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常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
第一章
8/28

008

「私のことも構ってくださいよお」


 金髪を二つ括りにした妖精族の幼女は俺の服を引っ張りながら要求を口にする。俺の突っ込みの速さに感動したらしく、よくわからないままに随分と懐かれてしまった。食後に甲板で夜景を楽しむという予定は滞りなく実行されているわけだが、思わぬ連れができてしまったことは素直に喜べる状況ではない。


 フィリア・ハートレット。

 見た目の可愛らしさとは裏腹にアルマダ連邦の高官である。今回の訪問もアラバスタ共和国からの正式な要請で、魔導工学の実験に必要な膨大な魔力供給のためらしい。


「これをやるから少し大人しくしてくれ」


 俺は溶けると味が変わる飴玉を革袋から取り出した。こういう細工菓子にもアラバスタの技術力の高さが活かされていて、他国へ持ち込むと本国で売られている三倍の価格でも簡単に捌ける。もっとも商売にするとなれば話は別で、大量の物資を遠方へ運ぶ手間や費用を計算しなければならない。高く売れても利益が生まれなければ商売は成り立たない。


「味が林檎から蜜柑に変わりました!」


 フィリアは嬉々とした表情を浮かべる。どうやら子供や女性が甘い食べ物に目がないのは万国共通らしい。ちなみに手順前後で申し訳ないのだが、傍らで飴玉を舐めている幼女は俺が突っ込みを入れた人物ではない。意味がわからないかもしれないが、これは単純な話、幼女には二卵性双生児の姉がいるのだ。


 俺に突っ込まれたのが姉――フィリス・ハートレット。

 俺に懐いてしまったのが妹――フィリア・ハートレット。

 つまり双子の姉妹。


 そして俺は姉フィリスの怒りが鎮静するまで甲板へ追放されたのだ。ハシュシュが「私に任せるにゃよ。酔わせて眠らせればこっちのもんにゃ」と駄目男が言いそうな台詞で送り出してくれただけに不安が残る。


 夜の空を飛空艇はアラバスタへ向けて順調に進んでいく。飛行には甲板の左右に設置された特殊な回転翼による揚力と魔導機関で生み出した推力が利用されている。開発者である魔導工学博士はまだ現役らしいが、少なくとも祖国の工業地区で見かけたことはない。


「溶けてしまいました。ロンさん、もう一つ私にください」


 フィリアは懇願しながら革袋に手を伸ばしてくる。許可が下りなければ強奪するつもりなのだろう。抜け目ないというか実に子供らしい行為だ。俺は右手で幼女の額を押さえて距離を保つ。それから左手で飴玉を取り出して交渉の場を設けた。


「フィリスのご機嫌を直すにはどうしたらいい?」

「放っておけば勝手に直りますよ。それよりもっと私を甘やかしてください」


 言いながらフィリアは短い腕を精一杯伸ばして革袋を盗み取ろうとする。姉が子供扱いされることを嫌うのに対して、妹は積極的に子供扱いされたいらしい。なんか面倒臭い姉妹だな。


「それじゃあ、この一件が原因で魔力供給を取り止めるなんて事態は起こらないんだな?」

「国が決定した提携を私情で破棄するなんて不可能に決まってるじゃありませんか? そんな駄々をこねるのは子供くらいです」


 だから不安なんだよという言葉をなんとか飲み込む。


 嘆息を漏らしながら俺は諦めを知らない幼女の額から右手を離した。勢い余ったフィリアが俺の腹部に抉れるような体当たりを食らわせてくる。こちらにも責任があるので不問にしておこう。


「ともかく飴玉をやるから先に船内へ戻っておいてくれ」

「そうやって簡単に丸め込めると思ったら――」


 口の中に飴玉を放り込んでやると、幼女は「あ、葡萄味だ」と可愛らしく微笑む。機を逃さず俺はフィリアの小さな掌に飴玉を六つ並べる。


「フィリスと半分ずつだからな」

「はーい」


 小気味のいい返事をした幼女は、とてとて歩きながら船内へ戻っていく。うーん、アルマダ連邦は大丈夫なのだろうか? そんな思考を一瞬だけ巡らせてから、俺は甲板の端まで移動して壮大な光景が広がる眼下を眺めた。しかし飛空艇の放つ光量だけでは景色を楽しむまでに至らない。所々に建てられている監視塔の灯りが見えるくらいだった。


