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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第七十話 櫛

7444年5月3日


 休みは終わりだ。

 今日からまた六層の攻略を再開する。

 この休み中に得た情報から、迷宮は単に財宝を得るための場所ではなく、俺にかけられた報告《レポート》の魔術を解除するために術者に交渉するための魔術の触媒を入手するための場所(長ぇ)にもなった。

 気合の入り方も変わろうというものだ。


 俺は昨日まで王都にいたことになっているため、休み前には全員に給料は払っている。遅配なんてもっての他だ。


 炒り卵と鶏肉のロースト、出来の悪いマフィンの朝飯を食いながら全員の顔を見回した。


 うん、皆生き生きとした目つきで活力を感じさせる。

 充分に休みを満喫出来たようだ。


「そう言えばさ、あいつ死んだんだって」


 ラルファがゼノムとその隣に座っているズールーを見て言った。

 朝っぱらから死にたてホヤホヤの人の話かよ……。

 俺に言った訳でも無いだろうし、ここは無視に限る。


「ん?」

「誰が?」


 ゼノムが炒り卵をマフィンに載せながら、ズールーが胡椒を炒り卵に掛けながら答えた。


「ほら、私たちの後……ん~、二層に行ったくらいだからマルソーが入ってから暫くしたくらいでバルドゥックに来た奴ら、いたじゃない。あの外国の貴族の虎人族《タイガーマン》」


 鶏肉のローストに肋骨が残っていたのだろう。

 口から骨を取り出しながらラルファが言った。


「ああ、ローキスとか言う若い奴か。侯爵かなにかの息子だろう? あいつが死んだのか?」


 ゼノムが卵マフィンを完成させながら言った。


「いや、ローキスじゃなくてその子分ね。ディアンって兎人族《バニーマン》の男。マルソーが入ってちょっとしたくらいかな。私の買い物にズールーがついて来てくれた時にさ、喧嘩になったことあるじゃない? 覚えてない? ズールー」


「……覚えてない。だいたいあの頃はコーロイル様に絡んでくる輩が多かったから、しょっちゅう喧嘩してたしな」


 お前は今まで食ってきたパンの数を覚えているか? って奴か。

 確かにいちいち覚えてない。

 正直な話、俺もローキス達と揉めた、または喧嘩したなんて聞いた記憶はない。

 先日の迷宮での一件くらいだ。

 ズールーが覚えてないのも無理はないだろう。


「そっか。まぁいいや。で、そのバニーマンが迷宮の中でオークとやりあって死んだんだってさ。でも、退却しちゃったから遺体の回収は出来なかったんだって」


 ラルファは鶏肉から取り出した肋骨を爪楊枝代わりにしーしーしながら言った。


 本当にこいつは女なのだろうか?


 深刻な疑問に囚われそうになる。

 ベルはトリスといつものようにべったりだから気付いていないのだろうが、グィネは顔を顰《しか》めている。

 多分俺の表情もグィネと大差はないだろう。


「よくある話じゃない? 何か気になることでもあるの?」


 鶏肉のローストから身を外し、マフィンに挟みながらエンゲラが言った。

 ゼノムは完成させた卵マフィンの攻略に忙しいみたいだ。


「別に珍しくもない。そのディアンってのが油断してたってだけだと思う。あ、カロスタラン様、胡椒いいですか?」


 胡椒かけすぎだろ、ズールー。

 よくそんなの平気な顔で食えるな。


「まぁそう思うよね。でもさ、一層だか二層だか知らないけど、オークなんて取りあえず一匹を倒すか重傷を負わせれば勝手に逃げてくんだから、考えようによってはゴブリンやノールの方が危険なのよね。よっぽど当たり所が悪かったんだろうね」


 確かにラルファの言う通り、オークやホブゴブリンは個体の戦闘力はそれなりにあるが、組織的な集団戦を得意とするのでちょっと被害を受けるとあっさり退却していくことが多い。

