第七十九話 十四層?
7444年5月29日
ミヅチを見送った俺はまたボイル亭に戻ると銃剣を置き、服を脱いで鎧下に着替え、ゴムプロテクターを身に着けた。
あんな目にあったのだ。
今日くらいトレーニングを休んでもいいかという気持ちもあるが、俺の最大の資本である肉体を鈍らせるわけにはいかない。
精神的には結構疲れてはいたが、肉体的に疲労が溜まっているかと言われれば、そうでもないのだから。
迷宮の中で何㎞も歩いたが、今更その程度でどうこうなるような体ではないしね。
いつものトレーニングの時間より少し遅かったのでシューニーからエンゲラが迎えに来ていたようだ。
ボイル亭の前で眠そうなエンゲラが待っていた。
「おはよう、酒は抜けてるか?」
「はい、大丈夫です」
挨拶を交わし準備体操も兼ねてゆっくりと外輪山まで走る。山頂のトレーニングロード(俺が勝手に命名した)に入ったところで、いつもならスピードを上げるのだが、今日はしばらくこのペースを保つ。
ちょっとエンゲラと話をしたかった。
「なぁ、エンゲラ」
「はい、なんでしょう?」
「お前、ギベルティはどうなの?」
「……どう、とは?」
少し顔が赤い。
上気したのか、単にランニングしているからか。
「いや、俺を助けようとした時さ、したんだろ?」
「まあ、同族ですし、嫌ではないですよ。でなかったらいくら私でもそう簡単には……」
「ふぅん」
そうは言うが、魔力切れの時は相手は誰でもいいんだ。
食えるものなら、食えそうなものならなんでも口に入れそうになるしな。
多少は理性も残っているからゼノムは避けたのだろうし、トリスは骨折の痛みが残っていて動けない。
ズールーは気を失っていてこれも動けない。
残ったのはギベルティだけだし、ほぼ選択の余地なんかないだろう。
正直な話、魔力切れの時までパーティー内の風紀をどうこう言うほど俺も鬼じゃない。
俺だって魔力切れなら相手が生物学上の雌でさえあれば山羊とだってしてしまったろう。
あれを耐えられる奴がいたら無条件で尊敬できる。
だが、その時の記憶はしっかりと覚えているし、自分の行った行動やその時の気持ちだってバッチリ覚えている。
不本意な相手としてしまって後悔していやしないかと、それが心配だった。
「ならいいんだ、つまらないことを聞いて悪かったな、許せ。……行くぞ」
そう言ってスピードを上げた。
外輪山を一周し、川沿いの道を下ってバルドゥックに戻った。
約二五㎞を二時間強くらい。
今の俺なら装備に身を固め、山道でもこのスピードで走れる。
ズールーはともかく、エンゲラも鎧を装備していないとは言え、よく付いて来られる様になったものだ。
ボイル亭まで戻ると俺はエンゲラに、
「ちょっと待ってろ」
と言って部屋に戻るとゴム袋をひと袋持って戻った。
「豚の腸の代わりになるもんが一〇個入ってる。豚の腸は知ってるよな?」
俺がいささかも感情を込めない平坦な声でそう言うと、ぱっと真っ赤になって、
「え? あ……はぃぃ、知ってますが……そのぅ……わ、わぁたしは使ったことが、その、あんまり」
恥ずかしそうに照れながら言った。
なんだこいつ、こんな顔だったっけ?
