第五十四話 ゼノム
7443年8月21日
今日は水曜日なので一日オフの日だ。
いつもならズールーを護衛に迷宮の一層で魔法の修行をしたり、経験値を稼いでみたりしているのだが、今日はちょっと予定が変わりそうだ。
朝飯を食い、さぁいつもの様に一働きしてこようかと、ボイル亭で装備を整えていた時の事だ。
部屋がノックされたので顔を出すとボイル亭の小僧がいて来客だと言う。
俺に心当たりはないが、このところ増えてきた俺のパーティーへの参加希望者かなんかだろう。
しかしながら、緊急の鎧のメンテナンスを申し出てきた第一騎士団の人かも知れない。
姉ちゃんが持っている補修キットのラテックスが切れたのかな?
最近だと先月に兄貴達が納品に来た時にかなりの量を持って来て貰ったから俺は結構余裕あるし、ちゃっちゃと補修して小銭稼ぎしてもいいだろう、と思いながらフロントに出向くと、記憶にない顔の山人族の中年男とその従者らしい若い獅人族の男が俺を待っていた。
体格や格好からして参加希望の冒険者とも騎士団の関係者とも考えにくい。騎士団の輜重関係の人だろうか?
それにしちゃ軍関係には見えない。
「私がグリードですが……」
そう声を掛けて注意を喚起する。
男は俺の方に向き直ると、丁寧に頭を下げて挨拶してきた。
「初めまして、私はヨーヘン・ログフラットと申します。王都である店を営んでおります。少しお話ししたいのですが、ご都合は如何でしょうか?」
と言って俺の様子を窺っている。
この男は、あれかな?
グリード商会の本拠地の件で俺の所に直接交渉に来たのだろうか?
【鑑定】してみるとログフラット准男爵家当主だ。
レベルは一〇となかなかのものだが、既に年齢は四五歳と壮年真っ盛りである。
鑑定ウインドウをちらりと見た俺の視線を隣に付き従っているライオスの男への視線と勘違いしたのだろう、ログフラット准男爵がまた口を開いた。
「ああ、この者は私の護衛の奴隷です。お気になさらず」
そうか、護衛の戦闘奴隷を連れ歩いているのか。
王都やその周辺だと安心かと思っていたが、俺は貴族家の当主が街中を歩いているところなんか見た事がないので、当たり前なのかな? と思って気にしない事にした。
だが、流石に王都からここまで貴族家の当主が護衛もなしに来るとは考えにくいから、当たり前なんだろう。
「はい。時間は問題ありませんが、どういったご要件でしょうか?」
もし、いい立地の建物を譲ってくれるというなら飛びつきたいが、足元を見られるのも嫌だ。
まぁ常識的な価格プラスアルファ程度であれば願ったりなので少しくらい足元を見られたからといってどうということはないんだけど、このログフラット准男爵は品の良い薄い微笑みを浮かべており、その心根を読ませない。
一本気な気質の多いオースの人の中ではなかなか商売っ気があると言えるだろう。
「グリード商会との商……」
その時、階段の上から声が掛かった。
「ログフラット准男爵ではないですか!? どうしてこのような所に?」
ゼノムだった。
どうやらこのログフラット准男爵とは知り合いのようだ。
彼は急いで階段を降りて来ると改めて口を開いた。
「なんだ、アル。お前、准男爵と知り合いだったのか?」
「いや、たった今、俺を訪ねて来られたところだよ。まだ挨拶したばかりだ」
「ファイアフリード! グリードさんと知り合いだったのか?」
ゼノムの知り合いならそう無茶な事も言って来るまい。
俺はほくそ笑みそうになる。
あれ? ゼノムの知り合い? 王都近辺でゼノムの知り合いねぇ。
「知り合いも何も、私は今、グリードに雇われているんです。年明けに言ったと思いますが、このグリードが冒険者として私を雇っているんですよ」
ゼノムが俺との関係を准男爵に説明すると、彼は驚いたようにゼノムに言う。
「そうなのか! じゃあお前、殺戮者のメンバーだったのか!」
おうおう、俺たちも結構名前が売れてきたよな。
最近じゃあ若いぽっと出の冒険者がメンバーに入れて欲しいと週に一回くらいは来るようになったんだ。入れねぇけど。
余談だが、俺達がバルドゥックに来た去年のトップチームの五つは当然だが、最近だと俺たち殺戮者をトップチームと数える奴らも多くなっていると聞く。
