第四十一話 匂い
7442年10月26日
前日、あんな事があったのでラルファとベルにどんな顔をすればいいのか、一瞬悩んだが、別に変わった事など必要無いと思い直し、いつもと同じように接した。
彼女たちも特にいつもと変わった所はなかったので、安心した。
いつものように装備を確認し、迷宮へと入っていった。
超特急で一層と二層を進み、二層の転移の水晶の小部屋に着いた時にはちょうど昼頃だった。
持ってきたサンドイッチと魔法で沸かしたお湯で作ったスープで昼食を摂り、小一時間ほど休息する。
休息中にラルファとベルと冗談を言い、ゼノム、ズールー、エンゲラもそれに加わったりした。
いつもと一緒だ。
いや、心なしかラルファの顔つきが硬いのに気付いた。
「どうした? 疲れたのか?」
一層と二層を突破するだけで15km近くは歩いているだろう。
既に両方とも何度も歩き、罠の位置が記載され、幾つかは自分たちで追記した地図もあるから、緊張はかなり軽減されている。
とは言え、時速2.5km近い速度での迷宮行だから辛くないはずもないし、疲れていないわけもない。
「ううん、大丈夫。でも、ちょっと気を張ってたのかな? ほら、昨日あんな事話したじゃない? だから、頑張らなくっちゃな、失敗できないなって思ってさ。ふぅ、でも、やっぱりちょっと疲れちゃったのかも……。ごめん、もう少し休ませて」
そう言えば俺たちの中でもベルだけは耐久が12とかなり低い。ベルの次に低いのはラルファとエンゲラだが、それでも16もあり、ベルよりも数字の上では33%も高い。
今後、彼女の耐久はレベルアップと加齢でも増加はしていくだろうが、今回ラルファの方がベルより先に参ったのは何故なんだろう?
ベルが兎人族ということと何か関係があるのだろうか?
それとも、単にラルファが緊張感に弱く、疲労しやすいからなのだろうか?
そっとベルの様子を窺ってみるが、彼女は特に変わった様子もなくエンゲラと楽しそうになにか話している。
一ヶ月、二ヶ月を争うような急ぎの迷宮行というわけでもない。
今後を考えると、ここらで今まで棚上げにしてきた事を出来るだけ解明しておいた方が良いかも知れない。
「そうか、無理はするなよ。辛いならいつでもそう言えよ」
よし、今日は折角ここまで来たが、三層をちょっと覗くくらいにして戻るか。
明日以降暫くは迷宮は程々にして、ちょっと棚上げにしていた所でも何とかしてみよう。
「え? ……うん……ごめんね。なんか、アル、優しくなった? でも、勘違いしちゃやだよ」
ラルファが両肩を抱くようにして俺から身を遠ざける。
「お前さ、本気で俺を怒らせたいの? 何なの?」
決めた、ラルファ、すまんがお前をダシにさせてもらう。
屁こき虫にぴったりなへたれな役割を与えてやろう。
っつーか、やっぱ三層も行けるとこまでは行くわ。
・・・・・・・・・
バルドゥックの迷宮の第三層。
石造りで薄暗く、通路の幅も一層や二層よりも狭く、10mもない。
多分一層や二層よりも50cmくらいは狭くなっている。
勿論、所々では10m以上になったり2mくらいになったりすることはある。空気は淀み、停滞して流れを感じさせないが、全く流れていないわけでもないらしく、たまに頬を撫でることもある。
エンゲラがラルファに何か囁いている。
お前ら、仕事中の私語は慎め。
でかい声じゃなくて、ひそひそ声だから、見逃してやるけど。
ひたひたとその通路を歩いていくのだが、もう3mの棒では床を叩いてもほとんど役に立つこともない。
これは落とし穴が無いのではなく、落とし穴の構造が変わったからにほかならない。
一層や二層では落とし穴の表面に板を被せ、その表面を土で覆ってカモフラージュさせていたから、表面を叩けば音も変わり、すぐに見破ることはできた。
だが、ここ三層では落とし穴はすっかり様変わりしている。
一見すると通路と同じような石の板でカモフラージュされている。
落とし穴の中に数本の棒を立て、その上に通常の通路のように見える石垣を薄くしたような石の板を載せているようだ。
薄くしているとは言え、その厚みは15cm程もあり、棒でちょっと叩いたくらいでは音の変化なんか聞き分けられない。
ベルの聞き耳は音がよく聞こえるようになる類のものだから、微妙に異なる音を聞き分けられたりはしない。せいぜい足音から相手が何本の足を持っているか、発生源がいくつあり、移動しているかを聞き分けられる程度だ。
落とし穴を見分けるには少しずつ前進して足で踏んでみるか、ゼノムやラルファの持つ手斧の背を使って床を叩いて行くしかない。
手斧とは言え、片刃の先端は重い鋳鉄の塊だから、流石に叩いた時の音も変わるし、落とし穴の蓋が微妙に動く感じも解る。
