親指からはじめよう 5
「それで、どうするのさ」
ずずいっと音がしそうな勢いで詰め寄られた。
助けを求めて彩を見たけど、美咲と同じような顔をしてる。
「……どうも、しないよ」
そう言うと、美咲が怖い顔で睨んできた。
でも、本当にどうしようもないんだけどな。
「あまーい!!」
びしぃって勢いよく指を突きつけられる。
「あのね、そのままでいられる訳ないの!!」
「……どうして? 言わなければ、このまま」
「いられないよ」
静かにそう言ったのは、彩だった。
どうしてかな、哀しい笑顔で私を見てる。
「……無理なんだよ」
「なんで……なんでそんな事、言うの?」
「だって、知世は拓斗さんが好きなんでしょ?」
それはそうだけど。
でも、妹って言われたら。
「妹って言われたからじゃないの」
「え?」
「あのね、よく考えて」
彩が頭を撫でた。
子供に言い聞かせるように、ゆっくり話してくる。
だから、聞きたくなくても、聞こえてしまう。
「言わなければ、今まで通りに接する事は可能かもしれない。でもね」
嫌、聞きたく、ない。
「拓斗さんが、他の人を好きになって。それで、相談してきたら、どうするの?」
ききたく、ないのに。
「……アタシ、兄貴と仲いいからわかるけど。妹に恋愛相談って、してきたりするよね」
「そうなった時、平気なの?」
そんなの。
「……平気じゃない」
平気な訳、ない。
だって、好きだもの。
拓斗さんが好きなんだもの。
ぐらり。
世界が、歪んだ。
「知世……」
「泣くくらいなら、強がらないの」
美咲に言われて、泣いてるって気づく。
ぱたぱたと落ちるのは。
涙。
「~っ、う~!!」
「よしよし」
気づいたら我慢できなくて、声を上げて泣いた。
子供みたいで、みっともなくて。
それでも、二人とも一緒にいてくれた。
好き。
好きなの。
止められないの。
拓斗さんが好きなの。
妹って、言わないで。
好きなの。
拓斗さん……
「……ねぇ、告白しちゃえば?」
「へっ!?」
一通り泣いて、やっと落ち着いてきて。
そんな私にそう言ったのは、珍しく彩だった。
「だって、好きなんでしょ? 自分の中でちゃんと納得しなきゃ、諦めるにも諦められないから」
「あー、うん。一理あると思うな」
「そ、う?」
「今さ、このままじゃいられないって思ったんでしょ?」
「……うん」
「だったら、けじめつけた方がいいと思う」
でも。と俯いたら、美咲がとんでもないことを言った。
「ねぇ、デートしてきなよ」
「えっ!?」
「だーかーらー、会って、楽しんで、それで最後に告白!! ほら完璧!!」
「ど、どこが!?」
「えー、楽しい綺麗な思い出があればさ、立ち直りやすくなるじゃん」
それより、やっぱり未練の方が大きくなると思うんだけど。
だって、拓斗さんと会ったりしたら、忘れられなくなる。
好き、だから。きっと。
「告白、しなよ。それで、自分に決着つけよ?」
「彩……」
「私、MIMIの今度の展覧会ペアチケット持ってるの。これに二人で行ってきなよ」
そうして渡されたチケットを受け取って。
この瞬間。
告白するって事は決まってしまった。
乗せられたような気はする。
きっと後悔もする。
でも、それでも。
会って、みたくて。
会う為の口実が。
会う為の理由が。
そして、引き返せないだけの、目的が。
今、手の中にあるから。
夜。
電話をかける。
冷たい呼び出し音が耳に痛い。
出て。
出ないで。
心臓がうるさい。
『――はい。拓斗です』
「あ、ち、知世、です」
5コールで出た拓斗さんの声は、いつものように優しい。
『ちぃから電話って、珍しいね』
「あ、ごめんなさい……」
『なんで謝るの、俺、嬉しいのに』
本当に嬉しいのかな。
少し弾んだ声。
本当なら、私も嬉しい。
好きだなぁ。
やっぱり、好きだよ。
拓斗さん。
『それで、どうした? なんかあったか?』
「あ、えっと……」
『ゆっくりでいいから』
いつだって、私を待っててくれる。
こうやって。
優しい、人。
「あ、あのね。拓斗さん、今度のお休みって、予定、空いてますか?」
『今度の? ああ、特に予定はないけど』
「友達が、MIMIの展覧会、チケットくれて」
言える?
うん。
言えるよね。
「ぺ、ペアチケット、なんです。だから」
一緒に、行って、くれませんか。
そう言おうと思ったのに。
『……それって、さ』
「ははははい!!」
『……俺と一緒に行ってくれるって、誘ってくれてるって。自惚れても、いい?』
言う前に、言われてしまった。
「そ、う、です。あの、一緒に、行ってくれます、か?」
『喜んで。一緒に、行こう』
照れたような甘くて優しい声。
日にちと待ち合わせ時間と場所を決めて電話を切る。
会えるんだ。
嬉しい。それだけで、泣きそうなくらい。
告白して、フラれるとか。
今は考えないでいよう。
でも。
出来れば、どうか。
「拓斗さん……好き、です」
親指からはじまったこの恋が。
拓斗さんに届きますように。
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