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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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「裏八十四話」

7444年6月20日


 元老院を兼ねた行政府庁舎から解放されたミヅチは、各戦士長と共に戦士の館へと移動した。


 まだ今回の任務に対する正式な完了報告を行っていないためである。

 微妙な空気に包まれた一行は、移動中誰一人口を開くこともなく沈黙を保っていた。

 戦士の館の前では一位戦士階級のクロザックがミヅチの馬に装着されていた鞍やサドルバッグ等の馬具を外して、その荷物とともにミヅチ達の帰りを待っていてくれた。


 ミヅチはクロザックに礼を言って荷物を受け取り、戦士の館の最奥部、一位戦士階級の縄張りまで行くと改めてザーゲルフォルへと任務完遂の報告を行った。


「……と言う形ですので、対象であるミットリーグ・ローキスと彼が率いていた部下も全員迷宮内部で始末しました。確認した限り目撃者はおりません。周囲からは迷宮探索中に魔物に倒された、と言う形で自然に受け入れられると思います。死体が発見されることを見越して魔石は採取しておりませんが、確実な死亡は確認しています。傷口は魔物に攻撃されたように偽装も行っています」


「……そうか。ご苦労だったな。今日はもう帰って休め。夜には王宮へ行かねばならんのだからな……」


 ミヅチから報告を受けたザーゲルフォル一位戦士長は目頭を押さえながら返答した。

 声に深い疲労が滲んでいた。


「それと、あの……」


 ミヅチが口ごもった。


「ん? なんだ?」


「そのう、任務中に必然的に迷宮内で魔物を倒しました。時間に余裕があるときには魔石を回収していましたので、魔石があります。また、任務とは別に個人的に魔石を得たのですがこれは……?」


「幾つあるんだ?」


「任務中に得た小さいのは纏めましたので、合計二つですね」


 それを聞いたザーゲルフォルは、手を振って言い放つ。


「ああ、いつも通り任務中に得た魔石はお前のもんだ。使うなり三位の所に行って売るなり好きに処分しろ。いつも言っているだろう? いちいち正直に申告する必要もない」


 ザーゲルフォルの言を聞いたミヅチはパッと顔を明るくして、


「ですよね。すみません、有難うございます」


 と言ってザーゲルフォルにぺこりと頭を下げた。


「ああ、それから報告書は出来れば月末までには提出してくれ」


「はい」


 ミヅチは踵を返し、戦士の館を退出した。勿論馬具を馬丁役に返却し、私物はズダ袋に入れ直した。




・・・・・・・・・




 僅か四ヶ月も離れていなかった自宅に戻る。

 妙に郷愁をそそる。


「ただいま」


 出入り口を覆う扉替わりの布をまくって声を掛けるが返事はなかった。

 家の中も灯りも点いておらず、街灯のある表より暗い。

 今日の兄は調子が良いのか、出かけているようだ。


 麻痺し始めた脚の運動のため、叔父の家族で手が空いている者が散歩に連れ出すことは良くある事だ。


 両親が亡くなってから兄と二人家族になっているので今の自宅は一間しかない(両親の死亡を機に曽祖父母は叔父夫婦の家に引き取られていた。遺された兄妹は兄が成人するまで叔父の家に厄介になっていた)。


 面積は一五平方mと言ったところだ。

 ミヅチ的には八畳間よりちょっと広いかな? 程度の感覚である。


 これでもミヅチが一位戦士階級に属しているため、二人暮らしとしてはそこそこ広い家屋が割り当てられている。

 それどころか屋根を除けば壁まで完全に木造の家屋は広さを別にすれば一級品と言っても良い。


 家は四分の一くらいが土間で、残りは高さ三〇㎝くらいの板葺きの床になっている。

 煮炊きは土間に設えてあるコンロの魔道具付きのかまどで行える。

 部屋の奥に薄っぺらい布団が二組畳んであり、壁の一面を占める作り付けの粗末な棚に収められている衣類や食器、細々とした商売道具を除けば背負えるくらい小さな箪笥とちゃぶ台が家財道具の一切だ。


