11.『過去の清算』
11.『過去の清算』
風鶴は、魔王の居城に取りに来たものがあった。十三番目の聖印とは別に。
それを回収すると、緋浦と共に、聖印を集めに動き始めた。
桃姫たちの聖印ではない。十三番目の聖印を奪った者たちからだ。
二人は、こう話していた。
「十三番目の聖印を奪っていった連中は、翠林族かもな。それも、裏の。
もしくは、相当な力を持った連中だ」
「……翠林族の死体しかなかったからか?」
「ああ、そうだ」
「だが、今の貴様の敵ではあるまい」
「ああ。……印の力など、もはやどうでもいい。基本技術の力など、蹴散らしてくれる」
「……『無』の聖印があるのであれば、そもそも吸い取られるだろう」
「かも知れん。
実際に、どのように力を発揮するのか、確認も出来なかったからな。
ただ、計算上、聖印十三個を消し去るだけの力はある」
「……場所は分かっているんだろうな?」
「ああ。皆に備わった分を除いて、残りは全て一箇所に集まっている。
……もはや、ここにも用はない。
さあ、行こうか。過去の清算に!」
冷静な風鶴は、もはやここにいない。
ようやく、動き始めた。今までは、ただの準備でしかなかった。全てを賭すのは、これからだと燃えている。緋浦にも、風鶴にこのような熱い一面があったことは驚きだった。
風鶴は、そのためだけに生きていた。
この世を滅ぼす力の結晶・聖印の全てを消し去るために。
緋浦は全て聞いていた。協力を求められた時に。
翠林族も大和族も、武蔵族も、滅びを回避するために造られた種族であることも。そして、外見が大和族にしか見えない風鶴が、三つの種族に分かれる前に存在していた、本来の人類であることも。
そして、風鶴さえ知らないことも――
風鶴の苦しみを知りながら、緋浦には何かを言うわけにはいかなかった。それは、彼の役目ではない。
だから。
緋浦は嬉しかった。
目的に向かって駆けるため、気力を取り戻した風鶴の姿を見れたことが。
……だが、目的を果たした後の絶望も想像できてしまう。
そうなった風鶴を救える人物は、この世に一人だけ……
口止めさえされていなければ。
緋浦は、そのことを風鶴に言ってしまいたかった。
「――なあ、風鶴……」
「話を聞く間も惜しい。行くぞ」
……ダメだ。目的に我を見失っている。
それはそうかも知れない。少なくとも百年以上は、絶望を背に生きていたのだから。
この世に、希望が転がっていることなど、信じていない。
……自分に出来ることは、命を断つことを止めることだけ。
あとは、救い手が来ることを期待すれば。
「空から行こう。
飛べるな?」
「ああ。だが、そんなに急ぐか?」
「次は、あいつらが襲われる。それを未然に防ぎたい」
「……それは重要だな。
急ごう。
空を飛べばいいのか?」
「ああ。
ついて来い」
二人で描く、酉と午の印。二人は、北へと翔ける。
襲撃はあったばかりの様子だったのだ。そう遠くないことは、予想がついていた。
ただ、相手も聖印の位置を知ることが出来る者がいる。……迎撃が待っていた。
空で待ち構える、十数名の翠林族。全員が、様々な攻撃的な印を描き、放った。
対する風鶴は、ただ一つ、『開』の印のみ。封印を一つ解くと、ただの腕の一振りで、印によって作り出された炎や氷や様々な力の具象が、触れてもいないのに消し去られた。
そして、『殺意の視線』。空に浮いていた翠林族全員が、心臓の辺りを押さえるなどの動きの後、落下した。……意識無しで落下し、助かる高さではなかった。
しかし、その中に首謀者はいない。
地上で、その男は待っていた。
大和族。……いや、風鶴並みの身長がある。『原種』の可能性があった。
「……察するところ」
地面に降り立った風鶴が言った。
「聖印の処分に反対していた一味の者か?」
「ご明察だ」
懐から、その男は聖印を取り出す。
「この『無』の聖印がある限り、私に印は通用しない。
貴様の、殺意の視線もな!」
「使うつもりはない。その聖印の力を、無駄に使うわけにはいかぬからな」
風鶴の方も、取り出す聖印。それを、指先で潰した。
聖印が光を放って砕け散るが、その光は、原種の男の持つ聖印に吸い込まれるように消えた。
「やはりな。聖印の力の解放も消し去ってくれるな。計画は成功だ」
「……何をした?」
原種の男には、意味が良く分かっていなかった。……聖印を全て処分する。その意味を、良く理解せずに、失われることだけを危惧していたが故に。処分の手段については、何の知識もなかった。
「その聖印は、全ての聖印を処分するために、私が作った。……意味が分かったか?
完成までに、八百年ほどかかったがな。私は魔法の眠りの中で、その聖印が全ての聖印を消し去るだけの力を持つまで、魔力を与え続けた。完成から二百年ほど経った今、その力は完成して落ち着き、力を使い尽くさぬ限り、永劫に安定して存在していられるようになった。……その時を待っていた。でなければ、聖印の全てを消し去る前に、『無』の聖印が失われてしまう可能性があったからだ。
魔王は、『無』の聖印の力が落ち着くまでの時間、それを護るために、一方的に未来に転移する魔法で時を駆け、この二百年ほどを、護り続けていただけだ。
……分かるか?この計画の中で、奴はただの下っ端だ。大した力があったわけではない。
さて。話は聞いて、満足したな?……奪わせてもらうぞ」
「翠林族の全てを犠牲にすることを、何とも思わんと言うのか!?」
瞬時に男の背後を取った風鶴だったが、その言葉に、暗器を持った手が止まった。
「……どういうことだ?」
「貴様らの計画は、翠林族を勝手に作っておきながら、その存在理由を奪うに等しい!
それを、貴様らは正義と言うのか!?
俺は知る限りを説明し、翠林族の協力を得た!裏ではない翠林族のな!
破滅しなければ、何でも犠牲にしていいと言うのか!?」
「言われるまでもない。
聖印さえ始末すれば、『陣央』を解放できる。
陣央の本来の役目を考え、彼らにはそれを新たな『聖なる儀式』として与えよう。
……言いたいことはそれだけか?」
「人は、そんな簡単に割り切れる生き物じゃない!!」
「……すまないな。
貴様の言う正義も分かる。
だが、私の正義が間違っているとは思わない。
……正義が対立した時、勝つのは力がある方だ」
「……俺の命を奪うのか?」
「……ああ」
原種の男は、目を瞑った。
「一思いにやってくれ。……悔いはない」
「……すまない」
風鶴は、右手に隠すように持っていた、長い針のような暗器を、原種の男の首の中央に刺した。
「……これが、私の正義か……?」
原種の男の死体を抱き、風鶴は半ば涙目になった。
やがて、死体から聖印を奪い、風鶴は死体を焼き払った。
「……緋浦。
……私は、正しかったのだろうか?」
「俺には分からん。
だがな。
自分に疑いを持たず、盲目的に自分だけを正しいと思うよりは、正しかったと思うぞ」
風鶴は、天を仰ぎ、叫んだ。
「神よ!何故、私に、このような役目を与えた!
私は、貴様を恨む!
うあああああああああああああああああああ!」
風鶴を中心に、風が吹き荒れ、嵐になった。
ここまで、荒れる風鶴を、緋浦も初めて見た。
せめて、早く知らせたかった。風鶴にも、一縷の希望があることを。