親指からはじめよう 4
「電話出来たの?」
「うん!!」
「よかったじゃ~ん!!」
翌日、顔を合わせるなり二人とも喜んでくれて。
嬉しくて笑って。
二人に応援されるまま、メールしたり、電話したり。
私は携帯以外のネット環境をもってなかったから、契約を付け加えて。
かけ放題にしたけど、だからって毎日かける訳じゃない。
でも、着信履歴も、発信履歴も、拓斗さんでいっぱいなのが、嬉しい。
もう、ちゃんとわかってる。
この気持ちの名前。
私は、拓斗さんが好きなんだって。
そうしているうちに、いつの間にか季節は巡って、もう夏になる。
もうすぐ夏休み。
今はいっぱい知ってる。好きな音楽も、写メの猫の名前も。
どんなお仕事してるのかも。
拓斗さんが、どこに住んでるのかも。
会いに行けない距離じゃない。
電車で一時間もかからない。
だけど。
勇気が、なくて。
『……なぁ、ちぃ』
「なに?」
『最近、元気ないけど。どうした?』
「元気だよ?」
『嘘。俺、ちぃの事ならわかっちゃうんだ。なんか考え込んで悩んでるだろ』
電話越しに聞こえる声に、どうしよう、気持ちがどんどん膨らんでく。
もっと、もっとって。欲しくなる。
いっぱい、拓斗さんが、欲しい。
心の全部、拓斗さんで埋めちゃいたい。
なんか、これって、変だよね。
恋人でも、ないのに。
『ちぃ。俺達の間で隠し事はなしだ』
「あ……ごめ、なさい」
ぼうっとしてたら怒られちゃった。
せっかくの電話なのに。
『ホント、何に悩んでるんだ? ほら、言ってごらん』
「うーん……内緒」
『えー?』
だって、言える訳、ないから。
好き、なんて。
『恋の悩みでも、してるのか?』
どきん。心臓が、跳ねた。
ああもう、どうして、拓斗さんは鋭いんだろう。
私の事、わかっちゃうんだろう。
『……やっぱり、恋の悩みなんだな』
「う、ちが」
『そうやって言葉に詰まるの、嘘つくの下手だからすぐにわかるよ』
呆れたような笑った声。
どうしよう。バレちゃう。
好きだって、気づかれたら。
もう、こうして、話せない?
「違うったら!!」
『……ちぃ?』
「違う、の。ほんとに。違う……」
好きだけど。でも。
こうしている時間がなくなるなら。
言わない。
ぶわって涙が出て、思わずしゃくり上げてしまう。
苦しい。苦しい。
拓斗さん。
『……変な事、言って、ごめんな。ちぃが恋してるのかなって思ったらさ。妹を取られたみたいで、寂しくなったんだ』
その瞬間、息が、止まった。
今。なんて。
『ほら、今まで色々と相談のったりしただろう? だから、なんか妹みたいに思えてさ』
ふわり。電話の向こうで笑ってるのが伝わる。
けど。
……妹?
ああ、矛盾してる。
言わないって、決めたばかりなのに。
妹って言われて。
傷ついてる。
対象外って、そんな。
「……妹、なの?」
ねぇ、付き合いたいとか、そんな高望みはしないから。
女の子って見てくれないかな。
釣り合わないの、わかってるから。
だから。
『……うん』
「……そっか」
残酷な、言葉。
もう、言わない、じゃない。
言えない。
「そう、いう、拓斗さん、は」
『え?』
「恋、してるの?」
ああ、どうしてだろう。
口が勝手に動く。
聞きたくもないのに。
『……び、みょう?』
「……なにそれ」
あ、私ホッとしてる。
恋してるって言われなくて。
拓斗さんに、好きな人がいなくて。
『気になってる子は、いる。でも、恋かは、わからない』
「そう、なんだ」
誰だろう。
会社の人かな。
きっと大人の女性なんだろうな。
あ。
胸が、ちくんって。
痛い。
「前に、ね」
『うん』
「教えて、貰ったの」
『うん』
口が動くの、止められない。
でも、これでいいのかもしれない。
中途半端な期待は、余計につらいから。
「その人の事、考えてね。もっとって思ったら、それは恋だって」
『もっとって?』
「たとえば、声が聞きたいとか。もっと知りたいとか。そう思ったら、満足しなかったら、それは恋なんだって」
『……ちぃも、そんな風に思った事、あるの?』
「……あった、よ」
ぽろり。涙が、零れた。
好き。
拓斗さん、好き。
「でも、もう思わない。知りたいって、思わない」
『……どうして?』
そんなの、決まってる。
知りたくないの。
拓斗さんが、誰かに恋してるって。
それが私じゃないって、知りたくないの。
「内緒」
『なんだよ。そこまで言うなら、話せよ』
「い・や・で・す」
笑える?
うん、大丈夫。
私、まだ笑える。
言わない。
言わないから。
だから。
どうかこうして話す事は、許して。
この思いが、消えるまで。
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