第九十六話 オーガ
7444年10月5日
夕刻近く、九人で七層へと転移した。
七層は六層のように、それまでの迷宮の様子とはガラリと変わっていた。
通路の幅は三〇m以上はありそうだし、所々に常緑樹も生えているようだ。
天井は遥か高みにあり、妖精郷のような有様で燦々と日光のような明かりを放射していた。
通路を形作る壁も天井まで伸びているようで、昼間の枯れ谷の底にでも居るような印象を受ける。
樹木の高さは目測で四~五m程だろうか。
場所によって異なるような印象もある。
壁際の方が背も高いみたいだ。
当たり前だが木の生えていないエリアの見通しは良い。
「何と言うか、その……意外な光景ですね」
感心したようにトリスが言った。
ああ、そうか、妖精郷を見た事がないのであれば意外過ぎるよな。
「明るいと楽そうだね」
ラルファも幅広の通路の前後を見回しながら言う。
転移の水晶棒の周囲は開けており、見通しは良い。
それまで三〇~四〇m程度の視界しか確保出来なかった事を考えると確かに楽そうだ。
罠があったとしても落とし穴なんかだと引っ掛かる間抜けなんかいないだろうという印象もある。
「迷宮も全部こうなら楽なのでしょうが……」
エンゲラが眩しそうに辺りを見回して言う。
本当にな。
「しっ!」
ベルが警告を発した。
目を瞑って耳に神経を集中させているようだ。
足音を捉えたのだろうか。
兎の耳をピンと立て、ピクピクと動き、角度を変えて音を捉えようとしている。
ベルはすぐに目を開くと、
「遠くて判りにくいですが足音がした感じです」
と前方を指差した。
前に彼女から聞いた事があるが、耳が生えている位置関係の問題で地面に直接耳を押し当てる事が難しいと言っていた。
「あの木まで行きましょうか」
グィネが槍を持ち直して提案をした。
適当な木の幹に耳を押し当てると足音が聞き取り易いからだろう。
木の幹ならベルも耳を押し当てられる。
「そうね」
ベルが頷いたので全員でグィネが指差した五〇mくらい離れている適当な木まで移動した。
この辺りから林のように木が茂っている。
「アル、どうだ?」
検知の魔術を使った俺にゼノムが声を掛けてきた。
魔術に罠類は引っ掛からない。
「罠は見つからないな」
それを聞いたベルは右側の耳を木の幹に押し当てた。
腰を折って木の幹を抱え込むようにしている。
俺はその間に生命感知の魔術を使って周囲を窺った。
指でOKマークを作って全員に問題ない事を伝えると銃剣を肩から外した。
「ん……沢山の足音が入り混じっています。一番近いので五〇〇mくらい先でしょうか? 一匹……二匹かな……あ、一匹かも知れません」
そう言うと木の幹から耳を外し俺の方を見た。
「ま、元々様子見だし、行くか。オーガメイジかも知れないから俺の前には出るなよ」
そう言って歩き出した。
一〇〇mおきくらいに罠を検知しながら進んでいく。
大体一〇〇~二〇〇mおきくらいで林と木の生えていない下草や荒地のエリアが分かれているようだ。
決め付けるのは早計だろうけど。
と、林を抜ける前に、前方の草原の様な場所にオーガが一匹いるのを見付けた。
何かしているようだが、一体何をしているのだろう?
