表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/930

「裏八十六話」

7444年6月21日


 ミヅチが「君が代」を歌い切るとアンクが一瞬だけ強烈な輝きを発し、王宮の前にはライル王国の女王、リルスが立っていた。


 その姿は昨日、行政府の元老院の会議室に現れた時同様に王冠を頭に載せ、長く伸ばしたたおやかに流れる真っ白い髪と、背中から蜘蛛の足を生やし薄絹を纏った姿だった。

 勿論足もちゃんとある。


 後で調査して判明したことだが、周囲一〇〇mに渡って拝跪するダークエルフ達の頭に言葉が響いた。


“我はリルス・ズグトモーレ。ライル王国の王にして国母なり。我が子らよ、拝跪せよ”


 過去にこれほど短期間のうちに何回も連続して陛下からお言葉を賜ることは“パープルウォーム事件”以来の記録だ。


 野次馬のダークエルフまでもが感極まって滂沱の涙を流している。

 どちらかというと彼らの場合はお言葉よりもそのお姿を拝謁出来ると言う歓喜の涙であった。


「皆の者。妾の指示を聞き、細大漏らさず実行せよ」


 その場の全員が地面に額を擦りつけた。


「チズマグロルより懇願されたため、今回に限り直接指示を与えよう。……面を上げるが良い」


 なんと! 元老達は意外に思った。


 昨日の話から、陛下のお言葉はチズマグロルなる戦士から託宣されるものと思っていたのだ。

 直接お言葉を賜わることが叶うとは。


 一言すら聞き漏らすまいと全員が尖った耳に神経を集中させた。

 ちなみに「面を上げる」件はカスタムの分岐条件で設定した。


「まず、ヨーレット戦士総監よ。そなたの心配は理解する。しかし、いかなる理由があったとて戦士の数を減らすのは許さん。また、同族同士で諍いを起こし兼ねなかった点についても許し難い……」


 名指しで女王陛下に非難されたヨーレットはただひたすら畏まる事しか出来なかった。

 だが、例え悪い印象だとしても陛下が己の名を呼び、覚えられていた事は同時に彼に歓喜を覚えさせた。


「そなたの戦士総監の任を解く」


 厳しい裁定に誰一人としてしわぶきすらも上げられなかった。


「代わりにファントーヅ戦士副総監を戦士総監とする。ファントーヅよ、今後も戦士達を纏め、我が国に尽くせ」


「は、ははっ!」


 ファントーヅの返事が響いた。

 ファントーヅは天にも昇るような表情をしている。


「なお、空位となった戦士副総監は元老職から解除する。今後は当代の各戦士長が総監を補佐せよ」


「「はっ!」」


 戦士長たちが返答した。


 リルスから元老一人一人に対してそこそこ詳細な指示がなされた。

 最後にウェブンドに対して「そなたはこれらがしっかりと実行されているか、漏れがないかの確認を怠らず、それを発見した場合には担当者を補佐して改善に努めよ」と指示を行うと、ヨーレットのことを思い出したかのように付け加えた。


「さて、ヨーレットよ。そなたには別の任を与えよう。心して聞くのじゃ」


「はっ!」


 何を言われるのか、ヨーレットは体を固くして跪いたままだ。


「今からそなたの元老としての任は新たなものとなる。食糧副総監じゃ。そなたは今から護衛を含めた必要人員と共にカンビット、コーラクトを越え、先にあるデンズィルを目指せ。デンズィル王国の南方、メイル山中にある松茸デクルッジの種苗の採取を命ずる。生育環境を観察し、人工種苗の基礎を作れ。同時に地上の作物の研究をせよ。キンルゥ山で生育可能なものが望ましいが、それに拘る事もない。これが成った場合、我が国の食糧事情と収入は大きく改善されよう。早いほうが良いが焦ることはない。数年で結果を出そうとするな。大胆な手も要らぬ。ただ地味で単調な任務だがその重要性は高いものと心得よ。その時こそ王道楽土建設計画の始動時期となる。そなたは王道楽土建設計画の礎となれ。なお随行する人員の人選は元老達ではかって決めよ」