 ふぅ、と一息ため息をついたミヅチは鎧を脱ぎ、土間のたらいに湯を張ると埃と汗で汚れた服を脱いで体を拭き、洗濯してある服に袖を通した。


 ライル王国では排水の問題もあるので、自宅と言えども好きにシャワーを浴びることは許されない。

 共同浴場とでも言うべきしかるべき場まで出向かないとシャワーは疎か、食材であるキノコの汚れなどを洗うことも出来ない。

 そんなところへ出向き、醜い肌の色を晒してシャワーを浴びることは人の少ない真夜中、人目を忍んででもない限りミヅチには出来なかった。

 女子力が限界まで落ち込んでいるとは言え、他者の感情には配慮するミヅチであった。


 さっぱりしたミヅチはたらいを抱えて徒歩三分程度の共同の流し場まで出向くと汚れたお湯を捨て、販売所へと向かった。


 販売所では専門の従業員(彼らも公務員だが)が国内で生産された各種の食用キノコや、高級輸入品の塩や胡椒、食肉など各種食品に始まり、調理器具や衣類、照明に使うための魔石などの生活必需品を販売している。

 ちなみに魔石の買取はしてくれない。そこで平茸ビクルッジ舞茸コーフルッジを買い、任務終了の贅沢とばかりに豚のバラ肉も買ってそれらをたらいに入れて、キノコの汚れを拭き取った手拭いを流し場で洗うと家まで戻った。


