第六十一話 妖精
7444年1月1日
俺が池の傍まで近寄っても妖精たちは、まるで俺がここにいないかのようにころころと笑いながらはしゃいで飛び回っていた。
妖精を見て最初は確かにびっくりしたが、落ち着いて何匹か【鑑定】してみて幾つかわかってきた。
1.妖精は全員全属性の魔法が使える
2.魔法以外に【命名】と【妖精の目】という特殊技能を持っている
3.個体名がある。【命名】の特殊技能で儀式をしたのだろうか
4.背中から蜉蝣だか蜻蛉だかのような羽が生えていて自由に飛び回れる
5.身長(体高?)は三〇㎝程度で衣服は身につけていない
6.長生きしている個体もいる(一〇〇歳以上はザラで、三〇〇歳超えも沢山)
7.魔法の特殊技能のレベルと年齢から見てMPが多い
8.HPも高年齢故か能力値に見合っていない(低い)
そして何より重要な事だがモンスターと異なり、【鑑定】の最下行にしっかりと【経験】の行があり、肉体レベルに紐づいている。
つまり、妖精族は一般的なモンスターではないと言えるのではないだろうか。
また、上記の項目のうち、7と8は種族の特徴の可能性もあるので一概に変だとは言い切れない。
池のほとりまで歩き、よく見てみると、池は直径二〇〇m程で中央の大きな樹が生えている部分は小島だと思っていたが半島だった。
少し歩けば渡れそうだ。
あの半島の先あたりは妖精も沢山集まっているように見える。
あそこまで行こう。
全く俺に興味を示さないというのも何となく面白くない。
別に騒ぎ立てて欲しい訳ではないが、自分に当てはめて考えると七~八m近い身長の巨人がいきなり現れたに等しいような驚きで迎えられると思っていたのだ。
無視されてはいるが、こちらから波風を立てたいわけでもない。
なんだろう? この感じ。
無視されていること自体、大騒ぎになるよりは良いが、これだけ延々と無視され続けるというのもなんだかなぁと思う。
出来れば友好的にコミュニケーションを取りたい、というのが本音なので、無視され続けるのも都合が悪いのだ。
何匹か捕まえて見世物にするとか王家に高値で売り付けるとかいう事も出来なくはないだろうが、いくら俺でもこれだけの数から同時に魔術で攻撃されたらまずい。
せいぜい百数十くらいのMPだが、ン百年も生きているからだろう、魔法の特殊技能のレベルがMAXなんてのもいた。
敵対的な行動を取るつもりは全くない。
話が出来るのであれば迷宮の事や、あの扉の仕掛けなどを聞いてみたいだけだ。
もし可能なら初代ジョージ・ロンベルト一世と過去にどんな事があったのかも聞いてみたい。
あとは……そうだな、俺が知らない魔術なんか教えてくれたりしたら最高だ。
半島の先に向かう間、足元に注意して、万が一にも地べたで寝っ転がっている妖精を踏み潰したりしないように気を付けた。
妖精たちは俺のことを動く大きな石位にしか思っていないのか、俺の肩に腰掛けたり、頭の上でちょっと休んだりなど、気ままに過ごしている。
驚かせないように小さな声で「こんにちは」とか言ってみたりもしたが、どうも通じていないようだ。
妖精たちは「ぴるるるっ」と言うような非常に高い音が特徴的な独自の言語で会話をしているらしく、俺が何を言っても返事らしきものを返してくる事はなかった。
半島の先端部に到着した。
背の高い樹の幹には洞が無数にあり、妖精のマンションのようになっているみたいだ。
沢山の妖精たちが出入りしている。
俺はゆっくりと歩き樹の下まで行くと適当な石に腰を下ろし、妖精たちに話しかけ続けた。
なんとかこちらの言葉が解る奴はいないのだろうか?