面倒だから大きなローラーのような丸い石を地魔法で出し、それを転がしていこうかとも思ったが、流石にそんな事していたら俺の魔力を以ってしても数㎞で魔力が尽きてしまう。実験などする必要も無いくらいだ。そもそもそれだけの距離を移動する間、魔力はともかく、俺の集中力が持ちそうにない。
移動や戦闘をしながら魔法を行使出来るようになっているとは言え、極度に神経を使うし、そんな状態が十分も続けばきっと精神疲労でヘロヘロだ。そんな所にモンスターでも出てきたら目も当てられない。
そうなったらきっと俺は戦力として役に立つことすら難しいだろう。
前進速度のことを考慮すると斧でいちいち叩いていくのは効率が悪すぎるのでそろそろと用心深く進む他はない。先頭に立つ奴が一歩踏み出し、踏み出した足に出来るだけ体重をかけないようにしながら石の床をつつく。そこに落とし穴があるのであれば床は僅かに揺れるからわかる。そうしたら横に移動して同じことをやり、大丈夫なようであればそこを進むのだ。
一層や二層とは異なり、土の床ではないので目印になるようなものなどを突き刺しておくことも難しい。仕方ないので地魔法で土を出し、ここら辺りだろうという場所にぶち撒いておくしかない。
過去にはいろいろな方法がとられていたようで、ペンキだかなんだか知らないが塗料が撒かれているような物も発見した。念のため足先でつついてみるとやはり落とし穴のようで、微妙に動く感じがする。
石の蓋と本物の床の間には注意してよく見るとわかるくらいの筋のような隙間もないことはないが、薄暗いので、こちらに注意を払っていると亀よりも遅い前進速度になってしまうのですぐに諦めた。
だが、やはり過去から相当な人数が行き来しているのであろうことは疑う余地もなく、あちこちに落とし穴を示す目印のようなものがあることがわかったので、そこそこ移動速度は保てているのが救いだった。
つまり、目印があるような場所であれば過去に誰かが探索しているのだ。
勿論、見落としの可能性は否定できないが、いくつかでも目星がついているのは助かる。
だが、別れ道などでは明らかに誰も通っていないような通路を発見することも多かった。
そういった場合、少しだけ用心して進んでみてその先になんの目印も発見できなければ引き返し、別の道を進む。
目印が発見できたのであればそのまま進んでもまず問題はない。
これで正解かどうかは判らないが、正解と信じでもしないと効率は比較するのも馬鹿馬鹿しい程に落ちるので仕方なかった。
三層への入口となる二層の転移の小部屋にいつも誰かが居て野営していることの意味がわかった。
三層へ行く前に一度体を休めないととてもやってはいけないだろう。
いざ、三層へと足を踏み入れても、そこに過去誰かが通ったという明確な証拠(まずは転移の水晶棒のそばに掘られている番号だ。これがあれば確実に誰か来ている。次は落とし穴なんかの目印だ。これを探し当てるまでは用心深く進む他ないので最初にかなり神経を使うことになるが)を見つけられないのであれば、再度二層に戻り、また新たに三層へと転移をする。
今まで以上に進行速度は鈍り、精神的な疲労は積み重ねられていく。
しかし、それでも三層で得られるものは大きいのだ。
石造りの通路ではあるが、部屋は石造りのものと土の地肌がむき出しになっているものと二種類あるらしい。石造りの部屋は今まで同様に強力なモンスターが巣食っているほか、ごく希にではあるが、使用法も判然としない拷問部屋にでもあるような不思議な器具があることもあるという。
尤も、めぼしい物は大半が持ち去られた後らしいし、数も少ないので、見たこともないという冒険者も多いらしい。
問題は土の地肌がむき出しになっている方だ。
こちらも迷宮内部の他の部屋のように強力なモンスターの住処になっているらしいのだが、壁を掘り返すと希に宝石の原石を発見できることがあるらしい。要は宝石の鉱脈内にあるということだけなのだろうが、理由はともかく、宝石の原石が採取できる可能性がある、というのが冒険者たちをこの層、いや、バルドゥックの迷宮自体に誘う魅力になっているのだ。
これを聞いて、俺は最初、なるほど、と思うと同時に疑問も湧いてきた。
いろいろな宝石やら鉱物が採取できるのはいい。ここはオースであって地球ではないし、今更そのくらいの差異では驚きはしない。
だが、発見した宝石の原石は、普通カットしないとあまり意味がない。宝石のカットは職人技で、宝石を美しく見せるためにいろいろなカット方法があり、そのカット方法によっても価値は変わるというのは、きっと地球同様だろうとは思う。
しかし、そもそもカットし、研磨する道具なんてあるのか?