 時間的に兄が運動から帰ってくるのはそろそろだろう。

 ならば、と共同井戸まで行き鍋に水を汲むと保存食の干し肉を細かく砕いて入れ、出汁を取り、豚バラを薄くスライスしてキノコと煮込んだ。

 豚のキノコ鍋だ。

 本当はささがきにした牛蒡や薄く切った人参も入れたいところだが、そういった野菜類はかなり高価なのでそうおいそれと買う訳にはいかない。


 くつくつと鍋が煮えたところで竈下のコンロの火を止め、家の照明も消して一眠りする事にした。

 薄い布団を引っ張り出し、こちらも負けじと薄い毛布を被ると、今日の模擬戦の疲れもあり、すぐに眠りに落ちていった。




・・・・・・・・・




 ふと目を覚ますと既に兄が帰宅しており、キノコ鍋に火を入れていた。


「ただいま」


「やぁ、お帰り。鍋を用意していてくれたんだな。すぐに温めるから一緒に食べようか」


 兄のゴヅェーグルが痩せた体でにっこりと笑ってくれた。

 幼少期から体の弱かったゴヅェーグルは戦士育成コースに乗ることもなく、七歳から食用キノコの栽培奉仕の任に付いていた。

 めまいや動悸、息切れが頻発するので多少なりとも休みに融通が利き、それほど力のいらない収穫が主な担当だった。

 悪い事にここ数年で脚の麻痺も始まり、ひどい時には一人で立ち上がる事すら出来ない事がままあって、現在では奉仕任務も免除してもらっていた。

 生活保護費用は年間二四万Zが支給されてる。

 洗濯などは叔母が面倒を見てくれていた。


「うん」


 返事をして布団から起き上がったミヅチは、微笑むと茶碗と箸をちゃぶ台に用意した。

 鍋敷きもちゃぶ台に乗せ、あとは温まった鍋がそこに鎮座すれば食欲のおもむくままに食べればいい。

 なお、ライル王国では食器に箸を使うのは当たり前の事である。


「あのね、お兄ちゃん……」


 鍋の様子を見ているゴヅェーグルの背に向けてミヅチは話し掛けた。

 何を話そうか。


「うん?」


「今日は晩御飯食べたらまた出かけなきゃならないの。戻りは明日の昼過ぎから夕方になると思う」


 結局当たり障りのない事しか話せなかった。

 体の弱い兄は今までのミヅチと同じく結婚は望めないだろう。

 チズマグロル家も家長は既に叔父に移って久しい。

 あの男とは別に結婚を約束した訳でないが、兄に対して後ろめたい気持ちになった。


「そうか、大変だな」


 ミヅチより五歳年上のゴヅェーグルは、うんしょっと掛け声を上げ、再びくつくつと温まった鍋をちゃぶ台まで運んできた。

 兄が一人で出来ると判断したのであれば手助けは無用だ。

 だが、熱い鍋を持っているから万が一の時にすぐに手助けし、火傷を負ったのであれば魔法で治療しなければならない。

 心配そうに兄を見守るミヅチだったが、ゴヅェーグルは多少ふらつきはしたものの、鍋を取り落とすことなく無事にちゃぶ台に載せることができた。


 兄妹二人、向かい合って食卓を囲むのは三月の頭にミヅチが今回の単独任務に出発して以来だった。


「ほら、もっと肉を食え。お前は体が資本なんだから、栄養をつけろ」


 ゴヅェーグルはそう言って薄い豚肉をミヅチの茶碗によそおうとするが、ミヅチとしては肉は兄に食べて欲しかった。