「やぁ、こんにちは」
「ここに住んでいるの?」
「何を食べているのかな?」
「君達の代表者みたいな人はいるの?」
「モンスターは入ってこないの?」
「バルドゥックって知ってる?」
俺が幾ら話しかけても妖精たちはそれに直接答えを与えてはくれなかった。
だめだ、こりゃ。
小柄な妖精の一人に右の鼻の穴を引っ張られて広げられながら溜め息を吐く。
初めて見る【妖精の目】の特殊技能を【鑑定】してみた。
【特殊技能:妖精の目;妖精族が備える特殊技能。赤外線視力、夜目、遠視、透視、X線視力など視覚強化の他、魔力も見える。レベルにより能力は上昇する】
ふざけんな。何その便利技能。
お昼にはまだ少しばかり早いだろうが、ここは安全そうだし、ピクニック気分で飯食ったら帰ろう。
そう思ってリュックサックをごそごそと漁り、コンロの魔道具を引っ張り出し、五徳を用意した。
マヨネーズの瓶を出してメイネイジの干物とパンを取り出した時だ。
それまで俺の周りや樹の周りを飛んでいた妖精たちが地に降り立ち俺の様子を窺い始めたのに気が付いた。
お、魚とかパンが珍しいのかな?
餌付けとか出来るんだろうか?
コンロに火を点け、五徳の上に干物を乗せ、焼き始める。
その間にパンを切るが妖精たちは俺の一挙手一投足をじっと見つめていた。
すぐに食欲をそそる干物の匂いがあたりに漂い始める。
その時だ。
遅れてきた一匹の妖精が俺の前の地面の上に降り立ち、コンロの向こうから話しかけてきた。
「いい匂いだな」
少し甲高い声だが、ちゃんとしたラグダリオス語に聞こえる。
俺は吃驚して返事を返した。
「喋れるのか?」
俺の問い掛けを妖精は無視して、言葉を続けた。
「海の魚か……何百年ぶりだろうな。つい釣られて出てきちまった……。関わりたくはないんだけどな。ねぇ、それ、少し分けてくれない?」
確かに俺の問いかけは、彼が喋っているからには答える必要のないものだ。
「あ……ああ、いいよ。全部食べてもいい」
俺の返事を聞いた妖精は嬉しそうに笑うと礼を言って来た。もう一匹あるもんね。
「おお、いいのか? ありがとう」
「え? あ、どういたしまして」
俺が答えると、妖精は周りを囲む妖精たちに向かって「ぴるるるっ」という妖精の言葉で何か言った。
それを聞いた妖精たちは歓声を上げて飛び跳ねたり宙返りしたりして大喜びのようだった。
まだ小腹がすいた程度だし、もう一匹くらいやっても惜しくないか。
いや、何かの交渉に役立てられるかも知れない。
あ、リュックサックを【妖精の目】で見られたらもう一匹ある事はバレるんかな?
妖精たちの上げる歓声がだいぶ静まった頃、焼かれている干物を見つめながらコンロを回って俺の目の前に移動してきた妖精が俺にまた話しかけてきた。
「大きな声を出すのは疲れる。肩に乗っていいか?」
「いいよ」
俺がそう返事を返すと蜉蝣のような羽を震わせて妖精が俺の右肩に乗った。
元々俺の右肩に乗っていた別の妖精はヘルメットの上に移動したようだ。
「人がここに来たのは久しぶりだなぁ……ジョージから聞いたのか? いや……まだ生きてるわけないか。すると、単に運が良かったのか? なぁ、あんた、名前は? ステータス見ていいか?」
妖精は俺の耳たぶをつかみながら早口で言った。くすぐったい。
「ああ、構わないよ」
「ふうん、アルって呼んでいいか?」
なに!? ステータスオープンは発声が必要な筈だ。
俺はまた吃驚して、右肩に止まりながら耳たぶを掴んでいる妖精に顔を向けてしまった。
「おい、危ないじゃないか! 急に動かないでくれ」
「う、あ、すまん。でも、なんで……?」
俺があまり驚いた表情を浮かべていたからだろうか、妖精は答えてくれた。
「ああ、妖精にはわかるんだよ。【妖精の目】ってやつだ。魔力が見えるからな。ステータスだって見える。あんたにくっついている魔力線もな」
「は?」
「え? だって報告を引っ張ってるぞ? 珍しいし、何かありそうだからあんまり関わりたくなかったんだけどな。でも、海の魚の匂いを嗅いじゃったらな……耐えられる訳ないよ」
なんだ? なにを言っているんだ? 報告と言ったのか?