「はっ!」


 ヨーレットは頭を垂れると責任ある重大な任務を命じられた事を認識し、嬉しさのあまり体の震えを抑える事すら出来なかった。

 確かに困難な任務であろう。

 しかし、食糧事情や収入の改善になるのであれば元より望むところだ。


 この裁定は昨夜ミヅチから事情を聞いたリルスの魔術体が決定したものだ。

 元々リルスは自分の復活に合わせて、いよいよ国土の拡大も考えていたのだろうか。


 だが、明らかに地上を意識した発言にその場にいた元老だけでなく、野次馬にまで使命感に燃えるヨーレットの意気込みが伝わった。

 所々から興奮の溜め息が聞こえてくる。


「チズマグロルよ。そなたの一位戦士階級としての任を解く。休養後に独立した一位戦士として昨夜妾が命じた任を果たせ。同盟を組める国を見つけ、算段を取り付けるのだ。任を解くまでそなたには元老と同格の権限を与えるものとする。皆の者は彼女が後顧の憂いなく妾の任に邁進できるよう、希望を聞いて環境を整えよ」


「はっ!」


 ミヅチは跪いたまま短い返答をのみ返した。


「では、皆の者、全力を尽くして任に当たれ」


 そう言うとリルスの三次元映像は消えた。


 暫く誰も動かなかった。




・・・・・・・・・




 ウェブンドがミヅチに問う。


「チズマグロル、その剣は?」


 確かに昨晩、ウェブンドはミヅチの武器を預かった筈だ。

 彼女の歩兵用の剣(ショートソード)も彼の手の中にある。


「は、陛下より賜りました。陛下が昔、この地まで旅をして来られた時に使っていたものだそうです」


「「おお!」」

「「何と!」」


 ざわめきが周囲に広がった。

 少しざわめきが収まったところでミヅチは続ける。


「長い単独行になるだろうとのことで賜りました。この剣は家宝にしたいと思います。ですが、陛下のご命令ですから持って行くことになります。私に使いこなせるか心配ですが」


「抜いて刀身を見せてくれ」


 ザーゲルフォル一位戦士長が言うと、ミヅチは首肯し、左手に鞘を持つと、右手で柄を握ってスラリと引き抜いた。

 刃幅は細身だが、造りはしっかりしている。

 微妙にカーブを描く刀身は刃を除けば黒く染まっていた。


「……美事みごとだ……」


 惚れ惚れとする美しい刀身を見ながらザーゲルフォルはそっと刀身に触れると「ステータスオープン」を掛けた。

 ミヅチは(ああ、そう言えば忘れてた)と思って彼女も念のためステータスを見ることにした。

 どうせ【曲刀シミター】だろうけど。


 ザーゲルフォルとミヅチの二人の一位戦士はミヅチが右手に水平に構える曲刀シミターを挟んで絶句していた。


ブレード(シャドウシミ)・オブ・(ター:ライフ)デュロウ(スティーラー)


 ミヅチの中の椎名純子の知識は(やべー、こいつぁ、やべー奴だ)と言っていた。


「……ブレード・オブ・デュロウ……」

   

 ザーゲルフォルは陶然として呟いた。 


「素晴らしい名だ。命名の儀も執り行っているということは、これが噂に聞く魔法の武器か……」


 それを聞いた周囲の元老たちや戦士長も「陛下のお使いになられていた武具であれば魔法の品であるのは当然のこと」などと呟きつつも行儀よく順番に並んで剣のステータスを見ていた。


「チズマグロル、陛下の剣を賜ったからには無様は許されん。先ほど陛下は休養後に任を果たせ、と仰られた。つい先日甲四種の任を終えたばかりだから休養を取るのは良いだろう。だが、遊んで時間を無為に過ごすのは許さん。この剣に相応しい技倆を備えるべく精進しろ。俺が稽古をつけてやる」