 ノールにも多少そういうきらいはあるが、ノールはゴブリンと並んでひたすら戦う事を選択する方が多いから面倒といえば面倒だ。

 実力の低い冒険者が食わ(殺ら)れることもある。


 しかし、新人《ニュービー》ならともかく、二層に足を踏み入れる程度の中堅冒険者がオークあたりにメンバーを殺されるというのは珍しい。

 充分に有り得る話だから不自然という程でもないけどね。


「アルさん、ラルはなんでこうなんですかね? 昔はこんなんじゃなかったと思うんですが、人って変わるものですね……」


 グィネはマフィンをオリーブオイルの小皿につけてその上にハムを載せながら話し掛けてきた。


「本当にな……。昔のことはよく知らんけど、俺と会った時も猫かぶってたのは最初の一日くらいだった。あとはずっとこんな調子だ」


 そう俺がグィネに答えるのを横目でラルファは見ていたが何も言ってこなかった。

 だって真実だしな。


 鶏肉のローストされた足を噛みちぎりながら「嘘は言ってないぜ」というような顔をするとラルファは俺たちを無視することに決めたようで、ゼノム達と話の続きを始めた。


 ラルファたちとは反対側から、


「もう、肉ばっかり食べないで卵も食べなさいよ」

「えー、だってお前卵好きじゃないか。お前のために取っておいたんだよ」

「えっ? そうなの? ありがと。大好き」

「もちろん俺もだ。だからその鶏肉食わないならくれよ」

「それはダ・メ」


 と羨ましいんだか羨ましくないんだか、妙な会話が聞こえてくる。

 相変わらずトリスとベルのカップルは朝からウザい。

 お前ら今日の三層の小部屋まで、前衛決定。




・・・・・・・・・




7444年5月8日


 昨日の夜迷宮から戻って来た俺達はひと晩たっぷりと寝て、今日一日ゆっくりと休んだ。


 今は夕食を皆で摂っている。


 この「ムローワ」は串焼きを売りにする居酒屋のような店でゆっくりと寛ぎながら酒を飲み、飯を食っている。

 五日も連続で迷宮に潜っていると、相当神経を使うので迷宮から帰った翌日は何もしない。


 だらだらと自堕落に過ごす事を許している。


 それでも俺と奴隷のどちらかは二時間は走り込みを欠かさないが。

 最近はトリスやグィネとも朝のランニングで顔を合わせることもある。

 コースやペースは人それぞれなので一緒に走ったりはしない。


 今回の迷宮行では大きな収穫は得られなかった。

 モンスターの魔石だけだ。

 本来これが当たり前なので、落ち込みはしないが、俺は相当意気込んで迷宮に潜ったのでちょっとだけ落胆した。

 あー、もう、早く水晶の原石出ないかな。


「今日さ、グィネと「ラスルーン」でご飯食べてたらさ、また聞いちゃった」


 ラルファがまた何か愚にもつかない情報を仕入れてきたようだ。

 いや、情報なんて高尚なもんじゃない。

 井戸端会議でされる噂話みたいなもんだ。

 主婦か、お前は?


「何を?」


 ベルがラルファに聞き返している。

 そこは流せよ。


 トリスと顔を見合わせるとトリスはピッチャーからぬるいビールを俺のジョッキに注いでくれた。

 俺はウェイトレスの獅人族《ライオス》の姉ちゃんに豚ロースの串焼きを二本頼み、トリスのジョッキにもビールを注いだ。


 ウェイトレスの姉ちゃんは綺麗な緋色の長い髪を揺らして俺の注文を厨房へ通すと、隣のテーブルに一人で座っていたズールーの“隣”に座り何か話し始めた。

 何故向かいに座らないんだよ。


 エンゲラとグィネとゼノムは最近うっすらと生え始めたグィネの髭の話題で盛り上がっているようだ。

 鼻の下と顎先によく見れば生えてるかなぁって程度の髭だ。

 悩んでいるグィネに対して慰めているような会話が聞こえる。

 「髭のない女は魅力がない」とかゼノムがご高説を垂れているが賛同は得られないようだ。


 トリスは器用にイボディーの干物をMy箸で食べている。

 俺はケイスァーゴの煮付けをやはりMy箸でつつきながら(トリスはきちんと箸が使えて好感が持てるよなぁ)と思ってビールを一口飲んだ。


「でさ、今度はジョニーだって。覚えてるっしょ? 去年の冬だっけ、ああ、去年トリス達と会う前だからお正月過ぎくらいかな。「ダンフル」でベルを口説こうと因縁つけてきたタイガーマンよ」


