8.『魔王軍』
8.『魔王軍』
風鶴は予想していたことだったが、子の聖印を管理していた集落は、全滅していた。
それも、ごく最近のようだった。火が放たれた形跡があり、集落に着く前から、黒煙がわずかだがまだ立ち昇っていたのが見えていた。鎮火はしていたものの、家の一軒として、無事に済んでいるものはなかった。
「近くにはいる。こちらから襲撃を仕掛けたいが、道中を急ぎ過ぎた。
腹が減っては戦は出来ぬ。腹ごしらえからにしよう」
鵬粋と虎獅狼が見張りを買って出た。隼那が調理する。風鶴と桃姫は黙って待っていたが、恐らくは違う根拠で、今すぐの危険はないことを悟っていた。
食事を手早く済ませると、風鶴がまず、敵のおおよその位置を全員に伝えた。
「私が、偵察に行って参ってもよろしいでしょうか?」
鵬粋が言い出す。だが風鶴は、「ダメだ」の一言で却下した。
「どうしてですか!?情報は多い方が……」
「相手がお前以上の手練の忍者ではないと、どうして言い切れる?」
「つまり、奇襲するんだな?」
虎獅狼の言葉に頷く。近付く時は、襲い掛かる時だと。
「一人も生かさないつもりで構わない。逆に、一人も死ぬな」
「……アンタが本気を出せば、楽勝なんじゃないか?」
「……まぁ、そうだがな」
「偵察は、されておりますけれどね」
桃姫の発言に、風鶴以外の全員が驚き、周囲を見回した。
「何を今さら、驚いている?
向こうは、聖印の場所が分かる。こちらには、守護者と同化した聖印がある。
近くに聖印の持ち主がいることを分かっていて、偵察されない理由があるか?」
「……じゃ、奇襲にならねぇよな?」
「情報が伝わればな」
「……殺っちまうのか?」
風鶴が、首を横に振る。
「殺気が感じられない。かといって、報告に向かう様子もない。
しばらく、様子を見よう」
「手遅れになったら、どうすんだ?」
「何をもって、手遅れと言う?」
虎獅狼は、風鶴の底知れぬほどの自信を見た。こちらは五人。偵察に来ている者の姿も、少なくとも五人。だが、風鶴はこの状況で奇襲されても、被害無しで返り討ちにする自信があると言っているようなものだ。
「……アンタ、ちょっとした化け物だよな」
「そのように造られた」
「……『造られた』?」
「いや……忘れてくれ」
少なくとも、虎獅狼にも分かったことがある。
風鶴とて、こんな人間に、なりたくてなったわけではないのだと。
……そして、その絶大な力も、望んで手に入れたものではないのだと。
軽薄な人間なら、思うかも知れない。『その絶大な力を持ちながら、何故、不満を持つ!?』と。
しかし、そんな人間には、恐らく耐えられないだろう。……力があるが故の苦悩に。
「……今度、二人で酒でも飲みてぇな」
その悩み、聞くだけ聞いてやる。虎獅狼は、そういう気持ちを込めたつもりだった。その思いが届いたのか届かないのか、風鶴は無言だった。
「……動いたな。
しかし、殺気は無い」
風鶴が呟くように言う。隼那と鵬粋は警戒した。虎獅狼と、恐らく桃姫とは、警戒の必要はないということを理解し、ただ様子を窺うだけだった。
動いたのは、翠林族の男が一人。……簡易的に作られた白旗を挙げている。『敵意は無い』とでもいうつもりなのだろう。
「失礼を承知で伺います。
風鶴殿であらせられますか?」
「いかにも」
「……魔王様の下へ、案内させていただけませぬか?
交換条件は、聖印が三つ。全て差し出します」
「悪くない条件だ」
虎獅狼、それに隼那と鵬粋は、「罠ではないか」と疑った。
「すぐに持って来れるか?」
「この場には、子の聖印のみなれど」
「持って参れ」
「ただ今!」
敵と思った魔王軍と、戦う必要が無くなる……。俄かには信じ難い話だが、風鶴が、罠の可能性を見落としているというのも考え難い。
ならば、こういう展開になる可能性を、風鶴が予想していたとしたらどうだろう……?
虎獅狼は、そうも思ったが、ただ、勘がその可能性を訴えただけで、そう考えた根拠は無い。
「他の聖印も手に入ると思っていたが……。
恐らくは、間もなく魔王の手元、か」
「場所が分かるなら、結果は分かっているのだろう?」
「……近くにはある。しかし、同じ場所ではない。
ちなみに言っておくが、そんなに細かく場所を知れるものではない。
恐らくは魔王の手元に運んでいる途中と、想像することが出来る程度の範囲でしか分からぬ。
予想だけで言えば、恐らくそれらの聖印と魔王とは、一里以上の距離が離れている」
子の聖印が運ばれてくるまでは、さほどの時間はかからなかった。そして、それは鵬粋とは合わぬものだった。
「この聖印の守護者も見付けたいが……まぁ、急ぐことはあるまい。
さて。魔王の下に案内したいと言っていたな。連れて行け。
下らぬ罠など、仕掛けていないものと信じて良いのだろうな?」
「そのようなことは、決して!」
何だろう……。疑問に思ったのは、虎獅狼だけだろうか。
魔王の手下が、やけに風鶴に対して下手に出ている気がする。
訳の分からぬ不安感が、虎獅狼の心の中に湧き出した。