内緒の人差し指
約束の日。
待たせちゃいけないって思って。
15分前に着くように家を出た。
長いゆったりとしたキャミのロングワンピース。
白地に青や金で模様のかかれたお気に入り。
上には白いレース編みの上着を着て。
これくらいなら、気合入りすぎてないかな。
不自然じゃないかな。
そんな風に鏡の前で何度も確かめて。
そうして待ち合わせの場所に予定通り15分前についたけど。
もう、拓斗さんは来ていた。
かっこよくて、見惚れる。
Vネックの黒いシャツ。白地にほんの少しだけ黒を使ったシャツを重ねて。
細身のジーパンに斜めにかけたバック。
すらりとした拓斗さんは、本当にかっこよかった。
声、かけなきゃ。
どきどきしたせいか、なかなか声が出なかったけど。
勇気をだして、呼んでみる。
「た、拓斗、さん」
小さな、本当に小さな声だったけど。
振り向いて、私を見つけて。
そうして笑顔になってくれた。
「ちぃ?」
どくん。
名前を呼ばれるだけで。
顔が熱くなった。
「は、はい」
どうしよう、きっと変に思われた。
思わず俯いて。
でも、顔が熱いのは引きそうにない。
「ちぃ、顔上げて?」
優しい声に促されて、おそるおそる顔を上げる。
そこにあったのは、嬉しそうな顔で。
思わず見つめてしまう。
「こうして会うのは、はじめましてだね。藤宮拓斗です」
「あ……」
この挨拶。覚えてる。
はじめて電話した時と、一緒。
思わず顔がほころんで。
「はじめ、まして。香山知世、です」
「ふふ、前にもおんなじ事やったよね」
あ、拓斗さんも覚えてるんだ。
そう思ったら、すごく嬉しくて。
「覚えてます、ちゃんと」
普通にそう言えた。
「じゃ、立ち話もなんだし。行こうか」
「はい」
一人分の間を開けて、一歩後ろに下がって歩く。
隣に並んで歩くのは、少し抵抗があって。
「ちぃ、隣においでよ」
「……え」
「せっかく二人で歩いてるのに、それじゃあ話しにくい」
「あ、ご、ごめんなさい」
言われて慌てて隣に並ぶ。
そうすれば、拓斗さんは笑ってくれて。
その笑顔に、胸がきゅんってなった。
やっぱり好き。
隣を歩くこのひと時が恋しい。
「ちぃはさ」
「はい」
「いつも、そういう格好するの?」
言われて自分の格好を見てみる。
どこか変かなとか。
チェックしたけど、わからない。
「どこか、変ですか?」
「いや……」
不安になって聞いてみた。
でも、言葉を濁されて。
ますます不安になる。
どこか変かな。
もう一回見ても、やっぱりわからない。
足が出すぎてるとか?
お気に入りだった分だけ、しゅんとなる。
俯けば足先が見えて。
素足の爪が見えた。
ミュールなのが駄目なのかな。
夏だからと思ったけど。
それとも、スカート?
そんな事を考えて、頭がグルグルして。
「……あのさ」
「は、はい!!」
あ、声が裏返っちゃった。
どうしよう。
変に思われてないかな?
ごわごわと顔を上げる。
どこか困ったような顔が見えて。
もう一度俯いた。
「……俺が、悪かったよ」
「……え?」
「だからさ、顔、上げて」
ちらりと目だけ向ければ。
傷ついたような顔。
なんだか、さみしげな。
慌てて顔を上げれば、ホッとしたように表情がやわらかくなって。
ああ、この方が好きだな。
なんて思ったり。
私も、少しだけ。
頑張ってみようかな。
「私の格好、変ですか?」
もう一度、やり直し。
ちゃんと聞いて、直せたら直そう。
そう、思ったんだけど。
「変じゃないよ」
返ってきた言葉が。
想像してたのと違って。
どうしたらいいのかな。
「可愛い、よ」
「え」
今、なんて?
かわいい?
空耳?
「だから、可愛い」
「う、そ」
「嘘じゃないよ」
あーとか、うーとか。
唸る声が聞こえて。
「だから、気になった」
「?」
「そんな格好してたらさ」
「はい」
「ナンパとか、されない?」
私の足が止まる。
だって、わからない。
どういう意味なの?
「なん、ぱ?」
「あ、ごめん。プライベートだよね」
「……なんぱ?」
拓斗さんの足も止まった。
男の人に、声をかけられる?
そんな事、今まで一度もない。
「気にしないで、ただ」
「ないです」
「え?」
顔を上げて。
拓斗さんを見て。
ちゃんと言いたい。
「ないです」
だから、誤解しないで。
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