 噂好きの主婦の声だ。


「えー、覚えてないよ。多すぎて」


 カマトトぶった兎の声だ。


「嫌味か」


「いや、嫌味とかじゃなくて本当に覚えてないの」


「はいはい、あんたはモテるからね」


「ん~、そんなんじゃないよ~」


「で、一昨日くらいらしいけど、そのジョニーが死んだんだって。罠らしいよ。あの弩のやつ。あれに引っ掛かるのっていたんだねぇ。気を付けないとねぇ……」


 へぇ、あいつ、死んだんか。

 俺に絡んできた奴だよな?

 罠に引っ掛かって死ぬとか、本当に間抜けだな。


 気が付くとトリスの前のイボディーの干物はまるで妖精に食べられた後かのように綺麗に骨だけになっていて、トリスは難しい顔をしながらそれを見つめていた。


「どうした?」


 何をそんなに難しい顔してるんだ?


「え? いや、このえぼ鯛、じゃないイボディーがあんまり旨いんでもう一匹頼もうか、それともアルさんと同じで煮付けにしようか悩んでたんです」


 変なとこで悩むやつだな。


「ん、じゃあ半身やるよ。イボディー頼んで半身くれよ」


 と言うと、


「いいんですか? じゃあそうします。すいませ……ん」


 嬉しそうにトリスが応え、店員を呼びかけたが、ウェイトレスは俺達の隣のテーブルでズールーの膝に乗っていた。

 働けよ。


 ウェイトレスはそれでも名残惜しそうにズールーの胸のあたりを人差し指でつつくとトリスの注文を取って厨房へ向かった。

 俺とトリスの視線を受けたズールーは目を逸らしてジョッキを口に運んでいた。

 お前その中身お茶か水だろ。


「でも、ラルファの話が本当ならローキスさんとこのパーティーは人手不足になりますね。二人やられたら残りは八人でしょ? 十人でやってたなら戦力的には結構辛いんじゃないですかね。まぁ私が心配することじゃないですけど、奴隷でも買うんですかね」


「どうだろうなぁ。確かあいつら、バルドゥックに来た時は六人だったんだよ。それからすぐに二人組の奴らと連んで八人になって、更にまた暫くしてから二人追加して一〇人のフルメンバーになったんだよな。最後の二人は戦奴買ったんかも知んないけど。また適当な奴らをスカウトなり購入なりするんじゃないか?」


「へぇ、結構ちゃんとしてるリーダーなんですかね? まぁ稼がせてくれればいいんでしょうけどね」


「そこまでは知らねぇ。でも一層二層程度だと稼ぐのはまだだろう。三層に行ってからじゃないとまとまった稼ぎは無理じゃないか?」


「なら今んとこは口が上手いってとこか。実績もないのによく付いていきますねぇ」


「いや、一年半かそこらで二層に行けるのは結構早い方だ。それなりに優秀なんだろうな」




・・・・・・・・・




7444年5月18日


 三連休の最後の日。


 連携の訓練を終えた俺達は少し早めの夕食を摂ろうとしていた。

 飯屋の「ラスルーン」で待ち合わせだ。

 一度宿に戻り装備を置いて身軽になってから飯を食おうと奴隷以外の五人とボイル亭を目指して歩いていた時の事だ。


「グリードさんですよね、殺戮者《スローターズ》の」


 宿の前で俺に声をかけてきたのは若いライオスの女だ。


 どっかで見た顔だな、と思ったら思い出した。

 ローキスのパーティーにいた奴だ。


 【ケリー・バレット】レベル八か。ハーシュ士爵家長女。


 何の用だろう?


