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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第四十二話 罰

7442年12月24日


 今日はクリスマスイブだが……前世の、特に信仰してもいない宗教のイベントなんか流石にラルファもベルも平気でぶっちぎるようだ。午前中の連携訓練のあと、二人で食べたい昼飯のメニューを話し合っている。俺も変な気を回さなくて良かったとホッとした。下手にケーキ(っぽい何か)とかプレゼントとか用意してたら浮きまくってラルファに気の毒な子を見るような目つきで見られたに違いないだろう。


 来週の木曜には兄貴もバルドゥックに到着する予定だし、宿の予約くらいはしておこう。尤も、どうせ一日二日、下手したらもっとずれるかも知れない、とは思っている。キールからここまでかなり距離もあるからね。第一騎士団の第三中隊の人達は、このところ毎日のように誰か宿までやって来て、兄貴の到着を首を長くして待っている。


 兄貴が来ても採寸は王都でやるんだし、そこまで急がなくても今回は第三中隊の人から注文を受けると決めているから、別に逃げやしないよ。安心してくれよ。迷宮から帰ってきて宿の前に立っている騎士団の人を見るたびにそう思うが、無下にもできない。お茶を出して「まだです」と言ってお帰り頂くのもいい加減面倒になってきた。


 迷宮の方は遅々として進まず、なかなか三層を突破できずにいる。あ、いや、四層をちらっと見に行ったことはあるし、四層への転移の小部屋までなら行けることはいける。だが、時間がかかりすぎるのだ。二層から三層へ転移し、三層のどこに転移したか、現在地を確認するまでにそれなりに時間がかかる。分からなければ分かる場所に転移するまで繰り返してもいいが、それだと余りにも面倒だし、一向に三層の地図は埋まらないのだ。


 現在手に入る地図でも最高精度と言われているものを大枚はたいて(聞いて驚け、なんと1200万Zだ)購入したのだがそれでも信頼できるのは半分くらいだろう。何回も転移と調査を繰り返し、それぞれのパーティーで作成している地図の精度を高めねば、安定的に四層へ行くのは難しい。地図のない場所に転移しても多少無理をして三層の転移の水晶棒がある小部屋に行くことはできるが、下手すると三層の突破だけで丸一日かかるくらいだ。何度か挑戦してみたが、まともな三層の地図がないと四層へ行くのに迷宮に入ってから24時間とか30時間とかすごく時間がかかってしまう。


 四層に行く前に充分に休息を取るにしても三層の転移の小部屋の床はゴツゴツした石垣を水平にしたような作りだから、普通はまともに休息を取るのは難しい。簡単に言うと眠りにくい。交代で見張りを立て、休息を取ろうにもどうにも疲れが抜けない。一層と二層を六時間で突破し、二層の転移の小部屋で一時間ほど休息を取り、その後可能なら六時間程度で三層の転移の小部屋にたどり着く。そこで一晩休息し、四層突破に半日くらいかけ、四層の転移の小部屋でゆっくりと休みたい。これが理想だ。


 尤も、俺たちの場合は魔力に余裕があるので、実は三層の転移の小部屋でもかなり有利に休息できる。簡単だ。地魔法で土を適量出して、その上に毛布を敷けばいいのだ。いつも最後に『アンチマジックフィールド』で土は消しているので誰も再利用出来ないようにしているのはわざとだけどね。迷宮内を汚したままなのはどうかと思うので、とか理屈は付けようと思えば付けられる。まぁ、みんなが排泄するときとかいつも俺が土を出して渡してやってるからどう考えても他のパーティーに対する補給だとか援助みたいにしたくないだけなんだけど。


 三層突破に六時間。そのくらいのスケジュールをほぼ確実にこなせるようにならないと三層突破とは言い難いだろう。今のペースで三層の地図を埋めていくことが出来れば、恐らくあと三ヶ月くらいでそうなりそうだ。尤も、これは順調に行った場合の想定なので一~二ヶ月程度は後ろにずれ込む可能性は高いと思っている。まぁ、だとしても相当に早いペースであることは間違っていない。


 まだ三層のモンスターには充分余裕のある戦いが出来るから、他のパーティーよりも心理的に余裕を持っていられるのは大きい。いつかは厳しくなるだろうが、この余裕は是非とも失いたくない。最近は攻撃に魔法も補助的に使い始めたベルの経験が非常に良く伸びており、元々のMPの多さも相まってかなり戦力の底上げになっている。ラルファも無魔法のレベルは2になり、地魔法と火魔法も双方レベルが1になっている。MPも二桁に到達し、そろそろ固有技能の上昇を目指すのもいいだろう。


