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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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「裏八十二話」

7444年6月20日


 バシッ!


 空気を裂く様な音を立ててミヅチの左手からライトニングボルトの電撃が回り込もうとしていた闇精人族ダークエルフへと伸び、一瞬にして昏倒させた。

 標準的な魔力しか込めていないので即死するようなダメージはない。

 筋肉を麻痺させただけだろう。


 バシッ!


 また先程と同じような音を立て、今度は右手から電撃が飛ぶ。

 目標は正面から来るうちの一人、二位戦士のハルゴゾーンだ。


 二位以下の戦士たちは元素魔法習得数の関係からアンチマジックフィールドを使う事は出来ない。

 尤も、使えたところで電撃より早く展開出来るような達人の域になど達している筈もない。


 狙いを違わず、電撃はハルゴゾーンの腹部へ命中し、その場に昏倒せしめた。


 ミヅチとしては複数を相手取るからには命中後に近くの目標に向かって分裂するチェインライトニングを使いたいところだったが、つい先日風魔法のレベルが五になったばかりだ。

 従って、碌に使った事が無いため一瞬で発動させるなどと言う、熟練の技は逆立ちしたって無理な要求である上に、チェインライトニングであれば分裂後はともかく、最初に命中した相手を殺さないまでも大怪我を負わせてしまう可能性が高いのでそもそもの選択肢にはなかった。


 風魔法を利用して空中に飛び上がったのも、瞬間的に視界外へ移動し、魔法を使うだけの二秒を捻出するためだった。

 もう一発お見舞いしてやりたいところだが、限界だ。

 風魔法を何回か使って軟着陸をしたいが、既にこちらに向かって腕を突き出していたり、弓を引いている姿も確認出来る。


 狙った着地点をカモフラージュするために、斜め下方へと連続して風魔法を使い、着地点やそこに至るまでの空中位置などを読まれないように腐心した。


 通ってきた道の両脇に生えている潅木や茂み、一〇m以上の高さがある木々をミヅチの風魔法が揺さぶり、局所的な台風でも発生したかの様な暴風が吹き荒れる。

 上物とは言えないがしっかりと革鎧を着込み、ズボンの裾をブーツに入れていなかったら羽織っているローブのように各所に余計な風を受け大変なことになっていただろう。


 ローブは最初の上昇の時に前を止めていた紐がちぎれ、背中でばたばたとマントのようにはためいていた。

 だが、このローブのおかげで風を受けやすくなったとは言えるかも知れない。


 飛来してくる矢は躱すまでもなく、風魔法で方向を捻じ曲げ、魔術弾頭も放たれてから別の方向に自分を吹き飛ばす事で対処し、なんとかダメージを負う事なく着地出来た。


 着地の衝撃で五m程も転げたので全くダメージが無いという訳ではなかったが、骨折も、捻挫もしなかったのは狙い通りだった。


 ミヅチは体中を駆け巡る着地の痛みを無視してすぐに立ち上がると、先ほど声がしたキンルゥ山の上へと猛烈にダッシュした。


 だが、二人を戦闘不能に陥れはしたが、まだ五人も残っている。


 当初と比較して少しだけマシになったものの、多勢に無勢の状況に変化はない。


 電撃による麻痺で昏倒させはしたが、リムーブパラライジズの魔術は地と水の元素魔法が四レベルで使えるなら発動までの時間を別にすれば、発動自体には問題はない。

 遅かれ早かれ戦線に復帰して来る可能性は否めない。


「あそこだっ!」


 走り出したミヅチは後ろでそう叫ぶ声を聞いた。


 聞き覚えはある。

 三位戦士階級の同い年の男の声だ。

 教育訓練過程の最初の一年間を一緒に過ごした事もある。

 名は何と言ったか。


(あんたは……魔法の成績悪かったよね……)