本当のトップチームの連中は年に一つくらいは価値の低い(と言っても数億Zはくだらない)魔法の品を見付けているので別格だと思うが、俺たち殺戮者は金額ではそこには及ばないものの魔石で安定的に高い金額を稼いでいる。
魔石の稼ぎだとトップチーム五つが束になっても殺戮者には遠く及ばない。
特にここ半年位は俺たちに憧れて無理がたたり、全滅するパーティーも頻出しているので彼らの装備品を回収出来たりして更にウハウハだ。
正直なところ、これだけ俺たちが魔石を供給しているので買取相場が下がるかと心配していたが、元々魔石の需要は高いので相場は全く変動しなかった。
まぁいくら俺達が魔石を沢山取って来るとは言え、所詮は八人、たかが知れているのだろうと思っていた。
一時、興味を覚えて魔道具屋の店主に聞いてみた事があった。
俺達が持ち込むようになる前と今、バルドゥックで生産(?)される魔石全体の量の推移だ。
俺達が来る前を一〇とすると今は一三くらいらしい。
三〇%も供給量が増加している。
消費量が変わらないのであれば、取引価格は二〇%くらいは下落してもおかしくない。
しかし、もともと魔石の需要は高く、取引金額は高値安定だった。
俺が懇意にしている魔道具屋は迷宮のすぐ傍にある、バルドゥックではかなり大手の商会だ。
王都の魔道具屋にも卸のルートを持っているようで貴族階級で税金がかからないことをいい事に多少のマージンを取って卸していたらしいが、王都には迷宮がないうえ、近隣に魔石の供給源になる魔物なんかもいない。
だから冒険者もそう多くは魔石を持ち込んで来ない。
王都で消費される魔石は殆ど全てバルドゥックが供給源になっていた。
人口二十万以上の超大都市だから需要は元々あるのだ。
いままで魔石が使いたくても高くて買えなかったのではなく、単に供給量が少ないために卸先が決まっていたに過ぎないのだ。
だとするともっと高値になっても良さそうなものだが、商売をやっているような店ならいざ知らず、個人では魔石はほとんど使われていなかった。
つまり、殆どの家では照明はないし、着火はどこかから種火を貰って来て済ます。
勿論冷暖房なんて有り得ない。
照明器具はどうしても必要な時にのみ使うだけだし、時計の魔道具なんか一日三回くらいの使用であれば価値の低いゴブリンの魔石でも一年くらいは使えるのだ。
このあたりのことはグィネが詳しかった。
商人の家だからという訳ではなく、単に王都の一般家庭で育ったので、普通の人たちの魔石の価値観というものを理解していることと、元日本人という知識から導き出された推論に過ぎないが、日本的な感覚としてはプロ用の便利だが特殊な調理器具とか、地方特産の珍味、輸入食材、大型テレビや洗濯機やエアコンのない時代のそれらの製品というようなものに近いらしい。
あれば嬉しいし、多少無理すれば買えない事もない。
でも代替品や代用品でもまぁなんとかなる。
各家庭にあっても不思議でも不自然でもないけれど、無駄遣いは出来ないし、しない。
こんな感じだと言っていた。
魔石は珍味などの食品や電気などのように消費されるものだが、それを燃料(?)として使うための機器類がそもそもそれなりの価格がする。
よほどの金持ちか商店などの法人需要でないとなかなか購入には踏み切りづらい。
簡易型とでも言うようなスペックがガタ落ちしたものもあるが、燃料(?)自体があまり流通していないのでどうしても必要な時以外は無駄遣いは控える。
そんな感じだ。
正確かどうかは分からないがグィネの説明で、不満足ながら納得していた。
話を戻そう。
ちょっとびっくりしてゼノムに声をかけた准男爵に対してゼノムが言う。
「ええ、そうです。尤も我々が自ら名乗っているわけではないので殺戮者というのは愛称みたいなものですがね」
ゼノムの言葉を聞いた准男爵は、
「そうか。ファイアフリード。お前からもグリードさんにお願いしてくれないか? 実はグリード商会とお付き合いをお願いしに来たんだよ」
と言った。
准男爵の言葉を聞いたゼノムは少し驚いたように言う。
「それは構いませんが、アルは奴隷は扱ってないですよ」
うん、奴隷は買うのが専門だ。
と言ってもまだ二人しか買った事はないけど。
だが、もう想像がついた。
きっと、ログフラット准男爵は「エメラルド公爵クラブ迎賓館」のオーナーで、ついに『鞘』の仕入れを交渉に来たのだろう。
いや、そうに違いない!