 ズールーやエンゲラも大分腕が上がり、立派な前衛として機能している。焦ることはない。ゆっくりと進めばいい。失敗した時に払うのは自分たちの命なのだから。


 土曜の午後、昼飯を終えた俺は一人一層の片隅で攻撃魔術の鍛錬をしながらそう考えていた。既に俺の知っている攻撃魔術は長いもので二秒くらい、短いと一秒かからずに発動できるまでになっている。一層のモンスターを相手にすることもあるので経験値は鰻登りだ。俺のレベルも更に上昇し、今では15レベルになっている。魔法の特殊技能も全てのレベルが8に上昇し、無魔法はあと10万くらいの経験でレベル9になるだろう。


 天稟の才の方も遂にあと百匹でMAXレベルが見えてきた。順調だ。何もかも上手く行っている。今日はこれくらいで切り上げ、ランニングをして一汗かいたら皆で飯でも食おう。クリスマスイブだから俺が奢ると言ったら、ラルファもベルも驚くだろうか? 驚くだろうな。でも気配りは大切だしな。


 そう思いながら今殺したノールの魔石を採取し、転移の水晶棒を握った。




・・・・・・・・・




 夕方、いつもの店に集まる。ゼノムはともかくとして、ズールーやエンゲラの夕食はいつも俺が負担しているから、どうしようかな。自分の奴隷にプレゼントとか、バカみたいだしな。まぁ気にしても仕方ない。クリスマスとかズールーとエンゲラは知らないだろうし、意味がない。


 だが、今日くらいはいいか。『ドルレオン』に行こう。先月はロゼのヒレを食いに何度か通ったし。少しだけ豪華な料理を頼み、ビールを飲み、楽しく過ごした。やはりラルファもベルも特に何も考えていなかったようだ。クリスマスイブだから、今日は俺が全部持つと言ったら顔を見合わせて笑い、遠慮なく食い散らかしやがった。四人でボイル亭まで戻り、それぞれ部屋に別れる。


 どうせラルファはベルの部屋に入り浸りなんだから、ゼノムを一人にしてお前らが二人部屋にすればいいじゃねえか、と思うが、そこまで干渉して嫌がられても不愉快だし、放っておく。100Z払ってシャワー室で自家製シャワーを浴び、部屋に戻ると、ラルファとベルが扉の前にいた。なんだよ。


「ん? どうした? 何か用か?」


「あのね。今日、クリスマスイブじゃない? だから、ベルと二人で用意していたの」


 え?


「いつもお世話になっているので、アルさんに私たちからプレゼントです」


 お?


「え? あ? すまん。ありがとう」


 おお、感動した。


「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 二人に貰ったプレゼントはとんび(インバネス)だった。今は寒いし、俺も上着は持っていなかった。街中で着るには丁度いいだろう。有り難く受け取るとしよう。よく見たら内側に俺の名前が刺繍してあった。下手糞だが「川崎武雄」と読める。川と武の画数の少ない二文字の方がどちらかというと下手糞だ。多分こっちはラルファだろうな。


 そう言えば、生前、女房からコートをプレゼントしてもらったことがあるなぁ。美紀の場合、いつも何か服とか靴とかだったような気がする。俺の誕生日は……いつだっけ? ああ、7月25日だ。最近は2月14日という意識が強くて思い出すのに時間がかかった。誕生日は夏物でクリスマスは冬物だったな。……プレゼントと言えば、椎名も気が利いたプレゼントが多かった。あいつが入社して間もない頃、まだ俺の小間使いと言うか、アシスタントみたいな感じでしごいていた頃だ。神妙な顔で「いつもお世話になっているので……」とか言ってクリスマスにちょっといいボールペン貰ったな。こいつ、気が利くなぁ、と思って翌年から俺も何かやるようにしたけど。


 あいつも今頃は死んだ頃の俺くらいの年に近い、んだっけ? 元気かねぇ? 美紀ももう60を越しているはずだ。再婚出来ていればいいんだけどな。俺の二つ上だから流石にもう貰い手もいないか……。きっと再婚してなきゃ、うまいもん食ってそれなりにやってはいるだろう。あの頃確か小さな貿易商社で経理部長になったばかりのはずだ。辞めてなきゃそれなりに収入もあるし、生活には全く心配いらないだろう。俺の保険金も結構あるはずだしな。


 クリスマスプレゼントを貰ったからか、ふと前世に思いを馳せてしまった。自然と笑みが浮かぶ。そうだ、女房ももう婆さんだ。あいつは今の俺を見たら何と言うだろう。ゴムプロテクターを装着し、銃剣を構え、手製の編み上げブーツで迷宮の中をそろそろとおっかなびっくり歩いている俺を見たら笑うだろうか。その理由が新国家建設の資金稼ぎと聞いたら床を叩いて転げまわって爆笑するに違いない。