「お兄ちゃんこそ食べてよ。さっきからビクルッジしか食べてないじゃない」


「ん? そんなことないぞ。ちゃんと食べてるさ」


 微笑ましいが、どこかやりきれないチズマグロル家の食卓の光景だった。


 食後に薬湯を飲んで「ちょっと疲れたかな」と言って横になったゴヅェーグルは満足そうに目を閉じた。


 それを確認したミヅチは再び鎧姿に着替えると歩兵用の剣(ショートソード)を佩き、家を出た。

 五分ほど歩いて叔父の家に向かうと彼らも食事を終えたところのようだった。

 叔母が家族の食器を片付けている。


「叔父さん、叔母さん。今日戻りました。いつも兄の面倒を見て頂き、有難うございます」


「やぁ、お帰り。今日はゴッチの調子も良かったみたいだからちょっと長めに散歩に連れて行ったんだ」


 叔父のベヅーシュがミヅチに返事を返してきた。

 どうやら叔父がゴヅェーグルを散歩に連れ出してくれたらしい。


「ミヅっちゃん、晩ご飯用意してくれてたのね。助かったわ」


 叔母のハーミュリーもにこにことしながら返事をしてきた。


「いえ、それより、大してお礼もできず、申し訳ありません。今回の任務で魔石を得たので後で換金してきます」


「そう、でも無理しないでいいのよ」


「いえ、そういう訳には……」


 適当に挨拶を交わし、遊んで欲しいとせがむ五歳と六歳の従弟妹達の頭を撫でながら、ミヅチは叔母に頭を下げた。


「ンだよ。誰かと思ったらミヅチじゃんか。相変わらず汚ったねぇ色してんな。だから結婚できねぇんだよ」


 憎まれ口を叩いているのは今年十二歳になったばかりの一番上の従弟のバヅーソンだ。戦士の育成コースの最終年度になっている彼は大過なく過ごせれば二位はともかく三位戦士階級にはなれるだろう。


「コラ! バッヅ! お姉ちゃんに何て口の利き方だ! 謝れ!」


 彼の父親である叔父に叱られたバッヅはふくれっ面をして奥に逃げ込んだ。


「良いんですよ、叔父さん。汚い色は本当ですから……では、これからまた出掛けなければなりませんので失礼します。また明日きちんとご挨拶に伺いますので」


 そう言ってミヅチは叔父の家を去った。




・・・・・・・・・




 王宮に着いたミヅチは既に彼女を待っていた元老達に遅れたことを謝罪し、どうしたら良いか問うた。


「……あの、私はどうしたら宜しいでしょう?」


「陛下のご命令だ。陛下の寝室に行くしかないであろう」


 彼女に対して答えたのはトンネル拡張担当のゾーリッド元老だった。

 彼はダークエルフにしては小柄な男で身長は一五〇㎝強しかない。


「王宮に入るのに武器は不要だ。こちらで預かろう」


 ファントーヅ元老がミヅチから歩兵用の剣(ショートソード)を剣帯ごと受け取った。


「王宮内は通常立ち入りが禁じられておるから我らは付いては行けん。入ってすぐ正面に大きな扉がある。その奥が謁見の間だが、今回は寝室に、と言う事だからな。右の扉を開け、道なりに進め。途中いくつか扉があるはずだが、突き当たりにある階段を下り、地階へ行け。そこから先は詳しくはわからんが扉に部屋の名を書いたプレートが嵌っているはずだ。“ネムリの間”というのが寝室のはずだ」