研磨は魔法で出来なくはない。小魔法の研磨を繰り返しても時間はかかるだろうが、なんとか磨くことは出来るだろう。
無魔法が使えるなら多少効率は上がるのでそちらでもいいと思う。
でも、カットはどうなのか?
鏨のような道具でやるのだろうか?
だけど、一度でも失敗したら高価で貴重な宝石がおじゃんだ。
全く無価値になることはないだろうが、価値は大幅に落ちるだろう。
機械なんかもある訳もないだろうし、そこは職人技なのだろうか?
だとすると単純なカットしかできないだろう。
恐らくファセットでもステップやミックスが限界で、ブリリアントは無理だろうし、下手したらカボッションでお茶を濁していることすら考えられる。
そうなると場合によっちゃブリリアントカットを施したダイヤモンドならむちゃくちゃな高値がつくのかな?
ダイヤモンドのオースでの価値なんざ知らんけど。まぁ安くはない、んじゃないかな?
宝石の原石だって、俺なら鑑定すればきっと何の宝石かは判るに違いあるまい。
うむ。
三層からは金の匂いがする。
そう思えば神経を磨り減らす面倒な探索にも熱も入ろうというものだ。
幸運にも今回はまだ三層のモンスターとは一度も顔を合わせていないが時間もいい頃合だ。
ラルファの表情に幾分憔悴が見られる。暗いから誰も気づかないのかな?
……あ、そうか!
こりゃまずったな。屁こき虫とかまじすまん。
「ラルファ、大丈夫か? かなり疲れているみたいだが、無理していないか?」
「え? うん、大丈夫。問題ないよ」
気丈なことだ。
根性があるのは嬉しいが、流石に限界まで引っ張るつもりも最初からない。
潮時だろう。
「ちょっと小休止しよう。今日はここまでだ。ゼノム、ズールーと一緒に前方を見張っていてくれ、10分経ったらエンゲラと俺と交代だ」
ズールーが仁王立ちのようになってパーティーの前に立って前方の警戒を始め、ゼノムがその横3m程の場所に立つ。
残った俺達は車座になって座り、お茶を飲むことにした。
いつものように魔法で出したまずいお湯で茶を淹れると全員に渡し、俺は口を開いた。
「今日は昼過ぎから二層と三層を行ったり来たり、結構やったな……五回か。発見した落とし穴は六個。そのうち地図に記載がなかったのは多分未踏破の場所の一つだけだな。転移の水晶棒に番号が確認できたら、油断はできないがまずは問題ないと見ていいかも知れない。まだ口の開いた落とし穴を見てはいないから帰りに一つあった奴に土でも載せて蓋を崩してみる。どんなもんか見ておく」
そう言うと水筒でお茶を飲む三人を見回した。特に異論は無いようだ。ラルファもいつになく真剣な顔つきで聞いていた。
「さて、ラルファ。お前が無理していることはわかってる。これからは恥ずかしがらずにちゃんと言えよ」
「え?」
ラルファが意外そうな顔で答えた。
「全部言わせんな、恥ずかしい。調子の悪い時はそう言え。ベル、エンゲラもそうだ。これからはしんどい時はちゃんと言ってくれ。今までその辺に気を使っていなかった俺が悪かった。ごめん」
「アルさん……」
ベルもやっとラルファの異常に気が付き、思い当たったのだろう。
多分、今日最初に三層に降りてきたとき、エンゲラは気付いていたのだと思う。
流石犬人族、血の匂いでわかったんだろうが……出来ればそん時言って欲しかった。
その後、ゼノム達と見張りを交代し、さっさと退却した。
月に一回は有給休暇、というのも何だが、体調不良による迷宮探索の休みを認めることにした。
勿論その当日がそもそも休みである水曜か土曜の時は別だ。
でも下手したら全員の命に関わるから、調子が良くないときは遠慮なく言うように命令した。
そんな時はそいつを除いた残りで一層辺りで適当に経験値稼いでりゃいいだろう。
あーあ、だから女の数は少ないほうがいいんだよ。
転生者ならともかく、やっぱエンゲラ買わない方が良かったかなぁ、とちょっとだけ思った。
今更売るのも憚られるし、可哀想だし、もうしょうがねぇけど。
決めた。
迷宮に行く間はパーティーの人数も限られるし、もう女の戦闘奴隷は絶対に買わねぇ。
これ以上増えたら、場合によっちゃ殆ど迷宮で探索を進行できない週とか出そうな気がする。
今日はたまたま運良くモンスターに出会わなかったけど、二日目三日目の血の匂いに反応する奴とか出てきたらたまんねぇわ。