「ん? 使い方を知らないのか? じゃあ相手に渡せ。一度封を開けたらさっさと使い切れ。中の水は舐めても大丈夫だけど腐りやすいからな。今の時期なら持って二日だろう。余った分は取っておくなよ。捨てろ。それから、こいつの支給はお前だけだ。他の奴には言うなよ」
「……はい」
真っ赤になったエンゲラの手にゴム袋を握らせながら、
「まぁ、その、なんだ。お前も発散したい時もあるだろう。妊娠には気をつけてくれ。これがあれば絶対大丈夫というわけじゃないが、使わない時とは比べ物になんねぇからな」
そう言って返事も碌に聞かずに踵を返した。
奴隷の体調管理も持ち主である俺の義務だろう。
でも、見たぞ、お前、恥ずかしい時そんな顔すんのな。
・・・・・・・・・
その日の朝食が終わり、皆がそれぞれくつろぎながらお茶を飲んでいる時に口を開いた。
「ああ、そうだ、ギベルティ。お前今から王都のグリード商会に行って来い。場所はここだ」
そう言ってメモを渡す。
「王都に行って適当な見回りの兵隊……出来るだけ身分の高そうな、字の読めそうな奴にこのメモを見せれば場所は教えてくれるだろう。店の中にはゴム製品が置いてあるからすぐにわかるはずだ。そこの店にいる奴らに新しい俺の奴隷だと言って挨拶してこい。ついでにお前のブーツを作ってもらえ。金は……いいか。いや、持ってけ。ほい」
そう言って金朱をひとつ(二五万Z)渡した。
「釣りでゴム布を五mばかり買ってこい。あと、今日の昼飯も食っていい。晩飯までには戻って来いよ」
ギベルティは了解すると店を出て行った。
「さて、俺たちは別の話だ。俺が罠にかかったあとの話。ちょっと場所を変えよう。ボイル亭まで移動だ。ズールーとエンゲラも来い」
そう言ってボイル亭に足を向ける。
途中で全員分の昼食のサンドイッチも買った。
・・・・・・・・・
流石に八人も入ると俺の部屋もいっぱいだ。
ちょっと狭いが仕方ない。
俺が部屋の奥に移動させた椅子に座り、ラルファ、グィネ、ベルをベッドに座らせる。
勿論藁のベッドだから靴を脱がせて上に座らせなきゃならないので野郎は乗せたくなかった。
俺と小机を挟んだもう一脚の椅子にゼノム、別の部屋から椅子を三つ持ってきてゼノムの隣にトリス、彼ら二人の後ろにズールー、エンゲラが座った。
「少し長い話になるから楽にして聞いてくれ」
全員が俺に注目する。
しわぶきひとつ聞こえない。
よほど聞きたかったんだろうな。
だけど……。
「実は、この中には二種類の人がいる……」
全員がそれぞれの顔で俺を見つめた。
あれ? まぁいっか。
「前世の記憶を持ったまま生まれた人と、そうでない人だ……ズールー、エンゲラ。今までお前たちには黙っていたが、ゼノムを除く俺たち五人……ラルファ、グィネ、トリス、ベルは生まれる前のことを覚えたまま生まれてきた」
あれ? あれれ?
「なぜそこで驚かない?」
特にズールーとエンゲラが全く驚いていないのが不思議だった。
つまんない冗談でも言ってるかと思われたのかなぁ?
「昨日聞きました」
ズールーが落ち着いて答えた。
「え?」
「ご主人様を残して迷宮を出たあと、むずかるラルを皆でかつぎ込むようにしてこの宿まで運んだのです。動けないカロスタラン様も一緒でしたので結構大変だったのですよ」
エンゲラが言った。
それがどうしたってんだよ?
エンゲラが続けて口を開く。
「部屋にラルを運び入れたとき、ゼノムさんとラルが言い合いになったのです」
俺はぽかんとしてラルファとゼノムを見た。
そしてゼノムの隣に座るトリス、ベッドに視線を戻してベルとグィネ、最後にラルファに視線を戻した。
「だって……」
ラルファがふくれっ面で言った。
「え?」
本当にどういうことだ?
「だってさ、あんたを見捨てて迷宮から出るからさ、ゼノムに言っちゃったんだよ「転生者だから、オースの人間じゃないから見捨てたのか、仲間でしょ、アルなら絶対に見捨てなかった」って……」
え? なにそれ? お前、何言ってんの?