ゼノムと知り合いらしいし、ゼノムが言った奴隷というのは性奴隷の事を言っているんだろう。
あれから何度か「エメラルド公爵クラブ迎賓館」へと試供品の『鞘』を持って行ってはいた。
いつもあの紳士に阻まれてオーナーには会えなかったのだ。
数も極少なので急には評判にはならなかったのだろう。
オーナーの耳に入るまで数ヶ月を要した、と言うところか。
「ログフラット准男爵。当商会のゴム製品の仕入れのご相談でしょうか?」
俺がそう言うと、
「ええ、そうです。『鞘』と言いましたかな? 包装にロンベルト公爵家の紋章が入ったものです」
ボイル亭のロビーで商談を済ます気か。まぁいいけど。
「一〇個一パックで一三〇〇〇Zです。今は八〇パック程在庫がありますが。まだロンベルティアでもバルドゥックでも王家以外どこにも卸していませんよ」
俺がそう言うと准男爵はホッとしたような顔で俺の手を握ってきた。
「想像していたよりもかなり安いのですな。可能であれば今の在庫全てをご希望の価格で買い取らせて頂きたい。また、今後についても相談したいのですが……」
彼の方が俺よりも背が低いので見下ろすような形になる(俺の身長は現在一七〇㎝程だ)。
「場所を変えましょうか……どこかでお茶でも如何です? ゼノム、良かったら一緒にどう?」
俺はそう言ってゼノムを見た。勿論行くようだ。
近所の飯屋で、相変わらず豆茶を啜りながら商談をした。
とりあえず先ほど俺が宣言した在庫の全て、八〇パックを単価一三〇〇〇Zで准男爵のファイアノーツ商会に販売する。
ああ、一〇パックは自分と別の店のサンプル用、それからトリスが月に二パック位買うからさ。その分として取ってあるよ。
「だいたい三~四ケ月置きに仕入れが可能です。仕入れ量の増量には半年ほどかかります。次回は来月の終わりくらいに三〇パック前後が入って来るでしょう。その時に次回以降の仕入れ量の増量を伝えておけば年末から年明けに掛けての入荷量はある程度増やす事が可能だと思いますよ」
そう言ったら准男爵はにこにこしながら感謝していた。
九月の中旬くらいまでにそれ以降の発注量を纏めておくとのことだった。
商談は和やかな雰囲気のまま終息に向かっている。
ゼノムは不思議そうに「鞘?」とか言っていたが、俺が、
「ロンベルト王家にも直接納入させていただいている王室御用達の高級品に注目するとは、流石にゼノムの知り合いだけあってログフラット準男爵はお目が高い。商売上手ですね」
と言ったら納得したように腕を組んで頷いていた。
時間になっても現れない俺を心配して迎えに来たのだろう、ズールーが通りかかったので声を掛けて呼び止める。
宿の鍵を渡し、俺の部屋の所定の場所にある木箱と机の三番目の引き出しに入っている紙を二枚、机の上に置いてあるペンとインク壺を持って来いと命じ、再び准男爵に向き直る。
コンドームの販売も大事だが、せっかく出来た縁だ。有効に活用したい。
「ところでログフラット准男爵。つかぬことをお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか?」
俺は表情を改めて彼に話しかけた。
「ええ、なんでしょう?」
「ロンベルティアのベール通りかグルド通りの中心街のあたりに私の商会の本拠を置きたいと思っています。ロンベルティアのタキシス商会に仲介をお願いしているのですが、なかなか上手いこと物件が見つからず、苦労しているのです。ログフラットさんにお心当たりがあれば是非ご紹介頂きたいのですが……」
「ふぅむ……あのあたりは誰もが店を構えたい場所ですからねぇ……。どのような建物がご希望でしょうか?」
「そうですね。職人一家が居住可能なことがまず一番大切です。それに加え、ゴムの加工場所となるようなスペースと水回りの便の良さが必須条件ですね。もし可能であれば小さな商品の陳列などが可能な商店みたいな形式であれば言う事はないです。あとは……そうですねぇ、欲を言えば革商や皮鞣しの作業場所が近くにあると助かります。ゴムの加工はかなりの臭気が発生しますので、周りに同じような工房があれば目立ちにくいですからね」
俺の贅沢な注文を聞いて准男爵は苦笑しながら言う。