「そうですが、何か御用でしょうか」


 女《ケリー》の方を向いて返事を返す。

 殺戮者《スローターズ》の皆は様子を窺っている。


「ちょっとお話ししたいことがあるので、お時間をお借りしたいのですが……」


 遠慮がちに言って来るが、その目はしっかりと俺を見つめていた。


「いいですよ。何でしょうか?」


 俺が答えるとケリーは少しホッとしたような顔をして言葉を継いだ。


「あのう、ロンスライルへお取次ぎ願えないでしょうか?」


「は?」


「実は……我々のパーティーで最近死者が多くなっておりまして……。今日も二層の魔物の部屋でメンバーが一人と戦闘奴隷が一人死んでしまったのです……。そこで新たに戦闘奴隷を購入しようかと相談しましてですね……」


 ああ、そういうことか。俺がズールーとエンゲラを購入した『奴隷の店、ロンスライル』は最近かなり名を上げているのだ。

 何しろ殺戮者《スローターズ》の前衛二人を供給した店として評判が上昇しており、多少懐に余裕のある冒険者達はそれまで戦闘奴隷の店として定評のあった『ターニー商会』ではなく、『奴隷の店、ロンスライル』で戦闘奴隷を買うのが最近のトレンドになっている。

 なんでも今では予約が必要にもなっているそうだ。商売繁盛、結構なことだ。


 未だにあの精人族《エルフ》のマダムは良い奴隷が入荷すると俺に声を掛けてくれることもある。

 そう言えば迷宮内で五日を過ごすようになってから荷物がやたらと増えた。

 荷物運び兼荷物番の奴隷を買っても良いかも知れない。


 少し考えた俺は、


「少々お待ち願えますか?」


 とケリーに言って、皆を振り返ると、


「そう言やあ、荷物持ちとかいると便利だよな?」


 と聞いてみた。


「確かに……」

「ああ、行きはしんどいねぇ」

「いつもマルソーに食事の用意してもらうのもなぁ……」

「ズールー以上にマッサージが上手い奴がいいな」

「居れば助かりますよね」


 とか言っている。


「なら、着替えたら一人買ってくるわ。先にラスルーンに行っててくれ」


 と言うと、奴隷商を見たことのないトリスとグィネが同行したそうにしている。


 「トリスが行くなら私も行こうかな」とベルも言っているので、「行きたきゃ一緒に来いよ」と言うと彼らも同行することにしたようで、何故か少し興奮している感じを受けた。

 ラルファとゼノムはどうでも良さそうだったので先に飯屋に行ってもらうことにした。


 なお、俺にとって奴隷の購入というのは非常に人件費の低い従業員を雇うのと感覚的にあまり変わりはない。


「すいません、お待たせして。丁度良いので私も一人奴隷を買います。一緒に行きますか? 紹介しますよ」


 とケリーに言うと、嬉しそうだった。

 まぁ普通はなかなか無いよね。

 潜在的な敵(ライバル)に塩を送りかねない行為だし。


 でも、正直なところ俺のパーティーの強さと奴隷達の働きはあんまり関係ないし、そこそこ優秀なパーティーに恩を売っておくのも悪くはないだろ。

 ぶっちゃけた話、「鎬を削る間柄(ライバル)」にはとてもなり得ないだろうし。


「あの、すぐにリーダーを呼んできます。店の前でお待ちしておりますので、どうぞよしなに」


「ああ、私達も着替えたら向かいますよ」


 と言って彼女と別れた。


 さっさと着替えを済ませ、こざっぱりとした服に身を包み、剣だけ鞘に入れ直して剣帯で腰に佩くと丁度ラルファとゼノムが店に向かう後ろ姿が見える。


「あのパーティー、ここ二週間くらいで四人も減っちゃったんだねぇ」


「無謀な相手に戦いを挑めばそういうこともあるだろう。珍しくもない」


「ま、うちの場合はアルがいるからね」


「そうだな。迷宮内でのあいつの判断は正しい。出来るだけ無理しないようにしているからな。それでもあれだけ稼げているがな」


 とか話しているのが聞こえる。

 無理なんかしたら最後に生き残ってるの、俺だけになっちゃうからだよ……。