 ゴムプロテクターを鎧掛けに掛け、その上にインバネスを丁寧に掛けると、いつものように全裸でベッドに潜り込んだ。そろそろパジャマが欲しいな。でも、オースでは全裸で寝るのが普通だ。パジャマなんてそれこそ本物の王侯貴族くらいしか着ないのではないだろうか。もうすっかり慣れてしまったが、寒い時期になるとパジャマが恋しくなる。小さい頃は幼児用ベッドで、それを卒業したら両親に挟まれて寝ていた。ある程度大きくなってからは子供部屋で兄弟三人で大きなベッドで寝ていた。しばらくすると個人用にベッドを貰えたが、それまでは夜寝るときは必ず傍に誰かがいた。天井の板なんか何回鑑定したか覚えていない。


 人生いろいろあるもんだなぁ。




・・・・・・・・・




7442年12月27日


 今日は水曜で休みの日だ。と言うか、思い切って1月4日の水曜まで休みにした。ベルとラルファは、保護者のゼノムと一緒に明日から王都見物に出かけるらしい。ズールーとエンゲラは特にやる事もなさそうだったので、明日くらいには来るであろう兄貴とベル達と一緒に王都に連れて行ってもいいだろう。その日の晩にはバルドゥックに帰るだろうけど。


 朝飯を食ったあと、ランニングを終え、さて、迷宮に入ってこのところ続けている魔法の練習を始めようか、それとも今日一日休日で時間もあるから一層の部屋で適当な主をぶっ殺してどうやって復活するかの調査でもしようかと考えながらボイル亭まで戻ってきたら、見覚えのある人影がいて、なにやら騒ぎになっていた。


 どうやら予定より一日早く兄貴達が到着したらしい。今日の当番(笑)である第一騎士団の第三中隊の人が兄貴達の一行の荷物からアタリをつけて話しかけ、正解だと知るや勝手に護衛を買って出ているのが原因らしい。おいおい、兄貴達だって疲れてるんだし、予定より早いんだから一日くらい休ませろや。どんだけ鎧が欲しいんだよ。


「やあ、兄さん。わざわざありがとう」


「おお、アル! ……髪染めたのか? 都会に出るとお前でも色気付くんだなぁ」


 ……色気づいたわけじゃないんだがな。それより、この人だ。


「ロッシュさん。まだ予定には早いですよ。それに団長閣下と第二中隊への納品は明日以降ですし、採寸はその後ですよ」


「おお、グリード君! そうは言うがな、一日でも早く注文をしたいんだよ。ってこちらがお兄さんだったか。すみません、お顔を存じず失礼いたしました。私は王国第一騎士団第三中隊第五位階第四位、騎士ベインロルフ・ロッシュと申します。噂に名高い「ウェブドスの黒鷲こくしゅう」に会えて光栄です。我ら第一騎士団はグリード商会の皆さんを歓迎します。王城の騎士団本部まで護衛致します」


 ロッシュさんはそう言って兄貴に挨拶した。っつかウェブドスの黒鷲こくしゅうってなんだよ。


「ああ、ご挨拶は先ほど伺いました……。しかし、ウェブドスの黒鷲こくしゅうってのは勘弁してもらえないですか? もう現役ではありませんし……」


 兄貴も辟易とした表情で言っている。こりゃ兄貴、そう呼ばれていることを知っていて俺達に隠してたな。


「いえいえ、副団長や妹のグリード卿からも貴兄のご活躍のお話は伺っておりますよ。何でも剣の腕と馬術では副団長のビットワーズ卿も舌を巻くとか」


 ほほう、やっぱ兄貴はすげーな。第一騎士団からスカウトされるだけのことはある。もっと聞かせてくれ。


「それと、申し訳ありませんが我々は長旅でいささか疲労しております。馬も休ませないといけませんし、王城には明日必ず参内しますので今日のところはどうか……」


 ちっ、もう少し話聞いてみたかったのにな。だが、確かに長旅だったろうし、疲れてもいるだろう。今日一日ゆっくり休んで明日予定通りロンベルティアの王城に行けばいい。俺だって兄貴とゆっくり話もしたいし、従士達とだって話をしたい。


「確かにそうですな。失礼いたしました。ですが、明日はまた我ら第三中隊の者がここまでお迎えに上がります。その者と一緒に登城下さい。そちらの方が登城時の問題もないでしょう」