 ライル王国の王宮に立ち入りを許されているのは二名しかいないメイドでそれも掃除が主な仕事であった。

 元老と言えども勝手に入る事は許されていない。

 メイド達は今日の奉仕任務を終え、帰宅済みだ。


「了解しました。ところで」


「ん?」


「今回の任務とは別に個人的に魔石を得たので換金したいのですが……勿論、私物販売はザーゲルフォル戦士長のご許可を頂いております」


「ああ、なら私が預かって……なに!?」


 ミヅチから革袋を受け取った渉外担当のザグロッチ元老がその重さに思わず声を上げた。

 見たところ大して量があるようには見えなかったのだ。

 せいぜい三十~四十個程度のものだろうと高をくくっていた。


「これは……凄いな。凄く重い。開けて見ても良いか?」


 ザグロッチ元老は齢三十を超えてはいるが、美人で有名だ。

 美しい白髪は勿論、スラっとした均整の取れたプロポーションは子供を三人生んでいる経産婦とはとても思えない。

 傷一つない美しい顔立ちも美人揃いのダークエルフのなかでも群を抜いている。

 そんな彼女が外見を取り繕うことなく驚愕の表情を浮かべるのはそれだけ彼女の受けた驚きの大きさを物語っていた。


 ミヅチの返事を聞いて革袋の口を緩めたザグロッチは中を覗き込んだきり絶句し、硬直していた。

 不思議そうに元老たちが見守るなか、彼女がやっとひねり出した言葉は「美しい……」という、極ありふれた物であった。


 革袋を左手に、震える右手を袋に突っ込むと最初に取り出したのは直径二㎝もない灰色をした魔石だ。

 色はそこそこ薄いのでそれなりに価値のあるものだとは知れるが、その程度、エルレヘイの三位戦士階級のパトロールでも何日か稼ぎの魔石を結合させれば作れるだろう。


 それを革袋を握った左手に押し込み、再度革袋の内部に右手を突っ込んだ。

 見た感じだと先ほど取り出した魔石と同じくらいの大きさのものがあと三十個くらいは入っているのかも知れない。

 それを考えると確かにあの革袋にはひと財産が入っているのだろう。

 だが、ザグロッチが続けて取り出した逸品を見て全員が目を見開いた。


 小なりとは言え一国のトップに立つ彼らですら見たこともないほど大きく、白い魔石だった。

 僅かにすが入ったように縞があるところが惜しいといえば惜しいが、それを差し引いても込められた魔力量が窺われた。

 大方かなりの数の魔石を結合させたのだろうが元になっているあの大きな魔石自体からして大したものだ。

 あの大きさであれば例え色は真っ黒く、魔力量が低くても結合の母石としてそれなりの価値を有するだろうことは疑う余地もない。


「「なっ!?」」

「「これは!?」」

「「大きい……」」

「「美しい……」」


 元老達が口々に感嘆の言を口にするのを聞いてミヅチはくすぐったいような気持ちになっていた。


「ステータスオープン……ひっ!? た、単一……?」


 腰を抜かしそうになるザグロッチを支えたファントーヅが彼女の右手から奪うようにして魔石を手に取ると同様にステータスオープンを掛け、ステータスを見た。


【魔晶石(デス=タイラント・キン)】


「デス=タイラント・キン……こんな、これだけの大きさと色で単一の魔石だと!?」

「馬鹿な! 貸せ! ステータスオープン! ……」

「私にも……ステータスオープン……!」

「ステータスオープン……確かに!」


 最後に魔石のステータスを見たウェブンドはその手に握る魔石と浮かび上がるステータスウィンドウを交互に見やりながら驚きを隠せないままミヅチに問いかけた。


「チズマグロル一位戦士。この魔石は一体……?」


 元老に問いかけられたミヅチは畏まると口を開いた。


「は、今回の任務を終え、迷宮から抜け出そうと気を抜いたとき、私は落とし穴の罠に掛かってしまいました。落とし穴は、恐らく迷宮の最下層に通じていたと考えられます。そこで出会った同じような罠に嵌った冒険者と二人で協力し、なんとか脱出しようと力を合わせました。最下層から上に行く道を守っていた門番のような魔物を倒して入手したものです。と言っても、その魔物を倒せたのはその冒険者の力によるところが大きく、私は添え物に近かったのですが……」


「なんと! 任務で迷宮に行っておったのか。……だが、腑に落ちない点がある。これだけの値打ちものをその冒険者がそなたに与えた理由だ。その冒険者を殺して奪ったか?」


「いいえ。魔物を倒すのにあまり貢献できなかったので私も遠慮しようとしたのですが、確かにその魔石は彼から頂いたものです。私に病身の兄がおり、その薬代に金が必要であることを知った彼が譲ってくれたのです」


「馬鹿な! そんなお人好しがいるものか!」


 ウェブンドとミヅチの会話に口を挟んだのは秘薬担当のゾレバーヒル元老だった。


 ミヅチも全く同感だ。


 どこの世界にそんなお人好しがいるものか。

 あの男だって相手が私じゃなければ譲りはしなかったろう。

 ミヅチは意を決して彼の方を向いて口を開いた。

 すみません、陛下、いえ、奥様、お名前をお借りします。


「全てはリルス陛下の思し召しです。きっと陛下が何とかしてくれたのだと思います。冒険者の男がそれを申し出たとき、確かに陛下の雰囲気を感じました」


 このくらいの嘘はいいだろう。

 何しろミヅチは女王陛下に大きな貸しがあると言って良いのだ。


「「なんと!」」

「「……そうか、陛下が……」」

「「だからこのような魔石を持った魔物を倒せた……?」」

「「なるほどな……」」

「「だから陛下はチズマグロルに……」」


 先ほどの三次元映像の投影の折、ミヅチを特別視するような事を言っていたからであろうか、元老たちはミヅチの言葉を信じて疑わなかった。

 ミヅチ一人が(チョロ過ぎる)と思っていたが、これは無理もないことだろう。


「しかし、これほどの魔石となると、おいそれとはな……」


 ウェブンドは手に持った魔石を見つめながら呆然として呟いた。


「国宝にしたいくらいの上物だ」

「それを使うなんてとんでもない」

「他国に売却などもってのほか」


 次々と元老たちの手の中で旅を続ける魔石を眺めながら、ミヅチは(うーん、あの人は国に直接売れるだろうとか気軽に言ってくれたけど、全然気軽に売れないよね)と困っていた。

 交渉すべきだろう。


「あの……その魔石ですが、買い取りは難しいのでしょうか?」


 おずおずとした感じで切り出してみた。


「当たり前だろう!? このような魔石……しかも単一となるとよほど強大な魔物であったのだろう。デーバス王国にはダート平原に巣食っていた緑竜【ベルゴーフロクティ】の魔石が国宝として宝物庫に収められていると聞く。現物など見たこともないから想像でしか言えんが、これはそれに匹敵するものではなかろうか?」