 トリス達三人と一緒に『奴隷の店、ロンスライル』へと向かった。




・・・・・・・・・




 トリス達とズールーやエンゲラを買った時の事を話しながら「ロンスライル」まで行くと、店の前でミットリーグ・ローキスと先程のケリーが待っていた。

 俺たちが近づくとローキスが進み出てきて挨拶をしてくる。


「グリードさん、すみません。ロンスライルにご紹介頂けるそうで……助かります。本当にありがとうございます」


「いえ、お気になさらず。ちょうど私も一人買おうと思っていましたので」


 そう言って店に入っていった。


 相変わらず店の受付で気だるげにタバコをくゆらせていたマダムは俺に気が付くと小走りに駆け寄ってきた。


「これは、グリード様。ようこそおいでくださいました。どうぞこちらにお掛け下さいな」


 と俺達にソファーを勧めてきた。

 俺はローキスを促して二人でソファーに腰を下ろした。

 ケリーとトリスたちは俺たちのソファーの後ろに立っている。


「やぁ、ご商売はどうですか? なんでも相当大きくなられたとか……」


 世間話から入った。


「それはもう。お陰様でかなりご予約を頂いておりますので、今も多めに仕入れを行っているところですの。最近は当商会の扱いも農業奴隷や単純奴隷、性奴隷の合計より戦闘奴隷が上回りましてねぇ。仕入先の評判も上々ですよ。今までは合計して年間三十人ほどの扱いだったのですが、お陰様で昨年は四十人を超えました。増加分は全て戦闘奴隷ですのよ。ほほほ」


 すげーな、33%以上の伸び率かよ。まぁ場所柄今までは戦闘奴隷十人、残りの雑多な奴隷合計二十人ってとこだったんだろう。


「そりゃすごいですね。しかし……まずったな……予約がいるのか……」


 知ってはいたが困ったように言った。


「あら? 本日は久々のご購入だったのですか? それは困りましたわね。生憎と戦闘奴隷の在庫は……」


 本当にしまった、とでも言うような顔つきでマダムは言った。


「ああ、今日は私は戦闘奴隷を買いに来たわけじゃありません。まぁ頑丈な奴隷に越したことはないのですが、今回は荷物運び(ポーター)専用の奴隷が欲しいんですよ。在庫を見せて下さい。一般奴隷なら大丈夫でしょう? あと、こちらはバルドゥックの冒険者(同業)のローキス侯爵の息子さんです。戦奴は彼が購入を希望しているんですが……まいったなぁ。我儘を言うようで申し訳ないのですが早めに手配してあげて貰えませんかね」


「あら、そうですの。グリード様のご紹介でしたら無下には出来ませんわね。ですが、今は戦闘奴隷の在庫がおりませんので……月末くらいには入荷する予定なのですが……申し訳ありません」


 マダムはそう言ってローキスに対して丁寧に頭を下げた。おいおい月末まで戦闘奴隷の在庫補充がないって、入荷したら予約とかですぐに売れちまうってことか?


「ええっ!? そうですか……予約はできますか?」


 ローキスがマダムに尋ねた。


「ええ、それは勿論。宿をお伺いしても宜しいですか? 入荷次第使いを出しますので。今回はグリード様のご紹介ですから、他のお客様にお見せする前にご覧に入れましょう」


 あら、気を使わせすぎたかな。悪いねぇ。


 ローキスはマダムにステータスを見せると逗留している宿を告げて店を出て行った。今回彼は三人も戦闘奴隷の予約を入れていた。

 侯爵の息子ともなると金があるんだな。

 そう思っていたが、どうやら全財産をはたく覚悟らしい。ケリーと細かく打ち合わせを行いギリギリの予算を告げていたようだ。


 まぁ他人の懐事情なんざどうでもいい。


 それより、いよいよ在庫の奴隷を見せてもらう番だ。


「ああ、ロンスライルさん。荷物運び(ポーター)専用の奴隷ですから、年齢は若すぎず年寄りすぎず。二十代半ばから三十代半ばくらいの男性がいいですね。戦闘をさせるつもりはないので、武器の扱いは必要ありません。でも、できれば力強く、体力があるようなのがいいですね。あと、料理とマッサージも得意な奴の方がいいですね」


