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印描師  作者: 風妻 時龍
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5.『魔王』

5.『魔王』


 鵬粋は、ようやく拘束を解かれ、一晩の休みを与えられた。

 川の上流である、共同浴場で、隼那や桃姫、それに見張りのクノイチも含め(場所を配慮して、男の見張りはいなかった)、共に湯浴みを済ませ、監視こそあるものの、柔らかな布団での眠りを与えられた。

 裏翠林族であった彼女には、天国のような一晩だったに違いない。

「何から話せばよろしいでしょうか?」

 朝食を済ませてからだった。……朝食も、昨晩ほどではないにしろ、普通の翠林族の食事と比べても豪華だった。確かに、こんなものが安定供給できるなら、餓死者など考えられない。

「桃姫、聞きたいことを全て聞け。

 恐らく、嘘はほとんど言わないだろう」

 風鶴に言われ、桃姫は頷く。

「では、まず。

 あなたたちの首謀者……一番上に立っている人は、どんな人ですか?」

「……私たちは、『魔王』と呼んでいました。

 一切の『印』が通用しません。体術も優れていて、裏忍者の修行を積んだ者でも、太刀打ちできないほどでした」

 桃姫がチラッと風鶴を見る。

「……嘘ではない。私の掴んでいる情報と一致している。

 『印』が通用しない理由も見当がつく。理由は聞くな。

 体術に関しては、忍者の体術は相当なものでも、戦うとなったら、侍には劣る。忍者の本分は、情報収集……。逃げる技術に関しては、並ぶ者が無いが、正面から戦って勝つための技術を追究しているわけではない」

「……風鶴殿の印でも通用しませんか?」

「『聖印』の力でも、無効化されかねないと言ったら、信じるか?」

 桃姫は頷く。隼那には、頷く理由が分からなかった。

 恐らくは、桃姫は、「印の複合なら、通用しますか?」という意味で聞いたのだと、隼那は思った。しかし、風鶴の「聖印の力でも無効化される」という意味の発言だということに驚いた。しかし、ふと思った。「聖印の力でも無効化されるのだから、印の複合程度では話にならない」という意味である可能性に気付き、だから、「信じるか?」の発言に、桃姫は頷いたのだろうと。

「では、こちらをご存知ですか?」

 桃姫が取り出した、三つの石。……聖印にも見える。

 鵬粋は首を横に振った。

「『偽造聖印』だな。

 それは、大和族に聖印が奪われた際に作られたものだ。

 どこをどう出回ったか知らないが、第三勢力がそれを利用していることは確かだろう。

 その勢力の動きは、私の想定外だったが、対処は出来そうだ。

 時期が一致したのは、ただの偶然であると願いたい。

 大和族が関わっている可能性があるということだ。大和族に警戒するのは正解だ。

 どちらの勢力も、狙いは『聖印』であるという点は一致している」

「……聖印を集める理由は知っていますか?」

「いえ。一切、理由を言わずに、『聖印を全て集めろ』とだけ、指示を受けて動いていました」

 未だ、『悪』の印は消えていない。そこから、桃姫はその言葉に嘘が含まれる可能性を考えたが、風鶴は「恐らく事実だろう」と言う。

「勢力としては、どのくらいの人数がいましたか?」

「幹部が十二人。その下に数名の部下がいて、私は『未の聖印』を奪うための勢力に属し、その勢力の全員でこの集落を襲撃し、結果はどうなったのかは、私よりもあなた方の方が詳しいのではないかと思います。

 恐らく、『未』の勢力の幹部は命を落としました。そこで混乱に陥ったところで私は罠にかかり……その後はこの通りです。

 ちなみに、『未』の勢力は、幹部を除き、私の他に十三人。勢力としては、人数が多い方だと思います」

「死体は、十四、確認されています。

 つまり、全滅、ですね?」

「……恐らく」

 鵬粋は、悲しそうな顔をすることもなかった。ただ、淡々と事実を語るような様子だった。……それでも、『悪』の印は消えていない。

「……魔王のいる場所は?」

「この翠林族の地の、ほぼ中央」

「いや、それに関しては、私の方が詳しい」

 風鶴が自ら口を挟む。

「奴の持つ『十三番目の聖印』の場所は、私は正確に知ることが出来る。

 この地の、ほぼ中央。ほぼ間違いのない表現だ。

 しばらく、そこからさほど動いてもいない」

「……十三番目の聖印、ですって!?」

 これには、隼那は驚きの声を上げた。桃姫は、絶句したのか、何も言わない。ただ、表情を変えることもなかった。

「でも!

 翠林族の伝承で、『聖印は十二個しか存在しない』って……」

「聖印が、何故、この世に存在している?

 誰かが作ったからだ。

 十三個目を作れて、何かおかしいか?

