親指からはじめよう 2
「それってさ、恋なんじゃない?」
昼休み。こんな気持ち変だよねって言ったら、美咲にそう言われて頭が真っ白になった。
「うん、恋だよね」
おまけに彩まで頷くから、硬直。
手の中からフォークが落っこちそうになる。
「なに? 自覚なかったの?」
「な、かった」
「えー、話聞くだけでもわかるよー?」
え、でも。だって。
「ネット、だよ?」
「そうね」
「顔も知らないよ?」
「ネットだしね」
「声も聞いた事、ないのに」
「……それ言ったら、世の中一目惚れって成り立たないじゃない」
大学構内の中庭。
日当たりのいいそこにいるのに、寒く感じる。
だって、だっておかしい。
「おかしい、よ」
「なんで?」
「だって、私、そんなつもり」
そんなつもりだった訳じゃないのに。
酷く自分が醜いものに思えてきて、食欲がなくなる。
「……アンタが何を気に病んでるのかわかんないけどさぁ」
箸を私に突きつけて、美咲がどこか怒ったように言う。
「年上だろうと顔を知らなかろうと、恋ってのはしようと思ってするもんじゃないからね」
「……そう、なの?」
「そうよー、気づいたらしちゃってるの」
「恋におちるって言葉もあるじゃない?」
サンドイッチを食べていた彩も頷く。
「気付いたら、その人で頭がいっぱいなの。何してるかな、とか考えちゃったり。メールが来るの、待ち遠しかったり。どきどきするんでしょ?」
「す、る。でも、変じゃない?」
「全然。ていうか、アタシにしたら自覚がなかったってアンタの方が心配になるわー」
そう言って、美咲が頭を撫でて来る。彩も笑っていた。
明るくて頼れる美咲。優しくてしっかり者の彩。
こんな素敵な友達に出逢えたのも、拓斗さんがいてくれたから。
ずっとずっと、臆病な私を励ましてくれて。
時には叱ってくれて。
そうして支えてくれたから、今こうして二人と一緒にいられて。
「もしも、恋なら。いつから、かなぁ」
「さぁね。きっかけなんてそんなに分かるものじゃないし、自然と気づいたらってのも多いでしょ」
「うん、あんまり難しく考えなくていいんだよ。ただ、自分の気持ちに素直になればいいの」
素直に。
メールがくると嬉しい。こないと、さみしい。
すぐに拓斗さんってわかりたくて、イルミネーションを変えて。
メールのやり取りがすごく幸せで。
「これが、恋?」
「そうだと思うよー?」
「ねぇ、考えてみて」
不意に、彩がそう言った。
「メール楽しいんでしょ?」
「うん、すごく楽しい」
「じゃあ、電話してみたいなって、思う?」
電話。声。聞いて。
「難しく考えないでね。声、聞いてみたい?」
「……み、たい。声、聞いてみたい」
そう頷けば、美咲も彩も笑った。
「うん、やっぱり恋だね」
「そうだね、恋だね」
「えっ、そうなの?」
「うん。恋はね、完結しないから」
「どういう事?」
「声聞きたいって事は、メールじゃ足りないんでしょ? もっと拓斗さんを知りたいんでしょ?」
「……うん」
「それ、恋をすると当たり前の感情なんだよ。もっともっとって、欲張りになるの」
「そうなんだ……」
もっと、知りたい。拓斗さんの事。そう思って、いいんだ。
「ねぇ、今なら拓斗さんも昼休みなんじゃない?」
「え? あ、うん。多分?」
時間は十二時四十五分。多分だけど、拓斗さんも昼休み、の、はず。
「じゃあさ、今メールしちゃいなよ。電話してみたいですって」
「えっ!?」
「そうね、私達がいる時の方が、勇気出るんじゃない?」
勇気って、だって、そんな。
おろおろしてるとガシっと肩を掴まれる。
「いいからメールしちゃいなさい!!」
「だって、断られたら」
断られたら。ふしだらな女の子って、思われたら。
じわりと涙が浮かぶ。
そしたら、馬鹿ねと美咲が笑った。
「そしたら、アタシ達が慰めてあげるわよ」
「そうそう、だって友達でしょ?」
声、聞いてみたいんでしょう?
二人がそうやって笑ってくれる。
……そうか。
二人は、臆病な私を応援してくれてるんだ。
こんな私でも、いいって。
「……ん。じゃ、じゃあ、一緒にいてね」
「もちろん」
「当たり前だよ」
あと十分で一時になっちゃうから、あんまり悩まないで。
その方が、かえって良かったかもしれない。
【今、友達とお昼食べてます。メールばかりじゃなくて、声聞いてみたらって。だから今度タックンさんと、電話してみたいです】
……送信。
してから、妙な文章だって気付いたけど。
もう送信しちゃったし。
「送った?」
「う、うん、変な文章だったけど」
「あはは」
頑張ったねって二人に撫でられて、ちょっと照れる。
今日は三人とも次の講義がないから、のんびりお昼が食べれるし。
なんだかすっきりした気持ちでフォークを持ち直したら。
「あ、ケータイ光ってるよ」
「えっ」
携帯に、ピンクの光。
慌てて開けば、もちろん返信は拓斗さんからで。
【いきなりでビックリしたw でも、俺も声聞いてみたかったから、もちろんいいよ。俺からかけるから、番号教えて。あと、暇な時間も】
……嘘。
「あ、なに、もう返信?」
「う、うん、しかも番号教えてって、拓斗さんも声聞いてみたかったって」
「やったじゃん!!」
良かったねって二人が笑ってくれる。
夢じゃないんだ。嬉しい。
そうして番号と今夜空いてる事を伝えれば、じゃあ今夜ねって返信がきて。
どきどきが止まらなかった。
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