 ちらりと後ろを振り返り、手頃な木の幹に隠れながらニヤリと笑みを浮かべるとタイミングを図って飛び出した。

 既に両手を対象に向けている。


 と、ミヅチと追っ手の間に青い色をしたガスが発生した。


「スタンクラウドだっ! 気をつけろ!」


 別の誰かが叫んだ。


 ばかめ。

 黙って大回りして避けるか、即座に足を止め、攻撃魔術を使えばいいのに……。


 既に拡散し始めたスタンクラウドを囮に、連続して魔術を使った。


 クァグマイアの魔術である。


 通常の五倍も魔力を込め、奥行二m、幅一〇m程の泥沼をミヅチから向かって右に作り出した。

 そして、反対側にも同様に泥沼を作り出した。


 もうミヅチの魔力残量はクラウド系の攻撃魔術を二回も使えれば上等、という感じだった。

 泥沼に嵌った奴はクラウド系ではなく、アロー系の魔術を使った方が良さそうだ。

 傷付けたくはないが仕方ない。


 ミヅチに向かってフレイムアローやストーンアローが何本か飛んできた。

 それらをさっと転がって躱すと更に上の方にあった茂みに飛び込みクァグマイアに嵌る間抜けがいないか様子を窺う。


「うわっ!?」

「えっ!?」

「きゃあっ!」


 予想通り三人も嵌ってくれた様だ。

 泥に足を取られて思うように動けない三人の腹部にストーンアローを叩き込むと、今度はわざと派手な音を立てて茂みを飛び出して更にキンルゥ山の頂上方向を目指すべく走り出したように見せかけた。


(あの程度で死ぬ奴はいないから大丈夫でしょ。痛くてとても魔法なんか使えないだろうけどね)


 息を潜め、気配を殺し、茂みの中で伏せながらも革鎧の胸部から投げ矢(ダート)を外し、腰の物入れの中の瓶から特徴的なキャップのついた瓶を取り出した。


 中にはガンビ草の葉と青蛙の血を混ぜて作った痺れ薬が入っている。

 ダートの先端を漬け、すぐに瓶をしまうと(私は正式に模擬戦だとは聞いていないから、いいよね)と自分を誤魔化した。


 狙うのは首や胸だ。


 出来るだけ頭部に近いところがいい。

 魔法を使う暇も与えず、脳に痺れ薬を流し込み、昏倒させるのが狙いだ。


 純粋な毒薬なので、脳も一時的に麻痺させられるのが毒薬の優れた点だ。

 魔法的な麻痺毒であればこうはいかない。


 武芸や魔術などは目立つので一位戦士階級はその部分を取って他の戦士階級よりも強いと言われる事が多いが、真の強さはこう言った知識にある。

 各種薬品の製法やその長所や短所をどれだけ把握しているか。

一位戦士階級のみに開陳される知識は多岐に渡るのだ。


 今回の暗殺任務の最後で撒き菱を使い切っていなければもっと楽になっていた筈だ。

 だが、まともに戦えるのはあと二人にまで減らせたのは運が良かった。


(七人、と言うのが嘘でなければ、だけどね……)


 そうは思いながらも、ミヅチも相手は七人だろうとは思っている。


 こちらを見失ったのか、用心深く右手に長剣ロングソードを構え、左手を伸ばしながら辺りを窺いつつこちらの数メートル横を通り抜けようとする三位戦士階級の男を見つけた。

 あと十秒程度我慢して後ろからその首筋を狙ってダートを叩き込んでやろうとほくそ笑んだ。


(やぁっ!)


 ミヅチの手から投げられたダートは狙い違わず男の右後ろの首に刺さった。

 思わず左手をダートが当たった首筋に伸ばそうとするも、男は両膝をついてがっくりと倒れ込んだ。


 あと一人。


 空中に飛び出した時に弓矢もどこかに行ってしまったのは痛恨だった。

 だが、あと一人なら何とかなるだろう。

 長引かせるよりは多少危険でも飛び込んで一気にカタをつけた方が良い。

 放っておけば最初にライトニングボルトで痙攣させた二人が回復してしまう。


 用心深く周囲を窺っても残った一人は見つけられなかった。

 左手に残った痺れ薬付きのダートを右手に持ち直すとミヅチは立ち上がり、先ほどダートで無力化させた相手のところまで移動し、倒れ込んだ相手の首筋に刃の欠けたナイフを押し当てて残った一人を挑発した。