 ロッシュさんはそう言うと丁寧に兄貴に頭を下げ、踵を返した。


「アル、部屋の予約は出来てるか? いい加減休みたい。実は、一泊ずらして昨日の朝から夜っぴいて皆歩きっぱなしだったんだ。疲れたよ」


「ああ、勿論予約はしてあるよ。大丈夫。馬車はあっち、馬は向こうに馬房があるから」


 そう言ってボイル亭の小僧を呼びに宿に入ろうとする俺の腕を掴んで、兄貴が口を開いた。


「アル、一日早く着いたが今日は予定はあるのか?」


「いや、大丈夫。まぁ、たとえあったとしてもそんなものどうにでもするよ」


「そうか、ならいい」




・・・・・・・・・




 宿の手続きを済ませ、各人、部屋で休息を取る段になった。俺は兄貴と一緒に階段を登り、部屋まで案内しようとしたら、丁度ベルの部屋からベルとラルファが出てきた。


「あれ? アル……誰?」


「ああ、俺の兄貴だ。ファンスターン・グリードだ。兄貴、こいつらはラルファとベルナデット。普人族の方がラルファ・ファイアフリード、兎人族の方がベルナデット・コーロイル。俺の……俺の、仲間だ」


「初めましてグリードさん。ベルナデット・コーロイルと申します。アルさんにはいつもお世話になっています」


 ベルはにっこりと笑ってきちんと挨拶した。


「ああ、俺はファンスターン・グリードだ。ファーンでいいよ。いつもアルが世話になっているようだね。ありがとう」


 兄貴も笑いながら返している。


「あ、あの……ラルファ・ファイアフリードです。はじ、初めまして。あ、あの、アルにはいつもお世話しています」


 何言ってんの? こいつ。


「ふふっ、初めましてラルファさん。ありがとう。アルも助かっているみたいだね。よろしくね」


 流石に兄貴も笑いが抑えられないようだ。


「ふぁ、はい! 任せて下さい!」


 本当にお前、何言ってんの? 俺の保護者気取りか?


「もういいだろ、俺の部屋はこっち。兄貴の部屋はあそこだよ」


「ああ、じゃあ、まずお前の部屋に行こうか」


 そう言うと兄貴はスタスタと歩き出した。俺もそのあとに続く。

 俺が鍵を開けて戸を開くと


「なんだ、結構綺麗にしているじゃないか」


 と言って入っていった。


「そりゃそうだよ」


「さて、アル。そこに立って歯を食いしばれ」


「え? なに、ぶごうっ」


 あ、兄貴……そこ腹……歯ぁ関係ねぇ……。


「魔法は使うな、起きろ」


「何……を、いきなり、ぶげぇっ」


 また……そこ……腹……。


「なぜ殴られたか解るか?」


 俺は何がなんだかわからないうちにいきなり兄貴のボディーブローを二発食って床をのたうっていた。胃の中身を吐きながら今度こそ立てないでいた。なんで?


「くっ、な、なんで……ぐっ」


 床をのたうっていた俺の髪を掴んで俺を引きずり起こすと今度は頬にパンチが入った。く、クソ……世界を狙えるぜ。じゃねぇ、歯は折れていないようだが、口の中が切れた。思わず殴られた左頬に手が伸びる。兄貴はその手を掴み、


「魔法は使うな。まだ解らんか。仕方ないな。……まぁこんくらいでいいか。お前、魔法の修行法を他人に教えたろう? お袋のやり方だ。……殴られた理由が解ったか?」


 あ……。教えた。火を揺らす無魔法の習得法を教えた。クローとマリー、ラルファにベル。四人も教えている。俺が気がついた幼少時の魔力の増大法は置いておいても、小魔法キャントリップスからではない、無魔法の効率的な習得法だ。門外不出を両親に言い渡されていたはずだ。だが、何で兄貴がそれを知っている?


「夏、キールに納品に行ったとき、騎士団の従士二人に挨拶と礼をされた。バラディークとビンスイルという従士だ。覚えているだろう? 話を聞くとお前が助けてやったそうだな。それはいい。困っている領民を助けるのは貴族として当たり前のことだしな。大方彼らの境遇に同情でもして魔法を教えたんだろうが、何故親父の許しを得ないうちに勝手なことをした! たまたま彼らはまだ誰にも口外していなかったようだから、俺が口止めしておいた。彼らはお前に相当な恩を感じているようだから決して口外しないと誓ってくれた」