木に隠れながら様子を窺うと、すぐに判明した。一匹のゴブリンを小突き回している。
ゴブリンは必死に逃げようとするがオーガは木の幹のようなぶっとい棍棒で逃げられないように邪魔をして愉しんでいる。
オーガを見るのは初めてだし、気付かれないうちに【鑑定】しておくべきだろう。
【 】
【男性/1/10/7414・大鬼人族】
【状態:良好】
【年齢:30歳】
【レベル:4】
【HP:449(449) MP:1(1)】
【筋力:40】
【俊敏:10】
【器用:3】
【耐久:40】
は? なんじゃこの無茶苦茶なHPは。
種族のサブウインドウを読むと一ヶ月で一HP成長するとか……それに加えてこの能力値かよ……。
身長は背筋を伸ばしてちゃんと立てば三m弱くらいか。
猫背なのでもう少し低く見える。
短く太い脚、成人男性の胴回りよりも太い、筋肉に覆われた長い腕。
贅肉もあるが、その下に隠れた鋼のような筋肉を思わせる胴、ホブゴブリンを更に凶悪にしたような面構え。
確かにあの体格ならこの無茶なHPも肯けもしなくはないこともなくはないのかも知れない、って言ってもなぁ……。
レベル低っ。
これでレベルも高いなら経験値的にいい相手なんだが。
いやいや、こいつだって一人で倒せばかなりの経験値を得られる筈だ。
と、鑑定ウインドウを見ている間に事態が進展した。
小突き回されていたゴブリンが『ギョエーッ!』と甲高い声で悲鳴をあげた。
オーガが棍棒を持っていない左手でゴブリンの脚を一本掴んで逆さ吊りにしていた。
念のため逆さ吊りになっているゴブリンも【鑑定】で見てみたが、こちらは何の変哲も無い普通のゴブリンだった。
弱った獲物を捕まえたオーガは「もういらん」とばかりに棍棒を放り出したが、倒れた棍棒で自らの脚を打ったようだ。
痛かったのか、こちらに背を向けた。
馬鹿だな。ゴブリンの悲鳴が上がる。
「今です」
そう言うとミヅチがフレイムジャベリンを飛ばした。
確かに絶好のチャンスだ。
ベル、トリス、ラルファ、グィネもそれぞれ攻撃魔術を使ったようだ。
全ての攻撃魔術がオーガの背に命中した。
だが、それでもオーガのHPは二〇〇も残っている。正にバケモンだ。
オーガがこちらを振り向いた。
絶叫が上がる。
殺戮者から。
オーガの纏った腰布の前に両足をオーガに掴まれ、足を拡げられた小さなゴブリンが仰向けになってこちらに頭を向けていた。
オーガはゴブリンを犯していたのだろう。
そう言やあのゴブリンは女性だったか。
ゴブリンはオーガに貫かれたまま絶命しているようで仰向けのまま頭をだらりと下げ、泡を吹き、両手もだらんと垂らしていた。
オーガは「俺の愉しみを邪魔する奴はどいつだ!」と言うような表情で俺たちの方を睥睨し、ゴブリンの両足から手を離すと放り投げた棍棒を拾おうと身を屈めた。
不思議な事にゴブリンはそのままオーガの腰に引っ付いていた。
抜けないのかよ……。
俺はアイスジャベリンミサイルを放ち、躱そうと身を攀じるオーガの胸にぶち当てた。
そこにトリスのストーンボルトが突き立ち、続いてミヅチのフレイムジャベリンも命中した。
HPがマイナスになったオーガは、「まさか自分が死ぬなんて」とでも言うような驚愕の表情を貼り付かせたまま倒れた。
流石にもう抜けたろう。
全員嫌そうな顔をしている。
当たり前だ。
俺も見たくなかったわ。
「ズールー、止めを刺して魔石を取ってこい」
嫌な事は忠実な奴隷に押し付けるに限る。
と言うより、魔石を取る過程で嫌でも目に入るだろうし、犯されて死んだゴブリンなんか見たくもない。
「あれだけ攻撃魔術を食らっても倒れないなんて……」
トリスが感心したように言った。
露骨な話題転換だが、ここは乗っておいた方が良いかな。
「ああ、吃驚だ。あの体つきを見れば納得行くような気もするけど……」
と言ってズールーの作業を遠巻きに眺めた。
「しかし、仕留めるのに八発も攻撃魔術が必要とは……」
指を折って数えながらエンゲラが呟いた。
確かにな。
威力がバラバラとは言え、これじゃあ先が思いやられる。
今回は不意打ちから始めたので全ての攻撃魔術がクリーンヒットした。
手足や棍棒で防がれたり、それこそ躱されたりしたらもっと手間が掛かったに違いない。
数が多ければ攻撃魔術を喰らいながらでも突進してきて棍棒を振り回されたらもう魔術を使えるのは俺くらいだろう。
戦闘中に攻撃を躱しながら呪文を唱えるなんて器用な事は流石に無理だ。
せいぜい走っている最中に短い呪文を唱えられる程度だろう。
それだって難しいんだぜ?
嘘だと思うならやってみてくれ。
ズールーが採ってきたオーガの魔石の価値は十二万を少し切るくらい。
売れば八十万Z(銀貨八十枚)程度だろう。
結構な儲けになりそうだが……。
「ステータスを見てみましたが魔法の特殊技能は持っていなかったようですので、あれは話に聞くオーガメイジではなさそうですね」
魔石を俺に手渡しながらズールーが言った。
一応目的は達した。どうしようか?
