12.『覚悟』
12.『覚悟』
桃姫たちが目指すのは、魔王の居城。そこに、風鶴が待っていると信じて。
まだ、隼那は戸惑っていた。風鶴を、未だ信じていいのかということに。
「……聖印が、幾つか消えました」
桃姫が呟くように言った。
「……どういうことですか?」
「風鶴殿が、聖印の処分を始めたということでしょう」
「……え?」
鵬粋と虎獅狼にとっては、大した情報ではない。翠林族の教えを、盲目的には信じていないだけに。しかし、隼那は違った。
「そんな簡単に処分できてしまうものなんですか!?」
「……もう、言ってしまいましょうか。
十三番目の聖印は、全ての聖印を処分するために、風鶴殿が作られたものですよ」
「は……?」
呆然とする隼那。そんな簡単に、個人が作れてしまうものなのか?風鶴の力というのは、そこまでのものだったのか?と。
「アイツなら、やりかねないな」
「……『アイツ』はやめなさい」
鵬粋が虎獅狼をたしなめた。
「別に、怒りゃしねぇだろう。
それとも、まだお前は、アイツが主だと思っているのか?」
「勿論」
虎獅狼は呆れてため息をついた。
「お前ら、覚悟は出来てねぇのか!?アイツは、役目を全部果たした後、俺たちに自らを討って欲しいと思っていると、何故、気付かない!?
……あ、いや……桃姫さんは例外だ。
アンタは、アイツぐらいの覚悟が出来ている。
……俺とて、そこまでの覚悟は出来ていない。
だがな。
もはや、覚悟無しに進んではいけない道だぞ!?」
「何の覚悟をすればいいんですか!?」
頭が混乱して訳が分からない隼那は、ただ気晴らしのためもあって、叫んだ。
「例えば……聖印全てを失う覚悟だ」
「で……」
言いかけて、その言葉の意味の重さに、隼那は少し躊躇った。
「出来るわけないでしょう、そんな覚悟!?
そんなことしたら、翠林族の全てを裏切ることに――」
「桃姫さんの集落はどうなんだ?」
虎獅狼に話を振られ、桃姫は微笑んで言った。
「裏の世界で生きる翠林族だけが集まっています。
聖印全てが失われることは、私には分かっておりました。
これは、変えられません。変えようとした者は、命を失うでしょう」
「……だとよ」
「でも、風鶴殿が、命を捨てるおつもりでしたら、私の聖印は渡しませんことよ?」
「……その気持ちを変えるのが、アンタの覚悟か」
「ええ」
微笑みながらも、その瞳の奥に光る、強い意志。
「あの、一人で苦しみの全てを背負おうとしている愚か者に、少し思い知らせてあげなければなりません」
「……やっぱり、一人で背負おうとしていたんだな、協力を求めておきながら。
……アホかよ、アイツ。意外とアホだな」
「ええ。私の一族の背負う業を、考えもせずに。
一人で背負いきれるものでもないのに。……もっとも、それを背負わせてしまったのも、私の一族ですけれどね」
「……全部、説明してもらうわけにはいかねぇか?」
「今はダメです」
「いつか、話してくれよな」
「ええ。必ず」
その返答を確認してから、虎獅狼が次に向き合ったのは、隼那だった。
「で?アンタは自分がどんな覚悟をすればいいのか、考えたことはあるのか?」
「……私?」
「アイツに愛想を尽かすのも、選択肢の一つだぜ」
「そんな……」
「アイツは、自分の役目を背負う、ただそれだけを果たすために、自暴自棄になっている。……俺には、そう見えるな。
アンタは、アイツを救う気があるのか?ないのか?
……裏切りと本気で思っているのなら、今は『ない』が素直な気持ちだと思うぜ」
「……」
言葉に詰まる隼那を見て、虎獅狼は苛立ち、頭を掻き毟った。
「面倒くせぇ。お前は置いて行く。集落に帰れ。……って、俺が言っても効力はないな。
あの馬鹿を張っ倒しちまえよ!『この馬鹿』とでも言って!
何のために協力を求めたんだ!?
協力させたなら、最後までつき合わせろよ!
俺も、一発殴らんと気が済まん!
お前もそうだろ!?一緒にぶん殴りに行くか、引き返すか!どっちでもいいから選べよ!」
「……分かったわ」
隼那はそう言ってから、一度、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「この馬鹿野郎ー!!」
思いっきり叫んでから、乱れた呼吸を整え、ようやく隼那も決心した。
「……アイツ、ぶん殴りに行く」
「そう来なくちゃな」
「では、参りましょうか」
ひとしきり、話が落ち着いたところで、桃姫が先導して再び歩き始めた。
魔王城への道は、まだ遠い。
それは、全員が覚悟を決めるだけの時間が、まだ十分に猶予があることを示していた。