 現に、非常に出来の悪い、『聖印の偽造品』が、ここにある」

 風鶴が、偽造聖印を一つ抓み、指先に力を込めただけで、それは砕け散った。

「このように、簡単に砕けるが、脅威となるほどの力は無い。

 問題は、聖印があれば、このようなものを量産できてしまうことだ。

 これですら、全ての力を引き出せば、家一軒ほどなら吹き飛ぶ」

「……風鶴殿?

 一応、そちらは貴重な品なのですが?」

「……すまない」

「まぁ、構わないですけれど。

 ……しかし、そうですね。印の力が通用せず、体術も優れているとなると……何か、手を打たなければなりませんね」

「いや。それは私が何とかしよう」

 風鶴が名乗り出るが、桃姫は、意に介した様子はない。

「……一人、宛てはありますが……、裏の認定すらされていないのに、手がつけられず、幽閉している男がいます。

 緋浦殿なら、捩じ伏せていただけると思ったのですが」

「魔王に関しては、心配するな。

 私も、奴に関しては対処すべき時期が来たと思っている」

「この集落が、直接襲われた場合には?

 たまたま、その時、風鶴殿が居合わせるという偶然を期待しろと?」

「……そいつは、どういう奴だ?」

 桃姫は考え込む。考えなければ、思い出せないような者なのだろうかと、隼那は思った。

「……もう、三十年も幽閉していますから、今、五十にはまだなっていませんね。翠林族としては、大人の一歩手前です。

 悪さ、と言っても、子供の悪戯が、度を越し過ぎているという程度で、年齢を考えて、大した処分は下せないものの、力があまりに強くて、手に負えませんでした。

 正面からぶつかれば、緋浦殿でも危ういかと。

 しばらく、食事を減らして、弱ったところで屈服させればいいのではと思っていたのですが……

 ……良く考えれば、彼を野に放つのは危険すぎました。忘れて下さい」

「いや、待て!」

 風鶴が眉間に人差し指を当てる。

「……面白い。会わせろ。

 衰弱するような食事はさせていまいな?」

「勿論です」

「案内してくれ」

「……彼女は、どうします?」

 桃姫が視線で鵬粋を指す。

「ついて来るな?」

「はい。よろしいのでしたら」

「一緒に頼む」

「……こちらです」

 言われるまでもなく、隼那もついて行く。いざとなったら、『聖印』の力で風鶴を助けるつもりだった。が、いざとなれば、風鶴も印を使えば、何とでもなるだろうという思いもあった。

 案内されたのは、集落の中心部。桃姫の家の地下を掘って作られた……簡単に言えば、地下牢だった。

「厳重だな」

 鉄製の柵を、何枚も潜る。鍵を開けて。

「印で強化していますが、でなければ、力ずくで抜け出せてしまうような怪力です」

「ますます面白い」

 表情にはほとんど出さぬが、声色が嬉々としている。

 印の明かりが、ようやく、最奥に人影を映した。……デカい。八尺ほどだろうか。そして、とても筋肉質で、ただ、食事はやや制限されているのだろう、さほど太くは見えない。贅肉はほとんど見られない。髪が翠でなければ、翠林族には見えない。そんな男が、腕立て伏せをしている。

「お久しぶり、虎獅狼こじろう

「……何だ、姫様かよ。

 食事が足りんと言っているだろう。耳にすら入っていないか?」

 虎獅狼が、腕立て伏せをやめて、胡坐をかいた。膝に肘を立て、頬杖をついている。……迫力はあるが、さほど悪そうな人相には見えない。

「あなたに会いたいという人を連れて来ました」

「どっちの女だ?」

「……こちらの男性。風鶴、と言って、お分かりになるかしら?」

 流石に、虎獅狼も少し驚いた。

「……本当か?俺も、伝説は聞いたことはあるが、まさか会えるとは思えなかった。

 ……ただの優男にしか見えんがな。英雄というほどの迫力は感じられねぇ。

 しかし、それが本当なら、お目にかかれて光栄だ」

 虎獅狼が、柵の隙間から右手を差し出す。風鶴が進み出ようとし、桃姫が制止するが、風鶴は「大丈夫だ」と言い、桃姫を押し退けて虎獅狼の手を握る。

「……納得がいった。

 確かに、本人に間違いあるまい。……つうか、痛ぇよ!」

 虎獅狼の右手の筋肉は、強い緊張を保ち、それこそ風鶴の右手を握り潰す勢いで全力を込めている。しかし、風鶴は平然と握り返していた。

「……正直、期待外れだ。

 しかし、思ったより面白い男だ。

 出してやってくれ。用がある」

「し、しかし!」

 桃姫はうろたえる。過去に、どれだけの悪さをしたものか……。度を越していると言ったが、どの程度、度を越しているのかは、想像に難くない。……否、想像を絶する度の越し方だったのだろう。