・・・・・・・・・
7442年11月29日
一月程が経つと、俺達にも三層での探索についてようやくコツも掴めてきた。
コツと言っても大したものではない。
床を構成する石段、というかタイルだが、足でつつく時のコツだ。楽な姿勢や、どの程度体重を乗せるといいのかなど、段々と掴めてきた。
ラルファもレベルが上昇し、遂にMPが7になった。
魔法や固有技能についてこれからはかなり経験を積めるようになるだろう。これについては素直に嬉しいことだった。当分は出来るだけMPを増やしたほうが良いので魔法の特殊技能のレベルアップを目指し、ある程度、MPが二桁くらいになったら『空間把握』の固有技能のレベルアップもさせた方がいいだろう。
迷宮内でよく顔を合わせる他のパーティーにも知り合いも出来た。
緑色団や黒黄玉はトップチームなのであれ以来会ったことはないが、二層の転移の小部屋くらいまで来られるような連中とはそれなりに親しくなった。
だが、まだ二層の転移の小部屋で野営するような度胸はなかった。
何しろ俺達のパーティーは半数が十四歳の小僧と小娘なのだ。
ゼノムやズールーもいるとは言え、俺の寝込みを襲われでもしたら大変な事態になるだろう。
俺たちが二層の転移の小部屋に行くたびにそれなりの魔石を抱えていることは既に知れ渡っているようで、親しげに話しかけてくる連中も、どうやってモンスターを皆殺しにしているのか、秘密を探りに来ているような印象は否めない。
それに、三層での宝石採取もそう簡単ではないことも理解してきた。
何百年も冒険者を受け入れている迷宮だ。
三層とは言え、それなりに探索はされている。
月に一度くらい、そこそこの価値(二~三千万Z)の宝石の原石が出ることもあるらしい、程度だそうだ。運良く掘り当てられる可能性を考えると、折角ツルハシを買い、重い思いをして運んでいたのがバカバカしいくらいだ。
もうそろそろ、三層でのコツもそれなりに掴めてきたとは思うので、四層を目指してさっさと通り過ぎるだけの階層にした方がいい。
そもそも、採取できる宝石類だって下層の方が貴重なものが出やすいらしい。結局三層では宝石の原石も、言われていた変な道具のあるという石造りの部屋も見つからなかったけれど、これはまぁ、別にいいさ。
ちょっと整理してみると、三層では宝石の原石が採取できる可能性が出てくるので本来、稼ぐなら三層以降が適切だ。四層からは貴金属類も交じるらしい。五層はトップチームくらいしかまだ足を踏み入れていないのでよくは分からないが、それでも得られる情報だとさらに貴重な宝石や貴金属鉱石が得られるようになるとのことだ。
どうせ一月に一個取れるかどうかだろうが、出来るだけ人が入り込んでいない場所の方が取れる可能性は高いに決まっている。やはり、三層はさっさと通り過ぎ、下層に可能性を求めるべきだろう。魔石採取にあまりこだわらなければ一層は約三時間、二層もそのくらいの時間で突破は可能だ。
問題は三層だ。罠のこともあるし、それなりに時間はかかりそうだ。仮に同じくらいだとしても(そんな事は絶対にないだろうが)四層で探索可能な時間は二~三時間だろう。どう考えても朝から入って一日目の終わりに三層の転移の小部屋に行けるかどうか、という程度ではないだろうか。
この日の終わり、探索を切り上げる段になって、俺は三層にこれ以上時間を割くことを中止し、明日は休日なので来月から四層を目指すことを宣言した。
同時に必ず四層前の三層の転移の小部屋では休息が必要になること、その為に野営に必要な道具を揃えること、四層以下の地図は売っていないので、自分達で地図を作成しなければならないこと、従って、もう今までのようにサクサクと突破することが難しくなることを言い、全員を見回す。
誰も意見はしてこなかったので、明日の午後は休日ではあるが、手分けして必要な買い物をすることを言い、迷宮を出た。
宿に帰るとバークッドから手紙が届いていた。
12月の28日頃にバルドゥックに到着するように家を出るらしい。
いつもと違い、かなり長い間バークッドを空けることになるので、兄貴一人と従士だけで来るとのことだった。
年末年始は日本人らしく合計一週間くらい休みにするのもいいかな、と思った。
・・・・・・・・・
7442年11月30日