「理由も告げずにいきなり襲いかかってきた卑怯者! 私はここにいます! もうナイフ一本とダートしかありません! さぁ、出てきて勝負しなさい!」


 声を張り上げ、続けた。


「出て来ないなら五秒後にこの男を殺します! ごぉ(イーム)!」


 辺りには泥沼に嵌り、ミヅチの攻撃魔術をくらったダークエルフ達の痛みに呻く声が響いている。


よん(ヨーム)!」


 馬の足音が上の方から聞こえてきた。

 先ほど声を上げて危険を知らせてくれた人だろうか。


さん(ミーム)!」


 左方からストーンアローが飛来してきた。

 ミヅチは難なくそれを躱した。


 次に飛んで来るのは矢だろう。


 予想通り、同じ方向から矢が飛んできた。

 予め飛来してくる方向が解っているのであればミヅチに取って矢を避けるのは簡単な事だ。

 三〇m程離れたところにダークエルフの女が一人、弓に次の矢をつがえようとしていた。


 彼女に向かって駆け出した。

 勿論一直線で向かうわけではない。

 少しずれた方向だ。


 ミヅチの未来位置に向かって矢が放たれた瞬間、姿勢を低くして転がりながらダートを投げた。


 女はダートを躱すと腰から長剣ロングソードを抜いて弓を放り投げた。


 ミヅチは残されたナイフを見つめるとすぐにそれを握り直し腰を落として構えた。

 それを見た女は、そのナイフしかミヅチに武器が残されていない事を思い出したようだ。


 緊張を孕んだ顔に少し余裕が生まれたのが見て取れた。


 ナイフを右手に構えたままミヅチは女に向かって走った。

 すぐに距離は縮まり……女が目の前で風魔法を使い、自分自身を弾き飛ばした。

 そして、いつの間にか左手に握っていたナイフをミヅチ目掛けて投擲した。

 間一髪、手に持ったナイフでそれを弾けたのは幸運の成せる技であったろう。


 三位戦士階級の女はすぐに自らの背中の方で再度風魔法を使い、今度は長剣ロングソードを構えたまま恐ろしい程の疾さで突撃してきた。

 咄嗟に眼前で風魔法を使い、自分を後方に弾くとともに、相手の女も遠ざけた。


 本当は地魔法で壁を作りたいところではあったが、壁が形成されるまでにはコンマ数秒程かかってしまう。

 距離が近過ぎて諦めざるを得なかった。


 数メートルを挟んで女と対峙したミヅチは腰を落とし、右手を突き出す形でナイフを構えている。

 女は右手に長剣ロングソードを構え、左手をそれに添えるようにしている。

 この距離での攻撃魔法の使用はあの男くらいに熟達していない限り意味がない。


 ダークエルフ達が達人級と定義付けている攻撃魔術の発動時間でも一秒以下ではあるが、それでもコンマ数秒程度はかかるためだ。


 勿論、それでも魔術師の頂点に近い程早い発動時間ではある。


 女が先割れの舌で舌舐めずりをした。剣技に自信があるのだろう。

 対するミヅチは無表情であった。


 お互いに稲妻のような踏み込みで交錯し、澄んだ音を立てた。


 よく手入れされ、ぎらりと光るミヅチのナイフの刃渡りは僅か一五㎝にも満たない。

 女の長剣ロングソードは七〇㎝程の刃渡りだ。


 もう一度踏み込み、二つの刃が振るわれた。

 銀の弧が交わり、今度はぎゃりっという音を立てて互いに動きを止めた。

 鍔迫り合いだ。

 柄の短いナイフは片手でしか扱えず、圧倒的に不利であった。

 女の使う長剣ロングソードも本来は片手で使う事を想定しているので柄は短いが、それでも左手を引っかけるくらいにはある。


 じりじりと押し負けて体勢が悪くなるミヅチ。

 対してじりじりと押し勝ち、体勢において有利な女。

 勝負は付いたかに見えた。


「くそっ! どこだ!?」


 もうハルゴゾーンが回復したようだ。

 修めている元素魔法の種別によってはもう一人のライトニングボルトの犠牲者も早々に復活して来るであろう。


 ミヅチの顔を汗が伝った。


 しかし、次の瞬間、女は目を見開いて声を上げようとして出来なかった。

 長剣ロングソードを握った己の右腕に、ダートを掴んだミヅチの左腕が突き立ったのだ。