 でもまあ、静寂を楽しむには丁度いいのかもしれない。

 俺は瞳を閉じて壁に背中を預けた。心地のいい夜風が頬を撫でて吹き抜けていく。


 どれくらい経ったのだろう。


「まだこんにゃところにいたにょか? フィリスにゃら随分前から夢の中にゃよ」


 聞き慣れた声が耳に届く。俺は虚ろな意識を呼び戻して声の主へ視線を向けた。


「居眠りしてたにょか?」


 小脇に酒樽を抱えたハシュシュが小首を傾げる。追加注文が鬱陶しくて樽で渡されたのだろうか? しかしそれよりも気になる存在が師匠の傍らに立つ美女だった。おそらく二度と目にすることはないだろうと諦めていた衣装を身に纏っている。赤黒い髪を後ろで束ねた妙齢の人族は深紅の生地に桜と市松が描かれた着物姿だった。厳密には異なる民族衣装なのだろうが、着物と酷似した懐かしい衣装に郷愁を感じてしまう。


「師匠の知り合いですか?」

「知り合ったばかりにゃけど知り合いには変わりにゃいかもしれにゃいにゃあ」

「我の名はティア・ノート・ソートにょろん」


 おそらく語尾はハシュシュの真似をしようとして失敗したのだろう。一人称が「我」で語尾が「にょろん」とか許されるわけがない。二人とも適度に酔っているらしく、女同士で腕を絡ませて喜んでいる。俺は服装を正してから自己紹介を返した。


「ロン・ラズエルです。その衣装はどこで入手されたんですか?」

「にゃんだ? ロンは衣装に興味があるにょか?」

「服に興味があるわけじゃないんですが、懐かしい気持ちになったので聞いてみたんです」

「歴史に詳しいにょろん? 飲み比べの勝者を見届けてくれるなら我の知る滅んだ文明について聞かせてやろう」


 着物姿の美女は師匠の頬に口付けするかのように顔を寄せた。これはこれで画的に悪くないのだが、今はティアの話を優先すべきだろう。俺は恭しく首肯して飲み比べに立ち会うことに同意した。


 曰く三国が対立する現在の構図が出来上がる遙か昔。世界は点在する小国が覇権を争う戦乱の時代だった。その中に着物と酷似した民族衣装を身に纏う文明があったという。あのときグランシエルに関する資料を読み込んでいれば記載されていたのかもしれないが、消えると言われた記憶に細かな情報まで詰め込む意味を見出せなかったのは当然のことだろう。


 飲み比べは二つ目の酒樽に突入していた。二人とも酒が回り呂律が怪しくなっているが、言動を見る限り倒れるにはまだ時間がかかりそうである。面白い話も聞けたので最後まで付き合うことに異論はない。


 しかしそんな状況を一変する出来事が発生した。


 鈍い音がして飛空艇が大きく揺れる。甲板に出ていた乗客は姿勢を崩して転倒。各所から悲鳴と動揺のざわめきが巻き上がった。すぐさま数名の客室乗務員が現れて乗客を船内へ誘導する。それと平行して重々しい鎧を装着した熊系獣人族の大男を筆頭に船内から八名構成の部隊が姿を現した。


 有事の際に備えて常駐している護衛団だ。飛空艇本体に魔導力を活かした砲台を設置する案もあったが、しかしそれを実装することで他国に戦争の準備を進めていると疑われては協力を得られない。つまり飛空艇は乗り物であって、決して兵器であってはならないのだ。そんな経緯の末に生まれた案が護衛団の常駐である。


「偵察班は目標の捕捉を急げ! 魔術班はまず飛空艇に防御結界を張れ!」


 怒号に合わせて飛蛇竜ワイアームと大きさの変わらない飛竜ワイバーンに跨った二名の青年が闇夜へ舞う。エルフ族の女魔術士二名は詠唱を開始して空中に黄緑色の魔術組成式を描き出した。ほどなくして風属性の防御結界<風々障壁バリアール>が発動。大気で形成された防御壁が飛空艇を優しく包み込む。


「やれやれ」


 初乗船でいきなり緊急事態に遭遇するとは、俺の運の悪さも相当なものかもしれないな。

 そんなとき近くで酒杯の重なる音が響いた。


「こんにゃところで好敵手に出会えるにゃんてあたしは幸運だにゃ」

「我と酒を酌み交わすことは大変な名誉にょろん」

「あたしと飲み比べするのも名誉なことにゃん」

「ならば我をもっと楽しませるにょろん」


 この状況で酒を飲んでいられる二人の神経が少しだけ羨ましかった。

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