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印描師  作者: 風妻 時龍
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13.『対峙』

13.『対峙』


 どんな印を使えば、この短期間で、こんなことが出来るのか――

 魔王城は、完全に修復されていた。

 さほど酷く傷んでいたわけではなかった。

 だが、それでも。石で築かれたその外壁を、ただ修復するだけでも大変なはずだ。

 それを、完璧なまでに修復する。

 それによって、その城は、なお一層の威圧感を放っていた。

 四人がそこに踏み込み、真っ直ぐに玉座の間を目指すと、その直前に、緋浦がたたずんでいた。

「……風鶴が待っている」

 柱にもたれかかり、以前は持っていなかった、七尺ほどもある大剣を携え、まるで衛兵だった。

「アンタは、どっちの味方だ?」

「どっちでもない」

 虎獅狼の問いに緋浦は無感情に答える。桃姫が会釈すると、緋浦は顔を背けた。

「行け。結果はお前たちが掴むべきものだ」

「場合によっては、協力して下さいますね?」

「知るか!」

 玉座の間の巨大な扉を、緋浦は乱暴に叩いた。

「……アイツを討つつもりは――無さそうだがな」

「もちろんです。死んでいただくわけには参りません」

「……アイツを、頼む」

 重そうなその扉を、緋浦は押し開けた。もしかすると、そのためにここで待っていたのかも知れない。虎獅狼でも、その金属製の扉を開けるのは、一苦労しそうだと思っていた。

「待っていたぞ!」

 大きな声で、風鶴は四人に呼びかけた。

「悪役を演じるおつもりですか?」

 返したのは、桃姫。

「演じる?

 馬鹿な。聖印全てを処分しようとしている私が、翠林族にとって、『悪』でなくて、何だと言うのだ?

 そのために、今まで『英雄を演じていた』のだからな」

「じゃあ――」

 声を張り上げたのは、隼那だった。

「一度、聖印全てを手に入れておいて、どうして、翠林族に返したのよ!?」

「この聖印が完成していなかったからな」

 風鶴が取り出した聖印は、乾いた血で黒く染まっていた。

「十分な魔力を与えてなお、能力の安定発揮まで二百年かかった。

 先日だ。ようやく数ヶ月前に、安定期に入った。

 だから、ようやく聖印を集め始めたのだ。

 まだなお、百年以上の時が必要な可能性があったのでな。それまで、聖印全てを保持しているのは危険だった。

 ただでさえ、暴走寸前の力の結晶なのだ。長期間、一箇所に固めておくのは危険すぎた」

「そのために、命を賭してでもやり遂げる、と」

「そうだ」

 桃姫の問いに風鶴は頷いた。

「……私には、それを成し遂げた後で死を望んでいるように見えます」

「……否定はしない」

「でしたら、聖印は渡せません」

 風鶴と桃姫の視線が真っ向からぶつかった。どちらも怯みはしない。

「……ならば、無理矢理に聖印の力の全てを奪い取るだけだ」

 風鶴が手を翳すと、二人の間に、円盤状の光が現れた。

「な、何!?」

「陣央です!

 皆さん、下がってください!」

「じ……ジンオウ……?」

「全ての印の力の源です!」

 どうやら、桃姫は理解しているらしいことに、風鶴は「ほぅ」と感嘆の声を上げた。

「印の力、か……。

 印描術など、陣の力を引き出すきっかけでしかない。

 見せてくれよう。これが『陣描術じんびょうじゅつ』だ!」

 風鶴は、指で描くのではなく、陣央から引き出すように、印を次々に描いていった。

「迎え撃ちます!」

 同じく、桃姫も、そのまだ誰も知らなかった陣描術によって、風鶴が『魔法陣』を完成させるのを妨害していった。

「まともに陣描術で私に渡り合うつもりか。

 だが、陣を描くほどの余裕はないようだな」

 風鶴は、陣央の周囲に、次々に印を配置してゆく。桃姫はそれを消してゆくが、桃姫の方から印の配置をする余裕はなさそうだった。

「……悪くない腕だ。

 だが、私は元世界王者だ。技術には雲泥の差があるな。

 ――完成だ」

 陣央の周囲に八つの印が配置されたことで、陣が完成し、陣全体が輝きを放ち始めた。

「もはや、印の力など、無力だ。陣の力には、そこまで圧倒的な違いがある。

 さて。貴様らを消し飛ばすことも容易だが、それでも、聖印は手放さぬか?」

「その前に、話を聞けや!」

 怒気を放って、虎獅狼が叫んだ。

「テメェ、一人で何を重たいモノを背負っていやがる!

 まずは、テメェの背負っているモノを詳しく聞かせろや!」

「……聖印を何よりも大事に扱うべく作られた種族の、理解の範疇を超える話だ。

 私は、私の目的を果たすためならば、貴様ら全員の命を奪ってもいいと思っている」

「なら、何故、協力を求めた!?

 協力させたなら、最後まで付き合わせろや!