 俺の贅沢なリクエストを聞いたマダムは顎に手を当てて考えている。


「アルさん、戦闘奴隷じゃなくてもいいんですか? 荷物番をさせている時に襲われたりしたら……」


 トリスが心配そうに声を掛けてきた。


「いや、必要ないよ。モンスターが出るわけじゃないし、よしんば他のパーティーが襲ってきても一人じゃどうしようもないだろう。抵抗させるだけ無駄だろ。戦闘奴隷だろうが一般奴隷だろうがどっちにしろそうなったら助からないんだしな。移動中も戦闘に参加する必要もないだろう。危なそうな六層なんかは連れて歩かないんだしね」


 俺が答え終わるのを待っていたかのようにマダムが言う。


「どうぞ、こちらに。いま用意させますが、生憎と二人くらいしかいませんね」


 俺たちはぞろぞろとマダムの後を付いて歩き、奥の部屋に通された。しばらく待っていると男を二人連れてマダムが戻ってきた。


【ローレンス・ギベルティ】レベル四 二五歳 犬人族


【マシュー・バッシス】レベル五 三二歳 普人族


 どちらも状態は良好だし、健康そうだ。

 でも、【鑑定】するまでもなかったよな。

 【超嗅覚】がある分ギベルティの方がマシだ。

 バッシスも悪くはないし、筋力もギベルティを少し上回っているようだが、若い分すぐにギベルティが抜くだろう。


「この二人の値段はいかほどですか?」


「二人共三五〇万Zです。農奴出身でもありませんし、ロンベルティアで大工の下働きをしていましたの。大工技術もあまりないですし、ほかならぬグリード様ですからね、今回はお客様もご紹介いただきましたし、勉強させていただきます」


 三五〇万Zか。

 農奴でもなければ職能を持っているわけでもない一般の奴隷としては少し高めだがまぁ普通の値段だよな。


「話してもいいですか?」


 ベルがマダムに言った。


「ええ、どうぞ」


 マダムはにっこりと微笑みながら返事をした。


「あなた達、名前は?」


「ローレンス・ギベルティです」

「マシュー・バッシスです」


 二人共素直に答えた。そりゃそうか。


「迷宮に入ったことはある?」


「ございません」

「ありません」


 当たり前だろ。


「剣や槍は使えるの?」


 グィネも聞き始めた。

 しかし、そりゃ無茶ぶりが過ぎるだろ。


「握ったこともありません」

「使えません」


 まぁ別に大きな違いがあるわけでなし、どっちでもいいよ。

 どうせならお前らで決めてくれてもいいくらいだ。

 だけどこいつら、単なる興味本位で話しているようにしか見えん。


「タバコは吸う?」


「いいえ」

「いいえ」


 タバコなんて嗜好品、奴隷が吸う訳ねぇ。


「料理はできる?」


「はい、得意です」

「大抵のものは」


 ま、条件出したしな。


「マッサージは?」


「前のご主人様に仕込まれております」

「いいんですか!?」


 おい、何でベルを見る!?

 思わずトリスの顔を見ちゃったよ……。

 嫌そうに睨んでいる。

 そりゃそうだ。この普人族《ヒューム》はダメだ。


 もう充分だろう。


「じゃあ……はい、三五〇万Z。ドッグワーの方にしますよ」


「はい、確かに。明日の朝までに販売証明を用意しておきます。神社は明日ですか? 後日ですか?」


「ああ、明日の朝受け取りに来ますので、それからにしますよ。おい、行くぞ」




・・・・・・・・・




7444年5月19日


 迷宮に行く前に『奴隷の店、ロンスライル』に寄ってローレンス・ギベルティを受け取り、その足で神社へと赴いて命名の儀式を執り行ってもらった。

 でかい背負籠を購入し、全員の着替えや食料などの荷物を背負わせる。

 相変わらず個人個人で背嚢《リュックサック》は背負ってはいるが、昔のように携帯保存食料三日分(干し肉で一㎏くらいだ)とちょっとした小物しか入れていないからかなり身軽になった。