「安心しろ。

 虎獅狼、暴れたら……分かっているな?」

 特に、風鶴が睨んだというわけでもない。しかし、虎獅狼はうろたえた。虎獅狼は、恐らく風鶴と虎獅狼の力の差が、どのくらい以上かけ離れているのかというのを、分かってしまったのだろう。

「わ、分かってるって。……アンタには、逆らえねぇ」

「勝負して欲しい奴がいる。……食事の前がいいか?後がいいか?」

「……前、だな。満腹だと、動きが鈍る。だが、済んだら満足な食事を約束してくれ。そしたら、何でも言うことを聞いてやる」

「いや……・。それは、貴様が勝負に負けたらでいい。

 まずは外に出てから、だが……。

 鵬粋。屈服させろ。……出来るな?」

 隼那と桃姫が、驚いて鵬粋を見る。……彼女は、覚悟は決まっているという様子で、ただ黙って頷いた。

「桃姫。広い場所に案内してくれ」

「……分かりました。

 でも、大丈夫ですか?」

「問題ない。

 食事の準備だけ、しておいてくれ。奴は役立つ。満足するような食事を、たっぷりと頼む」

「……よろしいですが……」

 やがてやってきたのは、集落の外れ。これから畑を耕すために、拓かれた土地だった。

「二人とも、立て。……五歩ぐらいの間合いを持て。

 条件を言う。

 素手であること。命を奪わないこと。私が『止め』と言ったら止めること。

 虎獅狼。貴様が勝ったら、その女をくれてやる。好きにしろ。

 鵬粋。貴様が勝ったら、その男を部下に使え。逆らうことすら許さなくていい。

 この条件に、文句があるか?」

「ありません」

 鵬粋は迷わず答えた。

「構わねぇが……いいのか?結構いい女だぜ?」

「構わない。……だが、油断して勝てる相手だと思っているのか?」

 虎獅狼は、チラッと鵬粋を見た。

「……負ける気がしねぇ」

「……なら、いい。

 鵬粋。貴様の本気を見せてみろ」

「了解です」

「……そうか。

 構えろ」

 二人とも、ただ自然体に立っただけだが、途端に、殺気が立ち込めた。

「……命は奪うなと言ったな?

 まぁ、いい。

 ……。

 始め!」

 まず、虎獅狼が正拳を放った。鵬粋の頬を掠める。……鵬粋は避けたわけではない。虎獅狼の威嚇だった。

「ほぅ……。いい度胸だ。

 次は当てる」

 拳を引き、構え、左手を突く素振りを見せてから右手の正拳。……鵬粋の顔のど真ん中を狙っていた。

 だが、当たる前に、虎獅狼は鵬粋を見失っていた。

「何処を狙っている?」

 背後からの声に、虎獅狼は振り向く。

「……大した動きだ。忍者の修行でも積んだか?」

「……次は、足をかける」

 虎獅狼は構える。そして、左手を突く素振りで、そのままその拳を振り抜いた。

「……は?」

 虎獅狼の感覚では、急に天地が逆さまになった。気付いた時には、もう受身を取らなければ危険な状態だった。慌てて首を捻って頭からの落下を防ぐが、起き上がろうとした時、背後から首に腕を回されて、極める寸前の状態だった。

「降参しろ。でなければ、死なない程度に捻る」

「……捻らない程度に、力を入れてもらえないか?」

 鵬粋の腕に緊張が走り、直後、虎獅狼は「参った!」と言った。

「そこまでだな。

 油断するなと言っただろう」

「いや……実力差がありすぎる。

 ……アンタ、端から勝てないと分かっていてやらせたな?酷い男だ。

 俺が閉じ込められている間に、世の中にどんだけ化け物が蔓延ってるのよ?」

 隼那も桃姫も、ポカーンとしていた。

「よく、コイツを無傷で捕えたものだ」

「いえ……薬物を使いまして。麻痺させてから、拘束しました」

「致死量ギリギリを使ったな?

 薬物に耐える訓練も、受けているはずだ」

 鵬粋は頷く。

「……なぁ」

 虎獅狼は、鵬粋を見て言った。

「お前、俺の女にならないか?」

「……部下が言う台詞か?」

「いや……そうなんだけどよ」

「……せめて、私に勝てるようになってから言え」

「……分かった。

 それは、努力の甲斐があるな!」

 風鶴も、安心した。

 予想以上に、使える駒が手に入った、と。

「桃姫。食事を用意してやってくれ」

「少々、時間をいただければ」

「出来た順に持ってきてくれ。

 虎獅狼!食い溜めのつもりで食っておけ!」

「おう!

 アンタ、いい奴だな!」

 虎獅狼も、負けたというのに、嬉々とした表情だった。

 隼那には、彼がそんなに悪い男には見えなかった。

 少し、鵬粋が羨ましくもあった。

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