 ぐ、ま、マリーも魔法を使えるようになったか……。だが、まずったな。っつーか、何でそんな重要なこと忘れるかね? 俺。


「兄貴……。ごめん。実は、さっきの二人にも教えた。すぐに口止めしてくる」


 俺がそう言った時、扉を叩く音がした。兄貴は振り向いて戸を開けた。扉の向こうに立っていたのは、ベルとラルファの二人だ。丁度いい。口止めしなきゃ。


「あ……ベル、ラルファ「アル! どうしたの!「アルさん!」


 ゲロの上に這いつくばっている俺に二人が駆け寄ってきた。兄貴はちょっとびっくりしたようだ。


「お兄さん! これは一体どういうことですか?」


 別に俺が大怪我を負っているわけでもないということはすぐにわかったのだろう、ラルファが兄貴に詰め寄った。っつかお兄さんってなんだよ。


「そうです! アルさんが何かしたのですか? アルさん、治療を……」


 ベルが俺を抱き起こそうとしてくれる。


「治療はいい。これは罰だ。俺は殴られて当たり前のことをしたからな……。ラルファ、ベル……。いきなりだけど、最初の魔法の習得法、そうだ、炎を揺らすやり方な。あれ、俺の家の秘密なんだ。誰にも言わないと約束してくれ。頼む、この通りだ」


 ベルに抱え上げられながら俺は二人に頭を下げた。もう二人共炎を揺らす修行を脱しているから覚えているかどうかなんてわからないけど、彼女らが今後誰かに魔法を覚えさせようとしたら今は忘れていたとしても必ず思い出すだろう。


 二人共了承してくれた。絶対に口外しないと誓ってくれた。ついでに、俺が殴られた理由にも納得がいったようだ。黙って聞いていた兄貴が口を開く。


「さて、お嬢さん方。どこかいい店があったらちょっと早いけど俺達と昼食に付き合ってくれないか? 申し訳ないけど早めに食事をして少し眠りたいんだ。あと、もし良かったら夕飯もご一緒させて欲しい。こいつは明日の朝まで飯抜きだからね。いいな、アル。お前は明日の朝までこの宿から一歩も出るな。ここで一晩反省しろ」


「わかった……。明日の朝までここで反省する……。ごめん……」


「親父とお袋には黙っておいてやるから安心しろ」


「うん……ありがとう」


「じゃあ、二人共、行こうか。あ、そうだ、お前、奴隷いるんだよな。飯どうしてんだ?」


「朝と夜は俺が出してる」


「そうか、今日はお前の代わりに俺が出す。ん、ラルファさん、アルの奴隷がどこにいるか解るかい?」


「はい、大丈夫です。アルはそこで反省してなさい」


 くそ。




・・・・・・・・・




 昼になった。腹の虫が泣いている。切れた口の中が痛い。頬も腫れているようだ。




・・・・・・・・・




 夜になった。腹が減った。誰かこっそり飯を持ってきてくれるという、都合のいい話はなかった。バークッドの従士達やゼノム、ラルファはともかく、ベルには期待していたんだが。もういいや寝る。




・・・・・・・・・




7442年12月28日


 そろそろ夜が明ける。一日空きっ腹を抱えて反省し、考えた。何故あんな重要なことを忘れて教えてしまったのか? 決して調子に乗ってほいほいと教えたわけではない。転生者だし、部下にしてやろう、その為に恩を売るのにちょうどいいからと教えたのは確かだ。だが、どう考えても不自然だ。いくら俺でも親父の言いつけを守らずに勝手に教えるとか、意味不明だ。そもそも着火の魔道具から小魔法キャントリップスの魔力検知で覚えたっていいのだ。効率は落ちるが、それでも魔法が覚えられる奴は時間はかかるものの問題なく覚えられる。


 俺はこんなことも知っているんだぜ、すごいだろう、みたいな自慢するような気持ちだって全くない。単に親父の言いつけを忘れていただけだ。俺、こんな忘れっぽかったかな? 忘れてたということは取りも直さずそうなんだろうけど、それにしてもなぁ……。


 前世の記憶だって薄れかけている部分は当然あるが、結構覚えていると思う。


 これは、俺の精神性の若返り(?)と何か関係があるのだろうか?


 ねぇだろうなぁ。


 他に何か忘れていることとかないだろうな?


 なんか怖くなってきた。


 自分が健忘症だと気づいた若年性健忘症の人みたいだ。


 わからないことは出来るだけ材料を集めて整理しなおすか、取り敢えず棚上げにして後で材料が新規に入手できた時に判断する、というのも物事にあたる上で有効な方法だが、今回ばかりはな。ひょっとしたらこんなことを思っていることすら忘れ……心配性だな、俺は。なら書いておけ。まだ日の昇る前だが、昨日はさっさと寝たし、もう眠くない。寒いが服を着ればメモだって取れるだろ。



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