 少なくとも、俺は、聖印を無条件で『聖なる物』として尊重するつもりはねぇ!」

 風鶴は失笑してから、「すまない」と謝罪した。

「笑うつもりはなかった。

 だが、貴様が予想以上に面白い人材だったと思い……つい、な。

 さて。『この世界』が、破滅を回避するために人為的に歪められた歴史を歩んでいることを、知っても驚かぬかな?

 翠林族は、その『破滅の原因』である聖印を、護るためだけに作られた。

 聖印は、貴様らが認識する『世界』という規模での破滅を、容易に引き起こすだけの力を持っている。かなりの力を私が奪った今でも、この『星』を消し飛ばすほどの威力を引き出すことが可能だ。

 そして、何よりタチの悪いことは、『聖印』という形にしたことで、人為的に制御することが出来なくなったことだ。

 その『聖印』というものは、本来、『陣』の力を永続的に発揮できるように、試験的に作られたものだ。……制御できないという事実が判明する前に、十二個が完成していた。

 はっきり言おう。翠林族は、『聖印の始末』が終わったら用済みとなる、半ば使い捨てのために作られた種族だ。

 それでも、当時の人間は、この星が消し飛ぶよりはマシな事態だと、軽く考えていた。

 さて。……翠林族である貴様らには、少しばかり衝撃の大きい事実だと思うがね」

「私は知っておりましたよ」

 桃姫がそう言ったのを始めに、虎獅狼も鵬粋も、何事も無かったように聞き流していた。彼らにとっては、さほど重大な情報ではなかったようだ。ただ、隼那の受けた衝撃は大きかったらしく、絶句して呆然となった後、動揺と混乱を同時に引き起こしていた。

「……神託、か?」

「いいえ。母から聞いておりました。

 大長にも、代々、語り継がれているはずです。

 ですが、確かに、知っている翠林族は、ごく一部の限られた者だけです」

「……巫女の一族、か。

 では、聖印を手放す時期であることは、理解しているか?」

「はい。ですが、貴方が死を選ぶようなら、決して渡してはならぬ、と」

 風鶴は、微笑んでこう言った。

阿朱華あしゅかからの口伝だな。

 ……そうか。そこまで読まれていたか」

「貴方には、ただ責任だけを押し付けてしまった、と……」

「……まるで、直接聞いたような口ぶりだな」

「どうとでもお思い下さいませ」

 先ほどまで厳しい顔つきをしていた桃姫が、ここに来て、微笑を見せた。まるで、余裕を見せ付けるかのように。

「……誰なんだ、そのナントカって人は」

 虎獅狼が桃姫に聞く。

「人類が三つの種族に分かれる前の世界の、最後の女王だった方です」

「私は、陣央術の世界王者であったことから、半強制的にその伴侶とされ、なおかつ、聖印を作るのと同じ技術で、人為的に人間離れした力を与えられた。

 もたらされた力を制御できなかった場合、破滅の原因となるが、全ての聖印を処分できる、十三番目の聖印を作るためには、一人、そのくらいの力を持った術者が必要だった」

「……アンタの子孫は、今もこの世にいるんじゃねぇのか?」

「私と阿朱華の間に、子供は授からなかった」

「お父様は何も知らされず、眠りに落ちましたものね」

 桃姫の発言に、風鶴が凍り付いた。

「……今、何と言った?」

「お父様、と」

「そういうことかよ……」

 虎獅狼が、一人、納得した。

「お母様は、私を身籠った後、すぐに計画を進めました。

 お父様に隠していたことが、正解だったかどうか、ずっと悩んでおりましたよ。

 私が直接、お父様と顔を合わせられるよう、私を翠林族として産み落としました。原種のままでは、時期が来る前に気付かれてしまうのではないかという危惧もありましたし。

 さて。お父様。まだ、命を賭すおつもりでいらっしゃいますか?」

「いや……」

 絶句する風鶴。状況が、まだ把握しきれずにいるようだ。

 桃姫は、ただ微笑んでいた。今は、余裕を見せている。

「ようやく明かしたか」

 緋浦が、大剣を持ち、駆けつけた。

「口止めされていたが、俺は聞いていた。

 風鶴。もう少し長生きする理由になったんじゃねぇか?」

「私は未だ独身ですけれども、そのうち、孫の顔でも見せて差し上げられたら、とは思いますよ」

「……だからと言って、相手は俺という冗談は、もうやめてくれよ」

「ええ。

 さて、お父様。お役目、ご苦労様でした。

 あとは、私たちに任せて、ゆっくりお休み下さいませ。

 最後の仕事に、聖印を全て処分していただければ、後は私たちで対応できますので。

 ……翠林族の長には、既に語り継がれている事実ですので、翠林族に対する心配もご無用です。

 まだ、何かご心配なことがございますか?」

「……そうか。そんな切り札を用意していたのか。

 準備が、随分性急に進められるなとは思っていたが……。

 その切り札を隠すため、か……。

 聖印全ての始末を終えた後なら、煮るなり焼くなり、好きにするがいい。

 ……私の役目は、それで終わりだ。

 あとはオマケの人生を楽しませてもらうのも、悪くない」

 風鶴は、玉座に背を預け、天を仰いだ。

 それを見て、桃姫は、風鶴が阿朱華への想いにふけっているのだろうと思った。

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