「遠距離から魔法で仕留めただけだしな……可能なら直接鉾を交えた方が良くないか?」
ゼノムが言った。
うーん、一匹なら全員で囲めばなんとかなりそうだけどな。
これで複数とか魔法まで使うというオーガメイジとか混じったら大変な事になりそうだ。
しかし、ゼノムは一対一なら勝てると豪語していたし、ミヅチなんか今より少ない人数で一人の犠牲で五匹相手に切り抜けたらしい。
尤も、ミヅチの場合、全員魔力の多いダークエルフなんだろうから何とも判断がつかないが。
「私、あんなの見たくないなぁ」
グィネが正直な気持ちを吐露した。
確かに今見た出来事はショッキングだった。
グィネよりも小さいゴブリンのメスに対して欲情したオーガを見てビビるのは無理もない事だろう。
自分に当て嵌めると途轍もない恐怖の筈だ。
「オークはもっと酷いことするよ。あの程度でび、びびんないでよ」
ラルファが変な言い方でグィネを奮い立たせようとしている。
でもさ、俺見たんだよね。
お前、咄嗟に顔伏せたろ。
気持ちは解るし、正常な反応だけど、はっきり言ってビビってんのはお前とグィネだけだ。
そりゃベルやミヅチ、エンゲラの女性陣もいい顔なんかする訳無いが、ビビってはいないぞ。
「グィネ、安心しろ、大丈夫だ。俺があんな事させやしない。それにゼノムや皆もいるんだ。だいたい、俺があんな程度のモンスターに負けると思うか?」
わざと自信があるように言った。
いざとなったら埋めちまえばいいだろ。
今まで通り氷漬けでもいいけどさ。
「さぁ、もう一匹くらい相手しようか。今度も相手がオーガ一匹のようなら接近戦だ。魔法は怪我をした時だけにしようか。相手が複数とか魔法も使ってくるようなら俺が仕留める」
魔石を腰の袋に落としながらグィネに笑いかけた。
それでもグィネのしかめっ面はなおらなかったが、それは仕方ない。すぐには無理だろ。
・・・・・・・・・
更に先に進んでみた。
また五〇〇m程進み、いくつか先の林に入る手前で感知系の魔術を使って一応安全を確認した。
すると、生命感知に引っかかった生物がいた。
「あー、いるな。二匹。オーガかどうかまでは分かんねぇけど。二〇〇mくらい先だな」
そう言って銃剣を構え直した。
俺の言葉を聞いて全員得物の鞘を払う。
ほう、さっきは相手が一匹だけなら接近戦と言ったが、二匹でもやる気なんかね?
ああ、俺が一匹仕留めるのを期待されてんのかな。いいけど。
「慎重に行くぞ」
そう言ってさっさと林に足を踏み入れた。
落ち葉を踏みしめる感触が心地いいが、音も鳴るんだよね。
さっきはゴブリンをいたぶるのに夢中だったようで気付かれはしなかったけど。
隠れながら木の幹を伝って進む。
林を越え、空き地を越え、更に次の林に入ってすぐのあたりにオーガが二匹居るのを発見した。
オーガはすぐにこちらに気付き、棍棒を持って立ち上がった。
「左の奴をやる」
そう言うとすぐに電信柱を作り出し、ミサイルを付加して飛翔させる。
すっ飛んで行く電信柱の速度は速いが、まだ距離があるのでミサイルが付加されていないなら躱す事くらい難しくはないだろう。
オーガもそれを見てとったのか、牙の突き出した醜い顔を歪めて進路を変えた。
しかし、その程度で誘導から逃れられる筈もなく、あっけなく電信柱を腹のど真ん中に受けて絶命した。
ヘビーカタパルトクラスなら一撃か。
ベルの斜め前にグィネが槍を構えて立ち、その前に全員が得物を構えて立ち塞がった。
ベルの弓から矢が放たれる。
しかし、残ったオーガは顔の前を左腕でガードしながら突進速度は全く緩まない。
腕に突き刺さった矢などダメージとすら思っていないのだろう。
『ゲボォォォォ!』
嫌な雄叫びを上げて一番背の低いゼノムに馬鹿でかい棍棒を振り下ろした。
ゼノムはオーガの懐に入るように進み出て躱すと脛に手斧を打ち込んで駆け抜けるようにオーガの後ろに回り込んだ。
あっけに取られたオーガだが、すぐに気持ちを切り替えたようで今度は奥に居るグィネに目標を定めたようだ。
再び突進してきた。
オーガの左肩にベルの放った矢が刺さる。
グィネを目指して突進したオーガの邪魔をするようにズールーが正面に立ち盾を構えて両手剣を振り回す。
流石に刀身長が一m近い両手剣はオーガの目にも脅威と映ったのだろう。棍棒で払うようにして防いだ。
