は出来ない。


 一万Z分集めると魔法の掛かった少し大きな木札と取り替えてくれる。

 この時点で木札には貰った人間のステータスが魔法的に焼き付けられる。

 これを百枚集めると更に大きな木札と交換出来る。


 この大きな木札を持っていると、無条件で一度だけ治癒の魔術を掛けてくれるのだ。


 神官だか司祭だか司教だかが掛けてくれる訳ではなく、神社の本堂に木札と一緒に通された者だけが神から直接、治癒魔術を掛けて貰えるのだそうだ。


 この治癒魔術は話に聞くところだと完全治癒キュアーオールだと思われる。

 要はどんな大怪我でもそれが一箇所なら殆ど完治に近い状態まで回復してくれるのだ。


 これを欲しがらない冒険者は居ない。


 こんな高レベルの治癒魔術を使える奴なんてそうそう居ないしね。


 大体全属性の元素魔法の技能を持っている奴くらいは普通に探せば見つかるだろうが、それが揃って五レベルも必要だしな。

 大怪我して虫の息になってもとにかく神社まで来れるのであれば少なくとも助かる可能性はグンと上がる。


 オースの月、カルタリの月齢はぴったり六十日。

 つまり、主月のカルタリの満月に合わせると年間六回しかチャンスがない。

 副月のネイタリはもっと少なく年間四~五回だ。

 それぞれのチャンスに一万Zを突っ込んでも百万Z分の木札を集めるのに十年もかかる。


 本人が行かなきゃいけないから貴族だって持っている人は殆ど居ないと言われる程、貴重なアイテムだ。


 普通の人はアホくさくてこんなことしていられない。

 大きい怪我なんかそうそうしないし。


 ははぁん。

 日光サン・レイって、リンドベル夫妻って、こういう奴等か……。


 

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