「なぁ、あんたのステータスを見てもいいか?」
「ん? ああ、別にかまわないよ。どうぞ」
妖精はそう言うと俺が彼に触りやすいように俺の右膝の上に降りてきてコンロで焼けつつある干物を覗き込む。
俺は遠慮なく彼の手に触り「ステータスオープン」と言いつつ【鑑定】した。
【カール・ミライス/21/6/6811 】
【男性/21/6/6811・妖精族・バルドゥック】
【状態:良好】
【年齢:632歳】
【レベル:12】
【HP:22(22) MP:241(242) 】
【筋力:1】
【俊敏:31】
【器用:25】
【耐久:1】
【特殊技能:命名】
【特殊技能:妖精の目】
【特殊技能:地魔法(MAX)】
【特殊技能:水魔法(MAX)】
【特殊技能:火魔法(MAX)】
【特殊技能:風魔法(MAX)】
【特殊技能:無魔法(MAX)】
【経験:239214(270000)】
カールか。それに……物凄い歳上で、魔法の技能は全部MAXかよ!
【妖精族:フェアリー種】
まぁそんなとこじゃないかと思ってた。
【バルドゥック:第六の種】
意味がわからん。本来、ここには所属している家名が入るんだがな……。
「なぁ、アル。そろそろ焼けて来てるんじゃないか? ずらすかひっくり返すかしてくれよ」
「えっ? ああ……」
コンロの場所を少しずらして干物を焼いた。
「ええっと、カール、でいいですか?」
「ああ、俺のことはカールと呼んでくれ。いい名前だろ?」
そう言ってカールは俺の膝の上で振り返って俺を見て笑った。
「カール、君は、いや、あなたは妖精なのですか?」
「ん? そうだけど? ステータス見たんだろ? それに、そんなに丁寧に喋らなくてもいいよ」
不思議そうな顔をしてから、また親しそうに話をするカールに俺は、
「あ、いや。うん……。で、君たち妖精はなんでバルドゥックに居るんだ? モンス、いや、魔物とか俺のような冒険者とかここに入ってこないのか? 捕まったりしないのか?」
と聞いてみた。
「ステータス見たなら判るだろうに……。俺達は司祭だ。俺達に手を出せる奴なんていないさ」
ああ、そう言えば【命名】の特殊技能を持っていたな。
確かに司祭相手に手を出せるような奴なんていないか。
「あ、それもそうだな……。って、あれ? 俺、さっき……」
何匹か捕まえて見世物にするとか王家に高値で売り付けるとか非常に邪な事を考えていたような……。
「どうせ、あれだろ? 何人か捕まえようとか考えたって言いたいんだろ? それは仕方ないし、考えるくらいで実際にやろうとしないなら平気だよ。人族にだって神官や司祭はいるだろうに……。彼らの結婚相手は夫婦喧嘩も出来ないのかい? 子供だって小さいうちは親を殺したくなるくらい憎むこともあるだろう。そんなんでいちいち天罰なんか落ちやしないよ」
それもそうだ。
「まぁいいか。確かに人族から見たら妖精族は珍しいだろうしね。しょうがないか。……まぁ焼けるまで退屈しのぎだ。まず、なぜ俺たちがここにいるかというと、ここで生まれたからだ。で、魔物や冒険者が来ないかって言うと、来ないこともない。現にアルは来たじゃないか。尤も、人族は何百年に一回くらい姿を見るかどうかだけどね」
「そうか……。ところで、さっき報告がどうとか言っていたようだけど、何の事だ?」
「あれ? ひょっとして気が付いてなかったのか……? なんで? ああ、ここは大丈夫な場所だけど……うーん、報告っていうのは魔術の名前だよ。誰かに君の見聞きした内容を送ってるんだろ? すっごく魔力を食うから俺でも使えない超高等魔術だね。色からしてかなり遠いんだろうね。ねぇ、それよりそろそろひっくり返したほうが……」
「ちょっと待ってくれ! 俺は何か魔術に掛かっているのか!?」
「うわっ、大きな声だな、もう。だから言ってるじゃない。それよりひっくり返してよ」
ああ! もう! 俺はメイネイジをひっくり返して身の方を下にした。
