親指からはじめよう 3
昨日と同じ、午後八時。
ご飯食べて、お風呂も入って。
どきどきしてたら、ピンクの光。
「……メール?」
どうしてかなって開けてみたら、画像ファイルが添付されてて。
開いた、ら。
「……拓斗、さん?」
男の人の、写真。
猫と一緒に映ってる笑顔の。
優しげな顔の、人。
【ちぃのも送って】
本文にはそれだけ。
あわあわして、言われるままに前に美咲達と撮った写メを貼り付けた。
【私は右です。拓斗さんですか?】
【うん、そう。かっこよくなくてごめんな。ちぃは可愛いな】
【可愛くないですよ。それに】
それに、拓斗さんは。
【それに?】
……言える訳、ないけど。
ちょっと長めのさらさらした髪とか、眼鏡とか。
子供みたいな笑顔とか。
かっこいい人だって、思うから。
プルルルル
「ひゃっ!?」
いきなり鳴った携帯にビックリして落としかけて。
慌てて何も考えずに出て。
『ちぃ?』
優しい声に、息が止まった。
『……あれ、ビックリさせすぎた?』
ごめんなって笑う声が聞こえて、やっと我にかえる。
「あああの、ごごごごめんなさい!!」
『なんで謝るの』
「だだだだって」
『落ち着いて。はい、深呼吸ー』
耳に聞こえた声がくすぐったいくらい柔らかくて、思わず言われた通り深呼吸した。
ひっくり返ったみたいにバクバクしてた心臓が、やっと落ち着いてくる。
『……落ち着いた?』
「は、はい」
『んじゃ、改めて。こんばんは。電話では、はじめましてだね。藤宮拓斗です』
「は、じめまして、香山知世、です」
たどたどしいけどちゃんと自己紹介すると、なんか変な感じだねって笑う気配がした。
『写メとおんなじように、可愛い声だね』
「そんな、事」
『ホントに可愛いって』
は、ずかし、い。
可愛いって、そんな。
『……ね。ちぃって呼んでいい?』
ぞくん。
なんでだろう。美咲にも彩にも、そう呼ばれるのに。
今までだって拓斗さんにそう呼ばれてたのに。
拓斗さんの声に呼ばれると、背筋がぞくぞくした。
『……ダメ?』
「い、いいです」
『なら、俺も拓斗って呼んで』
「えっ」
『ね、呼んで』
甘く囁かれたら、言うしかなくて。
だって、本当は、ずっと。
そう、呼びたくて。
「拓斗、さん……」
『うん、ありがとう、ちぃ』
電話の向こうで、なんだか嬉しそうに笑ってるような、そんな声が聞こえた。
『それでさ』
「は、はい」
『それにって、なに?』
それにって、なに?
一瞬なんの事かわからなかったけど、すぐに思いあたって。
ボンって顔が赤くなったのが、わかった。
「え、あ、その」
『教えてよ。可愛くないですよ、それにって、何が続くの?』
「……言わなきゃ、ダメ、ですか」
『うん、ダメ』
逃げたいけど、逃してはくれないらしい。
どうしよう。
誤魔化したいけど、でも。
『言えないような悪い事?』
「ち、違いますっ」
『なら、言って。それにって?』
これはもう、言うしかないなって。
恥ずかしくて泣きそうになったけど。
「……あの、ですね」
『うん』
「……拓斗さんは、かっこいいなと、思い、まして」
『…………』
「あ、あの、ごめんなさい……」
ううういきなりかっこいいとか言われても困りますよね本当にごめんなさい。
なんかもう電話に土下座したくなってきた。
『……ちぃ』
「はいすみませんごめんなさいっ!!」
『いや、あの……うん。ありがとう……うわなんだこれ、照れる』
「……え」
あ、れ、不快に思った訳じゃない、の?
『てっきり自己否定かと思ってたから、どれだけ可愛いか言い並べてやろうと思ったのに。くそ、不意打ちだ』
「え、あ、あの」
『ちぃ可愛い、可愛すぎるよ、ああもう!!』
電話の向こうの声が酷く慌てふためいていて。
なんだかおかしくなって、つい笑ってしまった。
『あ、笑ったな!!』
「ご、ごめんなさい、でも」
『……まぁ、いいか。ちぃが笑ってくれたし』
不意打ち。
いきなりそんな優しい声になるなんて。
ずるい、よ。
「……ぁぅ……」
『あ、照れた? 可愛いなぁ』
「可愛くないですぅ……」
『ちぃは可愛いよ? そうやって照れてるところとか』
さっきまで慌ててたのが嘘みたいに、拓斗さんは余裕を取り戻してて。可愛いって連呼されて。
「た、拓斗さん、が、かっこいいの」
『……うん』
でもかっこいいって言うと照れたように間があくから、少しは反撃出来たみたい。
そうして他愛もない話をしていたら、時間はあっという間で。
『ああ、もうこんな時間か』
「……あ」
日付が変わるから、そろそろ切らなきゃ、だけど。
切りたくない、な。
『切りたくないなぁ』
拓斗さんも、そう思ってくれるの?
「拓斗さん」
『ん?』
「また、電話できますか?」
『……してもいいか?』
そんなの、答えは決まってる。
「したい、です。拓斗さんと」
『……うん、俺も』
じゃあ、また。って言い合って。
『ちぃ、おやすみ』
「おやすみなさい、拓斗さん」
自然にすんなり出た言葉で、電話を切った。
胸がぽかぽかしたまま、ベッドに寝転ぶ。
そのまま携帯をいじって、拓斗さんの写メを選んで。
「……おやすみなさい」
そうして笑う拓斗さんを見ながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
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