絶対に今俺は口が半開きの筈だ。
「つい、言っちゃいけない事を言っちゃった……ごめん……ごめんなさい」
ラルファは落ち込んで俺に頭を下げてきた。
「……」
こいつは……。
「ラルファ。言っちゃいけない事ってなんだ?」
「え? それは、私たちが転生して「それは違う」
かなり強い口調だったと思う。
「それは、違うぞ。別にそんな事は言ったっていい。信じる信じないは聞いた奴が判断することだし……。勿論今のところは害の方が大きいから言わないに越した事は無いけどな。でも、今俺が言いかけた通りズールーとエンゲラにはそろそろ言ってもいいかと思っていたくらいだ。なにしろこいつらはもう二年近く一緒に居る。性格も判って来たし、何より俺を、俺たちを裏切ることもないだろうと思うしな。だけど、お前、ゼノムにそんなこと言ったのか、このアホタレ! お前、そこから降りろ! 今日一日、床に『正座』して話聞いてろ、このボケ!」
俺は激昂して立ち上がるとベッドの前の床を指差してラルファを怒鳴りつけた。
ラルファを睨みつけたまま肩で息をしていた。
「その前にゼノムに謝れ! お前、ゼノムがどんな気持ちで……くそ! ベル! トリス! お前らもお前らだ! お前ら……大人がついてて見逃すなよ……」
ベルとトリスはとばっちりもいいところだが、我慢出来なかった。
グィネは突然の俺の剣幕に怯えの色が隠せない様子だった。
俺に怒鳴られたラルファはやっと気付いたようで、
「ゼノム……う……お父さん……ごめんなさい」
と言ってゼノムに頭を下げた。
ちょっと半べそっぽかったが、知らんもんね。反省してろ。
ゼノムはそれを見て苦笑いをして頷く。
俺は椅子にどっかと座るとトリスを見て言った。
「ギベルティは知ってるのか?」
「いや、知らないと思いますよ。ズールー、マルソー、昨日のことラリーには?」
トリスはズールーとエンゲラに振り返って聞いた。
「「言っていません」」
俺は小机に左肘を付くと左手に額を乗せてその返事を聞いた。
「じゃあ、二人共もう知ってるんだな……」
ズールーとエンゲラに確認した。
「大体のところは伺ったと思います」
ズールーが代表して答えた。
「……わかった。俺たちの他に聞いていた奴とかいるのか?」
「それはいないと思います。ラリーには迷宮を出てすぐに痛み止めの薬を買いに行って貰うようにお願いしていましたし、あの直後に私とグィネがすぐに飛び出して人通りも確かめました。その時他の客室に誰も居なかった事はしっかり確認しました。宿の人間もほとんど居ない時間でしたし、フロントの支配人には帰ってきた時点でお金を渡して念のため治癒師を呼びに行かせた後でしたから」
ベルが答えた。
確かこいつらが戻ってきたのは早朝だったよな。
なんだかんだで宿まで戻るうちに夜が明けたのだろう。
宿泊客も朝食を摂りに行った後だったのか。
「そうか……ならいい。ベルが確認したなら大丈夫だろう。……じゃあ、俺たちのことは端折る。……続きだ。話を戻すぞ。まずはさらっと概略からな」
皆を見回してまた口を開く。
「あの罠は特別な罠だ。嵌るとすぐに魔力を吸収されるようだ。中はぬるぬるして手がかりのない斜面のようになっているから、ひっかかったらまず這い上がれない。それどころかひとところに留まるのも無理だと思ったほうがいいな。それで、斜面を落ち始めてしばらくすると水晶もないのに転移させられる」
水を一口飲んだ。
「転移先はまず確実に十四層だ。戻ってくるときの転移の回数から判断しただけだから、本当の意味での十四層かはわからない。だが、ここでは便宜上そう呼ぶ事にする。で、俺は十四層のどこかに転送された。想像はつくと思うが、魔力切れでのたうち回って、なんとか三時間くらい休んだ」
髪に指を突っ込んでかきあげた。
ちゃんと定期的にベルに散髪はして貰っているからだらしなく伸び放題にはしていない。
「で、休んでいる時に俺の上にもう一人あの罠にかかった奴が落ちてきた」
皆からごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「……そいつは……闇精人族だった……」
「ほう、デュロウか、珍しいな!?」
ゼノムが言った。
「ゼノム、続きがある。聞いてくれ。奴はチズマグロルという名なんだが……本名を椎名と言う。俺の昔の部下だ」
雷にでも打たれたかのような衝撃が部屋に走ったのを感じた。
「ほう」
「アルさん……それって……それって」
「俺たちと同じ」
『日本人!』
「転生者ですか」
「ふぅーん……」
「ああ、そうだ。昔から一生懸命仕事する奴だったけど、今も相当鍛えているみたいだったぞ。『忍者』みたいな服だったけどな。まぁ、当然ながらそいつも魔力が切れて大変だったから、奴の頭巾みたいな布切れですぐに縛り上げて休ませた」
なんとなくだが食い入るように俺を見ていたラルファとグィネの目つきが柔らかくなった。
こいつらに俺に女が出来たこと言った方がいいのかな?