 昼前には迷宮へと入り、深夜というほどではないが、夜一〇時前には三層の転移の水晶棒の部屋にたどり着く事が出来た。




・・・・・・・・・




7444年5月20日


 五層の転移の水晶棒の部屋に来た。

 今までは四層五層を突破するのに一二時間程も掛かっていたが、一時間近く短縮された。

 結構なことだ。


 ギベルティは結構陽気な男で皆からは既にラリーと呼ばれている。

 少なくとも彼を購入したことでこれから慣れてくれれば道中で魔石を採取する時間も幾分短縮されるだろう。

 何より嵩張る荷物を運ばなくていいのは確かに楽だからね。


 四泊分の下着や肌着類だけでもそれなりの量になるし、食料もかなりの重さになる。彼も入れて九人分の四泊五日、予備も含め合計一四〇食分で最初の荷物は鍋やコンロ、桶なんかも含めれば合計して五〇㎏くらいの重量になってしまう。

 勿論それを最初から一人で背負わせると移動速度が落ちるので一人二~三㎏くらいは分担する。


 これで最初は一人当たり五㎏程のリュックサックの重量だが、一日目で全員の荷物はかなり軽くなる。

 今までは戦闘時に投げ出したりすると食べられないので卵を持って来ることもなかったが、今回からは迷宮内でも卵を食べられるし、野菜やパンなども投げ出して潰れたりしないので、食糧事情は改善されるだろう。


 昨晩に続いて二泊目となる迷宮内での宿泊も幾分快適になった。

 ギベルティの料理の腕前はなかなかのものだった。

 もう少し良いコンロを買おうかな?


 マッサージもズールー程ではないが結構なものだ。

 うーん、買って良かったな。


 ギベルティの給料、幾らにしようかな?

 戦闘奴隷じゃないし、二万Z(銀貨二枚)くらいの月給でいいか。




・・・・・・・・・




7444年5月21日


「ハンコお願いします」


 差し出された見積書を見て問題がないかチェックする。うん、大丈夫だ。価格もいいところだろう。


「ほいよ」


 シャチハタの印鑑を押して会社の角印も押捺した。


「ありがとうございます」


 井上が俺から見積書を受け取り、複合機へと向かう。


 PDF文書にして先方にメールするんだろう。

 俺は来週の営業会議の資料の作成作業に戻った。

 今日は昼飯も取らずに昼前からずっと資料作成に掛り切りになっていた。

 会議前の水曜はいつもこうだ。

 今日中に作り上げ、週末までに部長のOKを貰わなければいけない。


 細かな表類やグラフなどは部下に作成させるが、資料の文章自体は俺が書かなくては始まらない。

 先月の注文傾向と在庫量、今後の予測、そこに至った理由や理屈付け。

 面倒だが仕方ない。

 会議の場でこれを読み上げるのは役員である部長だが、質問や突っ込みが入った場合、説明するのは次長である俺の役目だしな。


 ……休憩でもするか。


 椅子に掛けてあったスーツからタバコとライターを取り出して喫煙所に向かう。


 タバコに火をつけて一口吸い込み、右手にタバコを持って窓から外の景色を眺める。

 今日は朝からしとしとと雨模様だ。

 気持ちが沈みそうになる。


「川崎さん」


 ん? 振り向くと椎名が居た。


「お疲れ様です、これ、どうぞ。間違えて買っちゃったので」


 お、俺の好きな銘柄の缶コーヒーだ。

 うちの自販機は先週末に新しい機械と入れ替わり、ボタンの位置が展示サンプルの下に移動したため間違えて購入してしまうという被害が山のように出ていた。


「気が利くな。サンキュ」


(…………が………………つ…………て……)


 ?