 ザーゲルフォルの発言にミヅチは唖然とした。


 彼女とて遊んで過ごすつもりなど毛頭なかったが、最後になるかも知れないのだ。

 出来るだけ兄と過ごしたかった。


 だいたい、単独任務を任される一人前の一位戦士階級なのだからミヅチの剣の腕も相当なものだ。

 これ以上、何をしろというのか。


 昨夜一生懸命にカスタムするセリフを考えていた時、あまり不自然にならないように気を付けていた。


 甲種の単独任務を終えた戦士には無条件で一ケ月の休暇が与えられる。

 それに加え、単独行一ケ月につき一週間の休暇が加えられる。


 今回の単独行は四ケ月程だったので二ケ月近い休暇が無条件で支給される事になる筈だった。


 失敗した。




・・・・・・・・・




 私事ながら魔石を引き取って貰う代わりに当面の兄の治療についての保証も得たし、あとは兄や叔父たちと別れを惜しんで旅立てば済む、という事にはならなかった。


 家に帰ったミヅチは驚愕と先の困難さに頭を悩ませていた。


 理由はリルスより賜った曲刀シミターだ。


 家に帰り、一息つこうとしたミヅチはウェブンドから返却して貰った歩兵用の剣(ショートソード)とリルスから賜った曲刀シミターとで、主武器メインアームを交換すべく、剣帯に鞘ごとぶら下げた。

 バランスを確かめようと剣帯を付けてみて初めて解った。


 鞘を掴んで手にぶら下げていた時は何も感じなかったが、剣帯を通して身に付けた今は強烈な剣の存在を感じる。


 しかしながらまるで羽毛で出来ているかのように軽い。


 曲刀を引き抜くときっちりと重さを感じ、しっとりとした握りの柄は良く手に馴染んだ。

 鞘は相変わらず重さがないかのように軽いままだった。

 ちょっとだけひゅんひゅんと振ってみると理想の剣筋を描くかのように扱い易い。


(これなら戦士長の稽古も楽になるんじゃないかな?)


 と思っていた。


 陛下から直接剣を賜った事を話したら兄はまるで我が事のように喜んでくれた。

 また、薬代も支給されるようになった事を話すと、申し訳なさそうに頭を垂れた。


「俺がこんなんで、お前には迷惑をかけてばっかりだ。すまん。本当にすまん。俺さえまともなら本当はお前はとっくに引く手数多(あまた)のはずなのにな……幸せな結婚相手も見つけてやることが出来ん……許してくれ」