「その報告って何だ? どういう魔術なんだ!?」
「もう少し声を抑えてよ。報告はディヴィネーションとチャームだからね。伝説に連なる魔術だよ。知らないの?」
知らないから聞いているんだ。知ってりゃ聞かないよ。
俺が首を振るとヘルメットの上に座っていた妖精が「きゅっ!」と言って俺の肩に落ちてきた。
「あははは、ベル、おっかしい。ねぇベルが変な格好で転がり落ちたよ! 面白いね!」
面白かねぇよ。
「なぁ、カール。その報告ってどんな魔術なんだ?」
「あははは、そんなのどうだっていいじゃないか。え? なんだってそんな怖い顔をしているんだ?」
そりゃ怖い顔にもなるだろうよ。
「カール。すまんが、報告の魔術について詳しく教えてくれないか? 頼む。俺に出来る事なら礼はする」
「ふぅん。じゃあもう一匹の魚も頂戴よ」
「それでいいならあげるさ」
俺の返事を聞いたカールは俺の膝の上で宙返りを打つと、
「本当かい!? なんでも聞いてくれ!」
と言って大喜びだった。
「ああ、本当だ。だから報告について教えてくれ」
「報告について教えるって言ってもなぁ。俺が知ってるのなんて大した事じゃないし、又聞きだけどな。まず、さっきも言ったけど、報告はディヴィネーションとチャーム系統の魔術だよ。だから普通は知られてないんじゃないかな?」
「何だ、そのディヴィネーションとチャームって? 魔術の名前なのか?」
そんなの聞いたことないよ。
「うーん、そこからかぁ……まぁいいや。魔法には大きく分けて十三の系統がある。アブジュレーション、オルタレーション、チャーム、コンジュレーション、ディヴィネーション、エンチャントメント、エヴォケーション、インヴォケーション、イリュージョン、ネクロマンティック、ファンタズム、ポゼッション、サモニングだ。ここまではいいだろ?」
知るか。初めて聞いたわ! しかも多い。
覚えきれるかよ、そんなもん。
「その顔は初めて聞いたって感じだねぇ。俺も親父とお袋からの又聞きだけどね。まぁこの十三種だけど、考える時は実はもっと減らしてもあんまり害はない。チャームとエンチャントメント。コンジュレーションとサモニング、イリュージョンとファンタズムは大抵の場合二種で一つとして覚えてもあんまり問題ない。あと、ポゼッションも特別すぎるから極論を言えば覚えなくてもいい。まぁそうすると九種類と言えなくもない。全ての魔術はこれら九種類のどれかの系統に属すると思ってもいいよ」
「そうか」
「で、このなかでもチャームとディヴィネーションの系統はほとんど全てが伝説の魔術だね。報告はその一種ってこと。多分、一般に知られているのは魔力検知と感知とスリープクラウドくらいだろうね。因みに魔力検知と感知はディヴィネーションで、スリープクラウドの魔術はエヴォケーションとエンチャントメントとチャームの三系統が合わさった魔術だよ。ああ、占いという魔術も知られているかな? 呪文を知る魔術だ。ちょっと一般的じゃないかも知れないね」
「あ、あ」
変な声が出た。なんか大変な知識について触れている気がする。
「ああ、もうそろそろいいんじゃないかな?」
「え?」
「魚だよ、魚!」
あ、干物か。確かにもういい頃合だろう。
「忘れないでよね」
カールはぷりぷりして言ったが、今にも涎が垂れそうな顔つきだった。
俺はコンロから干物を降ろすと、尻尾を持ってぶら下げた。
「皿とか……あるわけないよな」
「ちょっとそのまま持っててよ、皆で食べるからさ」
カールはそう言うとまた「ぴるっ、るるっぴっ」と言う声で周りの妖精たちに話した。そ
れを聞いた妖精たちは歓声を上げながら俺のぶら下げている干物に殺到してくる。
そして鉛筆のような細い手でみるみると干物から身をこそいで持って行く。
ものの一分ほどで干物は綺麗に骨だけになっていた。
金網がないので五徳に乗せて干物を焼いています。多分コンロは油でベトベトでしょう。掃除が面倒そうですね。