「そうかも知れぬ」

「我が国の国宝にこそふさわしい」

「しかし、素晴らしい」


 なるほど。ここが正念場だ。あの人に鍛えられた交渉術を発揮すべき時だ。


「困りました。その魔石は()()()()()()()()()()()ものですが、王国で買い取って頂けないとなると……薬代が……」


 俯きながらちらりと元老たちを見やると、驚きと困惑、そして怒りがないまぜになった表情でこちらを見ていた。


「それに、陛下の御意志も……」


 すると、畏れと羞恥の表情も加わった。

 畏れはともかく、羞恥の表情を浮かべているのは先ほど怒りの表情を浮かべていた元老だ。

 なんだかんだと理由をつけてミヅチから取り上げようと思っていたのだろう。


「しかしな、チズマグロル一位戦士よ。これだけの物、そう簡単に買取など出来んよ……。一気にそれだけの現金を払ってしまうと今後の仕入れにも影響してしまう……」


 当然ながらオースではいつもニコニコ現金払いが基本である。

 そんな事ミヅチだって百も承知だ。

 武具など高価な物の商取引では半額先払いなんてこともある。


「私は別にその魔石にさほど拘わりがある訳ではないんです。卑しい言い方になってしまいますが、兄の薬代や生活費の足しに出来ればそれで充分だと思っています。勿論、折角それだけ立派な魔石ですから、()()得た以上、御国に献上したい気持ちだってあります。でも……」


 その魔石はあの男と二人、命懸けで手に入れた物だ。

 売るなら少しでも高い値段をつけて欲しかった。


「ふむ。ではそなたの兄の治療の面倒は今後国で見よう。それでどうか?」


 人的資源と国民の健康を担当するメルリックス元老が提案した。

 元老という立場ではゴヅェーグルの病状や薬代までいちいち把握している筈もなかった。

 だが、これはミヅチが予め想定していた落としどころだ。

 今回の任務達成の褒賞──通常は依頼料金の一%を任務者で頭割りする。

 今回は特別な暗殺任務で一億五千万Zの筈だから単独任務を行ったミヅチにまるまる百五十万Zが入る事になっている──も得られる筈だし、額は百万Z程度だろうが迷宮で得た魔石だってある。


「……有難いお申し出に感謝致します。……ですが、私は今夜陛下より新たな任を受けると思います。その間の兄の生活費も必要なのです」


 正直、ここまでは無理だろう。

 生活保護費の受給を受けている者はライル王国狭しと言えども兄を含めて五人もいないのだ。

 ましてミヅチは高給取りの一位戦士階級だ。


 薬代を知らなければそれなりに裕福な暮らしを送っていると思わない方がどうかしている。

 一位戦士階級の者の貯蓄が殆どゼロなど常識で言っても考えにくい。


 一位戦士階級で三年目に入ったミヅチの給与は月五一万Z。

 つましく暮らせばこれだけで一年暮らせる。

 これに任務達成の褒賞などを加え、どうにか年間七七〇万Z程になるかどうかというところだ。


 これだってミヅチを憐れんで割の良い任務を回してくれるザーゲルフォル一位戦士長の計らいによるところが大きい。

 年二四万Zの兄の生活保護費を加え、二人でギリギリどうにか生活を送れるくらいだ。


「むぅ、流石にそこまではな……しかし、惜しい」


 こんなところだろう。

 薬代さえ浮けば生活は一気に楽になる。

 負担を掛けていた叔父夫婦にも充分な礼も出来よう。

 その為に国を出ても任務であるかのような言い方をしたのだ。


「いえ、多くを望むべきではありませんね。兄の治療をお任せ出来るだけで幸甚です。その魔石は今ここで献上致します。メルリックス様。兄を、どうか兄を宜しくお願いします」


 深々と頭を下げるミヅチだった。

 ウェブンドを始めファントーヅやヨーレットなどは先日ザーゲルフォルの言葉を聞いて薬代に汲々としている事を覚えていたが、メルリックスが覚えていないようなので放って置こうと思っていた。


 木と切り出した石で作られている──ライル王国の建造物にしては非常に豪華な──王宮に足を踏み入れるミヅチの後ろ姿を十人の元老達がそれぞれの表情で見送った。


 

来週は一週間海外出張です。一回くらい更新できたら上出来だとお考え下さい。ごめんなさい。本当はいつも通りのスケジュールで更新したいけど、出張中の夜は接待やら何やらで殆ど埋まってるんです。


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読者様より頂戴したご感想にはすべて目を通しています。

お返事は活動報告にて行わせていただいております。

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