「やめてよ、お兄ちゃん。それは言わない約束でしょ。それに……私は大丈夫。結婚相手くらい……」


 そう言うミヅチの顔は途中からだらしなくにやけていた。


「え? お前、ひょっとして心当たりがあるのか? どこの家の者だ? 戦士か? 挨拶くらいしたほうが……いや、俺じゃまずいな。叔父さんに頼んだほうが……」


 急に慌て出すゴヅェーグルを、負けず劣らず慌てながらもやんわりと制し、


「もう、何言ってるの。そんなんじゃないよ。今日は叔父さんの家でご飯食べよう。結構お金貰えたし、お礼もしないといけないから」


「だがな、こういうことは早いほうが良い。お前も年頃だしな。早速今日叔父さんに相談しよう」


「だから違うって。それに、私まだ十六だよ。結婚なんてまだ早いよ」


「だがな、物好きにも折角お前を貰ってくれる方がいらっしゃるならお願いしたいことは山程あるんだ。こうしちゃいられないだろ」


 物好きは言い過ぎじゃないのか? と思った。


 相手がダークエルフでも高給を取るミヅチなら、金食い虫の兄の枷さえ無くなれば結婚自体に然程問題がある訳ではない。


 幾ら醜い色だとは言え、ミヅチの顔の造作自体、劣り過ぎているというほど酷い訳でもない。

 ダークエルフの中では平均以下だろうが、平均以下の女性だって容姿を理由に一生独身で過ごす女などまずいない。

 第一そこまで悪くもない。


「もう、本当に止めてよ。それに、私、相手がデュロウだなんて一言も……」


 その言葉を聞いてゴヅェーグルは冷水ひやみずをかけられたかのように黙った。


「あ……うん。そうか、こりゃ早とちりだったな。ははっ」


 力なく笑うゴヅェーグルの胸に去来するものは、同族であるダークエルフに相手にされない気の毒な妹だった。

 それもこれも己の体が軟弱なせいだ。

 たった一人残された不憫な容姿の妹の足を引っ張っているという自覚が彼を落ち込ませた。


 だが、そんな雰囲気を振り切るようにミヅチは明るく笑うと、


「じゃあ晩ご飯の買い物に行ってくる。今日は豪華に行っちゃおう!」


 と言って、意気揚々と家を出た。




・・・・・・・・・




 肉だけでなく、高級な食用キノコを沢山買い込んだミヅチは報告と礼を兼ねて兄と共に叔父の家に行った。


 兄の薬代が支給されること。

 尚且つ一位戦士としての給金も貰えること。

 その給金は全て叔父に渡すということ。


 目を丸くして驚く叔父一家に最後に爆弾を投げつける。


「休暇が終わり次第再び単独任務に就かなくてはなりません。今回はリルス陛下より直接のご下命を受けました。詳しい内容は申し上げられませんがいつ戻れるのかも不明なんです。また、陛下から、陛下が昔お使いになられていた剣も一振り賜りました」


 このダークエルフにとっては至上の名誉を事も無げに言うミヅチに対して、ベヅーシュとハーミュリーの叔父と叔母の夫妻も大喜びだった。

 生意気なバヅーソンですら大口を開けて固まっていた。


 明日から暫くの間、単独任務に備えて再び修行をやり直すことになったと伝え、ローストした豚肉の塊から肉を一切れ切り出すとミヅチはそれを兄の前の皿に盛り付けた。




・・・・・・・・・




7444年7月21日


 陛下自らご下命の誉れある単独任務に出立するミヅチを沢山の人が見送りに来た。


 ウェブンドを始めとする九人の元老(ヨーレットは既に出立していた)。

 叔父夫婦に支えられた兄ゴヅェーグル。

 従兄弟達。

 そして、綺麗に整列し長い花道を形作る総勢一八〇名になんなんとするエルレヘイの戦士たち。


 実は任務でもなんでもなく、単に男と一緒にいたいだけの方便だと知ったら八つ裂きにされても足りないんじゃないだろうか。

 ぶるりと震えたミヅチは皆の顔を心に刻むように見た。


 兄とはある程度長くなるであろう別れを充分に惜しみ、必ず病気は良くなるから希望を持って過ごして欲しいと話してある。


 迷惑をかけ通しの叔父夫婦には今後も一生頭が上がらないだろう。

 願わくば従兄弟チビ達の行く末に幸のあらんことを。


 この一月ひとつきの間、辛い修行を無理やり押し付けてきたザーゲルフォル一位戦士長がいた。

 なんだかんだで剣や弓の技倆は結構上がったとは思う。

 どちらかというと上昇したと言うより、悪いところの修正を受けた事が多かった。

 今は感謝の気持ちでいっぱいだ。


 このエルレヘイの舵取りをする元老たち。

 常に国を思い、力が及ばないまでも一生懸命に全力を振り絞って考える姿はまさに指導者にふさわしいものだった。


 任務の経費として要求した二千万Z(金貨二十枚)は腹巻兼用の財布に縫い込んである。

 腹には多少歪みが残ったプレートも入っている。

 右の太腿には刃の欠けたナイフ。

 ブーツには小型のナイフが二本ずつ仕込んである。

 革鎧の脇腹にはダートが左右三本ずつ。

 手甲には左右一本ずつ薄いナイフが柄を手の先に向けて仕込まれている。

 矢筒クイーバーを付けた大型のリュックサックを背負い、腰には曲刀シミター歩兵用の剣(ショートソード)を左腰に二本差で佩き、手にはよくしなるジュール木と硬いニマルク木から作られた丈夫な弓を持っている。

 椎名的にミヅェーリット・チズマグロル、フルアーマー仕様だ。

 FA型番を贈りたい。


 ローブの前を合わせ、フードを引き上げて被るとミヅチはキンルゥ山を降り始めた。


 まずは、出来るだけ早くどこかの街まで出て馬と馬具を購入する必要があるだろう。


 

もう一話だけ短めの話を書いて「裏話」は終わりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