その隙をズールーの隣に居たトリスが突き、振り回された棍棒をひょいと身をかがめて避けると右脚の太腿に長剣の先を突き込んだ。
反対側からはこちらも盾を構えたエンゲラが右手に持った段平で牽制している。
トリスを回り込んだミヅチが魔法の曲刀で更に傷ついた太腿に切りつけた。
スパッと言う感じで深い傷を与えた。
返す刀で右腕にも切り付ける。
この一撃も前腕部に綺麗に入り、なんと骨ごと前腕部を中程から切り飛ばした。
それに気付かなかったのか、オーガは棍棒を振り回そうとして出来ない事に気付き、怒りと驚きが混じったような濁った叫び声を上げた。
すぐに痛みも回ったのか、右脚の膝を地に突き、左手で棍棒を拾い上げようとしている。
「やあぁぁぁっ!」
そこにエンゲラを回り込んだラルファが一mもの高さで跳躍し、両手で手斧を振り被り頭部を狙って振り下ろす。
タイミングを読んだ絶好の一撃だったが、咄嗟に棍棒で防御したオーガの方が僅かに早かったようだ。
だが、ラルファの一撃で棍棒はその半ばから切れたのか、折れたのか、半分程の長さになってしまった。
着地したラルファを庇うようにエンゲラが盾を差し入れた。
「ふんっ!」
振り返ったゼノムが後ろからオーガの左足に斬り付けた。
それで更にオーガの体勢が崩れた所に狙い澄ましたベルの矢がオーガの顔面に突き立ち右目を潰した。
ベルとオーガの距離は十五m程。
充分にポイントブランク距離だ。ベルが目標を外しっこない。
「ええぇぇい!」
グィネが突進し、槍を突き入れた。
腹に槍を受けたオーガは憎々しげな表情でグィネを睨んだがグィネはそれに気付かず渾身の力で槍を捻って引き抜いた。
切れた腹から腸がはみ出た。
苦しんで棍棒を手放し、慌てたように腹に左手をやるオーガに対して、体勢を立て直したラルファが顔面に手斧を叩き込んだ。
思わず俺の口から苦笑が漏れる。
「ありゃ『野球』のスイングじゃねぇか」
ラルファの顔面への攻撃が決め手になったのか、目に見えて動きが悪くなったオーガをトリス、ズールー、エンゲラがタコ殴りにして完全に死んだ。
HPもマイナスを通り越して死体を鑑定しても単なる【死体(大鬼人族)】になっちまった。
魔石を採取して六層に戻った。
確かにゼノムの言う通り一対一なら大抵のメンバーは何とかなりそうだ。
ベルだって片目を潰せたら死角に回り込んでゆっくり料理出来るだろう。
だが、やはり舐めていい相手じゃない。
最初にゼノムが躱したあの棍棒の一撃をまともに入れられたら耐えられる奴なんかいないだろう。
良くて骨折、頭にでも当たったら即死だろうな。
やはり数が多ければまずい。
オーガメイジとかいう魔術が使える奴が混じっても相当神経を使う戦いになる事は疑いない。
しかし、見落としていたのはミヅチの接近戦での攻撃力だ。
なにあれ? 魔法の武器ってすげーわ。
ここまでとは思わなかった。
これから先、もし見付けてもすぐには売らないで使った方が有効かも知れん。
トリス、ズールー、エンゲラもまだぎこちない部分は残るが盾に慣れて来たようだし、彼らと二人一組でゼノム、ラルファ、ミヅチに前衛を任せ、遊撃としてグィネ、狙撃手としてベルが援護すればオーガ三匹なら怪我を負わないで勝つ事も難しくないだろう。
何度か様子を見る必要はあるだろうが、この分なら七層の探索はかなり早そうだ。
道幅も広いし、転移先もそれに伴って減ってるだろ。
減ってなくても実質は減ってるのと一緒な気もする。
ギベルティが用意してくれた晩飯が旨かった。
「罠発見」ディヴィネーション
(全属性Lv4、無魔法Lv5、消費MP26 無魔法ダブル)
視界内の部品点数が多い罠を発見する。効果時間は一瞬。
「縄罠及び落とし穴感知」ディヴィネーション
(全属性Lv4、無魔法Lv5、消費MP26 無魔法ダブル)
視界内の部品点数が少ない罠を発見する。効果時間は一瞬。
「生命感知」ディヴィネーション
(地魔法Lv1、火魔法Lv1、無魔法Lv4、消費MP10 無魔法ダブル)
効果範囲内の動物を感知する。基本範囲は半径100m。感知の際に無指定の場合、体重10kg以上の動物を探知する。動物は鳥類、哺乳類、爬虫類まで。魚類、両生類、昆虫類などは反応しない。効果時間は一瞬。
少しずつ魔術を書いていくことにします。いつかまとめます。