午前中、いつものように連携の訓練を行い、昼食を挟んで買い物に行く。
保存食と携帯コンロの魔道具についてはラルファが立候補したので彼女とゼノムに任せる。
食料はともかくとして、水は俺が魔法で出せる。
まずい水だが飲む分には困らない。
他のパーティーは見るからに重そうな桶や水袋を手分けして運んでいるのだ。
話を聞くと、水魔法が使える魔術師は水の生成のため、戦闘に魔力を使わないのは常識のようだ。
水魔法レベル2でどんぶり一杯くらいは出せるし、レベル3ならバケツくらい出せるから、出来るだけ魔力は節約して荷物を軽くするらしい。
それでもお茶など嗜好品を飲む時くらいは旨いものを飲んで疲れた精神を癒す必要はあるので一人数リットルの水も持っていくそうだ。
うーん、気持ちは解る。
あの時ご馳走して貰ったお茶は確かに美味かった。
野営の時に豆茶を飲むのだって水魔法で出した水よりはちゃんとした水を持っていき、それで作るべきだろう。多少重くはなるだろうが、いつもは空の水筒に水を入れて来るくらいは言っておいたほうがいいかも知れない。
残った俺たちは毛布などの寝具の調達だ。
バルドゥックは迷宮に冒険者が群がっている街なので、寝袋のような便利グッズがあるかと思っていたのだが、そんなものはどこを探してもなかった。俺もベルも前世の記憶から野営時は寝袋が非常に有用な道具であることを知っていたので、そこにはこだわりが強かったのだがな……。
確かに二層の転移の小部屋で野営していた連中や、いつか一層で野営していた黒黄玉の連中は寝袋なんか使っていなかった。
テントもなかった。
床に薄っぺらい毛布を敷き、それにくるまって寝ていた。
しかし、そのスタイルについては俺もベルもどうにも微妙な気持ちになる。
バルドゥックまでの道すがら、基本的には宿に宿泊していたので野営は数える程しかしていないが、俺の場合、ハンモックで寝ていた。
流石に迷宮内でハンモックを吊れるような丁度いい木など生えているはずもない。
仕方ない、ここは毛布で我慢するよりあるまい。
以前採取したロゼから紡績した糸で毛布を人数分作成して貰うよう注文した。
ラルファやベルの手袋とか作らなくて良かった。
出来上がるまでに一月くらいかかるらしい。
キヴィアックの毛布とか、どんなお大尽だよ、と思わんでもないが、暖かい毛布は必要だろう。
あれからとんと見かけないが、またロゼと二層で出会うことがあったら何が何でも確保だな。
キヴィアックの毛布が出来上がるまで休んでしまうわけにもいかないから、仕方ないので適当な薄い毛布も購入した。その毛布を入れるための袋も別途購入した。
これをリュックサックの上部に紐で縛り付ければいいだろう。
リュックサックも戦闘の度に放り投げているのでもっと痛みは早いかと思っていたのだが、革製のリュックサックは思ったより頑丈なようで、あまり傷んではいないから買い換えの必要はない。
テントについては俺やゼノムはともかく、女性は欲しがるかと思っていたのだが、やはり欲しがった。
着替えやなんやで視線を遮るものが欲しかったのだろう。
気持ちはわかるが、大きいし、荷物にもなるのでこれは遠慮してもらいたかった。
なにせ、テント内でゆっくり着替えられるような、立ち上がれるくらいの大きさのものは一人で運ぶのも楽ではないのだ。
冒険者用のテントも二人用か、せいぜい三人用の簡易シェルターなので、中で立ち上がるのは無理だ。
着替えの時くらい毛布で覆ってやるから、それで我慢しろとしか言えなかった。
女性の戦闘奴隷について鑑定すらしなかった最大の理由です。一応、当初から考えてはいましたが、あまりにも反応が大きくてびっくりしました。以前、アルの考察の中で、ズールーを購入するときの女性の鑑定をしなかった理由について語らせていますが、その時には女性の月経については触れていません。メッセージなどで幾人かの方からご指摘の通り、アルは○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。本当はエンゲラさんにはこの辺りかもう少し前で経血の匂いが原因で退場してもらうことも考えていましたが、アルの実力を考えるとあまりに不自然なので生き残ることになりました。良かったねマルソーちん。あと、アルも財産が減る前に気付けてホッとしていることでしょう。