・・・・・・・・・




7444年5月24日


 前日の夕方迷宮から戻った。

 疲れていたので全員で晩飯を摂った後、ラルファとグィネの呑んべぇ二人を置いて俺を含む残りはさっさと宿に戻って寝てしまった。

 彼女たちは夜遅くまで帰らなかったようだ。


 朝、飯を食う時に暇人井戸端主婦のラルファが言った。


「ちょっと、ちょっと! 今度はベリックが殺られたんだって。一層の部屋でジャイアントスパイダーと戦ってる時に罠踏んじゃったんだって。この前三人奴隷を予約してたんでしょ?」


「ラル、それじゃ判りにくいよ。ローキスさんのパーティーの人がまた死んじゃったそうですよ。焦ってたった六人で一層に行ったからでしょうね……」


 グィネが補足した。


「へぇ、アホだな。奴隷が来てから行っても遅くないだろうに……。しかし、それなりの奴らでも罠で死んじまうんだな。危ないなぁ、よく気を付けないとなぁ」


 それを聞いたトリスが嘆息するように言った。全く同感だ。


「でさ、あの侯爵の息子(タイガーマン)も流石に思う所があるみたいで、奴隷が来るまでは迷宮に行かないでみっちり連携訓練やるんだって」


 何故かラルファが面白そうに言った。

 少しでも考える脳味噌持ってりゃそうだろうよ。


「ラル、誰から聞いたの?」


 ベルが言った。


「ん? 昨日飲んでた奴。名前は忘れたけど結構いい男だったかな」


「ラルファ、もう子供じゃないからあまり厳しくは言わんが、その……ちゃんとした奴なのか?」


 ゼノムが居心地悪そうに言った。何を言っとるんだ、親父さんよ。


「ああ、心配いらないよ。お酒強いグィネもいるし、ちょっと一緒に飲んだだけ」


「ならいいが……」


 おいおい、言いくるめられてるんじゃねぇよ。


「ゼノムさん、ラルはこう見えてしっかりしてますから、心配いりませんよ」


 エンゲラがラルファに助け舟を出した。


「マルソー、そうは言うがな……ラリーはどう思う?」


 少し渋い顔でゼノムがギベルティに話題を振った。


「私はラルファさんの事、まだ良く存じませんので……でも、これだけは言えます。ラルファさんに敵うような人はそうそういやしませんよ。何たって、ご主人様方は殺戮者《スローターズ》と呼ばれているバルドゥック一《いち》の冒険者なのでしょう? ズールー様に聞きましたよ」


 ギベルティは軽い調子で答えたが、そうか、ズールーがそう言ったのか。

 お前、結構自慢気に言ったんか?


 そう言えばズールーは端っこで黙って飯を食っている。

 しかし、目つきは結構剣呑だ。あれは獲物を狙うライオンの目だ。狩りをしないはずの雄だけど。

 ズールーの視線の先には厨房で働く緑色の髪のライオスの女がいた。

 「ムローワ」のウェイトレスは遊びかよ。こいつ……。


 違った。

 厨房にぶら下がっている羊の足を見ているようだ。

 すまん、ズールー。


 しかし、なにか腑に落ちない。


 なんだろう?


 独り無言で厚切りベーコンを口に運んでいた。


 薫香が口中に広がる。旨い。


 なにか不自然な会話でもあったろうか?


 ズールーが胡椒を使わないのは不思議じゃない。

 あいつは炒り卵にだけむちゃくちゃ胡椒をかけるんだ。

 ラルファがどうでもいい噂話に花を咲かせるのはいつものことだ。

 ゼノムがラルファを心配するのもいつものこと。

 新人のギベルティの発言にも別段不自然な点はない。


 じゃあ、なにが?


 ローキスのパーティーが櫛の歯を折るように少しづつ欠けていっていることだってよくある話じゃないか。

 死に方か?

 モンスターと戦って死んだり罠にかかって死んだりなんて本当によく聞く話だ。

 毎月のように一人くらいはそんな奴も出ている。

 全滅したなんて話だってあるし、今はたまたまローキスのパーティーに集中しているのだって、パーティーのメンバーが減ったから総合的に戦闘力や周辺警戒力が落ちたからだろうし……。


 罠?


 

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