「それから……ここからが今日みんなに聞かせたかった話でもある。十四層は今まで俺たちが見てきた他の層とは大きく違う。まず、層全体に壁がない。層全体が一つの円形をした大きな部屋だと思ってくれ。それに、床も光らない。だから真っ暗闇だ。ズールーの夜目でも見えないと思う。有効なのは赤外線視力だけだろうな。
それから、層の中心部に直径一〇〇mくらいの『ドーナツ』いや、輪っかみたいな形をした魔物の巣食っている部屋が一つあって、その輪っかの中に更に転移の水晶の部屋がある構造だ。その水晶には転移の呪文が映っていなかった。だから最下層の可能性が高い気もするけど、単なる枝分かれした行き止まりの階層かも知れない。
俺が落ちた時にさんざん歩いたが、その中心部の魔物の部屋以外では魔物には出くわさなかった。昔あの罠にかかった犠牲者の餓死したらしい死体はいくつかあった。死体は全く荒らされていなかったから普通の……そう、通路に現れるような魔物は出ないんじゃないかと思う」
また水を一口飲んだ。
「俺も落ちてきたばかりの時は魔力もないから明かり一つつけられない。最初は目が潰れたのかと思ったくらいだ。で、そんなところに寝ていた俺の上にダークエルフが落ちてきたもんだから、俺も最初はモンスターの襲撃かと思った。その時は少しだけ魔力が回復していたからすぐに灯りを使って相手を確認したんだ。そいつも魔力切れになってたからすぐさま縛り上げて、俺ももう一回完全に魔力を回復させようと休んだ。その後無事魔力が回復したから二人で協力して脱出すべく歩き回ってやっと中心らしい部屋を見つけた」
組んでいた足を組み替えた。
「かなり強力な魔物だったがなんとか倒して、脱出出来た。そのダークエルフの俺の元部下は故郷にやり残していることがあるので一度別れた。何ヶ月か、ひょっとしたら一年以上掛かるかも知れないがいずれ合流する予定だ。こいつのことは皆知らないだろうし、今から信用しろとは言わない。だが、俺はある理由があって俺個人としては奴については頭の天辺から爪の先まで信用している。奴は絶対に俺の味方だ」
身を乗り出して両肘を小机に突いて、組んだ手に顎を乗せた。
「ここで覚えておいて貰いたいのは、次回以降、万が一同じ、いや、似たような罠に掛かった場合のことだ。いいか、絶対に動き回るな。魔物は出て来ない。魔力切れは……いろいろと辛いが、体を丸めて寝ちまえ。あと、自分一人で部屋の中心の部屋の主を倒そうだなんて絶対に考えるな。俺が必ず助けに行くからそれまで待て。多分、あそこに出てくる主は俺が混ざってないと勝てないと思え。それから、人数が多すぎても犠牲者が出ちまうだろう。俺を入れてもせいぜい二~三人じゃないと厳しい。これは絶対に忘れるな」
後から来る救援隊は確実に魔力切れのはずだろうから縛り上げる縄も1mくらいの物を二本くらい持たせておけば万全だろう。あとは、発火の魔道具くらいか。このあたりは小さくまとめれば水筒一本くらいの体積にできるから専用のポーチでも用意させればいいだろ。