 ダートに塗られていた痺れ薬がすぐさまにその効能を発揮し、右手から力が失われ、たちまち不利な体勢になったかと思うと、体に痺れが回ってきた。


 ここで声を上げようと口を開いたら一気に力が抜けてしまいそうだった。

 しかし、もう時間の問題だ。

 それもせいぜい数秒。


「ダートまで一つだとは言っていませんよ。油断大敵ですね」


 へなへなと頽れる女を冷たい目で見下ろしてミヅチが言った。

 すぐに女から長剣ロングソードを奪い取り、身を低くして移動を開始した。

 狙うは最後の一人、恐らく指揮官役のハルゴゾーンだ。 


 実はミヅチにはもう殆ど魔力は残されていない。

 アロー級の攻撃魔術を三~四回程度だろうか。

 牽制程度にしかならないだろう。


 だが、ミヅチは(これで充分に行ける)と思っていた。

 ベテランならともかく、自分とさほど年齢の違わない二位や三位の戦士と一対一で戦うのであれば自分が負ける要素は無いとさえ思っていた。

 今だって上手く相手を手玉に取って装備の不利を跳ね返したではないか。


 次も落ち着いてやればいい。

 もう装備の不利は殆ど無い。


 ナイフを大腿部の鞘に戻すと、女が使っていた長剣ロングソードを握り締め、全く音を立てずに移動を続けた。

 静寂しじまのミヅチの二つ名は伊達ではない。


 手練揃いの一位戦士階級の中にあって、ミヅチの気配遮断の技術は齢十六にして既にベテランの戦士にも匹敵する。

 ザーゲルフォル一位戦士長が暗殺技術に太鼓判を押すだけのことはあった。


「そこまでだろう! チズマグロルの勝利じゃないか!? おい、ハルゴゾーン! 怪我人を治療しろ!」


 二位戦士長のアーケインがどこからともなく現れて宣言した。

 その少し後ろでは一位戦士階級のクロザックがミヅチの馬を曳き、ニヤニヤと嬉しそうにしていた。


「くっ……了解いたしました」


 少し離れたところからハルゴゾーンの声がした。すぐに駆け戻る足音もする。


 ミヅチは、


(先ほどの声はクロザックさんの声だったか)


 と思い、長剣ロングソードを手にしたまま二人に近付いていった。


「クロザックさん。一位戦士、ミヅェーリット・チズマグロルは甲四種の任を終え、ただいま帰還いたしました。後ほどザーゲルフォル戦士長へ詳細を報告致しますが、これは……そのぅ……」


 先ほどまでニヤついていたクロザックはミヅチの言を聞いて頷き、アーケインに何事か言う。

 それを聞いたアーケインは一つ頷くと、


「チズマグロル。突然の模擬戦で済まなかったな……。事情は後で聞いてくれ。俺は怪我人の治療に当たらねばならんしな」


 と申し訳なさそうな顔で言った。

 そしてすぐに、表情を厳しいものに改めると、


「ハルゴゾーン! この辺りの奴は俺が面倒を見る! それから貴様! 一位が相手とは言え七対一で負けるとはどういうことだ!? これから俺が直々に鍛え直してやる! 覚悟しろ!」


 と叫び、さっきまでミヅチの相手をしていた女の方へ向かった。


 訳の解らないミヅチに浮かぶ表情を見て、クロザックは言う。


「お疲れさん。まずはエルレヘイに戻ろう。長旅で疲れているだろうし、すぐに休ませてやりたいのは山々だが、水を浴びてさっぱりしたら戦士長の所に出頭して説明を受けろ。だが、七人を相手に良くやったな。きっと褒めて貰えるぞ。俺が保証する」


 そう言って歯を見せて笑った。


 

近々(と言っても数ヶ月かけてとかそんな単位です)一章の最初のあたりを少し改稿しようかなぁとか思ってます。でもそんな事で万が一更新が遅れたりしてもアレなのでちょっと迷ってます。

まぁ、急いでやることでもないと思ってはいますので、全く期待しないでください。いきなり黙って改稿するのもどうかと思うので言ってみただけです。


また、いただいたご感想には全て目を通しております。

お返事は活動報告にてさせていただいております。


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