「はは、難しいご注文だ。しかし、工房となるような作業場と住居兼店舗はわけて探した方が見付かり易いと思いますよ。作業場所についてはそれなりの広さが必要でしょうから、そちらは川下の方の街外れに行けば幾らでも見付かるでしょう。皮鞣しの工房もだいたい川下にありますからね。作業場所さえ外して良いのであれば店舗と住居を見つけるハードルはかなり下がりますよ」
そうか。拠点を複数に分ける事もありっちゃありだな。
金かかりそうだけど。
硫黄の匂いで苦情が出てからじゃ遅いしなぁ。
硫化ガスの問題もある。
分けるしかないか。
「なるほど、仰る通りですね。では工房の方は探すのに問題なさそうなので結構です。商会の本拠となる建物にお心当たりはございませんか?」
「うーん、申し訳ないがすぐには出てきませんな。月末に主だった商会の会合がありますからその時にでも声をかけて見ましょう」
申し訳なさそうに言う准男爵に、
「いえいえ、お気になさらず。そこまでしていただけるのは望外の喜びですよ」
そう言って頭を下げる。
丁度良くズールーが箱を抱えて戻ってきた。
販売証明を作成し、納品書兼領収書としてログフラット准男爵に渡してやる。
鎧と違って『鞘』は豚の腸と同様に避妊具扱いなので税率は安い。売上の二%だ。
同様に准男爵に金額を確認して貰って受領書としてサインを貰う。
彼らはここまで馬車で来たようなので、馬車までズールーに荷物を運ばせた。
准男爵達を見送った後にゼノムに彼との関係を聞いてみると、もともと彼とは同郷で彼に仕えていたとのことだ。
ゼノムが一二歳、准男爵が一六歳の頃、当時彼らの住んでいた(准男爵の父親が領主をしていた)ダート平原にあったファイアノーツ村がデーバスの軍隊の奇襲を受け、沢山の住民が殺された。
勿論捕虜となった人達の方が殺された人より多いのだが、ゼノムとログフラット准男爵(当時はまだ家督は継いでいなかったので准男爵家次男だったらしいが)は捕まらずにからくも逃げ延びた。
その後は二人で冒険者をしていたらしい。
ファイアノーツ村の領主であった準男爵の一家は逃げ延びた彼を除いて殺されており、家督を継げる者が彼しか残っていないと判明したのはそれから二年が経過し、ロンベルト王国側が再びファイアノーツ村を取り返した後だ。
ゼノムの家族も全滅していたという。
その後、すぐにデーバス王国に再占領され、今に至っている。
ロンベルト王国が取り戻した時、家族以外秘密にしていた隠し場所に手付かずで残されていた財産を元に商売を始め、縁があって娼館経営に乗り出してから暫くしてゼノムと袂を分かち、ゼノムは風来坊のような冒険者に戻る事にしたらしい。
ログフラット准男爵も領地がある訳でもなく、当時はまだ若く、一介の従士の三男であったゼノムを傍に置く余裕もなかったため、引き止められなかったそうだ。
「なんでゼノムはログフラット准男爵と一緒にいなかったんだ?」
そう尋ねる俺にゼノムは、
「准男爵は最初に木材を扱うご商売を始められた。その時は結構景気も良くて手伝っていたよ。だが、もっと利益の出るご商売に鞍替えしようとなされたんだ。それで娼館を始めたんだが、最初は苦戦してね……。なかなか上手く軌道に乗らなかった。奴隷を買い替えた借金も多くてなぁ。俺も食っていく為には金が必要だしな。無理もない話だが流石にギリギリまで給料を落とされるとなぁ。女房を食わせなきゃならなかったしな」
「え? 結婚してたのか?」
「ああ、冒険者時代に知り合った女と最初の商売を始めた頃に結婚した。娼館を始めた当時は金がなくてなぁ。流行り病であっさり死んじまったけどな。マイアはドワーフらしい、いい女だった。早くから長く硬い立派な髭があった……ああ、マイアは女房の名だ。ログフラット准男爵は泣きながら俺に詫びていたよ。多分、准男爵が未だにご結婚なされていないのは俺に負い目を感じているからなんだろうな。気にしちゃいない、と言っても頑なに独身のままだ。あまり准男爵が俺の事を気にするから、居心地悪くなってな……冒険者に戻る事にしたんだよ。俺が一七の頃かな……」
珍しくゼノムが遠い目をして自分の過去を語った。
「そうか……それは……」
「ああ、気にしないでくれ。何しろもう二十年以上前の話だ。最近では俺も滅多に思い出さんからな」
そう言ってゼノムは笑っていた。
今日は迷宮はなしだ。
ゼノムと飲もう。
たまたまズールーもいるし、男同士、たまには三人で飲むのも悪くない。
ゼノムは酒は好きだけど弱いし、そもそもズールーは飲まないけどさ。
飲みニケーションはサラリーマンのお約束だ。