そして、最後の締めくくりの言葉を口にした。
「今回、いろいろあったけど、なんとか戻って来ることが出来たのは失った魔力を回復出来た事が大きい。それと、魔法が使える奴がもう一人いた事だな。まぁ、単に魔法が使えるだけだときつい。次回も同じ主が居るとは限らないが、万が一同じ主であるのなら、俺と……そうだな、最低でもベルよりもう少し魔法が使える奴がいないと勝てない。この主の詳しいことはあとで話すけど、正直なところ俺一人だと槍がなけりゃきつい。剣だと本当にやばかったと思う。勝てても大怪我を負っていた可能性は高い。繰り返して言うけど、あの罠に掛かったら出来るだけ動かないで休み、冷静に俺の救援を待て。必ず行くから」
この話を聴いて、全員恐ろしそうに体を揺すったりしていた。
「だが、今言った通り、魔法が使える奴でもいいけど、ベルみたいに弓の名手がいて、充分な数の矢を持っていたとしたらそれでも良かったとは思うけどね」
これから後は更に細かい話をし、質問を受け、答えていく。
例えば、こんな感じだ。
「その主ですが、倒すには私とアルさんが居れば倒せるのは解りましたが、他の人がいるとまずい、というのはなぜですか?」
「ああ、それな。本体はでっかい……直径で二mをちょっと超えるくらいの球体だ。で、大きな一つ目とでっかい牙の生えた口があって浮いてる。球体の体の上から触手が何本も生えていて、そこから魔法を連発してくる。対魔法力場を張れなきゃ騎士団が十人そろったパーティだって全滅するだろうよ」
「そんな……!」
「今回は運も良かったんだろうな。魔法の根比べみたいになって最終的に俺の魔力量が相手を上回ったから目玉野郎が魔法が使えなくなるまで粘って勝てた。あ、そいつの名前、デス=タイラント・キンって名前だった。アンデッドくさかったな。脳まで腐ってバカみたいな行動ばっかりだったから勝てたのも大きいとは思うけどさ」
とか、
「ねぇ、そのダークエルフの人ってアルの知り合いなんでしょ? 故郷に用事があるって言ったって、そんなの後回しじゃダメだったの? 会ってみたかったな……ダークエルフって、トリスとグィネを探している時に見かけたことあるくらいで話したことないしさ」
「お兄さんが重い病気なんだそうだ。その薬代を稼ぐためにバルドゥックまで来て罠にはまった。今回のデス=タイラント・キンから採った魔石は結構重かったけど薬代でそいつにやっちゃった」
「ふうーん……でも、そっか。そういうことなら仕方ないかなぁ」
「いずれ会えるさ。そん時は仲良くしてやってくれ」
とか、
「アルさん、その……大変聞きにくいのですが……アルさんの推測でもいいんですが、例えばですね、例えば、ですよ。あの罠ですが、私とベルが一緒に落ちるのならいいんです。それに、ベルとアルさんとか、ベルとゼノムさんとか異性同士で落ちたりしたらどうなるかくらいは想像がつくのですが、男性同士とか女性同士で落ちたら……その、どうなるんですかね? ダークエルフの人はどうだったんですか?」
あれ? 俺、ミヅチのこと男だなんて言ったっけ?
まぁいいや。本人を見たら驚くだろう。
「トリス、お前……嫌なこと言うなぁ……ミヅチ……ああ、これはダークエルフの愛称みたいなもんだが、奴はすぐにふん縛って転がしたからいちいち聞いちゃいない。俺は経験したからなんとなく想像つく。ラルファとエンゲラもなんとなく想像つくんじゃね? 多分心配するような事はないと思う。狂おしいほど強烈な欲求の波が来るけど、全く理性がなくなるわけじゃない。それなりに箍は緩むと思うけど、そこまでは流石にないと思うぞ」
「私もご主人様の仰る通りかと思います……」
「私も、流石にねぇ……」
「いくらトリスがいい男でも女には見えないからな……これで納得してくれ」
「すみません……」
とか、
「一層まるまる大きな部屋なんて……私でも迷いそうです。どう思いますか?」
「いや、そんなの俺にわかんねぇよ。ごめん」
「そうですよね……」
とか、
「なあ、アル。そのデュロウは何層でその罠に嵌ったんだ?」
「二層だって。なんとなくだけど四層や五層、六層以下にもありそうな気がするんだよな……だから今日話をしたんだ」
「やっぱりか……これからは部屋の壁にも気を払わなきゃならんのか。……寄りかかったりしなければ平気か……」
「うん、あと俺みたいに殴り飛ばされたりしなきゃね。六層の主のケイブグレートボアーに弾き飛ばされるのは今後も要注意だな」
とか、
「しかし、ご主人様。そのような恐ろしい罠があるとは……個人の装備品も見直して最低限のものは戦闘中といえど外さないように気を配らないと行けませんね」
「ああ、全くだ。専用のポーチみたいのを作った方が良いだろうな。最低一日分程度の保存食と、可能なら水筒、発火の魔道具、ちょっとした長さの縄くらいか」
「大した量ではなさそうですね」
「ああ、ズールー、あとで金渡すからエンゲラと全員分の良さそうなポーチを見繕って買っといてくれ」
「畏まりました」
とか、
「ご主人様、私はダークエルフを見たことはないのですが、本当に肌の色が皆と違うのですか?」
「ああ、普通は濃~い紫色でほとんど黒に近い。髪の色は白髪みたいに薄い色合いが多いな。今回会ったのは俺と同じ血が混じっているからか髪は黒くて肌の色は薄い紫色って感じだった」
「へぇ、本当に肌の色がそこまで違うんですね。驚きです」
「私は王都に住んでたから何度か見たことあるけど、大きな耳や尻尾がある方が驚きだったよ。犬人族や狼人族なんか、胸も四つあるし……」
「多い人は六つあったりもしますよ」
とかである。
途中、昼飯を齧りながら午後三時頃まで話していた。
夕方頃になってギベルティが無事に戻り、全員で夕食を食べた。
ギベルティは二四万九五二〇Zのお釣りを持ってきた。
ゴム底ブーツとゴム引き布は無料で渡してくれたとの事だった。
まぁまだ兄貴も戻ってないし、売値も決めてないしな。
でもこのお釣り、ちょろまかさなかったのか……。ふぅん。
・・・・・・・・・
7444年5月30日
今日はバルドゥックの裁きの日だ。
今日で輝く刃も完全に壊滅するだろう。
俺に迷宮内で不意打ちをかけるからこうなる。
別に幾ら攻撃して来てもいいが、こっちだって黙ってやられてやるほどお人好しじゃないしな。
だいたい、お人好しの代表格、黒黄玉の姐ちゃんだってライバルが減ってその分自分たちの実入りが増えたんだから喜んではいるんだ。
アンダーセンの姐ちゃんだって聖人君子じゃない。
あのあと飲み屋で会った時は上機嫌でメンバーたちと酔っ払って大騒ぎしてたしな。
証人として立つ必要があるので上等な服を着て腰に剣を佩き、行政府の前の広場に行った。
勿論証拠品である俺のヘルメットやプロテクターの修繕はしていない。
証拠品はトリスとベルが手分けして持ってくれていた。
二年近く前、ベルを襲ったデレオノーラの処刑に立ち会って以来、裁きの場には挨拶やらなんやらで顔くらい出してはいたが、相変わらずすごい人出だ。
今回は警備の人は紋章から見て第二騎士団の人たちらしいな。
団長がいるとは限らないが、近い将来の顧客でもあるから責任者の人に挨拶くらいはしておくべきだろう。
何にしてもまずは国王陛下への挨拶が先だ。
行政府の入口を警護する騎士団の兵隊にグリード商会の長が陛下に挨拶に来たから取り次いで欲しいと言ってステータスを確認させた。
GWの更新予定ですが、29日から一週間家族旅行に行きますので更新は途中に一回くらい予約投稿する程度だと思います。ごめんなさい。
頂いたご感想は全て拝読させていただいております。お返事については活動報告にてさせていただいております。たまに活動報告にも目を通して頂けますと幸いです。




